母親
馬車で過ごす七日間の旅路。私とマリーさんはとても仲良くなれたと思う。
マリーさんは破天荒な性格だけど、とても心根の優しい人だ。姪っ子というのもあるが、私の事を実の娘の様に可愛がってくれた。
私の過去を些細な事でも知りたがり、ちょっとした助言もくれたりした。以外にも、白神教の内情に詳しいのには驚かされもした。
ただ、ソリッドの話になると、ニマニマと笑みを浮かべる。その時だけは、何だか居心地の悪い思いをさせられた……。
まあ、そんな感じで過ごす内に、私達は王都に着いた。そして、私達は二人揃って実家の門の前に立っていた。
「さあて、着いたわね! それじゃあ、トーラス兄さんに会うとしましょう!」
「はい、それではお父様の予定を……って、えぇ⁈ ちょっと待って下さい!」
ずんずんと進み、屋敷の扉を開くマリーさん。まるで我が家であるかの様に、遠慮なく中へ踏み込んでいく。
今日は休息日なので、お父様も屋敷に居る可能性は高い。しかし、予定が入って出かけている可能性もあるのだ。
なので、お父様の所在を確認し、時間が取れるか伺うつもりだった。そんな私の予定をぶち壊し、マリー様は迷う事無く執務室の扉を開いた。
「久しぶり、トーラス兄さん! 妹が会いに来たわよ!」
「ちょ、ちょっとマリーさん! 自由が過ぎませんかっ⁈」
私は後を追って、執務室に踏み込む。ノックすら無く踏み込んだ部屋に、お父様が居ない事を祈りながら。
しかし、運命とは残酷なものである。私はデスク仕事中の、お父様の姿を発見してしまう。
マナーのなってない振る舞いに、叱責が飛んでくるはずだ。そう身構えたけれど、お父様は驚いた表情で小さく呟くだけだった。
「マリアベル、だと……? まさか、今がその時なのか……」
マリアベル? もしかして、それが本来のマリーさんの名前なのだろうか?
死を偽装した際に、名前を変えたのなら納得出来ることだ。ただ、それにしても、愛称をそのままってのは如何なものかと思うけれど……。
私が微妙な気持ちで見守る中、マリーさんはズンズン進む。そして、デスクに腰掛けるお父様の前で、腕を組みながらこう問い掛けた。
「親父殿から、『厄災』の件は聞いてるよね?」
「ああ、無論だ。その為に準備を任されている」
お父様は席を立つ。そして、キリリとした表情でマリーさんと対峙した。
私はマリーさんの隣に移動し、二人の様子を確認する。そして、やはり兄妹なのだなと、改めて気付かされた。
金髪碧眼で整った顔立ち。マリーさんが神官服であれば、お父様と並んで立っても何の違和感も無かっただろう。
ただ、顔立ちは似ているが、纏う雰囲気はまったの真逆。マリーさんが明るい太陽だとすると、お父様は冷たい月を連想させた。
「まあ、そっちは後で話すとして……。――私は前に言ったよね、クソ兄貴? もっと周りに気を使えって?」
「何だと? いつの話をしている?」
マリーさんの威嚇する様な低音ボイスに、私はビクリと肩を竦める。お父様も怯んだ様子で、思わず一歩引いていた。
しかし、マリーさんは逃がすまいと腕を伸ばす。そして、お父様の襟首を掴んで捻り上げた。
「言ったよね? クソ兄貴は不愛想で高圧的だって? 周りを委縮させるから、絶対に直せってさ?」
「ぐっ……! 止めろ、マリアベル!」
マリーさんは右手一本で、お父様を宙吊りにする。お父様は逃れようと藻掻くが、その腕を振りほどく事は出来なかった。
「教皇の一族だから? 要職に就いてるから? 自分の立場に胡坐をかいたんでしょ?」
「何の、話だ……?! 今はそんな事を、言っている時では……!」
お父様の顔が真っ青になっている。それは首を絞められているからかもしれない。しかし私には、マリーさんの威圧に怯えているからに思えた。
マリーさんの隣に立つ私も、その怒りに怯えを感じる。その唐突な凶行を、咎める言葉を放つ事が出来なかった。
「ねえ、クソ兄貴? あんた、何の為に神官やってんの? 人々を幸せにする為じゃないの?」
「当たり前、だろうが……! その為に、私は『厄災』を滅ぼす準備を……!」
その言葉に嘘は無いと思う。お父様は私利私欲では動かない。神官の模範として、規則に対して厳格な人なのだから。
だから、私にはマリーさんが理解出来なかった。お父様の何に対して怒っているのか。
しかし、マリーさんは戸惑うお父様に対し、想定外の言葉を放った。
「――ふざけるな! 子供の幸せを願わない奴が、人々を幸せに出来るはずないでしょ!!!」
「……え?」
子供の幸せ? それはもしかして、私の事を言っているのだろうか?
