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八十話 『過去と未来を背負う者』

 話を聞くたびに、時間がたつたびに状況が絶望的なのを悟っていく。

 ラルフ、シンは死にアリスは多分魔王の方に。S級冒険者は全滅でしかもスパイがいたときた。まあ、まだ辛うじて母さんがいることが救いか。



「そういや、母さんはどこにいる」

「……もう別任務に戻った」

「そうか」



 挨拶も再会も無しなのはいい。別に今慰めの言葉を貰ったところで何も変わらない。


 ただ、もう少し早く、もっと早く異変に気付いてれば母さんを呼べたんじゃないか。そう後悔してやまない。まあ、もう意味のないことであるが。



 成り行きでギルド長と荒廃した街を歩き続ける。



「今回は、過去稀に見る程酷いの」

「あ?」



 ポツリと思わず口からこぼれ出たようなギルド長の言葉がふと気にかかる。今回、過去。



「まるで人生をやり直してるような口調じゃねぇか」

「あながち、間違ってはおらぬの」

「S級になったら教える約束じゃねぇのか」



 城の方ではぐらかされたことが脳裏によぎる。てか口調的にかなり年齢いってるとは思うのだが。



「もうS級みたいなもんじゃろう。……もはや、その席に誰もいないのだから」

「……まあ、そうだな」

「少し、この老いぼれの身の上話を聞いてくれないか」



 そう前置きして、ゆっくりと語り始めた。その姿はあの凛々しい影はなく、一人の迷える少女のようだった。



 ★ ★ ★



「儂が生まれたその時は、まだ国というものが出来てはいなかった」



「人々は今でいう村のような集落をつくって暮らしていたのじゃ。しかし、そこに政治などの概念はなく、統一されていなかった」



「その少し前に魔王に襲われ、存亡の危機にまで陥った人類はついに決心したのじゃ。魔王から集団で身を守れる社会存在、『国』を創ろうと」



「偶然にも各地、大陸全土で同じような動きが広まった。儂の近くで建国されようとしたのは、ウェアウルフ帝国じゃった」



「それぞれの地域独自にあった魔力の与え方を琥珀に統一し、王を決め、身分を決め、職業を決め、城を創り、家を創り、国を守る仕組みを創った。魔王の恐怖を刻まれた人類にとって、それらはいとも容易かった」



「儂の身分は帝国内で高い方に決定された。両親が村の長のような存在じゃったからな。そして儂は十五歳になり、魔法が決まる儀式を受けることとなった」





「儂が手をかざすと、その琥珀は砕け散った。同時に、凄まじい量の()()が身に宿るのを感じた」



「儂の魔法は長らく分からないままだった。当時の情報伝達技術を駆使しても琥珀が砕け散ったという事例はない。儂は城に調査のため留まることとなった」



「そこで儂は一人の少年に出会った。その少年こそ、儂は知らなかったが初代帝国の王だった」



「その少年は天才だった。あらゆる面で万人より秀でており、頭の固い老人よりも若々しい少年が王に抜擢された。そのことは知らず、儂は毎日部屋を訪れるその少年に、恋、というものをした」



「しかし身分の差がある、結ばれん。と儂は諦めていた。そんなとき、儂の魔法が判明した」



「その魔法は類い稀なる異常な性能を持っていた。国を挙げて騒ぎになり、儂は王族と同等の身分を持つようになった」



「結果的に、儂が想い焦がれていたその少年と結ばれた。城のバルコニーで満月の夜に……、いや、それはいいな」



「その後数年は平穏な日々が続いた。少年は期待以上の賢王となり、帝国を大陸一の国へ作り替えた。不思議と魔獣も来なかった」



「儂も伴侶として多くの仕事をした。忙しかったが素晴らしく楽しい日々だった」



「しかし、儂は結婚後数年にして少年、いや、その男の秘密を知ることとなった」



「満月の夜、儂らは帝国きっての絶景を見に行っておった。花びらが月夜に舞う、自然の奇跡に儂は息を忘れて見入っておった」



「その男は満月の夜、その幻想的な場所に似つかわしくない猛獣と成り果てた。口は伸び牙を覗かせていた。目は爛々とこちらを狙い、口からは汚い涎が溢れていた」



「儂は魔法のおかげで傷一つ付かなかった。しかし分かってしまったのじゃ、男は、人狼だと」



「正確には人間と人狼のハーフじゃった。強靭な精神力で今まで抑え込んできたようじゃったが、悪条件が重なり過ぎた」



「正気に戻った男は儂に謝った。それはもう謝った。儂は悩んだ。こんなにも善良な男を密告したくはない、しかし人狼という魔獣が巣食った人間が王でいいものかと。初めて愛の心が揺らいだ」



