第22話 境界消失領域
収束しない世界は、静かに“形”を失っていく。
それは崩壊というより、輪郭の消失に近かった。
湊はもう、「ここがどこか」を確かめること自体に意味を感じなくなりつつあった。
朝の教室。
湊は椅子に座る。
座っているのに、床の感触が二種類ある。
硬い床と、沈み込む床。
どちらも同時に成立している。
「ねえ湊」
レイが声をかける。
「今日さ……教室の“壁”、薄くなってない?」
湊は顔をしかめる。
「薄いって何だよ」
レイは少し間を置く。
「向こう側の音が、近く聞こえる」
湊はため息をつく。
「もう感覚の話ばっかだな」
そのとき九条が入ってくる。
湊はすぐに聞く。
「なあ、境界ってまだあるのか?」
九条は止まる。
わずかに沈黙。
「消失し始めている」
レイが青ざめる。
「消失って……全部?」
九条は静かに言う。
「“区別できる範囲”が減っている」
湊は眉をひそめる。
「区別って、もう意味なくねぇかそれ」
九条は否定しない。
その瞬間。
教室の壁が一瞬だけ“存在しない面”になる。
隣の廊下がそのまま見える。
すぐ戻る。
「……今のやばいだろ」
レイは震えながら頷く。
「壁、なかった」
九条は静かに言う。
「境界消失領域に入っている」
湊は顔をしかめる。
「また新しい単語増えたな」
九条は続ける。
「層でも分岐でもない」
「区別そのものが薄れていく領域だ」
沈黙。
昼休み。
廊下。
湊は歩く。
廊下の奥が“教室でも外でもない場所”に見える。
説明できない空間。
「……ここどこだよ」
そのとき九条が来る。
「境界がない場所だ」
湊は振り返る。
「それもう場所じゃねぇだろ」
九条は静かに言う。
「場所は境界によって成立する」
レイが呟く。
「じゃあ……境界がなくなったら?」
九条は少しだけ間を置く。
「“すべて同じになる”」
沈黙。
湊は空を見上げる。
「それって最悪じゃね?」
九条は否定しない。
その瞬間。
廊下と教室と外が、一瞬だけ同じ空間に重なる。
どこでもあり、どこでもない。
そしてすぐ戻る。
レイが小さく言う。
「今の……もう現実じゃない気がする」
九条は静かに答える。
「現実の定義が消えている」
湊はため息をつく。
「じゃあ俺ら何してんの?」
九条は空を見上げる。
「観測だ」
湊は笑う。
「それしかねぇのかよ」
九条は否定しない。
世界はまだ存在している。
だが確実に――
“境界という最後の支えが剥がれ始めている”。
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