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いじめっ子が亡霊になってもやっぱりいじめっ子だったんだが 2

「今度あんなマネしたら、ただじゃおかないからね」

 自分の部屋で髪をとかしながら、結衣は快人に念を押す。この男は悔い改めて、善行を積むつもりなどあるのだろうか。どうもそういう気配がない。言っては何だが、善意のオーラ、波動がこやつから伝わってこないのだ。結衣は忌々しげに眉をひそめて、快人の方を見る。

「ちょっと聴いてる? 快人君」

 見ると快人は、結衣のタンスを勝手に開けて彼女の下着を取り出している。快人は楽しげに、結衣のパンツを眺めて掲げてみせる。

「ハッハッハ。赤いパンツ。似合わないことこの上ない」

 ちょっと待て! それ返せ! 結衣はそう叫ぶと、快人の手からひったくるように、パンツを無事取り返し、息をぜぇぜぇはぁはぁ切らしながら、言ってのける。

「あんたこの調子じゃ、因業軽くするとごろか、重くなる一方よ」

「そうだねぇ」

 呑気に言っとる場合か。ツッコミたくもなるが、はたと気づいて結衣は考えをまとめる。こやつが成仏出来ないということは、つまりは何か? やはりそれはずっと自分のもとに快人が憑りついたままだと言うことを意味するのだろうか? そう思うと結衣はこみ上げるものをこらえきれなかった。アカン。涙が出て来る。こんな奴の因業軽減のために、自分の大切な乙女の思春期が奪われてしまうとは。さすれば話は早い。こやつに善行を積ませて、さっさと成仏してもらおう。そうと決めると結衣は、夕食後、自分の部屋で、明日のスケジュールを決めて行く。

「まず明日は花壇の整備ね。そして教師のプリント配布の手伝い。それからそれから……」

「善行。その程度で足りるかなぁ」

 そう呟く快人を横目に、結衣は順々にプランを立てていく。

「足りるかどうかはともかく、とにかく少しでも善行積まなきゃ仏になれないんでしょ? 現世に未練なく別れるにはとりあえず一日一善!」

「まぁ、俺はこのままでもいいんだが」

 冗談! 結衣はそう叫んで取り敢えず寝床に就く。まさか夜這いなんてとんでもないマネはするわけないと踏んで。いやいやそう固く信じながら。

 朝、目が覚めると、快人は結衣のベッドから離れたところで、毛布も掛けずに一人眠っている。とにもかくにも自分の貞操は守られたらしい。そう安心して、快人を見つめると、彼は寒そうだ。体をブルっと震わせて、何とか起き上がる。

「あぁ、おはよう。結衣ちゃん。昨日は寒かったねぇ」

 寒いのなら毛布の一枚くらい貸したげたのに。変な所で遠慮しいなんだから。そう思うと快人が少し愛しく感じる。これくらい配慮が出来る奴だったら、生前、その気配をちっとは見せときぃよ。いらないお世話だと思いながら、結衣はそう感じずにはいられなかった。だがしかし、そんな感傷に浸ってる場合ではないのだ。今日からは、散々、こやつ、いや快人って言った方がいいかな。この男に善行積ませにゃならんのだ。でなきゃ、快人は成仏出来ないじゃん。そう思い立ったが早く、結衣は快人を連れて学校へと駆けていく。

 学校。授業がまだ始まる前の午前中。結衣は、快人を学校の花壇前に連れて行くと、あれやこれやと指図する。

「さぁ。この花壇を綺麗にしてちょうだい。それから添え木も丁寧にやっといて。目指すは極楽浄土の大往生。レッツ・ゴー」

「はぁい。分かりました」

 そうと聞いたら話は早い。快人も鈍感マヌケな男でも、ただのド助平でもありゃしない。水撒き、添え木、雑草むしりをしっかりやって、花壇の手入れを仕上げていく。あら案外、いいトコあるじゃない。そう結衣が零すと、快人は、一輪枯れてしまった花を見つめて寂しげに呟く。

「ああ。たった一輪だけ先に。かわいそうだな」

 その言葉は、これから青春を迎えるはずだった快人の姿と、結衣には重なって見えた。「かわいそう」。これから人生を謳歌しようって大事な時に事故死するなんて。ついてない。かわいそう。そんな気持ちが結衣の心を過ったが、それはそれ、やはりそれはそれで、さっさと快人には、成仏してもらわにゃならんのだ。自分の柔肌もタダではない。そう決意して、結衣は、今度は授業前の暗室へと出向いていく。そこでは担任の女教師、中川がプリントを纏めているはずだ。

 暗室では案の定、中川がプリントを整理している。そこへつかつかと歩み寄った結衣は、快活に中川へと話し掛ける。

「先生、プリントの配布と整理は私達に任せて、任せて」

 「達」。言ってしまって、はたと言葉が止まってしまったが、そこはおいそれ、相手もスルーしてくれることでしょう。結衣は軽い足取りで、プリントのもとに向かうと中川からバトンタッチを受ける。

