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ミドルフェイズ1

随分とキャラのセリフに補足をいれる羽目になりましたね……。

これならセッション時に素直に霧谷さん出して説明して貰えばよかったかも。

まぁ、セッション時はそこまで気が回らなかったんですけどね。


 八部江が目を覚ましたとき、彼は病院のベッドの上で寝ていた。

 すぐ側にいた看護婦が八部江の様子に気付いた後、慌てて病室を出て行きそのままにされている。

 意識を失っていたせいかどうもぼんやりして頭が回らない。それに全身が気だるい。

ひょっとして、自分は事故にでも遭ったのだろうか。乗っていたバスが急ブレーキをかけたことまでは覚えているのだが。

八部江はどこか気持ちがふわふわとして現実味を感じていなかった。

 それどころか帰ってこない看護婦に対して、医者を呼びに行っているにしては、随分と時間がかかっているなぁ、と呑気にも思っていた。勝手に出歩くわけにはいかないだろうしなぁ、とも。


 すると突然、ノックもなしに病室のドアが開いた。八部江は驚き、慌てて体を起こす。

 そうして中へ入ってきたのはどう見ても医者には見えない二人組。若い男性と、八部江と同い年くらいの男の子だ。

 部屋に入ってきた男性は八部江を見るなり、にやりと笑った。


「気がついたかい?」

「だ、誰ですか?」


 八部江のどこか警戒した声色に、男は不敵な笑みを崩さない。


「ああ、紹介が遅れて済まない。私はUGN・N市支部長、ナツキ サンと申します」

「私は部下の――ジバシと申します」


 UGN? 部下? と八部江の中でいくつもの疑問がわき上がる。おまけにナツキと名乗った男の不敵な笑みが、彼らの胡散臭さに拍車をかけていた。


「――で、どうしたんですか?」


 だがナツキはそんな八部江の態度も織り込み済みのようだった。


「いきなり何だ、と思っているだろうね。そうだね、事件の――いや。まずは君の体に起こったことを話してあげよう。レネゲイドウイルス、という言葉を聞いたことがあるかな?」


 八部江は首を小さく横に振る。


「まぁ当然だろうね。我々UGNが必死に隠蔽しているのだから、知っていてはむしろ困る。レネゲイドウイルスとは、ある事件がきっかけで世界中に広がったウイルスだ。公にはされていないが、全人類の約八割がこのウイルスに感染している。このウイルスは、普通ならなんともないのだがね、感染者が命の危機にさらされるなどすると極まれに覚醒する。そうして覚醒した者は、常識ではあり得ないような超常の力を持つ者、オーヴァードとして生まれ変わるのだよ。――八部江くん。君は事故で一度死に、そしてオーヴァードとして生まれ変わったのさ」


 まともな人間が聞けば、正気を疑われるような発言のオンパレード。馬鹿馬鹿しい妄想だと鼻で笑われても仕方ないような荒唐無稽な話だ。おまけに自分が一度死んだなどと聞かされて、はいそうですかと納得する人間などまずいないだろう。

 だが八部江は、彼の話が嘘だとは思えなかった。


「――君にはもう、その力が分かっているはずだよ」


 ナツキの言うとおりであった。目が覚めたときから、八部江には自分の中に新しく渦巻く「何か」の使い方が分かっていたのだ。

 まるで以前からあったかのように、あまりに自然に体が力の使い方を理解している。


「確かに……傷がないですね」


 おまけに八部江の体には一つも傷が残っていない。少なくとも、意識を失うような状態だったのに、だ。


 すると突然、今まで黙っていたジバシが八部江へ向かってお見舞いの品であろうリンゴを投げつけた。緩やかな放物線を描く軌道だったが、突然のことにまだ起きたばかりの八部江はキャッチできずに取りこぼしてしまう。


「あっ――」


 そのまま床に転がり落ちそうなリンゴへと八部江が手を伸ばした、そのとき。


 リンゴがぐしゃりと、ねじ切れるようにつぶれた。

 まるで周囲の空間ごと歪められたかのように、無残に。


「『バロール』……重力や空間を操るシンドロームだね。それに領域を操る『オルクス』も入っているかな? ――それが君の力だ」


 目の前で起こった異常。だが潰れたリンゴから漂う甘酸っぱい匂いが、これが現実であると八部江に教えてくれる。今のはマジックの類いではなく、自分が引き起こしたことだとも。


