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純情聖騎士様に溺愛されたら聖女にされてしまいました〜精霊のいたずらで閉じ込められてしまった件〜  作者: 水野沙彰


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精霊に誓って

「何? シリル、貴方まだ口説けていないの?」


「母上」


 あまりにはっきりとした物言いに、シリル様が眉間に皺を寄せる。

 しかしフランシーヌ様はシリル様の表情の変化など全く意に介さないというように、ころころと楽しげに笑った。

 私は目の前の母子の会話に入ることもできなくて、そっと美味しそうな砂糖菓子を一つ手に取る。


「あんなに熱烈に話していたから、私はてっきり──」


「ちょっと部屋に戻っていてくれませんか」


 シリル様にばっさりと言い切られ、フランシーヌ様がちらりと私を見る。

 私は慌てて口の中の砂糖菓子を呑み込んで、咽せてしまいそうになったところを紅茶を飲んで誤魔化した。

 フランシーヌ様はそんな私に気付いているだろうに、ふわりと微笑むと、残っていた紅茶を一気に飲み干して見せる。


「──……仕方ないわね」


 立ち上がったフランシーヌ様のドレスの裾がひらりと揺れた。


「クラリスさん、貴女には感謝しているの。この子が結婚をするかもしれないのは、貴女のお陰だわ。また今度、ゆっくりお話ししましょう」


「ありがとうございます……?」


 言い残された礼の言葉の意味はまだ正確には分からない。分からないけれど、何か大切なことを言われているということだけは分かった。

 フランシーヌ様はそれから一度も振り返らずにサロンを出て行った。

 嵐のような人だったと思いながら、私は閉じられた扉を見つめる。


「……騒がしくてすまない」


 声をかけられて、やっとシリル様に目を向けた。

 シリル様は座ったまま頭を下げていた。思えば私は、最初に閉じ込められたときからずっと、シリル様に謝罪されてばかりのような気がする。


「いえ、大丈夫です。その……素敵なお母様ですね」


 迫力と勢いに圧倒されて何も言えなかったが、悪い人ではなさそうだった。

 まさか口説かれている最中に、相手の母親に会うことになるとは思いもしなかったが。いや逆に、真剣に付き合おうと思ったら、先に家族に紹介する方が当然なのかもしれない。

 どちらにせよ経験がなさ過ぎて、正解が分からなかった。


「煩かっただろう。もっとゆっくり話をしようと思っていたのだが」


 流石に煩くなかったとは言えなかった。

 答える代わりに私はまた紅茶を一口飲んで、話題を変えることにした。


「──どうしてシリル様は、ここに私を連れてきたのですか?」


 ここはヴァイカート公爵邸だ。

 この邸に招待されてみたいと考えている者は多いだろう。

 令息令嬢はヴァイカート公爵家に憧れ、貴族家当主や商人達はその権力に集まる。そうでなくとも、希少な絵画が飾られたサロンや芸術品と謳われる庭園を自分の目で見たいという者も多い。

 そんな場所に、こんな普段着で、突然の思いつきで連れてこられてしまった。


「私が本気だと言うことを知ってほしかった」


 シリル様は先程までが嘘のように落ち着いた表情だった。

 しかしその瞳には強い想いが宿っている。それが私への恋情であることは、今日一日だけでももう充分に学んだ。


「ここの者は、使用人も家族も、皆君のことを知っている。それは、私が君以外との縁談を拒み続けたからだ」


 好きな人がいるのに、他の人と結婚したくなかったのだとシリル様は言う。

 これだけの家なのだから無理に政略結婚をする必要はないかもしれないが、縁を結びたいと考える者は多いだろう。


「でも、だって……私には、婚約者がいたのですよ?」


「それでも、渡すつもりは最初からなかった。本当ならば、辛い思いをさせることなく私を選ばせたかったのだが」


「何を言ってるんですか」


 シリル様がテーブルの上で行き場をなくしていた私の手に触れる。

 突然触れられて驚いたが、嫌な気はしなかった。むしろ、街でずっと手を引かれていたからか、なんだかすうっと馴染んだような感覚がした。


「本当のことだ。嘘は吐いていない。精霊に誓って良い」


「なんてことを!」


『精霊に誓う』というのは、結婚式や騎士の誓いで使われる誓約の言葉だ。

 普通の人間にとってはなんでもない言葉だが、聖騎士と聖女にとっては違う。本当に精霊と関わりを持ちその力を借りている彼等は、誓いを破ると精霊に嫌われてしまうこともあるのだ。

 それなのに、こんなことでその誓いを使うなんて。


「一つも嘘は吐いていない」


「だからって……」


 気軽に言うことでもないと思う。

 言い切れずにいる私の手が、ゆっくりと握られていく。

 それはまるで拒絶されないことを確認しているように遠慮がちなようであり、同時にどうしようもないほど焦がれているのだと指先から伝えようとしているかのようでもあった。


「これで、本気だと分かってもらえただろうか」


 まっすぐすぎる視線と言葉が、私の胸に刺さる。

 シリル様には、私の心がずっと逃げていたことも気付かれているだろう。それでも一言も責めることなく、こうしてまっすぐに想いを伝えようとしてくれているのだ。

 そのことが、どうしようもなく痛かった。

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