翔
「あーあ。これからどうしよっかなあ」
俺は手元にある小銭を見ながら言った。残金780円。それを観たルキが、もう何度目か分からない
『ごめんなさい!!本当にごめんなさい!』
を言った。その顔は、今にも泣きだしそうだ。
天使に戻れた俺は、その翼で天上界へと飛んで帰れるはずだった。が、左翼がなくなった今、俺は天上界へ戻る方法を失ってしまっていた。ルキに送ってくれと言いたいところだが、ルキはルキで天上界へ行くことはできない。一度追放された死神は、二度「上」には戻れないのがルールだった。たとえそれが、濡れ衣でも。
「良いよ別に。お前の所為じゃないし。っていうかこれ、何回言わせる気だよ」
俺はルキの泣きそうな顔を見ながら笑った。笑うと、切られた脇腹が地味に痛んだ。
俺には右翼が残っている。だが、人間にも俺の姿はきちんと見えている。天使なのか人間なのかよく分からないポジション。それが今の俺だった。だが、
「とりあえずやっぱ、バイトってやつをやるしかないかな…」
天上界へ戻れないとなると、人間界で生きることを考えるしかない。神サマはどうやら、俺が天上界へ帰るための手助けをしようとは思っていないようだ。それか、また人間を助けることができたら、俺の背中に翼が生えてきたりするんだろうか。
『あの、ボクは、…ついて行っていいんでしょうか』
言いにくそうにもじもじ喋るルキを見て、ため息をついた。それから、わざとぶっきらぼうに言った。
「初めっから言ってただろ?友達だって」
それを聞いたルキが、顔を真っ赤にして泣いた。それを見て、俺は笑った。
あの日のことを、今でも鮮明に覚えている。
「…ひなは、落ち着いたら家に戻るんだ。分かったな?」
頷いた私にほほ笑んだ彼は、
「俺はもう、この公園には来ない」
少しだけ悲しそうな顔で笑いながらそう言った。それから、私の肩にそっと手を置いた。
「…震えてる」
彼にそう言われた途端、涙があふれた。何故かはわからない。いろんな感情が、ごちゃ混ぜになっていた。
「落ちる瞬間、やっと死ねるって、思ったか?」
私は首を振った。あれだけ考えていたことなのに、あの瞬間はそんなことちっとも考えなかった。私が思ったのは
「…死にたく…ないっ…て」
泣きじゃくりながら、本当のことを言った。死ぬんだと思った瞬間、死にたくないと思った。なんでだろう、あんなに死にたかったのに。
それを聞いた彼はふっと笑った。とても優しい笑顔だった。
「その気持ちを、少しでもいいから大切にしてくれ」
そう言うと、自分の翼から一枚の羽を抜き取った。そして、私に差し出した。
「天使はいつでも、ひなを見てる」
泣きやまない私に、にっこりと笑う。そして、
「男の子だったら翔!女の子だったらひな!」
空を見ながら、少し大きな声で言った。
「え…?」
「俺は男だった。だから、翔」
翔さんは私に自分の羽を握らせると、目を細めた。
「じゃあな、妹」
細めた目から一粒だけ、涙が落ちた。
私は部屋の中で、翔さんにもらった羽を見ていた。白くて、綺麗な羽。
「……。」
しばらく考えてから、カーテンをそっと開ける。そして、下の公園を覗く。だけどそこに、彼の姿はなかった。
私は顔をあげた。青い空が広がっていて、外はとても温かい。
「…ちょっと、外を散歩してみようか。お兄ちゃん」
私は白い羽に、そっと囁いた。