「ありがとう。結衣さん。よろしくね」

 そう言って中川は立ち去っていく。さぁ君の出番だぞと、一つ気負って、結衣は快人にもう一度指示を出す。

「さぁプリントまとめて。クラスごとに整理して。これが今日のあなたの仕事。一日一善、レッツ・ゴー」

 指図されても快人は、特段嫌がる素振りもない。あれ? こんなに素直な男だったぁかいな。そう思いながらも結衣は快人と共同作業でプリントを取りまとめていく。この調子で、善行積んで、因業軽くすれば、極楽浄土、仏になっての大往生は目の前ね、と呟いてみせる結衣の手前に、障害が。腰を屈めてプリントを扱っている結衣の胸元が、若干露わになっているのを見計らい、快人が軽くスマホのシャッターを切ったのだ。

「おい、コラッ!」

 そう叫んで、結衣は画像を削除するよう、快人に言い寄るものの削除するつもりもないらしい。快人、曰く。

「何ってただの胸チラ写真じゃない。ブラジャーつけない自分が悪い」

 何て理屈だ。こんな男が将来セクハラ尽くめの男になったりするんだろうか。おぞましい。だがしかし、ここはそれ、ぐっと堪えて事実を淡々と述べねばなるまいて。

「いい? 快人君。その写真。今度だけは見過ごしてあげる。だけどね!」

 そして結衣は念を押す。因業軽くしなきゃあ成仏出来へんのだと。快人は困ったような、それでいて照れくさそうな笑みを浮かべて頭を掻く。

「ワルイ、ワルイ」

「そうと分かったら画像削除! 分かった!? そしてプリント配るの手伝って!」

 そう甲高い声で、言ってのける結衣。その結衣の言葉を優しく笑って聞く快人。何だ。つまんない。そういう気持ちがあるのなら、生前から優しくしてなさい。そう思うと、結衣は胸が締め付けられる思いがした。だがここは心を鬼にしてっと。次の善行へと快人を連れて行くのだった。

 するとプリントを各教室に配る道すがら、3組の相原進が、結衣に絡んできた。この男は正真正銘のワルで、更生しなけりゃ立ち直れない。監獄暮らしが待ってるよ、ってなタイプの男だった。その相原が、結衣を止める。

「おい、お前、甲斐甲斐しくプリント配りを手伝って、中川のご機嫌取りか? 気に入らないな」

 3組のクラス中が凍って、静まり返る。イケない。ダメだ。このままでは結衣が、相原の憂さ晴らしの餌食になってしまう。そう皆が思った矢先、彼が、そう、快人が降臨したのだ。キラキラリン。輝く天使のような羽根を瞬かせて。悪の一本道、相原もこれにはさすがに戸惑った。震える指で、快人を指差す。

「た、高橋!? お前、死んだんじゃ」

「死んだも何も、こうも結衣ちゃんがピンチになったら、降臨せずにはいられなくてね。お前なんかにこの子を傷つけさせるわけにはいかないんだよ」

 何、言ってやがる、と相原も反抗してみせる。幽霊になっても所詮、高橋は高橋。ド助平が得意なだけの下っ端学生、一つ腕を一捻りと目論んで見せたが、その相原をヒラリと交わし、快人は宙に舞い上がる。そして相原のみぞおちに、一度鋭い鉄拳制裁を加えるとこう言ってのけた。

「この子は、俺にとって世界で、一番、一番大切な子でね。何があっても守んなきゃならないんだ」

 みぞおちに鉄拳を食らった相原は腹部を抑えてうずくまる。すると快人は結衣を連れて、3組の教室をあとにする。3組の級友達は、良かった、何も起こらなかったと胸を撫で下ろしていた。

 3組の教室を離れ、結衣のクラスへと向かおうとすると、どこからともなく声が聴こえる。これが「天の御使い」の声という奴か。キラキラと光が輝き、瞬いて、快人の姿を包み込んでいく。

「快人、ついに心置きなく、生涯を終えることが出来ましたね」

「どういうことです?」

 快人は「天の御使い」に訊き返す。

「あなたが伝えられなかった思い、気持ちがあるのを閻魔様は察して、あなたを現世へと舞い戻らせたのです。因業の重い軽いはつまり……」

『嘘も方便?』

 結衣と快人は揃って声を合わせる。その通り、と「天の御使い」は頷いてみせる。

「これであなたも現世に悔いなし。では最後に別れの言葉を」

 その言葉を皮切りに、快人の姿は徐々に薄れていく。快人は消えて行く体から手を差し伸ばして、結衣にこう告げる。

「結衣ちゃん、ずっとずっと前から君が大切だった。今までも。これからも。本当にどうもありがとう」

 結衣の胸は一気に切なくなる。快人の伸ばされた手を握り返して、こう伝える。

「待って! 快人、私にも伝えたいことが!」

「画像? 画像なら削除するよ。安心して」

「そうじゃない! 快人。私もあなたがたいせ……」

 その言葉を遮り、快人は消えていった。そうして快人が手に持っていたプリントは、ヒラリと宙に舞い、彼は跡形もなく消えた。結衣の瞳から、涙がポロリ、一筋零れ落ちるのを残して。

 それから一週間後、着替えを済ませた結衣は、今日も学校へ向かって駆け出していく。結衣の後ろ姿には、煌めく爽やかな風が吹き抜けていくようだった。結衣の瞳には、地獄の閻魔様と楽しげにやり取りする快人の姿が垣間見えた気がした。それは冗談好きな快人らしい光景だった。

「閻魔様。結衣ちゃんの胸チラ写真、見ます?」

 その光景を目の当たりにして、結衣はこうツッコまずにはいられなかった。……おい、コラ、と。

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