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八十一話 『悲しみか誇りか』

「何か、魔導具を受け取っていないか?」



 シンが王族? それも帝国の? そんな、嘘だ。見たことねぇし。ラインハルト皇



 俺の手にかけていた銀色の懐中時計を見やる。


 あのときあいつが持ってたのは、この懐中時計……、まさか、やり直しの魔導具……?



「いや、ギルド長。流石にそれは楽観的過ぎやしねぇか」



 そうだ。奇跡なんてない。神様なんていない。失敗はもう取り返しがつかない。俺たちは、負けた。そもそもシンが王族である証拠なんてないし、憶測に推測を重ねた仮定は妄想だ。



「奴は王族じゃ。間違いなくな。赤の他人があそこまで似るものか」

「仮にそうだとしてもやり直せるなんて都合がよすぎるぜ。まるで神の所業だ。魔導具の性能じゃねぇ」

「神の所業を、命を賭して現実にしたのが、帝国王族の魔導具じゃぞ」



 慰めなんて求めてない。この期に及んで小さすぎる希望なんて後で自分を絶望させるだけ。

 そう思っていても、そのわずかな可能性に俺の目は生気を取り戻した。


 灰色の世界に、色が一瞬戻って来た。



 僅かな希望に祈りを込め、懐中時計をギルド長に見せる。



「これは、あいつが持ってたものだ。これは……王族謹製の魔導具か?」

「少し、貸してもらおうか」



 ゆっくりと大切なものを扱うような手つきで懐中時計を手に取る。裏を見て、表面をじっくり見ているが何も表情に変化はない。魔法陣が見つからなかったのか。



「すまんが、儂の力では全然分からんの。魔導具ならこの蓋の中に魔法陣が刻まれているかもしれんが。開けた瞬間起動したら困るしの」

「そうか……」



 なら仕方ない。返してもらって、今までより少し大切に服の中へ仕舞う。そこで後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。



「アーロン君!」

「アーロンさん!」

「……アリスのお父さん、お母さんじゃないですか」



 ★ ★ ★



「お久し――」

「アーロン君! アリスはどこだ!」



 挨拶も途中で遮って口早にアリスのことを聞いてくる。その表情からは、あの情けない父親の影はなく、ただ姿が見えない娘を心配している、普通の父親がいる。



「いくら探し回ってもいないの。怪我人のところにも、ご遺体のところにも! どこにいるか知ってるかしら!」



 お母さんも優雅さの欠片もない剣幕で聞いてくる。

 アリスが愛されていたことが深く分かり、俺の口からアリスのことを話すのが胸が痛い。この二人がどうなってしまうのか、想像もつかない。心が痛い。



 俺が葛藤していると、すっと横からギルド長が出てきて、絶望の一言を言ってしまう。



「アリスは魔王軍に連れ去られた。もう二度と戻ってくることはないじゃろう」



 その言葉を言った瞬間、目に見えてベルモット夫妻の顔が白く染まる。信じられない、認めたくないといった様子だ。


 次の瞬間、エレンさんがギルド長の胸倉をつかみ上げて怒鳴りつける。



「嘘だろう! そんな不吉なことを言って! 子供がふざけるな!」

「申し遅れたの。儂はギルドの長。魔法でこんな姿のままじゃが立派な成人じゃよ」

「この――っ! 嘘をつくな!」



 その姿だけを見たら子供に怒鳴りつけている最低な大人だが、痛いぐらいにその内面が分かる。信じられない、けれど心のどこかで想像していた最悪に押し潰されそうになってる。誰かに激情をぶつけないと耐えられないんだ。



 ただ、俺は今からその心を完全に砕く。



「エレンさん、その話は本当です。アリスは……恐らく魔王の手先に連れ去られ、二度と戻ることは無いでしょう」

「――っ! 君までもか!」



 心を鬼にして残酷な現実を叩きつける。



「アリスの黒狼はただの黒狼じゃなかった。魔王の幹部の一人を中に飼ってたんだ。それがばれた」

「君は! 守ってくれなかったのか! 仲間だろう! なんで君は生きてるのに、アリスは――っ!」



 あまりの強さで歯を食いしばっていたがために奥歯が砕ける。自分への不甲斐なさと、こいつへの苛つきと、アリスたちがいないこの現状に苛ついて。



「守れるわけねぇだろ! あんな化け物前にして! シンも! ラルフも死んで! 俺も死ぬ寸前の怪我まで負って! 自分の身は自分で守るもんだ! 責任を押し付けんな! 俺だって守れんなら全員生きていたかった! 俺には力がなかった! 苛ついて! 絶望して! 打ちひしがれてんのは俺も同じだ!」

