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二十六話:祈りを裂くもの

 霧の奥、光を拒むような静寂の中――

 ノアたちは、開けた石畳の広場へと足を踏み入れた。


 その正面に、唐突すぎるほど“整った”建築物が姿を現す。


 荘厳なアーチ。高くそびえる尖塔。滑らかに磨かれた黒い石壁は、霧すら寄せつけぬほど清らかで、崩落の跡ひとつもない。


「……こんな奥地に、こんな建物が……? 地図では“遺跡”って書かれてたのに……」


 レクサスが思わず声を漏らす。


 だが、誰の目にも明らかだった。


 ――これは、自然の中に残された“遺構”ではない。

 何者かの意思で、つい最近“再構築された”ものだ。


 イストが剣に手を添えたまま、無言で目を細める。

 ノアは、その扉に近づくにつれ、胸の奥が締めつけられるような感覚に囚われていた。


 ふと、門の上部に視線を向けたノアは、そこに刻まれている“跡”に気づく。


 装飾の名残――かつては何かの紋章があったと思しき場所は、まるで意図的に削り取られたように、深く抉れていた。


「……ここ、何かが……あった?」


 ノアの呟きに、イストが低く応える。


「紋章の跡だ。王家の象徴か……あるいは、何かを誇示していた印か……」


 かすかに呟いたそのときだった。


 霧を切り裂くように、鋼糸がノアたちを狙って飛来する。


「っ――危ない!」


 イストの声と同時に、ネイキッドが飛び込んでノアを押し倒す。

 鋼糸がかすめた場所の地面が、煙を上げて焼け焦げる。


「くそっ……伏兵か!」


 続けざまに、霧の奥から影が飛び出す。

 先頭に現れたのは、ライカンスロープの少年――ルフレ。

 その背後から、霧に溶けるように現れた異形の者たちが、這いずるように地を満たしていく。


「よく来たね。……まさか、本当に来るとは思わなかったよ」


 その声が広がると同時に、霧の密度が一気に濃くなる。

 幻惑と錯覚の霧――彼の魔力によるものだった。


 高所に潜んでいたハリアーが、鋼糸を構えて再び狙撃の構えを取る。


「くっ……囲まれてる……!」


 イストとレクサスが素早く背を合わせる。

 ノアたちは即座に戦闘態勢を取るが――その瞬間。


 世界が、凍りついた。


 空気が音を立てて歪み、霧の中心に、咆哮とともに闇の奔流が降り注いだ。


 空が裂け、威圧そのものの気配が押し寄せる。


 レクサスが顔を上げた瞬間、その瞳が細められる。


「上……!」


 空気をねじ伏せるような力とともに、その存在は現れた――レガリア。


 その姿は、かつての守護竜とは思えぬほど禍々しく、そして美しかった。

 ハリアーとルフレがひざまずくように頭を垂れる。


 地に降り立ち、ゆっくりと顔を上げると、その瞳はまっすぐにノアを捉えた。


「……ようやく会えたわね。創世の“力”を受け継ぐ娘」


 その声は、冷たいのに、どこか甘く響いていた。


 優しい女の声とは裏腹に、その存在から溢れる気配は――災厄そのものだった。


「お前が……レガリア……!」


 レクサスが唇を噛み締め、剣を構え直す。

 レガリアの言葉に、ノアの背筋がぞわりと震えた。


(創世の……力? 私が……?)


