↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
例えばこんな恋語り  作者: K+
9章 凪の様(ナギのヨウ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/125

 翌日の夕方、馬安(うまやす)中学校の三年生は古都から古巣に戻って来た。薄暮の中、学校の昇降口前で解散する。

 琴巳(ことみ)は、順子(よりこ)といつも通りの分かれ道で別れ、荷物を両手に図書館前まで急いだ。昨日電話で声を聞けたけれど、やっぱり栩麗琇那に会いたい。会いたくて会いたくて、仕方無い。

 夏休みにしか会っていなかった日々が、毎日顔を合わせるようになり、今ではそれが当たり前になっていた。

 本当は、栩麗琇那(くりしゅうな)が傍に居なくなる日を、覚悟しないといけないのに……そんなことを考える余裕が無くなっていく。心が彼に占められていく。

 図書館前に着くと、琴巳は目が潤んだ。入口前のベンチに、淡い茶色の髪が見える。のんびり立ち上がって、歩いて来る。

「ただいまぁ」

 琴巳が声を投げると、栩麗琇那は受けるように軽く顔を傾けた。傍まで来て、珍しく微笑む。

「おかえり」

 優しい口調に、琴巳は胸が高鳴った。重かった荷物が軽くなった錯覚に陥る。

 実際、栩麗琇那が重い物を引き受けてくれて、琴巳は身軽になった。

 片手に三つばかり提げ、栩麗琇那は無言で空いた手を向けてきた。琴巳はそっと手を重ねる。少年は一瞬の間、触れた手を見つめた。きゅっと握ると、家へ向かって歩き出す。

 琴巳は、一日ぶりの綺麗な横顔を見上げた。

「重くない?」

「重かったら持たない」

「無理してない?」

「あぁ」

 会話が途切れ、夕暮れの中を二人は黙々と歩く。しかしそれはよくあることで、琴巳は、幸せ、と僅かに少年の方へ頭を傾けた。ふわ、と日の香が鼻腔をくすぐる。

 栩麗琇那の匂いはとても落ち着く。心の家に帰って来たような気がする。

 わたしも、お兄ちゃんの為に、そんな香が纏えないかな。

 ふっと思って、琴巳は尋ねた。

「お兄ちゃん、どんな匂いが好き?」

「……線香でも買って来たのか」

「あ、お土産、お香でも良かったかもね」

「……単に好きな匂いか」

 呟くように栩麗琇那は言うと、口をつぐむ。彼がきちんと考えるのは解っているので、琴巳は一緒に口をつぐんで歩き続けた。

 琴巳の把握通り、栩麗琇那は通りから小道に曲がる頃、口を開いた。

「コトミは、家ごとに独特の匂いがあることに気づいてる?」

「余所のお家に行ったり、今回みたいに旅行すると判る」

「俺は、住んでいた宮の匂いを忘れてしまった」

 栩麗琇那は感傷にひたるでもなく、淡々と言った。「今では馬安の加賀家の匂いが、俺の鼻にはインプットされているんだろう」

「……ウチの匂いが好きってコト?」

「人間の多くは、長い間、定住してきている種だ。基本的な香の好みは、自分の住まいに端を発するんじゃないか」

 ナルホド、と琴巳は瞳を上向けた。丁度良かった。今日これから家に入った時、普段は慣れてしまって気づかない、我が家の匂いに気づける筈だ。

 どんな匂いがしているんだろう?

 玄関を開け、琴巳は、くんと鼻を動かした。

 馬安の加賀家は、微かな石鹸の匂いがした。



 六月、しとしとと雨の降る日、教室の自分の席に横座りして、琴巳はハーブの本を開いていた。後ろの席では、順子が机で分厚い高校ガイドをめくっている。

「ひょんなことで梛女(ナギジョ)が目標になったけどさ、なかなかいいね」

 順子は指を挟んでいた頁を開き、梛短期大学付属女子高校の詳細に目をやる。「ここさ、青高と場所が近い上に同じ年に創立してんの。その関係からぁ、青高と交流があるわけ。エスカレーター式の女子校の割に、お嬢様ーって雰囲気が薄そう」

