告白
「……ん」
ゆっくりと瞳を開けると、私は見知らぬ場所にいた。
目の前に広がっているのは、二階建ての木造家屋で白地の壁に黒に近い灰色の屋根が印象的な大きな建物だ。
中央には石を組んで作られたバルコニー、屋根には対の塔屋が窺えて玄関の入り口は二枚扉になっていた。
さっと見回して確認してみると、部屋だけでも二十くらいはありそう。
「あれ……? 私、湖でシオン君とお昼食べて眠くなって……もしかして、夢の世界かな」
ということは、これも予知夢の一つなのかもしれない。
「こんな豪邸は私とは無縁だろうけど」
私が呟けば、後方から「あー、憑く相手間違えた」という声が聞こえてきたので振りかえった。
人の気配が全く無かったがどうやら人がいたらしい。
建物の前には石畳みが門まで伸びていて、左右には手入れの行き届いた花壇がある。
声の主は花壇にいた。
シャープな輪郭に鷹のような鋭い瞳、それからすっと高い鼻と薄い唇をしている青年だ。
漆黒の長い髪を高い位置で一つに結い上げ、上下黒の衣装にエプロンを身に着け草むしりをしている。
「はぁ~。逃げ出してぇ。でも、俺使い魔だから逃げられねえし。一番関わりたくない白銀の退魔士に関わった上に、あいつの女に憑りついてしまったのが運の尽き。俺の一生は奴隷として終わるんだろうな。しかも、無給の上に無休。まぁ、魔族が金貰っても仕方がないけどさ」
愚痴りながら草をむしっている青年は、どうやらこの家の関係者らしい。
魔族と言っているけど、本当に魔族なのだろうか。見たことがないからわからないけど、普通の人間に見える。
「どれ、そろそろ休憩の時間か。あいつのお茶を用意しなきゃな」
青年は草でいっぱいになっているバケツを持つと立ち上がった。
「憑りついた俺が言うのもなんだけど、あいつは良い奴なんだよなぁ。だから、あいつの世話するのは全然構わないんだけど、白銀がなぁ……」
深い溜息を零すと、青年は足を進め出す。
「白銀の退魔士って、前にヴィヴィが言っていた最強の退魔士のこと?」
私が首を傾げれば、ぐにゃりと世界が歪んでいく。
どうやら、もうそろそろ夢から覚めるようで全身を黒い布で覆われてしまったかのように、視界が黒で覆われてしまった。
ふわりと体が一瞬浮く感覚がやって来たかと思えば、私の意識と体の感覚が戻ってくる。
――ん。
ゆっくりと浮上する意識を感じながらゆっくりと瞼を開ければ、視界にシオン君の端正な顔が映し出された。
シオン君の膝を借りていたんだと思い出し、私は慌てて起き上がる。
「ごめんね、重かったよね……って、これ」
私は自分の体にかけられていたブランケットに気づく。
チェックのブランケットで、私もシオン君も持って来ていないはずだ。
「持ってきて貰ったんだ。風が強くなってきたから、ミーアが風邪をひいてしまうと悪いだろ」
「持って来て貰ったって、誰に?」
「カノープス」
「カノープスさん……?」
「そう。そのうち紹介するよ。それより、寒くないか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
私はブランケットを畳むと、籠の中に入れておいた懐中時計を取り出して目を大きく見開いてしまう。
だって、一時間以上眠ってしまっていたのだから。
「本当にごめん、シオン君。私、かなり寝ちゃっていたよ」
「いいよ、気にしなくても。ミーアの寝顔が見られたし」
「ね、寝顔っ!? 私、変な顔をしていなかった……?」
「いや、全然。ミーアは寝顔も可愛いな」
「可愛くないよ」
「可愛いよ。世界で一番可愛い。だから、俺の可愛いミーアを奪う奴は誰であろうと許さない。魔族だろうが人間だろうが容赦はしないよ」
氷のような冷たい声で彼は言うと、私へと手の頬へと手を伸ばして触れる。
温かい彼の手が私の輪郭をなぞるように動いていく。
「そういえば、さっき夢を見たの」
「夢?」
シオン君が怪訝そうな表情を浮かべている。
「うん。大きな木造の建物の前に居たの。建物の前に花壇があって、そこで黒い髪の青年が草むしりをしていたんだ。働いているみたい。労働条件が悪いみたいで、無給の上に無休なんだって。白銀の退魔士がどうのこうのって言っていたかも。白銀の退魔士って、前にヴィヴィが言っていた人だよね? ムーランアグア国の最強の退魔士」
「どんな家だった?」
