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根暗アサシンは追放されたい ~放してくれない勇者兄妹~  作者: 秀文
第五章(裏) 苦労人聖女と勇者の母
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聖女の苦しみ

 マリー様が村長に頼み、馬車を出して貰える事になりました。というか、王都への行商予定があり、逆に荷馬車の護衛を頼まれてしまいました。


 まあ、私も多少は腕に自信があります。魔物を追い払うくらいは問題無いだろう。そう思って引き受けたのですが……。


「いやあ、大物が出たわね~! まあ、この程度なら全然余裕なんだけどさ~!」


 森から飛び出して来た猪型魔獣を、素手の一撃でのしたマリー様。お亡くなりになった魔獣は、頭蓋骨が陥没していた。


 そして、マリー様がふわりと馬車に飛び乗った。飛び出す時もあっという間だったけど、倒して戻るのもあっという間である。


 ……というか、マリー様の見た目。違和感が半端ないのですが?


 麻の服を着た村娘風の女性が、ニコニコと笑顔で大型魔獣を殴り倒した。


 こんな村娘が居て堪るかと言う話である。まあ、実際に目の前に居る訳なのですが……。


「昔取った杵柄ってやつだね~。やっぱ、レベルは高ければ高い程良いわよね?」


「……そうですね。ちなみにですが、マリー様のレベルはいくつなのでしょうか?」


 マリー様は明らかに強すぎる。恐らく、Lv20以下という事は無いだろう。


 何せ先程の大型魔獣は、討伐時のパーティー推奨Lvが20。単独で倒すとなると、Lv30は超えていないとおかしい。


「様なんていらないって。マリーで良いわよ。――それで、ん~? 冒険者時代は修行僧モンクやってたんだけど、確かLv42だったかな? ソロの冒険者としては中々でしょ?」


「ソロでLv42って……。驚異的な強さだと思いますが……」


 ちなみに、私はLv48の僧侶プリースト。このレベルは『ホープレイ』として活動していた際に、ソリッド達の協力で上げれたお陰である。


 はっきり言って、Lv40以上の冒険者は一握りしか存在しない。高ランク冒険者として重宝される存在であり、そこに至るには多くの修羅場を潜り抜ける必要があるのだ。


 そして、ソロはパーティーより、格段に活動の危険度が上がる。余程の幸運にでも恵まれなければ、生き残るのは困難なはずなのですが……。


「うん、私ってば天啓オラクル加護ギフト持ちでしょ? 危険予知の能力が格段に高いのよ。その上、ピンチになったら神様から、超強力な能力強化バフが貰えちゃうみたいでね~」


 なにそれ? 天啓オラクルって、そんなに便利な能力なの?


 白の神ブロンシュ様からお言葉を頂ける事は知っていた。しかし、それ以上に強力な能力があったとは知らなかった……。


「とはいえ、私の役割は道しるべなのよ。『厄災』にはダメージも与えられないし、そこはローラちゃん達に頑張って貰う必要があるのよね~」


「そうなんですね……」


 私を見つめるマリー様――いえ、マリーさんは、申し訳なさそうな顔をしている。私が危険な目に会う事を心配してくれているのでしょう。


 しかし、役割か……。私の役割とは、一体何なのでしょうか?