 琴巳はそちらに目を向け、肩をすくめた。

「先週の面談で、梛女だともう少し勉強しないと駄目、って言われちゃった」

 あたしもだよ、と順子は舌を覗かせる。

「その上、加賀と一緒に行くつもりだな? だって」

「わ。先生、御明察ー」

「別に構わないような言い方だったな。受験勉強が一緒にできるな、って」

 琴巳は頁を開いたままで本を胸に抱え、身を乗り出した。

「問題作りあって、テストみたいなのやってみる?」

 順子はガイドをぼふんと閉じた。乗り気を見せる。

「面白そう。楽しんでできそうだね」

「問題作る時に勉強になって、お互いの作ったテストをやってまた勉強にならないかな」

「なるよなるよ。やろうやろう」

 順子は机からノートを出した。「具体的にやり方考えよう。問題の出し方が偏ってくるかもしれないから、何問か兄ちゃん達に作ってもらうのも良くない?」

「それは特に、数学でしょうかねぇ」

「その通り」

 順子は言って、破顔する。「ベンキョが楽しめそうなんて、意外だー」

 そこへ、こっとみちゃん、と宗一(そういち)が近づいて来た。

「さっきの時間、爆睡してもた。国語のノート写さして」

 わたしの? と琴巳は瞬く。順子が頬杖をついた。

「たっちゃん、何故、琴巳を御指名?」

「この前、日直一緒だった時、日誌の字が綺麗だったからでーす」

 けろっとした口ぶりで宗一は言った。「やはし写すなら読み易い字だろ」

 くれ、と言うように手を出され、琴巳は何となしに机から出す。宗一は受け取ると、サンキュベリマッチ、と立ち去った。

 順子が、半眼を閉じた。

「田沼そーいち、ホントに図太かったんだなぁ」

「修学旅行でトランプやったメンバー、ホントに友達になれたね」

 琴巳は本を鞄に入れつつ、言った。「お互い、異性って意識が何処か抜けちゃったって、いうのかな」

「…………」

「でも、最近、ナっちゃんと矢出(やで)クンは、よく二人だけで話してるよね。ちょっと友達っぽくなくなってきてる」

 言いながら隣を見ると、順子はショートカットの前髪をいじっていた。

「元々、自分より周りを気づかう(たち)だからな」

「ナっちゃん、ちょっとしたことでも、マメに世話焼いてくれるもんね」

「……うん。奈美恵はね」

「あ、矢出クンも、結構女の子のコト考えてくれてて、いい人だよね」

「……そう。矢出っちはね」

 順子はシャープペンシルを回し、呟くように言った。「馬に蹴られるのもアホらしいしなぁ」

 そだね、と琴巳は笑って頷いた。

「わたし達は勉強の仕方考えよー」

「オーケイオーケイ」

 順子が気を取り直したように椅子を引き、二人は勉強方法の相談を始めたのだった。


 放課後、クラスメイトが次々教室を出る中で、順子は呆れたように宗一を見た。

「午前中に借りといて、どうしてさっさと写さないかなー」

「どーもすいませんねー」

 宗一はしれっとした様子で、ペンを走らせる。琴巳が貸した国語のノートを、只今、写しているのだ。

 琴巳は自分の席で本を開きながら順子を見た。

「ヨリちゃん、先に帰っていいよ? 夕方から降りが酷くなるって天気予報で言ってた。小降りの今のうちだよ」

「そうだ、早稲ー、こっとみちゃんは俺がしっぱり送るから帰っていいぞー?」

 宗一も言ったが、順子は自分の席に座る。

「琴巳ったら、悪いのはたっちゃんでしょー。あたしに気をつかうコトないのー」

 言いながら、順子は琴巳が開いた本を覗き込んだ。「何の本かと思ってたら、植物図鑑?」

「ハーブを育ててみようかと思って」

 琴巳は表紙を見せてから言った。「前々からお母さんが育ててるんだけど、ウチにあるのは髪や肌にいい種類限定なのよね」

「なーる。琴巳は食用を育ててみるの?」

 順子は鞄の上で頬杖をつく。琴巳は、あ、と親友を見た。

「そうだった、ハーブって料理に使えるんだ!」

「何、違う目的なんだ?」

「石鹸を作ろうと思って」

 琴巳は頁をめくり、これこれ、と指差す。「香料に使えます、って書いてあるでしょ」

 どれどれ、と順子は琴巳から本を受け取る。目を通し、軽く口を曲げた。

「手間かかる作り方ー。市販のハーブ石鹸に、この香は無いわけ?」

「ん。マイナーだけどいい匂いって思えるのを作りたいのだ」

「そっかそっか。だからこそ、育てようって言うのね」

 頁を開けたまま、順子は本を返してきた。「今から育てたら、来年は石鹸を作れるね、その本によると」