 胸の奥がざわつく。

 知らないはずなのに――どこか、触れられてはいけないものを指でなぞられたような、奇妙な感覚が残る。


 ノアの手が、無意識に胸元を押さえていた。


 思考が追いつかないまま、レガリアの黒翼が広がる。


 そして、次の瞬間――


 黒雷のような魔力の奔流が、大地を襲った。


「来るぞ――ッ!」


 イストの号令と共に、全員が散開する。

 霧の広場が一瞬で裂け、石畳が粉々に砕け散った。


 イストの剣が閃き、レクサスは障壁で仲間たちを守る。

 ネイキッドが横から飛び込み、ハリアーの放つ鋼糸を迎撃する。


 全員が一丸となって応戦していた。

 だが、それでも――レガリアの力は次元が違った。

 咄嗟に飛び退いたネイキッドとレクサスの背後、霧が一瞬で吹き飛び、地面が抉れる。


 放たれる魔力の斬撃は空間を削り、放つたびに空がうねる。

 ハリアーは翻る翼と糸で仲間を分断し、ルフレは霧を駆けて翻弄する。


「くっ――このままじゃ……!」


 ノアが立ち上がろうとしたそのとき、モコが悲鳴のように鳴いた。


「きゃうっ!!」


 鋼糸がモコの翼をかすめ、白い体が吹き飛ばされる。


「モコ――!!」


 駆け寄る間もなく、レクサスが盾になるように前に出るが、レガリアの尾撃が容赦なく振るわれる。


「ぐっ……!」


 レクサスの身体が跳ね飛ばされた。


 血が、霧の中に散った。


 その光景に、ノアの中の何かが音を立てて崩れた。

 再び姿を現したレガリアが、悠然と降り立った。


「さあ、見せて。貴女の“本当の姿”を――神なる竜として、目覚めなさい」


 レガリアが静かに言い放ち、尾がうねりを描いてノアの足元を打ち据える。

 飛び退く間もなく、ノアは弾き飛ばされ、石畳の上に激しく倒れ込んだ。


「くっ……!」


 肺から空気が抜け、視界が白く霞む。


「この程度? それで“創世の力”だなんて、笑わせないで」


 レガリアがゆっくりと近づいてくる。

 ノアの胸元に、竜の爪が触れた。

 ぐっ、と押しつけられ、呼吸が止まる。


「立ちなさい。……それとも、今ここで潰されたいの?」


 甘やかに囁くような声。

 けれどそこにあるのは、優しさではなかった。


 ノアの胸が、焼けつくように熱くなる。

 恐怖でも、怒りでもない――

 もっと根源的な、どうしようもない衝動が、理性の奥底を喰い破るように湧き上がる。

 熱い。眩しい。壊れてしまいそう。


 心と体の境界が、曖昧になる。

 世界の音が遠ざかり、自分が自分でなくなる感覚――


「……いや……こんなの、私……!」


 拒もうとする声は震え、かすれて消えた。

 次の瞬間、閃光が爆ぜる。


 ノアの身体が、まばゆい光に包まれて――その姿を変えていく。


 パールホワイトの毛並みと翼、水晶のような、光を帯びた角。

 その姿を見た誰もが、ただの竜ではないと悟った。


「……まさか……神話に語られる“神竜”の……」


 イストが息を呑み、呟く。


 その横で、イスズが目を細めた。


「……そうだよ、神竜だよ。……アタシがよく知ってる」


 その瞳には、まだかすかに「ノア」が宿っていた。


 ――レガリアの咆哮とともに、霧の中心から異形が溢れ出す。

 その動きに、感情はなく――ただ殺意だけがあった。


「っ、数が……!」


 レクサスが剣を抜き、イストと背中合わせに構える。


「レクサス殿下、合わせます」

「はい――!」


 異形が突進してきた瞬間、水の障壁が展開され、レクサスの剣がそこを滑るように放たれる。

 続けざまにイストの剣閃が閃き、次々と異形の影が地に伏していく。


「容赦ないな、君たち」


 霧の中からルフレの声が響いた。


 その背後で、ハリアーが鋼糸を展開。

 レガリアの魔力が高まる中、二人は主の背を守るように位置取る。


「これ以上は……通させないよ」


 だがその瞬間――神竜ノアの咆哮が、世界を切り裂いた。


