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例えばこんな恋語り  作者: K+
8章 振り子(フりコ)

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 翌朝、琴巳(ことみ)順子(よりこ)に昇降口で会った。教室へ向かいつつ昨日の礼を言い、問われて経緯も話す。

「女好きの変な男が無理矢理プール横まで引きずって行った?」

 順子は台詞を繰り返すと、自分が言ったのだろうに、可笑しそうに口許を手で覆った。琴巳は小首を傾げる。確かに昨日、栩麗琇那はそう言った……

 そんな痴漢みたいに言ってないよー、と順子はけたけた笑う。そうなの? と琴巳は瞳を上向けた。

 ではあれは、彼の嘘だったか。両手が塞がっていると、嘘をつく時の仕種が出ないから判らない。それに栩麗琇那のことだ、今後は嘘をつく時、癖を隠してしまうだろう。せっかく気づいた癖だったのだから、黙っていれば良かった。

 教室で席に着き、唇をすぼめる琴巳に、順子はニタニタと笑んだ。

「ちょっと不安そうにして、呼び出されてるんです、って言ったけどさ。えらく大袈裟に受け取ったんだね、お兄さんてば。惚れられてるねぇ、琴巳」

「――そう考えたら嬉しいかも」

「考えるも何も、それ以外に無いって。ポーカーフェイスの裏で、相当焦ってたんだろな」

 順子は言いながら、くっくっく、と腹を抱えた。琴巳ははにかんで頬を包む。

 登校して来たクラスメイトが、あっ、加賀っち! と声を上げた。

「見たぞ見たぞ、昨日のカレシ、大学生?」

 一瞬、琴巳は茫然とした。えぇえっ、と両手で口を覆う。

「みっ、見たの、奈っちゃん!?」

「自転車置き場の所からラブラブで帰ってくトコを、みんなとばっちし見たよー」

 こいつぅ、と肘を突き出され、琴巳は口をぱくぱくさせてしまう。頭に血が上って声が出ない。

「琴巳、酸欠の金魚みたい」

 苦笑して順子が言う。ホントホント、と奈美恵は笑った。隣の席の椅子を寄せ、腰を下ろしながら話し出す。

「昨日、二組は大騒ぎよー。周りのクラスで残ってた子とかも、何事? って集まって来て。みんなで憶測飛ばしながら見物させていただいたわ」

 奈美恵は身を乗り出してきた。「で? どういうきっかけで付き合うことになったわけ?」

 十一月になろうかという季節に、琴巳は顔が熱くて熱くてしょうがない。はふはふ呼吸を整える。ここまでバレバレなんだから黙秘は駄目よっ、と指を突きつけられ、琴巳は親友の腕に指先をかけた。あーはいはい、と順子はぽんぽん手を叩いてくれる。

