第28話 観測の消失点
個が溶けた世界では、「誰が見ているか」という前提すら曖昧になっていく。
湊はもう、自分の視界が“自分のもの”だと断言できなくなっていた。
朝の教室。
窓の外を見る。
校庭がある。
そのはずなのに、「見ている」という感覚が遅れてやってくる。
「ねえ湊」
レイの声がする。
だが、どこから聞こえたのか分からない。
横なのか、頭の中なのか。
「今さ……外、見えてる?」
湊は答える。
「見えてるけど……見えてない感じもする」
レイは少し黙る。
「同じだね」
そのとき九条が入ってくる。
湊はすぐに聞く。
「なあ九条」
「視界おかしくねぇか」
九条は止まる。
「正常だ」
湊は眉をひそめる。
「どこがだよ」
九条は静かに言う。
「観測の起点が消えている」
レイが不安そうに言う。
「起点って……誰が見てるか、ってこと?」
九条は頷く。
沈黙。
湊は机に手を置く。
「それってもう全部ぐちゃぐちゃじゃん」
九条は否定しない。
その瞬間。
教室の風景が一瞬だけ“誰の視界でもない状態”になる。
見えているのに、見ている主体がない。
「……今の何だ」
レイは青ざめる。
「分からない……でも見えてた」
湊は呟く。
「俺が見たのかも分かんねぇ」
九条は静かに言う。
「それが消失点だ」
昼休み。
廊下。
湊は歩く。
だが“歩いている感覚”がない。
移動しているのに、移動の手応えが消えている。
レイが隣にいる。
しかし“隣”という関係が成立していない。
「なあ」
湊は言う。
「これ、誰が見てんだよ」
九条は答える。
「見ているものはいない」
沈黙。
レイが小さく言う。
「じゃあ……全部消えてるの?」
九条は首を振る。
「消えていない」
湊は眉をひそめる。
「じゃあ何なんだよ」
九条は静かに言う。
「観測されていないだけだ」
その瞬間。
廊下の壁が一瞬だけ“記録されていない空間”になる。
存在しているのに、存在の履歴がない。
すぐ戻る。
レイが呟く。
「今の……どこにもなかった」
湊は静かに言う。
「俺の中にもなかった」
九条は言う。
「観測の消失点に入っている」
世界はまだ続いている。
だが確実に――
“見るという行為の起点そのものが消え始めている”。
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