いじめっ子が亡霊になってもやっぱりいじめっ子だったんだが 1
ガーンッ! 脳天をカチ割られたような感覚。鈍い痛み。略して鈍痛。その他諸々の五感を刺激する衝撃。高校一年生、心身共に健康で、一見何一つ不自由のない、安藤結衣にそのニュースが飛び込んできたのは午後の授業中だった。クラス一のお調子者で、ワルフザケが大好きな高橋快人が事故死したという。その快人は事あるごとに結衣にちょっかいを出すいじめっ子で、結衣は快人のことを「ドS」「変態」「ド助平」、挙句の果てには「地獄の御使い」とまで呼んでいた。
その快人が事故死したという。嫌っていたとは言え、いじめっ子だったとは言え、何はともあれ人一人が死んでしまった事には変わりない。少しは暗い表情を見せて、「ご愁傷様」とくらいは言ってあげた方がいいかもしれない。
結衣の脳裏に快人との想い出が駆け巡る。プールの授業の日に水着を隠されたこと、足の太ももの写真を撮られ、一枚100円で売買されていたこと、寝ている隙に、胸の谷間へストローを五本も差されていたこと。何もかもが懐かしい。何もかもが今となっては美しい想い出だ。だがしかし、アカンだんだん腹立ってきた。ほとんど犯罪やないか。結衣はそう思うと、快人に同情するのを一切やめた。あんな奴、事故死して当然だ。せいぜい地獄の閻魔様と仲良くやって、地獄の余生を楽しく送って欲しい。アーメン。そうして結衣は十字を切ると、楽しく平和な学園生活をもう一度満喫しようとしていた。
学校を終えて帰宅した結衣は、早速シャワーを浴びにバスルームへと向かう。今日は長距離走だったので、汗で体がぐっしょりだ。さっさと洗い流してしまおう。そう思って結衣が衣服を脱いだ途端。ハッ。人の気配を感じる。あっさりしているが、どこかSっ気の漂う、リラックスした視線。その視線を背後に感じた結衣は、後ろを振り向く。するとそこには今日めでたく事故死したはずの快人が宙に舞って、というか漂っているではないか。いつもの笑みを見せて、楽しげに、清々しげに。
げげん。何だこいつは。取り敢えず、怨霊退散、悪霊退散、家内安全、安産祈願で、五臓六腑に染み渡ると言って追い払ってしまおう。
「ぎゃあああああああああああ!!!!!」
結衣はそう叫ぶと、脱いだ衣服をばたつかせて、快人の亡霊? を追い払おうとする。残念ながら今、家には誰一人としていない。助けに来てくれる人はいない。頼りになるのは自分だけだ。そう思うと結衣の手にも力がこもる。だが悲しいことに結衣の振り上げた衣服は、快人の体を虚しくすり抜けていく。快人は快人で体を防御する姿勢を見せるが、立ち去る気配もない。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってよ! 結衣ちゃん」
結衣ちゃん? 馴れ馴れしく下の名前で呼ぶない。そう思って結衣は姿勢を正す。この状況を何とか把握して、乗り切らなければ、俺達に、もとい、か弱い私に明日はない。結衣は、衣服で胸元を隠して、とりあえずは相手の言い分を聞く。
「でっ? 快人君 幽霊になっちゃったわけ?」
「うん、そう。物わかりがいいな。おYUI」
「おYUI」。その言葉を聞いて懐かしくも苛立たしくもある想い出が振り返られる。快人は自分のイタズラに結衣が反抗する度に、「やるな! おYUI」と言ってからかっていたのだ。忌まわしい記憶と感情が蘇る。だけど、どこかちょっとホッとする。そんな感情に囚われて結衣は快人を見据える。
「で、幽霊になっちゃった快人君が、私に何の用ですか? もしかして幽霊になった暁には、のお決まりパターンで女子の着替えを覗きに来たというわけですか?」
快人は笑って両手を広げる。
「そう、正解! じゃーん。と言いたいところだけど、そういうわけでもないんよ」
「と、言うと?」
