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夢で視た青年

「……ん」

 段々と意識の決定権が戻ってきたようで、私はゆっくりと瞳を開ければ豪華な天上が視界に入ってくる。

 女神や綺麗な花などが色彩豊かに描かれている天井には、シャンデリアが飾られていた。


「あっ、生きている!」

 はっきりとした意識と体の感覚があるため、私はほっと胸をなで下ろす。

 グラスに付着していた毒によって倒れたと思ったが、どうやら自分は助かったらしい。

 こんな所で倒れるなんて心配かけちゃったよなぁと思いながら上半身を起こした瞬間、絹を引き裂くような悲鳴が場に響き、私は慌てて周りへと視線を向ける。

 人々は青ざめ、全員の視線が私へと向けられていた。


「ミーア!」

「本当に大丈夫なの!?」

 駆け寄って来たのは、カルドとヴィヴィだった。

 二人とも今にも泣きそうな表情をしている。


「大丈夫。ちょっと倒れただけだから……って、なにこれ?」

 しゃがみ込んで私を見ているカルド達に声をかけたけど、彼らは私に反応を示してくれていない。

 カルド達の顔は私よりも下に向けられていたため、不審に思った私が視線を追えば私がいた。

 床に横たわっていて、付近には割れたグラスがある。


「なんで私がいるわけ!?」

 慌てて立ち上がれば、ふわりとした浮遊感が襲ってくる。

 自分の手元を見ると、掌越しに床が窺えた。


「ゆ、幽体離脱……」

 子供の頃、何度か幽体離脱したいなぁと思ったことがあったが、まさかこのタイミングで叶うなんて思いもよらず。

 大人になった今では幽体離脱なんて戻り方がわからないから、したくないのだが。


「カルド達、少し離れて」

 いつも近くで聞いていた馴染んだ声が聞こえ、私はすぐに反応してしまう。


「シオン君?」

 彼かと思って振り向けば、シオン君だったけれども、シオン君では無かった。

 見慣れた漆黒の髪が白銀に染まっているし、瞳も深い緑になっている。

 シオン君は、十五~二十人ほどの黒いローブを纏った人達を引きつれていて、中にはイザベラさんの姿も確認できた。


「イザベラ、ミーアの体を維持。他の者達は結界を張って何かあった場合に周りに被害を出さないようにしろ」

「御意」

 シオン君の言葉に、ローブ姿の人達が散らばっていく。


「ミーア。もう少し待っていてくれ。すぐに自由にしてあげるから」

 彼は倒れている私の元へとしゃがんだかと思えば、私の頬に手を滑らせると口づけを落とす。

 間近で自分がキスされている上に公衆の面前だったため、悲鳴を上げてしまう。


「とにかく早く自分の体に戻らなきゃ! でも、どうやって戻れば良いわけ?」

 あれこれ考えるけど、全く思いつかない。

 そもそも、幽体離脱に関してシルバーコードという幽体と肉体を繋ぐ紐みたいなものが切れたら死ぬという知識しかないのだ。

 だから、長時間の幽体離脱は危険だと。


「誰か視える人いないのかな。イザベラさん、視えませんか?」

 しゃがみ込んで彼女へと声をかければ、イザベラさんが私の手を掴んで何か詠唱を奏でていた。


「なんの魔法かな? 聞き取れない」

 やがて彼女の詠唱が終わると、私の体を中心に真っ白く発光する魔方陣が現れたかと思えば、四方に光が弾け飛んだのだ。

 そのタイミングで私の体から黒い霧のようなものが飛び出してしまう。

 黒い霧はやがて人の形になり、一人の青年の姿が現れた。


 シャープな輪郭に鷹のような鋭い瞳、それからすっと高い鼻と薄い唇をしている彼は、シオン君を見詰めながら言葉を吐き捨てる。


「この人、前に夢で視た人だわ。草取りしていた人」

 以前、私が夢で視た大きな屋敷で働いていて、労働環境が最悪だと言いながら花壇の草取りをしていた人だ。


「くそっ、無理やり中から引きずり出されたと思ったら退魔士かよっ!」

 彼が地団太を踏めば、腰まである漆黒の髪が揺れ動く。


「俺のミーアの魂を狙った罪は重い。しかも、ミーアと四六時中ずっと一緒に七年間も一緒に居たなんて」

 シオン君は顔を歪ませると、手を青年の方へと伸ばす。


「俺が見た事もない退魔士に負けるとでも? 冗談だろ」

「ただの退魔士? 俺が?」

 片方の唇だけ器用にあげているシオン君に対して、青年は訝しげにシオン君を見詰めると目を見開く。


「白銀の髪って、白銀の退魔士かよっ!」

「ずっと一緒に居たのに気付かないなんて愚かだな。まぁ、魔力は消していたけど」

「くそっ」

 青年の背から黒い蝙蝠のような翼が生え逃げようと試みたようだが、地面から青白い光が放たれたかと思えば無数の白い手が出現。

 その手が飛び立とうとした青年の足にしがみ付き、蔓が伸びるように彼の肢体へと向かって絡みつくように纏わりつく。

 青年は苦しみに耐えているような表情をしている。脂汗をかき、顔から血の気を引かせていた。


「祓いの神に告げる。この黒き魔を我の僕として支配し、服従させるよう手伝いたまえ。我、白銀の剣を持つ者アレス=ミューラクの名の元に」