「そして儂は密告しないことを選んだのじゃ。今まで通りに接し、王を、国を何事もなく支えていこうと思った。そう、思えたのは束の間じゃった」



「ある貴族が、男に進言した。『王は人狼である』という噂が流れている。疑いを晴らすためにも検査が必要だと」



「儂は顔が真っ青に染まった。血の気が引いていくのを初めて実感したのじゃ。儂はやっていない、そう思い男を見ると、こっちを一瞥し、ふっと笑った。それは初めて会った時のような穏やかな表情で、儂を疑っていないことは明白であった」



「検査、とは血を調べる。その頃の技術でも人間と魔獣の区別位はついた。そして、運命の日は随分と早く来た」



「儂は男とその間一度も話が出来なかった。今二人だけで会っていたら怪しまれるというのもあり、会いにくい状態ではあったが、儂も心底男と話をするのが怖かったのかもしれん」



「結果は最悪じゃった。人間と魔獣のハーフというにわかには信じがたいことが明るみになった。周りは一斉に敵となった。国全体が王を処刑する流れになり、処刑の日は数日後に決まった」



「儂は結局一度も話をできなかった。姿を見ることもかなわずに、街の広場で処刑される寸前へとなった」



「処刑される寸前まで儂は会いに行くことを迷った。しかし、ここで行かなくてはいけないような気がしたのだ。広場へと走った。儂が着いたのは、男の首に死の鎌がかかった瞬間じゃった」



「一瞬、死ぬ間際目が合った。普段通りの笑みを浮かべ、儂を安心させるような表情だった。儂が耐えきれずに制止の言葉を叫ぶ瞬間、血飛沫は舞った」



「おびただしい量のどす黒い血が噴き出し、最前列にいた儂の顔を染め上げた。偶然にも、零れ落ちた首が儂の前に落ちる。数多の感情が入り乱れた状態でそれを拾い、制止の言葉も聞かずその場を去った」



「儂は今でもその時の感情が分からない。その時儂はあの、初めて男の秘密を覗いた思い出の場所へと来ていた」



「何となく男はここに埋めてやりたかった。儂は花びらが舞うその場所の一角に男の首を埋葬した」



「城へ戻ると中はごった返していた。話を聞くと、言いにくそうにはぐらかされた。苛ついた儂は強引に近くにいた騎士から話を聞いた。何でも男の息子を産んだと主張する女がいたらしい。儂は目の前が真っ暗になった」



「あれほど愛していた男に別の女がいた。確かに儂は子供をつくれない。しかし裏切られた気がして世界が色褪せていった。比喩でも何でもなく、儂の目には世界はモノクロに写っていた」



「検査の結果本当に王の子だと証明された。魔獣の血が混ざっているので殺すべきとの意見もあったが、これで次代の王の座が決まった。血も薄く、反対は少数だった」



「もう儂は誰にも相手にされていなかった。同情の目こそ向けられていたが、抜け殻となった前国王の妻など相手にする価値もなかったのだ。儂はますます閉じこもっていた。自殺はしようとしたが、できなかった」



「前国王、男の部屋は次代の国王に明け渡されることとなったのを侍女から聞いた。その時儂は思い至った。そこが儂の人生における大きなターニングポイントだった。男の部屋を整理することにしたのだ」



「曲がりなりにも権力のあった儂は誰にも入らぬように命令して、亡き夫の部屋に踏み入った。机の引き出しから物を取り出し、丁寧に整理していく。物欲はなかったようですぐに終わった。そして、男からの手紙を、見つけた」



「『この手紙を君が見るころには、もう僕はこの世にいないのだろうね』という物語にありがちな冗談の効いた出だしだった。事実だったのだが」



「内容は謝罪から入っていた。王であるから子を残さなくてはいけないということ。君では子を残せないから側室を入れたということ。君に言うべきだったが、君を傷つけるのが怖くて言い出せなかったということ」



「人狼の因子を持っていることを黙っていてすまなかったということ。先に逝ってしまって悪かったということ。儂は男から直接語り掛けられているかのように伝わって来た。気付けば手紙に没頭していた」



