前夜
テシス様が手紙で危惧していた国王様達からの接触は無く、私達は穏やかに学園生活を過ごしていた。
あっという間に月日は流れ、カルド達の婚約パーティーの日を迎えることに。
私達はアカデミーに外泊許可を申請し、カルドの祖国にやって来ていた。
「広―っ!」
真っ白の壁には黄金の装飾により縁取りがされ、私達が立っている玄関ホールの左右には端が見えない廊下が広がっている。
正面には大きな絵画を背景に螺旋階段が設置されていた。
「別荘でこの広さなの? カルドってすごいねー。でも本当に私達だけで使っても良いの? なんかお姫様になったみたい」
「やばい。ミーアのリアクションが可愛すぎる。こんなに良いリアクションしてくれるなら、離宮に招待すればよかったな」
隣に立っているカルドが喉で笑いながら、私を見ている。
婚約パーティーは明日開催されるため、私とシオン君、イザベラさんはカルドの別荘に宿泊させて貰うことになった。
使用人の方以外は、私達五人だけなのでゆっくり過ごす予定だ。
「ミーア、こういう別荘欲しいの? ミーアが欲しいなら買おうか。俺とミーアの別荘」
シオン君が私を後ろから抱きしめながら口にしたので、私は慌てて首を左右に振る。
「いい。大丈夫。本当に大丈夫」
「さっきカルドの事を凄いって言ったから。俺もミーアに凄いって言われたい」
「シオン君も十分すごいよ」
仮に購入しても維持費というものがかかり、学生の私には支払い能力が全く無い。
身の丈ってとても大事。私の予知夢がギャンブルに使用出来るならば、大金持ちになって不動産を持てるかもしれないけど、それ以外の道は今のところ皆無っぽいし。
「ヴィヴィも別荘とか持っているの?」
私はそう言いながらヴィヴィへと声をかければ、彼女はぼーっとしている。ただ静かに床へと顔を向けて一点を見詰めていた。
「おい」
隣にいるカルドに肩を揺すられ、彼女はハッと我に返ると周りを見渡す。
「ヴィヴィ、どうかしたの?」
私の問いに彼女は首を左右に振ると、突然腕を伸ばして私を強く抱きしめたため、私は戸惑いを隠せず。
「ヴィヴィ。本当にどうしたの?」
「ミーア。私の結婚式にも絶対に参加してね」
「うん、勿論。でも、結婚はアカデミーを卒業してからでしょう?」
「悪いな。こいつ、俺と早く結婚したくてしょうがないんだってさ。俺のことを愛しすぎているから」
カルドはヴィヴィの肩を叩けば、ヴィヴィが私から体を離すと顔を真っ赤にさせて唇を開く。
「カルド、貴方急に何を言っているの!?」
「本当の事だろ」
「それは……」
両手で顔を覆っているヴィヴィをカルドは微笑みながら頭を撫でている。
そんな二人を見てラブラブだなぁって思っていると、私の手に誰かの手が触れたため、視線を向ければシオン君の手だった。
「すみませんー。バカップルの方々。私を放置でいちゃつくのは全然構わないんですけど、お菓子とお茶を用意して貰ってもいいですか? お腹空いちゃいました」
「おい、イザベラ。お前、道中たらふく食っただろ。俺とシオンの奢りで」
「そんなものとっくに消化しちゃいましたよー」
「はやっ」
「明日はいっぱい料理が出るんですよね? 楽しみだなぁ。無料でお腹いっぱいまで食べられるなんて最高です」
「明日は俺とヴィヴィの婚約パーティーだぞ。大食い大会じゃないからな」
「わかっていますってば」
飄々としているイザベラさんに対して、カルドが深くため息を吐き出しながら「料理の量を増やして貰うか」と口にした。
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(シオン視点)
ぶ厚いカーテンを開き、俺は外の風景を眺めれば淡いぼんやりとした満月が地上を照らしていた。
日中には美しい庭園が窺えたが、今はひっそりと静まり返っている。
――いよいよ明日だ。
俺はつい先ほどまで眺めていたミーアに関する報告書を眺めていた。
これは協会側から受け取ったもので、明日の婚約パーティーについての協会から派遣される退魔士の配置などが記載されている。
それから、彼女に魔族を憑けた者の正体と毒殺しようとしている者の正体も。