 シオン君が手をかざせば空間から、トマトや肉ところか丸太も切れそうだと思える剣が現れ出す。

 シオン君はそれを手に取ると、青年の胸に向かってためらいなく突き立てれば、獣の咆哮のような声が響く。

 痛々しさに対して、私は我慢できず瞳を閉じた。


「魔の者よ。その黒き魂を対価にミーア=ハイデリア、アレス=ミューラクを守護し、絶対服従という鎖を授けよう」

 ん? 今、私の名前が出たような……と思って瞳を開ければ、青年がシオン君の前に跪く姿が。


「よくも俺のミーアの命を狙ったな。彼女の魂を喰おうとした罪は償わせてやる。一生かけてな」

 シオン君が目を鋭く細め右足を上げれば、青年の肩へと乗せる。

 屈辱的な扱いをされているはずの彼だが、体を戦慄かせ「てめぇ」と言っているだけでシオン君の足を避けようとはしない。


「イザベラ。ミーアを」

「はい」

 シオン君の言葉に対してイザベラさんが頷くと彼女は私の右手と左手を掴み、詠唱を奏でる。

 すると、視界が熱い鉄のようにどろどろに溶けていき、私の意識が段々と遠くなっていってしまった。





 +

 +

 +



 誰かに頬を撫でられているようなくすぐったさにより、私はゆっくりと瞳を開けると見知らぬ天井だった。

 背や足にはやわらかい寝具の感触があるため、どうやら私は寝ていたようだ。


「ミーア。気分は?」

 シオン君の声に飛び起きるように上半身を起こして右側を見れば、シオン君とイザベラさんの姿が。

 シオン君は広々としている寝具へと腰を下ろしてこちらを見ていて、イザベラさんは立っていた。


「良かった。ミーアが目覚めてくれて」

「本当です。一週間生きた心地がしなかったですよ」

 安堵の表情を浮かべているシオン君達に、私は首を傾げる。


「え、一週間も私は寝ていたの?」

「そうだ。ミーアはカルド達の婚約パーティーからずっと寝たままだったんだよ。雑用係に転移魔法でディオラまで運ばせて、こっちで休ませていたんだ」

「雑用係……」

「後で紹介するよ」

「うん。カルド達に謝らなきゃ。パーティーを駄目にしちゃったから……」

「それなら大丈夫。他の人達には、一風変わった余興ってことになっているから。さすがにカルド達は知っているけど」

「余興で通ったんだ」

「通っちゃったんですよ。私もびっくりでした。しかも、なんか好評で。退魔士なんてめったに見られないから貴重がられました」

「カルド達は?」

「あっ、そうですね。心配していますから、知らせてきます」

 ミーアさんはまた後で様子を見に来ますねと言い残して部屋から出た。


「ねぇ、シオン君。シオン君って本当は誰? 私ね、ずっと見ていたの」

 私は幽体離脱してからのことを説明した。

 シオン君の髪の色が違うことも、あの謎の青年のことも全て……


「あの男は、寄生型と呼ばれる魔族だ。人間に寄生して宿主を殺して魂を食べる。ミーアに突然魔力が授かったのは、あいつに寄生されていたからなんだよ」

「えっ!? じゃあ、私の魔力はもう……?」

「ない。だから、アカデミーには通えなくなったんだ」

「……そっか」

 衝撃が大きくなかったわけじゃない。

 自分には資格がなかったのに、アカデミーには第三者の魔力で通えていたから剥奪されても仕方がないから。

 憧れの学校に通えただけでもありがたいと思わなきゃ駄目だってわかっているのに、視界が段々と滲んでいく。


「ミーア」

 シオン君が私を優しく抱きしめてくれた。


「アカデミーには学術課があるから、来年受験をしてみないか? 難関だけれども、俺も勉強を教えるし。ここで受験勉強してみないか」

「ここ……?」

「そう、ここ。俺とミーアの新居」

「新居ってまさか!」

 私の頭に青年が出てきた夢が浮かぶ。

 たしか、あの魔族の青年は家の主に対して文句を言っていたはず。


 寝具から抜け出して窓際へと駆け出せば、やはり外には夢で見た景色が広がっていた。門から広がる石畳みと花壇……


「夢の建物って、シオン君の家だったの!?」

「俺のじゃないよ。俺とミーアの新居。ミーアがあまり好きじゃないなら、新しい家買おうか?」

「買わないで! もしかして、パーティーで言っていた大きな買い物ってこのことだったの?」

「そうだよ。権利書あるけど見る?」

「維持費高いよ……」

「大丈夫だ。退魔士の仕事で結構収入があるんだ。依頼主からの謝礼もあるし。ミーアを養ってアカデミーの学費を支払うくらい問題ないよ。家事も心配しないで。ちゃんと用意しているから。今、雑用係を呼ぶ」

 シオン君は私の頬を撫でると口づけを一つ落とし、ベッド脇にあるベルを鳴らす。

 紹介して貰わなくても誰が来るのかわかってしまった自分がいる。


「俺、掃除中だって言っているだろ!? このでっかい家を一人で掃除しているから時間ないのに呼ぶなよ!」

 バンッと乱暴に扉が開かれ、現れたのはやはりあの青年だった。




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