「そうなの。も少し早く思い立ってれば、今年作れたのよね。それがちょっと残念」

 琴巳は指を鳴らす真似をする。「つまんないから、料理用のハーブも買ってみようかな。お小遣い残り僅かだけど」

「中坊は赤貧だよねぇ」

 順子は笑ってから、思いついたように言った。「料理にしても石鹸にしても家族単位のモノじゃん。お兄さんやコウ君にカンパしてもらえば?」

 琴巳は、ぽんと手を打つ。

「石鹸は趣味だけど、料理はそうだよね――コウなんて最近、また食べる量が増えてるし、それをネタにゆすろうかな」

 ゆすれゆすれー、と順子はあおる。

「あたしもカンパするよ。あわよくば、そのハーブ料理を御馳走になろうという算段だけど」

「あはは。ただで御馳走するよぅ。又、夏休み辺り、来る?」

 行く行く、と順子は歯をこぼした。

「そういえば去年、お兄さんがガッコ来た時、今度はみんなで一緒に食べたいっていうようなことを言ってたよ」

「そうなんだ?」

 知らず顔がほころぶ。大事な友人を栩麗琇那が尊重してくれたことが嬉しい。

 順子は、その時を思い出したのか、くくっと短く喉を鳴らした。

「お兄さんてば、父親入ってるよね。今度ウチに食事に来る時、公士(こうし)と俺も入れてくれない? って言ったよ、あの時。何だか、琴巳が奥さんで、コウ君が息子みたい」

 たちまち熱くなった顔を琴巳は本で覆う。順子は、続けた。「お兄さん、琴巳んチで一番年上の男の人だよねぇ。状況的に、一家の主みたいになっちゃうのかな」

「う、うん。そういえば最近、玄関はお兄ちゃんが開けることになっちゃった」

 琴巳は顔を本で覆ったまま、応じる。「この前、わたしが玄関開けて、宗教関係の人に一時間くらい捕まっちゃって……お兄ちゃんとコウから、今度から出るな、って言われちゃった」

「あー、でもそれがいいよ。琴巳、あしらうのが苦手だもん」

 本を顔から放し、コウにも言われた、と琴巳は口をすぼめた。

「だから研究してるの。お兄ちゃんの対応を物陰から盗み見て」

「腕前のホドは?」

「お兄ちゃん、上手いの」

 鞄に本をしまいながら琴巳は報告した。「○○新聞ですが、って来ると、昨日○△と契約したばかりなんです、って言うの。壁の塗りかえしませんか、って来ると、俺は借家人ですので勝手にできません、って言うでしょ。後、産地直送の果物や野菜を売りに来ると、実家で作っているので買ったことがない。今後も買う必要は無いだろう、って」

 あはははっ、と順子は笑声をあげる。鞄をぱんぱん叩いて、上手い上手い、と褒めた。

「高校生とは思えないっ」

 そうそう、と琴巳も笑った。

「大体、高校生とかが出たら、そのテの勧誘の人は、お父さんかお母さんは御在宅ですか、って訊くじゃない? お兄ちゃん、訊かれないの。だから、勧誘の人が帰ってから不服そうに髪の毛かき上げるの。何も言わないし無表情なんだけど、あれは絶対、セールス始める前に訊くことがあるだろうに、って思ってる」

 あっはっはっは、と順子は爆笑する。

 かたん、と席を立つ音が起こり、宗一がノートをひらひらさせながら来た。ほいサンキュ、と向けてくる。

 受け取ろうと手をのばすと、少年はひょいとノートを上げた。にやにやしながら、宗一は問うた。

「こっとみちゃん、その高校生離れしたカレシとキスは済ませたのか?」

 ふるふると琴巳が首を振ると、まだかいな、と宗一は関西弁で言って、ノートを手渡してきた。「ほな、さいなら」

 さっさと踵を返し、少年は鞄を持つと教室を出て行く。琴巳はノートを鞄にしまいながら、ぼやいた。

「田沼クン、このところ、あの質問でわたしを苛めて楽しんでる」

「……キスするまで粘るつもりなんだな」

 順子の言葉に、うぁーん、と琴巳は泣き真似をした。

「卒業まで言われ続けるかもぅ」

「しっかし、お兄さん、ドライというより奥手のような気がしてきたよ。好きな子と一つ屋根の下で、二年以上も何もしないで過ごすなんて……」

 順子は両腕を組んで言う。「押入にHな本の増えてきた兄ちゃんと、足して二で割ったら丁度良くなりそうだね」

「……お兄ちゃんもそういう本、こっそり見てるのかなぁ」

「イメージできないけどね」

 順子は、にいっと笑った。「そういう本に走る前に、琴巳がナマを見せてあげたら?」

 ひぇ!? と琴巳は声をあげ、順子はけたけた笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。