「奈美恵クン、ワタクシが代わりにお答えしようっ。彼は水高(スイコウ)の二年で、琴巳とは親戚。今年の夏からその関係をステップアップさせて付き合いだしたのダヨ」

「えっ、水高って水晶高校でしょ。頭いいっ」

 少女は遠くを見るような顔で、両手を胸元で組む。「うわー、顔良し頭良しの親戚なんて、羨ましー」

「現実には、なかなか居ないよね」

 素に戻った順子が感想を述べると、奈美恵は大きく頷いた。

「だって何アレ! 憧れのヒムアツが霞んじゃったよ。モデル体型で、茶パツが目茶苦茶似合ってた!」

 琴巳はやっと、言葉が出た。

「お兄ちゃん、あれが地毛なの」

「え、じゃ、ハーフだったりする?」

 琴巳は答に迷った。彼は異世界人なだけで、所謂混血ではないだろう。しかしそんな事々は言える筈もない。

「二親共、日本人なんだけど」

 里親の祖父母のことを言うにとどめ、琴巳は肩をすくめる。「生まれつき、色素が薄かったらしいの、髪も目も」

 そんなことを言った後にも、登校して来る友達が、加賀っち! と言って寄って来た。訊かれる内容は同じだから、琴巳の代わりに、先に知った子が答えてくれる。

 粗方質問が出尽くしたかと思われた頃、少女の一人が、そういえばぁ、と好奇の目を向けた。

「待ち合わせて何処行ったわけ?」

 答はスーパー経由の自宅だが、同居しているなどと口にしたら、一騒ぎ起きてしまいそうだ。前に居る順子も、言わないでくれている。

「たまたま、馬安(うまやす)図書館に来たついでに寄ってくれただけなの」

「えっ、何!? 約束してないのに会いに来たの!?」

 きゃあーっ、と一同が声をあげる中、思えば珍しかったと琴巳は気づいた。引き返すのもナンだったから、と言っていたが、何にせよ、傍に居な、と言ってからも言う前も、栩麗琇那の方から琴巳の所に来たことはあっただろうか。そう、約束もしていないのに……

 頬杖をついて、順子が言った。

「お兄さん、牽制しに来たんだと思うよー? 馬中(ウマチュウ)の男子に」

「ははーん、〝俺の女だ、お前ら手を出すな〟ってか」

 痺れるーっ、と口々に少女達が言った時、担任が入って来た。皆、それぞれの席へ散って行く。

 琴巳は、ぽふ、と順子の腕に手を乗せた。前に向きかけていた順子は、振り返って軽く目を見張った。

「ちょっと、何うるうるしてんの」

「嬉し泣き」

 目尻を拭って琴巳は問う。「ホントにそれで来てくれたと思う?」

「だって、お兄さん、やっぱり目立つじゃん。でも本人はクールで目立ちたがらない。なのに、昨日はポリシー曲げて、敢えて目立ちに来たような感じだったよ」

 出席をとる担任に琴巳が返事をしてから、順子は続けた。「大体、図書館が開いてようが閉まってようが、その前で待ってれば良かった筈でしょ。あそこは道路に向いてベンチもあるし、琴巳は必ず通るんだから。となると、お兄さんの昨日の行動はぁ、ガッコに来る口実に図書館を持ってきたようなもの、ってコトにならない?」

「くぅー……ヨリちゃんの言う通りだったら泣いて喜んじゃうんだけどなぁ」

「ま、〝真相は本人のみぞ知る〟だけど。それにしたって、重ならない休日をすかさず利用して来る辺り、相当マメだねぇ」

 順子はにんまりと口角を上げた。「いーい雰囲気になってきてるなぁ。この分だとチューも間近かぁ?」

 ひぇ!? と琴巳は驚いた弾みでおかしな声をあげてしまった。

「加賀どうしたー、しゃっくりかー?」

 担任が声をかけてきて、琴巳は両手で口を覆う。順子は、背中を丸めて笑いながら、小声で言った。

「琴巳ったら呑気なんだから。覚悟しといた方がいいぞぅ?」

 ぎくっとした。哲朗(てつろう)がキスしてこようとした時、怖かった。栩麗琇那(くりしゅうな)とそんな場面に陥った時、どう思うのだろう。相手が栩麗琇那なら、平気だろうか。その時の自分が想像できない。