「二枚目は感謝だった。初めて会った時から一目惚れしていたということ。結婚出来て嬉しかったということ。一緒に仕事が出来て楽しかったということ。夕食後にゆっくり二人きりで話すのが楽しかったということ」



「人狼だということを黙っていてくれたこと。恐らく最後に駆けつけてきてくれたということ。多分君だったら僕をあの満月の場所に埋めてくれたということ。永遠に続くであろう君の人生に、色を付けられたこと。全てに『ありがとう』と書かれていた」



「三枚目はこれからのことだった。自身はもう死ぬ、だから君に僕のもう一つの夢をかなえてほしい、と書かれていた」



「詳細に書かれていたのは『ギルド』と名付けられた組織について。構想は出来ている。あとは君に、これを実行してほしいと、男は願っていた」



「魔王の情報。各国の情報。『冒険者』という存在を産み出し、強いものを選別し、今は勇者しか対抗手段のない魔王への武器としてほしい。国だけではなく、()()を守る組織をつくってほしい、と野望がその方法と共に綴られていた」



「儂はあの男に遺志を託された気がした。永遠に生きるための生きがいが見つかり、世界に色が戻って来た」



「儂は国を出た。『ギルド』の下地を作るためじゃ。今の私じゃ交渉にすら応じてもらえない。ならば、他の国、世界から攻めていく。時間は無限にあった」



「まずは各国を回り、強いと呼ばれるものを訪ね、協力者になってもらうよう依頼した。そして『オランタリア共和国』と名付けられた国を中心とし、活動を始めた」



「小さな土地を借り、魔獣討伐や街の雑用などの仕事を与えた。行政にも直談判し協力を取り付けた。数十年たつと、共和国最大の企業となっていた」



「それではまだ足りない。儂が中心となり他の国にも支店を創った。共和国での実績があるからか広まる速度は速かった。三の大国に根付き、気づけば思惑通り世界でも注目される企業となった。思い立ってから百年が過ぎた」



「一度魔王が誕生したが、それは勇者に頼ってしまった。まだ地力が足りない。しかし、次の魔王には対応できるほどの戦力は集まった。世界での冒険者の数は万をゆうに超えた」



「そしてそのまた百年後、魔王に挑んだ。勇者よりも早く人海戦術で正確に場所を把握し、最大戦力を送り込んだ。しかし、結果は酷すぎる惨敗だった」



「情報不足だったのじゃ。その時の魔王は……千年ぶりの魔獣王じゃった。魔王用の戦力など相手にならなかった」



「結局勇者も何代にもなって戦い。五代目ぐらいの勇者で倒したのじゃ。戦いは数年も続いた」



「それから儂はまたギルドを立て直した。長い昔からなっていることはこれだけじゃ」



 ★ ★ ★



「ギルドは……元々魔王を倒すための組織だったのか」

「うむ。初代帝国の王の野望じゃった」



 その話は建国初期の頃だろ。どんだけ昔なんだか。



「ギルド長、あんたは何年生きてんだ」

「……五千年じゃな。しかもこれからも永遠と生きるじゃろう」



 永遠。なんと重い響きだろうか。



「あんたの魔法は――」 

「儂の魔法は『不変』、魔法を貰ったそのときから一切何も変わっておらん。一切の攻撃は通らず、記憶も絶対に忘れられん」

「……薄々分かっていたが、同情する」



 辛い記憶すらも不変の記憶で忘れられない。こんなものただの呪いだな。



「もうこのギルドは儂だけのものではない。これもただの失敗として次に生かすじゃろう」

「言うなれば過去を背負う者って感じだな」



 自分だけが覚えている過去の魔王との戦争経験。だからギルド長たりえるのか。



「そうじゃな。そして其方は未来を背負う者じゃ」

「は?」

「代々帝国の王族には伝説級の魔導具が贈られる」

「何を言ってんだ?」

「故に、その魔導具なら、もしかしたらこの惨状を好転させる何かがあるかもしれん」



 意味がわからん。俺に王族の知り合いなんているわけねぇだろ。



「シン」

「あ?」

「見た瞬間分かったぞ。あの子は彼にそっくりじゃった」

「……何を。いや、まさか」



「シン、真の名前はシン・ウェア・ウルフじゃろう」



「何か魔導具を受け取っていないか?」



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