「んー……白壁でバルコニーがあったよ。建物の前に石畳みが敷かれていて、左右には花壇があった」
「そう」
シオン君は喉で笑う。
「どうかしたの?」
「なんでもない。良い夢だなぁと思って。そろそろ花を見に行こうか。ミーアが乗りたがっていたボートにも乗りたいし」
「ボート!」
ボードって乗ったことがないからすっごく楽しみだなぁと心を弾ませつつ、湖へと視線を向ければ、隣から笑いをかみ殺しているのが聞こえてしまう。
シオン君を見れば、口元を手で覆い肩を震わせていた。
「ミーアは本当に感情が顔に出るよな」
「単純だもん。どうせ」
「いや、そういうのも愛しいって思うよ」
「い、いっ、愛っ!?」
全く想像もしていなかった台詞に対して、私は反応せずにはいられなかった。
その真意を尋ねる前に、彼が立ち上がってしまう。
「さぁ、行こうか」
シオン君が私へと手を差し伸べてくれたので、私は腕を伸ばし彼の手を掴んだ。
――なんか、デートしているみたい。
二人で手を繋ぎながら、湖の周りを覆っている木々の方へ。
うっそうと茂っている木々の間には、ピンクの小さな白い花弁を持った花が所々に咲いている。
小ぶりだけれども、沢山咲いているので華やかだ。
「お花、綺麗だね」
「あぁ」
「この国でしか見られないなんて、きっとアカデミーに入学しなければ一生見られなかったよ。来年も見に来ようね。今度はイザベラさん達も!」
「……そうだな。来年も一緒に来よう」
シオン君は私の頬に手を伸ばしたかと思えば、彼の端正な顔が近づき、唇同士が優しく触れ合う。
真っ白になった頭と思考により、私の時間が止まってしまった。
風によって葉が揺れ動く音のみが聞こえる。
「ミーア。好きだ」
シオン君が私から身を離し告げた台詞。
いつも落ち着いている彼の瞳だけれども、今日は少し揺れ動いているように感じる。
「ミーアは俺のことどう思う?」
返事なんて決まっている。
でも、うまく唇が動いてくれない。ただ、空気なのか声なのか曖昧なものだけが零れるばかり。
自分に都合のよい現実を受け入れられないせいかもしれない
私は自分に対してじれったくなり、背伸びをして彼の唇にキスを落とした。
「……ということです」
何がということなんだ! と自分でツッコミながらシオン君を見れば、彼はきょとんとしていたがやがて笑いだしてしまう。
「ミーアは本当におもしろいな。それで、ミーアの返事は?」
「いまのでわかるよねっ!?」
「ミーアの口から聞きたいんだ。だから、ちゃんと言葉にして?」
シオン君は私を抱き寄せ、耳朶に囁くように告げたため、私は鼓動も血液も一気に早くなっていく。
お風呂で逆上せてしまったかのように、体が熱くふらふらだ。
「……シオン君のいじわる」
私は彼の背に腕を伸ばすと、ぎゅっとしがみ付いた。
「いじわるな俺は嫌い?」
「す、好きだもん。シオン君だから好き」
「俺も好きだよ。ミーアの事は俺が絶対に守るから一緒にいよう」
「うん」
来年もまたここでシオン君とお花見がしたい。
今度はイザベラさん達も――
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「なんだかまだ夢心地だわ」
お花見から戻ってきた私は、ふわふわと地に足がつかない感覚で寮の階段を昇っていた。
手にはイザベラさんへのお土産を持っている。
好きな人と両想いになって嬉しさよりも驚きの方が勝っているせいだろうか。まだ現実ではなく夢のような気分。
「あれ? ミーアさん」
「イザベラさん」
階段を昇り終え廊下に出れば、お風呂セットを持ったイザベラさんと遭遇してしまった。
「おかえりなさい。シオンとのデートはどうでしたか?」
イザベラさんの質問を聞き、突如として私の頭に浮かんだのはシオン君とのキス。そのため、顔に血液が集中してしまって熱い。
じわりと汗もかき始め、私は手を扇代わりにして扇ぐ。
「へー。進展があったようですね。おめでとうございます。ミーアさん」
「あ、ありがとう」
「明日早速、上司であるシオンをいじり倒せます。あっ、そうだ。私、これから大浴場に行くんですけど、一緒に入りませんか? 新しい石鹸を買って貰ったんです。カルドに。よかったら、一緒に使いましょう!」
「うん。じゃあ、先に向かって貰ってもいいかな。お風呂セットを持ってくるから」
「はい。お待ちしていますね」
私は頷くと、お風呂セットを取りに部屋へと向かった。




