【グラニテ】
全くもって動かなくたってしまった身体で、自由になるのは目だけだった。ぎょろり、ぎょろりと可能な限り、視線を走らせた。記憶にあるような、居心地の良い空間は、べたつくような気持ちの悪い雰囲気へと変貌している。
白く滑らかなテーブルクロスは、所々を赤黒く汚し破けている。添えられている水の入ったグラスは、到底飲めるものじゃないどす黒い液体を溜めるだけのものになっていた。目の前にある中庭は、ただただ黒い。向こう側に庭なんてなく、そういう絵を飾っていると云われた方がまだ納得できた。
扉が音を立てた。カツカツと近付く靴の音。悪夢は、終わらない。
「口直しのグラニテは『スピール・シャグランのグラニテ デルレシオン風』となります」
涼やかなラッパ状のガラスの器に入ったソレがやって来た。グラニテとは魚料理と肉料理の間に出される口直しのシャーベットだ。普通のシャーベットよりも氷の粒が荒く、甘さ控え目だ。
見た目は薄く黄色のシャーベットに見える。極々普通に見えて、逆に不気味だった。そんな私のことなどおかまい無しに給仕は話し掛けてくる。
「乙女の初恋の様な甘酸っぱいスピールにシャグランが入る事でより爽やかさが増している一品でございます」
腕が勝手に動き出し、グラニテを規則的に口の中に放り込む。柑橘類特有の酸味が爽やかだった。普通に美味しい。いや、そもそも私は普通なのか。正常と云えるのか。この目で見えるもの、耳で聞こえるもの、それらが全て正しく私の脳に届いているのだろうか。
本当はとっくに狂ってしまって、私は夢を見ているだけなのかもしらない。
「佐波様の義理の娘さん、お可愛らしいですね」
そう給仕が耳元で囁いた。なぜ、今それを伝えてくる。まさか、いや、もしかして…………息子の嫁と、これが……。
気のせいだ。思い違いだ。何かの間違いだ。本当ニ。何も問題ない。そうだろう? これは夢だ。悪夢だ。ソウダロウカ? いずれ覚めるんだ!
「あぁ、食べ終わりましたね。次の皿を持って来ましょう」
食べたくないッ! モット食ベタイ。モット食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。た、食べたくない。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食べてはならない。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食べたくなんて……。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食ベタイ。食べたい。
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