「っ、ぐあっ――!?」


 ハリアーの身体が、神竜の尾に打ち据えられ、空中で吹き飛ばされる。


「ハリアー!!」


 ルフレが叫ぶが、返事はなかった。


「邪魔だってのに……ッ!」


 ルフレはそのまま、ネイキッドへと突進する。


「……ったく、お前、昔の俺を見てるみたいで腹立つわ。牙剥いて、勝てるわけでもないのに前に出て……」


「くっ……お前なんかに……っ!」


「悪いけど、今は止まってもらう。……死なせたくねえんだよ、俺は」


 焦りを見せたルフレは、低く身を沈めて飛びかかる。

 剥き出しの牙が、ネイキッドの喉元を狙う――

 だが、その軌道は読まれていた。

 ネイキッドが身をひねってかわしざま、足元を払う。

 崩れた体勢に、追い打ちの拳が顎下に叩き込まれた。


「が、……っ!」


 ルフレの意識が遠のく。

 霧の中に崩れ落ち、その体はその場に倒れ伏す。


「……お前も、誰かに助けられりゃ、きっと変われる」


 ネイキッドはそう呟きながら、ルフレを拘束する。


 唄のような咆哮が、爆風のように霧を吹き飛ばした。

 重く垂れ込めていた魔力の幕が、音もなく破れる。白濁の空が裂け、青空が覗く。


 ――霧の向こう、砕けた石畳を蹴って、ひとつの影が現れる。


 漆黒の外套、大剣の男。その姿を目にしたイスズが、金の瞳を見開いた。


「……セルシオ……!?」


 かすれた声が漏れる。

 右目に大きな傷跡を刻み、隻眼となったその男は、片目だけで戦場の全てを見据えていた。


「遅れたか……」


 その目が、空に舞う神竜を射抜くように見つめた。


 ――そして。


 セルシオは振り返ることなく、抜き放った大剣を振り抜いた。


 唸りを上げた鉄が、異形の影を薙ぎ払う。裂かれた空気に、霧が引き裂かれるように消し飛んでいく。


 「……え、なにあれ」


 ネイキッドが呆けたように呟く。


 彼の眼前で、セルシオは次々と迫る異形を打ち砕いていく。

 ただの力押しではない。隙のない動き、鋭すぎる勘――まるで「異形の動きを知り尽くしている」かのようだった。


「……あんなの、見たことねぇ……」


 呟いたその声が、かすかに震えていた。


 霧が静かに後退し、地上の戦いは終わりを迎えていた――

 だが、空では――竜同士の戦いが、始まろうとしていた。


「……霧が……晴れていく……」


 イストが静かに呟く。


 吹き抜ける風が、魔力の瘴気を拭い去り――その余波が、傷をもなぞっていく。


 レクサスの裂けた袖口が、ふわりと風に揺れた瞬間。血の滲んでいた箇所から、痛みが消える。

 イストの腕をかすめた裂傷も、赤みを残したまま、熱に包まれるように癒えていった。


「これは……ノアの癒やしの唄……?」


 レクサスが目を見開く。


 唄が止んだ次の瞬間、ノアの翼が風を斬り、空へと舞い上がる。


 レガリアも応じるように、漆黒の翼を大きく広げた。咆哮と共に、突撃する。

 爆音が空に響き渡る――竜同士の戦い。その一撃一撃が、風を裂き、大地を震わせる。


 晴れ渡った空を見上げ、イストが腰の通信具に手を伸ばす。


「こちらイスト。視界確保。空路、接近可能と判断。援護を求む」


 少しして、微かな音声が返る。


『……了解。こちらストーリア飛行艇団。これより現場に急行する。』



 ――近隣の村に待機していたストーリア王国飛行艇団の主力艦が、上空へと浮上していた。

 艦の甲板に立つのは、団長――ラクティス。


「な、なんだありゃ……!? 竜か!? いや、あれ……あんなの、見たことねえぞ……!」


 彼の視線の先、空を割って舞うのは、白銀の毛並みと輝く翼を持つ、神話に謳われる“神竜”そのものだった。


 直後、通信機から荒い声が響く。

 

『ラクティス! 空にいるのはノアだ! 神竜として覚醒した! けど――制御が利かない、暴走しかけてる!』

 

 それは、神官長イスズの声だった。

 ラクティスは息を呑み、帽子を深くかぶり直す。

 

