三章 その十
「どうした? 初。図書室で何かあったのかぁー?」
午後になって。自宅に戻った俺はベッドの上で気怠い時間を過ごしていた。
本当は椎野部長のお見舞いに行こうと思っていた。だけど、とてもじゃないけれど、そんな気分にはなれなかった。
無為に寝床で転げる俺に、アンジュは何度も気遣わしそうに声をかけてくれる。しかし、そんな彼女に、愛想笑いを返すことも、返事をすることもできないでいた。
携帯電話に映る不安げな彼女を覗き見る。
こいつが、……アンジュが、すべての黒幕なのか?
もう何度も繰り返した自問自答を、俺はまた心の中で問いかけた。
違う。アンジュは、そんなことをするような奴じゃない。自分に言い聞かせるが、疑惑を拭いさることはできない。
それに、だ。仮に、本当に仮にだけれど、彼女が犯人だと、納得できる点もいくつかある。
まず、裏サイトの情報だ。
あれだけの人数、しかも裏付けのある情報を探し出すのは、並大抵のことではない。もっと言えば、人間業じゃない。
だけど、どこのコンピュータやネットワークにも簡単に侵入できるアンジュなら、それも容易なことだろう。
現に、彼女は俺の目前で何回も情報収集能力を見せつけてきた。あれだけの手腕があれば、裏サイト作成だって造作もないことに違いない。
それに、動機だって推測できる。
アンジュと牧谷遊奈の顔が似寄っているのは、もはや偶然では片付けられないだろう。
となると、その因果関係こそが一連の動機に繋がっているはずだ。
牧谷遊奈。
十年前の被害者。
そっくりなアンジュ。
人工知能。
高校裏サイト。
告発。
復讐。
ばらばらに散らばったピースが、頭の中で勝手に組みあがっていく。
出来上がった絵柄が望まないものにもかかわらず。
思考と妄想が区別なく絡まり合い、ひとつの結論が形作られていった。
「おーい? はーじーめー?」
呼び声にハッとして、上半身を起こす。
「……どうした、アンジュ」
「お、やぁっと返事してくれた。元気ないみたいだけど、考え事かー?」
「そうだよ」目は合わせずに短く答える。「だから悪いけれど、少し一人にしてくれないか」
「ふぅーむ」アンジュは眉根を寄せた。「どうやら、図書室で入手した情報がよほどショッキングだったようだな」
内心、冷や汗ものだった。俺は動揺を隠して言った。「どうしてそう思う?」
アンジュは呆れたようにため息をついた。「そりゃ、そうさ。朝は普通だったのに、図書室から帰ってきてから様子がおかしいんだから。誰だってそう思うよ」
それもそうか。妥当な考えだ。
「なぁ」アンジュは平坦な口調で尋ねてきた。「それは、私には言えないことなのか?」
思わず、言葉に詰まった。
いや、本当なら彼女に直接問いただすのが一番手っ取り早いはずなのだろう。
それは分かっているが、それでもやはり、心のどこかにためらいが残る。
「……悪い」俺はうなだれて謝った。「今はもう少し、一人で考えさせてくれ」
「……分かった」
アンジュは俺の申し出に深く追求はせず「それよりも!」と強引に話題を変えてきた。
「昨日の首吊り事件だが、被害者の情報、調べがついたぞ」
「そうか」
「……いやに素っ気ないな?」
そうだろうか。そうだったかもしれない。
「悪い。脳内会議が白熱してて。ちゃんと聞いているから、続きを」
「ふぅん」あまり納得できていないようだったが、アンジュはすぐに頷いた。「昨日、一年一組の教室で首を吊っていたのは、村上昌樹という生徒だ。昔から万引きの常習犯で、裏サイトにも晒されていた。昨日はその件でクラス中から白い目で見られていたようだな。それを苦に、衝動的に自殺したのでは、という意見が今のところ一番有力みたいだ」
「意見って、誰の」
「警察。あと学校側」
また警察の情報をハッキングしたのか。こうやって軽々とやってのける姿を見ると、疑惑が嫌でも心をかすめる。畜生。アンジュを疑いたくなんてないのに。
「同級生のあいだでも、だいたい似たような意見のようだぞ。村上は大胆に見えて意外と繊細な部分もあったみたいだし、昨日のクラスでの扱いはなかなか壮絶だったらしいからな」
「壮絶な扱いって、どんなだよ」
「あまり詳しく説明すると、ますます初の気が滅入るだろうから省略する」
「……」
ハブとか、シカトとか。そういう類のことだろうか。
なんにせよ、あまり愉快な内容ではなさそうだった。
「なんにせよ、きっかけが裏サイトなのは疑いようもないな」
そこには俺も同意だった。一連の騒動の発端が例のサイトなのは、もはや間違いないだろう。
「しかし、かと言っても確たる証拠がないのも事実だ」
「まぁ、所詮は推測の域を出ないからな」
「うむ。というわけで、だ。初、悪いが聞き込みに行ってもらえないか」
「聞き込みって……どこに?」
「当事者のところ」アンジュは当たり前のように言った。「新聞部部長、椎野心晴の入院している病院にだ」