全部まとめて明日片付けるつもりだ。
「明日で全てが終わりますね」
音もなく部屋に入って来たのは、部下のイザベラだった。
「ミーアは?」
「さっき様子を見て来ましたが、すやすや眠っていますよ」
「そうか」
「少しだけですが本当に良いのだろうかって思うんです。カルド達は自分達の事は気にせずミーアの件を一気に片付けろっておっしゃいましたが、大切な婚約パーティーなんですよね」
カルド達には事前にミーアの件を打ち明けている。
二人は快く了承してくれた上に、協力する旨をこちらに示してくれた。
但し、ミーアを必ず助けることを条件として。
「私、ミーアさんのことが大好きなんです。ですから、正直ミーアさんが仮死状態でも死んでしまうなんて嫌です」
「俺だってそうだ」
「……ですよね。シオンはまして恋人ですから。ミーアさんの夢では、グラスに毒が入っているって話でしたよね。犯人の目星は?」
俺は手にしている書類をイザベラへと差し出せば、彼女は手に取って瞳で追った。そして、眉間に深い皺を寄せると重い息を吐き出す。
「くだらない。全部テシス王子絡みじゃないですか。明日に魔族も犯人も纏めて確保ですね」
「あぁ、やっとミーアは解放される。彼女の魂は俺のものだ」
「ミーアさんの魂はミーアさんのものですよ。ヤンデレっぽくなるのをやめて下さい」
「ミーアが死んだらサルター国を潰して世界も潰す」
「もう完全に闇落ちフラグじゃないですか」
「彼女がいない世界なんて興味がないし、俺は生きてはいけない」
当たり前のように隣にいたミーアがいなくなるのを考えただけで、背筋が寒くなってしまう。
僕にとって彼女は自分の命よりも大切な存在だ。
「俺はミーアの所に行くから、書類を読んだらテーブルの上に置いておけ」
「わかりました。おやすみなさい、シオン」
「おやすみ」
俺はそう言い残すと足を進めて扉へと向かう。
明日の為にもう休まなければならないが、ミーアの顔が見たいから彼女の部屋に行くつもりだ。
部屋は一緒で構わないとカルドに伝えれば、顔を真っ赤にさせたミーアから反対され隣の部屋に。
眠っているからノックもせずに部屋へと通じる扉を開けて入室する。
施錠しないで不用心だと一瞬頭が過ぎったが、そのお蔭で入れたのでよしとする。
ゆっくりと足を進めて寝具へと向かえば、すやすやと眠っている彼女の姿があった。
俺が寝具へと腰を落とせば、スプリングの軋む音が響く。幸いなことに彼女の瞳は伏せられたままだ。
彼女の額のかかっている髪をはらうように避けると、俺は屈み込み彼女の額に口づけを落とす。
すると、「ん……」と鼻から抜ける声と共に彼女の長い睫毛が上がっていく。
「え。シオン君……?」
彼女は眠そうな表情のまま手で目を擦ると上半身を起こした。
「ミーア。部屋の鍵を閉めないと不用心だよ」
「大丈夫かなって閉めてないの。誰も入らないだろうし」
「今度から閉めて。危ない」
「わかった……って、違うよ! どうしたの? こんな時間に」
「一人で眠れないからミーアの所にきたんだ。一緒に寝よう。何もしないから」
俺はミーアの布団にもぐり込めば、彼女が慌てふためいた。
「ミーア。明日早いから寝よう」
「寝ようと言われても……」
「信じて。本当に何もしないから。ただ、抱きしめさせて」
ミーアへと伸ばした手が小刻みに戦慄く。
怖かった。退魔士の仕事をしていて恐怖を感じたことは一度もない。
自分には能力があると思っているし、失敗なんてしないという自信があったから。
今でもその自信は覆ってないが、今回は対象者がミーアだ。
「わかった。じゃあ、一緒に寝よう」
ミーアは俺の手を握り締めると、彼女も布団へと身を沈めて俺の方へと身を寄せた。
「ミーア。こういうこと他の男にやらないで。そいつこの世から消したくなる」
「するわけないでしょ。シオン君の特権」
「本当に俺だけ?」
「当然。ほら、寝よう。明日、目の下にクマが出来ていると困るよ」
「そうだな」
俺はミーアを抱き締めると、瞳を閉じる。
ミーアの温かさが心地よく、俺はすぐに夢の世界へと足を踏み入れた。