だとしたら、マリーさんは何をそんなに怒っているのだろうか……?
「あんた、マリーちゃんに責任ばかり押し付けて! 出来て当たり前って褒めもせずに! 子供の気持ちを考えた事あるっ?! それでもあんたは父親なの!」
「何を、甘いことを……。我々、教皇の一族は、神の下僕としての責務が……」
お父様が憎々し気にマリーさんを睨む。恐らくは、教皇の一族にあるまじき振る舞いだと考えているのだろう。
しかし、マリーさんはその怒気を強める。お父様の声を遮り、お父様を激しく叱責した。
「――神を免罪符にするな! あんたは神官の前に、一人の父親でしょうがっ!!!」
「――ぐっ……?!」
お父様の顔が歪む。マリーさんの腕が力を込め、その首を更に強く締めたのだ。
言い訳は一切許さない。その意志を示すかのように、一方的にマリーさんがまくし立てる。
「神官として模範を示していても、子供に愛情を注ぐことは出来た! そうしなかったのは、あんたに驕りがあったからでしょうが! 教皇の一族として優秀な自分は、子供なんて些事にかまける必要がないって!」
「や、め……。ゆる、して……」
今のマリーさんには理屈なんて関係ない。今の彼女は、その激情に従って動いているだけだ。
だからこそ、お父様には非常に相性が悪い。論理武装で論破出来なければ、お父様は無力な存在でしかないのだから……。
「あんたはローラちゃんの心を傷付けた! そんなあんたに資格なんて無い! 神官としても、父親としても……!」
――ぎゅっ……
今のマリーさんに言葉は通じない。彼女を止める事が出来るのは、想いだけなんだと思った。
だから、私はマリーさんの左手を、私の両手で包み込んだ。想いは伝わったから、もう良いんだって伝える為に……。
「……ふう。ローラちゃんに感謝するんだね。彼女に免じて、今日はこの辺りで勘弁してあげる」
「ぐっ……。ごほっ、ごほっ……!」
どさりと床に落とされるお父様。床に座り込んだまま、苦しそうに咳込んでいた。
そして、私はそんなお父様の姿に、悲しい気持ちを抱く。あれ程恐れていたはずなのに、今ではただ情けない存在に思えてしまったからだ。
私はこれまで何に怯えていたのだろう? 絶対的な存在と思っていた父親は、マリーさんに一切の反論すら許されなかったと言うのに……。
「マリーさんの言う通りですね。今後はもう少し気楽に生きようと思います」
「――うん、そっか! 私もローラちゃんは、そうした方が良いと思うよ!」
パッと明るい笑みを浮かべるマリーさん。先程までの怒気は、嘘のように霧散していた。
そんなマリーさんの姿に、私は思わず苦笑を浮かべる。そして、心の底から納得してしまった。
――やはり、親子なんだな、と……。
気に入った相手には、どこまでも愛情深い。気に入らない相手には、どこまでも激しく攻め立てる。
パッフェルにはマリーさんの血を色濃く受け継がれている。私はこの時に、そう実感したのでした。




