第三話
朝日が昇る。メアリーは陽射しに眉根を寄せながら、屋根の上に座っていた。
見下ろせば、広場の真ん中に十字架に張り付けられ昨日の吸血鬼の男がいた。観衆に見守られる中、彼は朝日に当たって塵となる。
吸血鬼は陽に弱い。暦が浅ければ浅いほど、太陽への耐性はない。
最初はメアリーも朝は外で活動することはできなかった。しかし、いつの間にか問題なくなった。
それでも日差しは嫌いだ。肌はチリチリと痛むし、気分を害する。そんな自分の体が何より大嫌いだった。
広場の人間たちが十字架に向かって罵声を浴びせている。石を拾って投げつけるものもいる。人間たちの怒りが、一点に集められてるかのようだった。その中に昨日の看板娘がいるように錯覚した。
メアリーは塵となって消えた吸血鬼に興味をなくすように視線を外した。
屋根から人気のない路地裏へと降りる。そのまま何食わぬ顔をして、通りへと戻った。
石畳、石造りの家。街は変わらずに回る。吸血鬼という脅威にさらされながらも、人間たちは逞しく生きる。
その輪廻から取り残されたような気がして、少し焦燥感にかられた。
「よっす、メアリー」
聞き覚えのある声がして、彼女は足を止める。
振り返ると、トレンチコートの男がいた。
メアリーが小さいのもあるが、それを差し引いても彼の背丈はかなり高い。ハット帽の奥に隠れる青い瞳は、不気味に揺らめいている。
「……ミュンヘル」
あからさまなメアリーの嫌そうな顔に、彼は肩をすくめた。
「長い付き合いだろ? 今さら邪険にするなって」
彼の軽い口ぶりに思わず大きなため息が漏れる。
「邪険にするなって言うなら、そっちがちゃんと働いてくれる?」
「あらら、これは手厳しい」
彼──ミュンヘル・バイスウッドは、教会お抱えの吸血鬼ハンターだ。吸血鬼たちを狩って生計を立てている男だ。
メアリーに近づいたのも、彼女が吸血鬼であるということが原因だ。
最初は殺し合う仲だった。メアリーが人間に危害を加えないと分かったらいつの間にか仕事仲間となっていた。
しかし、その中でも彼に見張られているのは気のせいではないだろう。
教会は裏切ればいつでも殺す。そうメアリーに突きつけてきているのだ。
「はいこれ」
血の入った小瓶を手渡す。ミュンヘルは取り落としそうになりながらも、しっかりと持つ。
「主の血の部分だけ抜き出しておいたから」
「いつも悪いな。これで追跡を強化できる」
「……本当かしら? まだ、教会は祖の討伐に成功したことないんでしょ?」
祖……吸血鬼にすることができる吸血鬼のことである。その個体数は限られている。
しかし、通常の吸血鬼よりも強く、隠れるのもうまい。見つけるのは至難の業だ。
人間は祖、吸血鬼は主。言葉だけが違う。
だっはは! とミュンヘルは胡散臭い笑顔を見せた。睨むとその笑みを引っ込める。
「ここら一帯での吸血鬼の増え方は異常よ。明らかに祖がいると見て間違いないのだけれど?」
「教会側もそれを感じ取ってるんだけどなぁ……どうにもこうにも」
「頼りにならないわね……」
その一言にミュンヘルは肩をすくめる。
この街で起きている吸血鬼被害はこれだけでは収まらない。あるときは、商隊の集団が丸ごと襲われたという。
吸血鬼は集団を形成しない。討伐されることを何よりも恐れるからだ。しかし、この一年間は解決してもまた違う吸血鬼が湧いてくる。
明らかに誰かが作り出している動きをしている。
ふと、街中の空気が変わった。子どもたちが、ピエロからもらった風船を持って走っている。
「そういえば、パーティーってもう少しだったっけ?」
「ああ、お偉いさんたちはそれにお熱だ」
「ふーん……」
「どうした?」
楽しそうな人の顔を、メアリーは冷めた瞳で見やる。
「明日も生きているかわからないのに、よく楽しめるわね」
「明日もわからないからこそだ」
いつもの調子の良い笑みを、ミュンヘルは引っ込めていた。
「明日死ぬかもしれないから、今を楽しく生きるんだろうよ」
メアリーは答えない。代わりに彼の脛を軽く蹴る。
大袈裟に痛がるミュンヘルは、こちらを見やっていた。
「何すんだよ?」
「まず、教会側の体裁を守りなさいよ。吸血鬼をのさばらせてる時点で、お前たちが偉そうに講釈垂れる暇はないわよ」
「……ごもっとも」
街の中に金槌の叩く音が混じる。教会主導のパーティーは街を上げてのお祭りになるだろう。
それはいっときでも人々の心を癒すことができるだろうか。考え、短い逃げにしかならないだろう。そう、メアリーは結論づけた。
少なくとも、ご機嫌取りの祭りでは、何も変わらない。