結衣は問い返す。亡霊になってもどうしようない欲求を持っているであろうこの男だが、どこか憎めない。その上、事故死と言う、不慮の死を遂げたのだ。少しは言い分を聞いてやってもいいかもしれない。そう思うと結衣は改めて今、ここ、現在、よりにもよって、自分が乙女の肌を曝け出し、シャワーを浴びようという浴室に現れた快人に向かい合う。快人は申し訳なさそうに、だがお気楽な様子で話を始める。
「うん、何だか、良く分からないけどさ。地獄の閻魔様と意気投合しちゃって」
やっぱり。と冷たい視線で結衣は頷く。で? で? で? 続きを早く。地獄の閻魔様と意気投合したのは分かったがな。お前みたいな奴だ。未成年の分際で、閻魔様と交わし合った杯もさぞ美味かっただろう。結衣がそう思って快人を見ると、彼は今一つ事情がのみ込めないでいる。こめかみに人差し指をあてて、思案気だ。
「それが閻魔様が言うには、俺は現世での因業が深すぎるんだと。だからその因業数値を軽くしなければ、ろくに成仏も出来ないそうだ」
因業数値を軽くする。要するに、現世で善行をもう一度積まなければ、ろくに地獄の釜茹でに茹でられることもままならないのねん。何てかわいそう。もとい、ざまぁみろ。そう思って結衣は快人の少し考え込んでいる瞳を見つめる。
「それで善行を積みたいのね。で、なんで私のところに? 善行積みたいんだったら、アフリカの恵まれない子供達のためにタダ働きでもなんでもやってみんさいよ」
そう一気に畳みかけられて、快人も困っている。頭を軽く掻いてこう答えるので精いっぱいだ。
「それが、よくわからないんだが、閻魔様が言うには、誰か一人に憑りつかなければ、現世での活動は制限されるんだと。だからここに」
だからここに、の意味がよく分からないが、快人が憑りつく相手として自分が選ばれたらしい。そう思うと、結衣はぞっとした。イヤ、寒気と、悪寒が走ったが、仕方ない。事情を良く聴いてみよう。結衣は左手を広げて快人に訊く。
「憑りつく相手はなぜ、『わたし』なの?」
そう訊かれて快人は戸惑い気味だ。快人も、今一つ事情を掴み損ねているらしい。
「それが……、よく分からないんだが、閻魔様がランダムに選んで、結衣ちゃんに決まったんだと」
「ランダム」。なんというモダンな響き。そんなアバウト、曖昧な理由で自分が選ばれたのなら、たまったものではない。だがしかし、同時に快人は自分のもとを去るわけにも行かないらしい。善行を積むまでは。そうと分かると話は早い。結衣も物わかりの悪い方ではない。仕方なしに、快人が自分に憑りつく、いや、纏わりつくのを許すことにした。
「もう。何だか知らないけど、私の傍にいなけりゃ、善行積んで、仏さんになるのもままならないわけね。まっいいや。仕方ない。それはともかく、今からシャワー浴びるけど覗かないでね」
「うぃ、分かった」
何だ何だ。結構、物わかりのいい奴だ。要憑りつく相手とは言え、こうも言って分かる奴なら、生前もそう接しておけば良かった。結衣は、快人が後ろを向いたのを確認して、衣服を脱ぐと、シャワーを浴び始める。
うーん。善行。こやつにそんなことが出来るのだろうか。そもそも悪の権化そのものの獣みたいだった男に。それに今この瞬間にも悪行を積み重ねてしまいそうな男に。結衣の柔らかく透き通った肌を、シャワーの雫が弾けていく。ん? んぬぬ? 何か視線を感じる。嫌な予感。一番ヤな予感が当たったか。そう察するが早く、結衣は後ろを振り向いた。見ると快人が手を顎に当て、肘をつき、結衣の裸を見つめている。快人は呑気にこう言ってのける。
「アハハ。結衣って結構バスト大きいんだな」
「ぎゃああああああああ!!!!!」
取り敢えず今日二度目の叫び声。こうして幽霊となった快人との奇妙で、おぞましい共同生活が始まった。