「まだ制御は甘いね。そのレネゲイドの力は無闇に使いすぎれば身を滅ぼす。十分に気をつけてくれよ」


 さて、と一呼吸置いてナツキは態度を切り替えた。今までのどこか芝居がかった雰囲気は消え去り、表情も柔らかい笑顔になる。気さくな男性へと印象が切り替わる。

 八部江は知るよしもないが、これこそが人気喫茶店の親しみやすいマスターの表情だった。ナツキは平時と仕事での雰囲気の切り替えが上手なのだ。

 ちなみにこちらが素である。


「何か聞きたいことはあるかな?」

「あなたたちも覚醒しているのですか?」

「オフコース」


 ナツキは茶化すように答える。


「俺たちも同じ、オーヴァードだ。先輩と呼びたまえ」


 一方でジバシはまだ堅苦しい態度のままだ。というより、彼はあまり八部江のことを信用していないのようである。

 ナツキさんはともかく、ジバシって人は取っつきにくそうだなぁ、と八部江は思った。確かにオーヴァードとしては先輩だが、実際の歳は同じ高校生くらいだ。だけども彼は八部江の知る他の高校生であるクラスメイト達とは、どこか雰囲気が違う。

 と考えた八部江はそこでハッとした。

同じバスに乗っていたクラスメイトの少女、意識を失う瞬間まで隣にいた綾瀬真花は無事なのか。


「無事なんですかあの子は!?」


 まだどこかぼんやりしていた頭が急に覚醒し、血相を変えてナツキを問い詰める。


「ああ、君が庇った女の子、綾瀬真花ちゃんのことだね。彼女なら無事だ。君のおかげで傷一つない。――ただ、UGNとしてはレネゲイドウイルスやオーヴァードが世間に公になっては困るんだ。彼女には我々で記憶操作をさせて貰った。きっと彼女は事故のことの詳細を覚えていないだろう。八部江くん、君も彼女に自身のオーヴァードとしての力を話してはいけないよ。自分がオーヴァードであることを、周囲に隠してくれ」


 力を秘密にして欲しい、というのは八部江も理解できる。だが先ほどから会話の中に出てくるUGNとは何なのだろうか。

 ここまでの流れから、UGNというものがナツキやジバシの所属する何らかの組織の名前であることまでは八部江にも予測がついているのだが。

 八部江はそのことをナツキに尋ねた。


「ああ、そうだね。次は我々UGNと、それからFHについても教えてあげよう」


 ナツキはコホン、と咳払いを一つした。


「UGNは『ユニバーサルガーディアンネットワーク』の略で、世界中に広がったオーヴァードが社会に露見しないよう活動している組織だ。またオーヴァードの出現によって、レネゲイドの力を悪用した犯罪も増加した。これらを阻止するのも我々UGNの活動だ。さらに、オーヴァードたちが普段の日常生活を送るための支援も行っているよ。

 次に『ファルスハーツ』。レネゲイドの力というのは使いすぎれば自分の理性を失う諸刃の剣なんだ。もし理性が無くなれば、自分の欲望のままに動く『ジャーム』と呼ばれる存在と成り果ててしまう。そんなジャーム達が集まって作られているのが、FHという組織だ。まぁ、レネゲイドの力を悪用して自分たちのために好きなように暴れるテロリスト集団みたいなものだと思ってくれて構わないよ」


 テロリスト集団に世界の平和を守る秘密組織。それらが超能力で戦っているだなんて、とことん空想染みた話である。

 八部江もきっと、自分がオーヴァードとしての力に目覚めていなければ信じていないだろう。

 だが八部江はもう、非日常へ足を踏み入れてしまったのだ。


「まだ聞きたいことはあるかい?」

「……今日の晩飯は」

「病院食だ」


 下らない質問だったからか、黙っていたジバシが思わず口を出していた。

 ナツキはそんなジバシを振り返って笑いかける。次いで真剣な表情で八部江へ向き直った。


「八部江くん」

「はい」


 切り替わった雰囲気に、気付かないうちに八部江も背筋が伸びていた。


「君は力を持ってしまった。このまま世の中に放つわけにはいかない。君には私たちの管理の下、働いて貰う」

「支部長、本気ですか! こんな怪しいやつを!」


 ジバシがナツキの後ろで抗議の声をあげた。やはり彼は八部江のことを信用していないようだ。


「心配するなジバシ。君の時もこんな感じだった」

「ですが、こんなド素人を……!」


 ナツキになおもジバシは食い下がる。


「うーん……ちょっと怖いからなぁ。ひとまず形だけでも入っておこう」


 八部江は二人に聞こえないように小さく呟いた。

 だがオーヴァードであり、振動――すなわち音も司る『ハヌマーン』であるジバシの耳にはその声はしっかり届いたらしい。


「そんなアヤフヤな気持ちで入ってくるんじゃねぇよ!」


 ジバシは八部江をにらみつけて怒鳴った。


「こんな奴で良いんですか、支部長!」


 だがナツキはそんなジバシを笑って受け流すだけである。


「構わないさ。――さて、改めて自己紹介をしておこう。私はナツキだ。よろしく」


 差し出された手を、八部江は躊躇いながらとった。それを不満げな表情で見るジバシ。

 こうしてただの高校生だった八部江は、日常の裏側へと入っていくことになる。


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