「この――っ!」

「もうやめて! あなた!」



 殴りかかってこようとしたエレンさんをなんとか押しとどめた。お母さんの方を向いて絶望したような表情を浮かべ、風船がしぼむように勢いがなくなった。



「アリスは……死んだも同然なのか」

「はい」

「もう二度と、私たちの前には戻ってこないのか」

「ええ」

「すまなかった、アーロン君」



 俺は、大の大人の号泣を初めて聞いた。サシャさんも、一緒に泣いていた。





 何時間、たっただろうか。実際のは数分だったのかもしれないが、ひどく長く感じた。



「すまなかった。見苦しい姿を見せてしまった。謝罪させてくれ。ギルド長も、すみませんでした」

「構わん。この極限状態。子供を亡くした親の心など、儂には分からんしな」

「俺は、あんたの喪失感が分かるよ。だから、気にしないでください」



 その後、少し話をした。エレンさんたちは戦えないが、英都の避難を真っ先に手伝っていたらしい。ベルモット家が保有している全ての戦力を使って、魔獣を退治し、避難を誘導した。凄い人たちだ。


 ギルド長とエレンさんたちは今後の復興について話し合っていた。こういうところを見ると、英国有数の大貴族だということが実感できる。



 数時間それを話し合っていただろうか。日も傾いてきたころ、話はまた今度ということで解散になった。俺は途中から参加できずぼーっとしていたが、館に止めてくれるのを断り、ギルド長についていこうとした。



 立ち上がり、背を向け合う寸前、エレンさんが息をのむ音がした。



「どうかしたんですか?」

「あ、あ、ああ。この存在をすっかり忘れていた! 君! これはシン君から!?」

「あ、はい。これが何か、知っていますか!」



「ああ。これは王族の魔導具、『神命壊し』、意味は、運命を変えるもの。効果は……一度だけ、一日前に時を戻す、と」



 俺とギルド長は驚愕した。冗談ではない、神の所業。一日前は、まだこの惨状は起こっていない。故に、まだ、助かる!



「なんであんたはこの存在を知ってた!」

「シン君と三人で話したとき教えてもらってね。まさか使う日が来るとは!」



 ゾクリとした。僅かな可能性があった。しかもここでこの人に会ったから間に合った。あと三時間遅かったら間に合わなかった。


 神の悪戯のような奇跡的な廻り合わせ。どれか一つでも欠けたら絶対に無理だった。



「これは俺が使う」



 絶対に譲らない。例えギルド長にでも。俺に発言権がなくても譲らない。メリットが薄くても俺が使いたい。俺のエゴだ!



「前にも言ったが。儂は過去を背負う者。未来は、若者が背負うといいい」



 少し悲しそうな目でそう言ってくれた。



「あんたたちにも悪いが、いいか?」

「ええ」

「……君が、使いたまえ」



 呆気ないほどすぐに決まった。最悪力でねじ伏せてでも使おうと思ってたのに。


 皆から少し離れて懐中時計を開こうとする。ただやはり疑問が。



「俺は今から過去に戻る。いいのか? まだそのときアリスは生きてるぜ?」



 何故俺はこんな迷わせることを言うのだろう。意地悪いがすっきりさせたかった。今のこの人たちに会うのはこれが最後だからか。



「……舐めるなよ。アーロン君。さっきは見苦しい姿を見せたが、これでも私は英国貴族。自分の娘より、英国を考えなければいけない。私が使うよりも、君が使った方が英国を救えるだろう」

「……尊敬するぜ、あんた」



 ギルド長の方を向く。無言でラルフの魔剣を預け、叫ぶ。



「その魔剣は、ギルド長がふさわしいと思った奴に継承させてくれ。頼んだぞ」

「ああ、任された」



 この世界も本当の世界。俺がいなくなった後のことも考えなければいけない。もう深く関わりすぎてて、ただの未来とは思えない。



「アーロン」

「あ?」

「未来の儂を、あの子たち(S級冒険者)を、救ってくれ」



 重い、この現実を知ってしまったからには重すぎる願い。未来というのは、到底一人に背負える重さではない。だからこそ、地獄を知ったこの俺が背負ってやる。


 以前の俺とはもう違う。絶望も、悲しみも、辛さも、無力感も、全部本当の意味で知った俺だ。



「任せとけ、ギルド長。俺が全部、救ってみせる」



 懐中時計を開けた。時計の針が逆に動き出す。



 英都防衛戦終了まで、残り5時間。

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