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残りものには福ばかり

 入学式から部屋に戻ったフィーとセルジュ。

 入学式で鬱憤を抱いたフィーが自分の従者達とグダグダしている一方、やはり入学式で鬱憤を募らせていたセルジュもまた、自室に戻るや今まで繕っていた社交の仮面を剥ぎ取って露わにした怒りを従者に向けていた。


 お帰りなさいませと自分を出迎えた従僕に、邪魔だと言って突き飛ばす。


 従僕は一体何事かとセルジュの為にドアを支えている護衛へと視線を動かすと、護衛は、いつものことだ、という風に目玉をぐるっと回して見せた。

 従僕は表情を崩さなかったが、困ったものだと内心では大きく溜息を吐く。


 王妃様が神童などと勘違いして甘やかしてお育てになったから!!


 私は従僕の記憶と思考を読み、セルジュについて理解したと思った。

 第二王子のセルジュは金髪で碧眼であっただけでなく、四つ離れた第一王子よりも顔立ちが整っていたらしい。だからといって、二歳にてはっきりした言葉を喋った程度で、この幼児は選ばれし者だと周囲が勝手に期待をしたとはお笑いだ。


 セルジュを生んだ母親である王妃こそ子供の優秀さに有頂天となり、第一王子は乳母に任せっきりであるのに、セルジュについては出来る限りの時間を取って可愛がったようである。


 さて、母親に人として育てられる、ではなく、愛玩犬のように可愛がられただけの子供は一体どのように育つものなのだろうか。

 我儘な上に承認欲求がかなり強くなり、常に自分を一番に見てもらわねば機嫌が悪くなってしまうという、やはり躾の出来ていない小型犬程度の生き物にしかになれないだろう。


 可哀想なセルジュ。


「殿下、甘いお菓子とお茶は如何ですか?」


 従僕は王子が戻って来る時間に合わせて用意していたお茶と菓子を差し出すが、セルジュは癇癪そのまま、自分の前に置かれた茶器を手で払った。

 大きな音を立てて床に落ちたカップは陶器の破片を散らし、絨毯に茶色の液体を広げて染み込ませていく。

 癇癪を受けた従僕は汚れた絨毯に跪き残骸の片づけを始めるが、労いや謝罪を受けるどころか王子によって肩を蹴られた。


「この無能が!!」


「申し訳ありません」


「何だこの部屋は!!どうして私があいつより下の部屋だ!!」


「下ではございません。この部屋は寮では一番良い部屋です」


「あいつはもっと広い部屋だと聞いた!!寮のワンフロアを独り占めしていると聞いたぞ!!」


「空き部屋を繋げて続き部屋にしただけだそうです。新寮の部屋が足りないからと身分の低い生徒達を振り分けている旧館の方でございますし、決して殿下の方が下などとはありえません」


 従僕は言い訳しながら心の中でセルジュこそを罵っていた。

 侯爵が使うあの部屋こそ、急な入学の王子に合わせて学園側が作り替えていた特別仕様の部屋だったはずだ。セルジュが侯爵の部屋を横取りさえしなければ、身分の低い子供と一緒は嫌だと我儘を言わなければ、あの部屋を使えたのだ。


 遠い食堂室まで行かずとも茶が淹れられる給湯設備や、誰が使ったかわからない薄汚れた共同風呂に行かずに済むシャワールームもあるあの特別室に!!

 このくそ馬鹿王子のせいで酷い貧乏くじだ!!


 可哀想に。

 従僕の心の叫びを覗いた私はほくそ笑む。

 アバンとダビデが我が陣営にいて良かったな、と。


 王子が無能なせいでと罵る従僕だが、王子の従僕こそ人任せの無能である。

 あの部屋を特別室に仕立て上げたのはアバンとダビデの手腕であるのだ。

 どんな荒地での野営でも豪華仕様にしてしまえるという、奴らが無駄に育てているスキルによるものと言う所が少々うすら寒いが。


 王子一派は、人のものを奪うとどうなるかという教訓めいた昔話の結末の様な有様だと、楽しい気持ちになった私はフィーの元へと戻ることにした。

 これ以上見るものも無いからな。

 これ以上内面を覗いてはいけない、だったかな。


「セルジュ、あなたは努力が足りなくてよ。どうしたの。お兄さんよりぜんぜんじゃ無いの。幼い時は誰よりも賢かったあなたでしょう。努力すれば誰よりも出来るはずなのよ。そうしてそんな怠け者になってしまったの?」