 魔王軍との戦いでは、兵士の治療は行っていた。しかし、それは私だけでは無く、他の同行する神官達も等しく行っていた事である。


 『ホープレイ』として活動していた際は、メンバーが強すぎて治療の必要が無かった。私はただ皆に強化魔法を掛けて、安全にレベル上げを行っていただけ。


 少しは役に立てていたと思う。居る意味が無いとまで言うつもりはない……。



 ――けれど、私である必要は無かった。



 今の私は何となく、流れで『厄災』対策に参加している。マリーさんはそんな私にも、役割があるのだと言ってくれた。


 ただ、私にはイメージ出来ないのだ。『聖女』にしろ『星の巫女』にしろ、私がこの先必要とされ、活躍している自分の姿が……。


「ふふっ! ローラちゃん!」


「え、何で……って、えぇっ⁈」


 マリーさんが唐突に抱き着いて来た。その上で、頬に熱烈なキスまで浴びせられる。


 突然の意味不明な行動に、私はただ混乱する。すると、マリーさんは私を抱きしめたまま、カラカラと笑い出した。


「ローラちゃんは私の姪っ子だしね! このくらい可愛がっても良いよね!」


「いえ、何でですかっ⁈ まったくもって、意味がわからないのですが!」


 例え親戚だからといって、急に抱きしめてキスして良いはずがない。私の両親だって、こんな奇天烈な行動はとらない……。


 しかし、マリーさんは構わず頬ずりして来る。何故だか楽しそうに笑い続けて。


「もっと気楽に行きましょ! 役割だとか責任だとか、そんな事は気にせずにさ!」


「な、何なんですか! 言動が意味不明過ぎですよっ⁈」


 しかし、私の抗議は無視される。マリーさんは私の頭を抱き寄せると、その豊満な胸の中へと埋め込んでしまった。



 ――そして、ふっと気付く。



 性格は兎も角、この豊満な体は娘に引き継がれなかったのだな~と。幼児体形なパッフェルを脳裏に浮かべ、私はふっと憐みの感情を抱く。


 それと同時に、スッとする感情もあったが、そちらには気付かぬ振りをした……。


「自分の出来る事だけやれば良いんだよ! 周りの期待何て、全て叶える必要は無いんだから! そうじゃないと――ローラちゃんの心がもたないでしょ?」


「え……?」


 マリーさんの声がトーンダウンする。そして、そっと優しく私の頭を撫で始めた。


 私は急激な温度変化に混乱する。ただそれ以上に、私は何故だか胸の軋みを感じていた。


「教皇の一族ってだけで周りは特別扱いする。『聖女』何て持て囃されて、自分は普通じゃないんだって思ったんだよね? それで周りの期待に応えなきゃって思ったんでしょ?」


「何を、急に……」


 どうしてマリーさんはわかるのだろう? 子供の頃から感じていた私の思いを。


 その言葉は私の心にズキリと染みた。見ないふりをしていた、古傷に触れられた気分だった。


「ローラちゃんは偉いね。自分が特別だって驕るわけじゃない。皆の期待に応えたいっていう、優しい気持ちを持ってたんだもの」


「そんな、わけじゃ……」


 私は教皇の一族だったし、父は厳格な神官であった。そう振舞うしか無かっただけだ。


 神に仕える者として、私利私欲に走ってはいけない。人々の幸せを望む、奉仕者でなければならない。


 私はその様に教えられ、育って来ただけなのである……。


「辛い事も一杯あったよね? それでも投げ出さずに頑張って来た。ローラちゃんは責任感が強くて、とても頑張り屋さんな女の子なんだよね?」


「ちが……。そんなんじゃ……」


 何故だろう? 訳も分からず、私の目から涙が溢れ出す。


 こんな子供扱いをされているのに。大人になってから、諦めたはずの言葉なのに。


 あの時に欲しかった言葉が、どうして今更胸に染みるのだろうか……。


「大丈夫だからね? ローラちゃんの頑張りは、全て神様が見てくれているから。私もちゃんと知ってるから。――だから、もう無理しなくて良いんだからね?」


「――あ、あぁ……。うぅ、あぁぁぁ……!」


 私にとって頑張る事は当然の事だった。教皇の孫であり、特別な加護ギフトを持つ『聖女』なのだから。


 誰からも褒められなくても仕方が無い。努力が認められなくても仕方が無い。


 全ては出来て当然。失敗すれば失望の眼差しを向けられる。私はそういう存在だと思っていた。


「よしよし、愛してるからね? 私の可愛いローラちゃん……」


「ぐすっ……マリーさん! 私は、私は……!!!」


 私はマリーさんの体にしがみ付く。包み込む愛情を貪る様に、精一杯の力を込めて抱きしめた。


 マリーさんはそんな私を、優しく抱きしめ続けた。私が落ち着くまで、愛情深く頭を撫で続けてくれた。



 ――そして、どれ程の時間が経ったのだろうか?



 私は泣き崩れて、寝てしまったらしい。目を覚ますと、馬車は夕日色に染まっていた。


 私が顔を上げると、マリーさんは優しい眼差しで微笑んでくれた。私は恥ずかしくなって、そっと身を離した。


 温もりが消えた事に僅かな寂しさを感じる。けれど、私はもう大丈夫だと、何となく自分の心が理解出来た。


「あの、もしかすると……」


「うん? どうかした?」


 私が声を掛けると、マリーさんが首を傾げる。私へと母性溢れる眼差しを向けながら。


「……いえ、何でもありません」


「そう? 変なローラちゃん」


 おかしそうに笑うマリーさん。私もその笑みを見て、自然に笑みが零れてしまう。


 もしかすると、私に掛けてくれた言葉。それは、マリーさんも子供の時に、望んだ言葉だったのかもしれない。


 マリーさんは教皇の娘である。その上で天啓オラクル何て加護ギフトまで持っているのだ。


 そのプレッシャーは私以上だったはずだ。神の声に従って死んだ事になり、辺境の村で子供を産み育てた人なのだから……。


 私はそう感じたけれど、それを聞く必要はないと思い直した。何故ならば、今の彼女は幸せそうに微笑んでいたから。


 だから、そんな些細な事は気にする必要が無い。私が気にするべきは、どうすれば未来が良くなるかだけ。


 それだけで良いんだって、私にはそう思えたのだから……。

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