田園風景に蜻蛉
どこまでも黄金色の田園が広がる場所で、宗一郎は蜻蛉の群れを見つめていた。ふと見ると宗一郎の手にも、かの蘭次郎の手と同じように、トンボがとまっている。宗一郎は風に靡く稲穂を見つめながら、寂しげに、しかし艶やかに口にする。
「蘭次郎殿の想いはついに届かなかったようですね。『花魁白日夢』。罪な遊技機です」
だが、と前置きして宗一郎は続ける。
「蘭次郎殿が深い快楽と、そして何より一人の『女性』との深い愛で結ばれたのは、これまた揺るぎない事実。彼が女性への忌避感を克服して、健やかなる性の世界へ飛び込んでくれれば、それに勝る幸せはないのですが」
宗一郎はそう哀感を持って零すとスッと指先を動かした。すると宗一郎の手元にとまっていた蜻蛉は、彼の指先から離れ、どこへともなく飛んでいった。赤く滲む夕陽。その夕陽を背景にして、宗一郎は膝元の埃を払う。何か彼はズボンの膝に埃が付くようなマネを、私達の知らない内にしたのだろうか。宗一郎の膝元は汚れていた。
宗一郎はズボンをキレイにすると次にこう零した。
「さて、私の用事の方も段々と差し迫って参りまして。次は過去へと戻ることになりそうです。これまでは未来へ、未来へと足を進めてまいりましたが、過ぎ去った日々を思い返すのもまた一興でございましょう」
そう言って宗一郎は微笑む。
「温故知新という奴です」
そうして宗一郎は田園の脇の道路に停めていたタイムマシンに乗り込む。2058年の日本にもこのような美しい田園風景が広がっているのだろうか。そう思うと私達はなぜか胸を撫で下ろさずにはいられなかった。
宗一郎は少し急ぎの用があるらしく、タイムマシンのセッティングを手早く済ませる。そしてこう言うとタイムマシンを走らせていく。
「次の物語は20世紀末のお話です。愛があっても結ばれない。いや愛があるからこそ結ばれないということは多々あるものです。そういう時は往々にして……」
その言葉を残して、宗一郎のタイムマシンは過去へと溯って行った。私達の心と意識と共に。