「どうしよう……わたし、まだコドモだ」

 順子はにやにやしていたが、琴巳の深刻な口調に、つと表情を改めた。

「お兄さんなら、きっと、琴巳の嫌がることはしないよ。心の準備ができてない時は、正直に言いな?」

「……そうする」

 琴巳は情けない気分で順子を見やった。「ヤだな。兄妹脱出したがったの、わたしなのに。妹気分が抜けてなかった」

 順子はくすりと笑みを浮かべた。

「あたしら、まだ中二だからね。その程度の可愛げもウリだよ」




 私室で、栩麗琇那は琴巳に数学を教えていた。少女は一所懸命、計算用紙にペンを走らせている。

 熱心な顔を眺めやり、栩麗琇那はふと声をかけた。

「コトミ、左頬に睫毛」

「ん、ホント?」

 琴巳は頬を指先で払う。「取れた?」

「まだだ」

 んー、と琴巳は頬を拭う。が、なかなか取れなかった。

 栩麗琇那は思わず手をのばした。シルクのような頬に触れる。

「じっとしてろ」

 ん、と琴巳は応じ、すっと目を閉じる。指の腹で長い睫毛を払い落とした栩麗琇那は、どくん、と胸が鳴った。

 あまりにも無防備だった、目前の少女は。

 薄紅(うすべに)色の柔らかそうな唇に眼を落とすと、思考に霧がかかった。

 頬を包んだまま、素早く顔を傾けた。

 んっ、と驚きの声があがり、栩麗琇那は唇を浮かす。琴巳は、口を覆って真っ赤な顔でうつむいた。その仕種が可愛い。たまらなく可愛い。

「コトミ……」

 囁いて、栩麗琇那はうつむく少女の顎に手をかけた。「もう一度……」

 僅かに潤んだ瞳が見上げてきて、瞬きを繰り返す。栩麗琇那が顔を寄せると、琴巳は緊張気味に瞼を伏せた。

 もう一度、薄紅(うすくれない)の唇に触れる。もっと、触れる。

 このまま、全て手に入れてしまいたい。

 そっと抱き寄せ、栩麗琇那は唇を重ねながら滑らかな髪に指を絡めた。

 もう俺は、故郷に帰れなくてもいい。他には何も望まない。コトミが傍に居てくれるなら、何も要らない。欲しいのは、コトミ。コトミだけ。

 終わらないキスに、琴巳の手が、戸惑うように栩麗琇那の胸に触れかかった。まるで、スイッチを切るように。

 手に、入れてしまえ――

 栩麗琇那は琴巳の手を握ると、口づけたまま、体重をかける。

 さ――と、漆黒の髪が床に広がった。

 もはや、後戻りできなかった。


 枕に顔をうずめたまま、栩麗琇那は茫然としていた。

 ピピピピ、と目覚し時計の電子音が鳴っている。それを止めることも儘ならない。

 まずい、まずい、まずい――ヤってしまった――夢とはいえ、ヤってしまった。

 やっと目覚ましに手をのばし、スイッチを押す。時計から手を放し、目を伏せる。まずい、とまた思う。

 やけにリアルだった。現実には見たことさえ無い琴巳の裸体が、瞼の裏に残ってしまっている。

 もそもそと起き出すと、栩麗琇那は額に手をあてた。

 透けるような肌は、顔や手足を見て知っている。知っているのはそれだけだろうに。あんな――

 参ったな、とクロス張りの天井を仰いだ。複雑な思いが胸を渦巻く。

 あんな風にセックスに及ぶつもりはさらさら無い筈なのに、心の何処かで、否、深層心理として、ああやって琴巳を抱いてしまいたい本音があるのか。もし、本音が我を忘れて出てしまったら、彼女を傷つけてしまう。好いた同士でも、流し流されるような肉体関係には進みたくない。それも栩麗琇那の本心だ。

 自分が恐ろしい。傍に居るようになって、益々琴巳にのめり込んでいっている。適当な男が居れば託したいのに、裏腹な行動をしてしまう。他の男を牽制して、排除して……これでは、彼女を大事にできる男が居ても気づかないではないか。

 解ってはいるのに。

 本当は、傍に居たいのは琴巳より栩麗琇那の方。彼女の手の温かさが恋しい。触れているとほっとする。自分は生きていると思える。生かされているとも思える。

 モウ俺ハ、故郷ニ帰レナクテモイイ。

 確かにそう思った。

 あれは、俺の本音だ。

 ルウの皇子(みこ)は床の一点を見つめ、唇を噛んだ。

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