 フィーの全てを私が覗けるように、私が見て知ったものをフィーが私を覗いて知る事も出来る。セルジュが母親から受けた言葉をフィーに知らせてしまったら、フィーがセルジュを潰せる時に潰せなくなってしまうじゃないか。

 だから私はこれ以上セルジュを覗かずに帰ることにしたのである。



 そして翌日、新入生の学園生活第一日目において、フィーは第二王子の嫌がらせ第二弾を受けることになってしまった。

 午前中の授業にて、今後に向けた班分けが行われ、フィーは一人あぶれたのだ。


 初日の魔法授業は生徒のエレメンタルを計り、エレメンタルによってできる魔法についての簡単な手ほどきを受ける、それだけのものだった。


「先生。エレメンタルの強さを揃えて班を作るのは如何ですか?ほら、エレメンタルに差異がありすぎる人がいると、自由課題で思い切ったテーマを研究課題にする事が出来なくなります」


 焦げ茶色の髪をした眼鏡をかけた賢そうに見える少年が真面目そうに挙手をし、教師へ不安を抱いたための提案として発言する。

 私は少年の目的が分かったが、教師は全く気が付かなかったようだ。


 無能め。


 三十七名の生徒の中で、エレメンタルがあからさまに低い値を出したのはフィー一人である。あの少年の提案は、フィーがいたら思い切ったテーマ研究が出来なくて成績に影響するぞ、とそこにいる全員に伝えるものだったのだ。


 その結果など火を見るよりも明らかだ。

 六人の六つのグループが出来上がったが、フィーはどの輪にも招かれなかった。


 この事態を招いた少年はセルジュの班に入っており、セルジュと彼だけではなく、その輪の中の少年達全員は愉悦に歪んだ笑みをフィーに向けた。


 フィーは満足そうな顔をした第二王子を見つめながら、やってしまえ、とダビデに言っておけば良かったな、と思い返した。今からアバンに向けて首を切るリアクションをしてみるのはどうだろうか、とも。


 入学式といい今回といい、王子のやることは大したことではないが、毎日似たような小さなことをやられたら毎日がうんざりして嫌になるな。


 でも、と、フィーは心のうちでほくそ笑む。


 王子はこれを自分にされると泣くんだな。


 私はフィーの心のうちを読み、辛辣すぎると草葉の陰で笑いを堪えた。

 ちなみに私は今日もフィーの胸元にはいない。私はアバン達とは違いフィーの自主性を尊ぶのであるからして、ブローチではなくカナヘビ状態で学園内を散策しながらフィーを見守っているのである。


「はい!!そこの新入生!!エレメンタル量が違うからこそ出来る、大花火を打ち上げて見せたいの。手伝って!!」


 元気な女の子の声に新入生達は一斉に声の方へと振り返る。

 そこには、赤く輝く長い髪をふわっと流し、楽しくて仕方が無いという風に緑色の瞳を煌かせた美少女、ダビデの妹が嬉しそうに手を振っていた。

 彼女の周りにはやはり新入生では無い男女が四人並んでおり、彼等こそカリンナの元気すぎる行動に驚いた表情となっている。


「新入生さん達初めまして。デモンストレーション部隊に選抜された、二年のカリンナ・カランガルです。エレメンタル魔法はかっては補助魔法でありました。前線で戦う騎士を補助し、騎士の強さを高めたのです!!」


 カリンナは自分こそ騎士のようにして姿勢正しく歩き出し、周りなど一切見ないでフィーの前にと進み出る。


「いいかな?新入生君。私の騎士役をしてくれる?」


「光栄です。先輩」


 二人は仲の良い姉弟のようにして、にやっと意味ありげに微笑み合った。

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