「……うっそだろおい……マジかよ、あれがノアちゃん……」


 驚きと呆れが混ざったような声が漏れる。

 だが、その眼差しは真剣そのものだった。


「どんだけムチャすりゃ気が済むんだ、あの子は……ほんっと、こっちが胃に穴あくっての」


「団長、どうします!?」 


「決まってんだろ。全艦、臨戦態勢! 照準は“黒い方”――レガリアだ! ノアには当てんなよ! 援護砲撃に回れ!!」


「了解ッ!」


 飛行艇が旋回し、空中で陣形を展開する。

 その間にも、空では――神竜とレガリアの戦いが激化していた。

 ノアの爪が閃き、レガリアの翼をかすめる。 レガリアの尾撃が、ノアの身体を弾き返す。


 空に舞い踊る二つの神威。だが――


 徐々に、力の均衡が崩れていく。

 

 ノアの瞳が、紅く染まりはじめていた。

 その動きは、荒々しく、獣のように変貌していく。


 ノアの身体を包んでいた光が、やがて熱へと変わる。

 パールホワイトの毛並みが揺れ、水晶の角がかすかに軋む音を立てる。


 ――“視えて”しまう。

 誰が、どこにいて。何が、危険で。どうすれば……排除できるのか。

 そんなはずないのに、頭の奥に響くのは、命令のような指示だった。


「――あれは、私を傷つけた。……あれも、レックスを……」

「なら、壊さなきゃ。全部……消さなきゃ……」


 理性がかき消えていく。

 “ノア”だった部分が、熱とともに溶けていく。


「……ノア……?」


 遠くから見上げるレクサスの声が震える。

 やがて、ノアの爪が――レガリアの胸元を深く裂き、血が空に舞った。


「っ……!!」


 レガリアが苦悶の呻きを漏らす。だが、そのままでは終わらない。


 レガリアが首をもたげ、炎の奔流がノアへと放たれる。黒き魔力を帯びた炎が、空間を焼くように唸りを上げる。


 ノアは翼を交差させてそれを弾き飛ばすが、空気が震え、爆ぜた衝撃波が周囲を揺るがす。

 レガリアがその隙に尾を振るうが、それをすり抜けて、ノアの翼が斬りかかる。


 轟音と共にレガリアの身体がはじき飛ばされ、地に叩きつけられる。

 その瞬間――


 空を裂くように、飛行艇団の砲声が響いた。

 炸裂する光弾が、レガリアの退路を狙って次々と落ちる。


 地を這うように展開される援護砲撃は、明らかにノアを避けるよう、綿密な計算で撃ち込まれていた。


「……狙い通り、ノアに当てずに制圧ってか。やるじゃん」


 ネイキッドがぽつりと呟く。


「ぐっ……!」


 初めて、レガリアの口から苦悶が漏れた。


 だが、神竜は止まらない。

 ノアの瞳から理性が失われていた。


「ノア……?」


 神竜の咆哮が再び響く。今度は、癒やしの唄ではない。

 空気が震え、音が消え、光がねじれる。

 唄――それはまだ完成していないが、何かが“始まって”いる。


「まずい、これは……!」

 その身を貫く気配は、かつて体験した“それ”と同じ――いや、それ以上だった。


 遙か昔、神竜の唄が世界を焼き、再構築した“あの時”。

 創世の力が、無垢な感情とともにあふれ出し、何もかもを呑みこんだ。


 今、ノアから放たれようとしているものは、それと同じ旋律を――否、それ以上の力をはらんでいた。


 イストは静かに一歩前へ出る。

 揺れることなく剣を構え、その眼差しには確かな決意が宿っていた。


「たとえ神だろうと……今は、守らなければならないものがある」


 その隣で、レクサスは剣を強く握りしめ、震える息を吐いた。

「ノア……君じゃない。そんなの、君じゃないんだ!」


 だが届かない。神竜の目は、赤く染まりきっていた。

 口を開き、唄の旋律が紡がれる――まだ言葉にならない、破滅の調べ。

 イスズが顔を強張らせ、金の瞳が見開かれる。


「……まずい……! 止まらない……!」


「この唄をなんとしても止めろ!!」


 叫ぶイスズの声と同時に、イストが腰のポーチから、通信具を素早く取り出す。


「こちらイスト。ノアが暴走しかけています。主砲、彼女の翼を狙え――致命傷にならぬ出力で。すぐに撃て!」


 その声と同時に――ラクティスが決断する。


「……ああ、クソッ……。全砲門、照準――“神竜の翼の根元”に合わせろ!」


「だ、団長……!? 本当に撃つんですか……!?」


「命令だ……! あいつを止められるのは、今しかねえ!!」


 砲手が息を呑み、ためらう――だが。


「命令だ、撃てェッ!!」


 飛行艇団の主砲が閃き、魔力を帯びた弾丸が空を裂く。

 神竜の翼、その根元――空を駆けるための要に、まっすぐ吸い込まれるように着弾した。


「――――ッ!!」


 光が弾け、ノアの咆哮が空に響く。

 翼が折れ、魔力の奔流が崩れる。


 その身体が震え、空を裂く翼が折れるようにたわみ――ノアは、墜ちた。


 空が静かに閉ざされていく中、真っ白な影が、地に向かって落ちていく。


「ノア――!!」


 誰よりも早く、レクサスとモコが、駆け出していた。


 地に伏した神竜の姿が淡く光り、やがて少女の姿へと戻る。

 その瞳は閉じられ、呼吸も浅い。


「……よかった、生きてる……!」


 レクサスがそっとノアを抱き上げ、モコが彼女の細い手を、ぺろりと舐めた。


「きゅぅ……」


 その小さな声に、ノアの指が、かすかに動いた。

 レクサスは安堵の息をつきながら、ふと顔を上げ――レガリアがいた方角を振り返る。


 だが、そこにその姿はもうなかった。

 レガリアもまた、深い傷を負ったまま、霧の帳の向こうへと姿を消していた――。


 ノアの意識を失った身体を抱え、レクサスは後方から降下してきた飛行艇の側部ハッチへと駆け寄る。


「乗れ! 急げ!」


 操舵士の叫びに応じて、仲間たちが次々と飛び乗っていく。艦橋で、ラクティスが短く声を発した。


「全員、回収完了……よし――艦、上昇! 一時撤退する!」


「団長、レガリアは……追わなくていいんですか!?」


「追わねぇ。……あいつも逃げやがったが、今は動けないはずだ」


 ラクティスは低く息を吐き、帽子のつばを深く押し下げた。


「今優先すべきなのは――仲間の命だろ」


 飛行艇は静かに旋回し、再び霧が覆い始める地上を離れていこうとしていた。


 そのとき――


「……あれ……下に、まだやり合ってる奴がいるぞ」


 甲板に立っていたラクティスが、霧の切れ間を見下ろして目を細める。


 瓦礫の上、隻眼の剣士が、異形を次々と斬り伏せていた。

 重たい両手剣を振るいながら、まるで一人だけ別の空気を纏っているような、圧倒的な存在感。


「……あいつか。さっきの……」


 隣に立つネイキッドが、低く呟く。


「団長、あの野郎、ただもんじゃねぇ。異形の大群を、たった一人で……」


 ラクティスは帽子を押さえ、風に乗せて声を張る。


「そこの隻眼! お前だ! 聞こえてんなら飛び乗れ! こっちが拾ってやる!」


 声は霧と風に揺られながらも、確かに届いた。


 男――セルシオは、一瞬だけ顔を上げてこちらを見た。


 その隻眼の奥に宿る光は、感情を読ませない。

 だが、迷うことなく飛行艇へと駆け出し、ひと息に飛び乗った。


 静まり返った空の下――破壊と奇跡の爪痕だけが、そこに残されていた。


 戦いは、終わっていなかった。

 ただ、いまは――静寂だけが、空に残っていた。


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