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この歌声(こえ)君に届け  作者: 水乃琥珀
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本当の自分を 愛してあげること #5

主人公のことが大好き……という、周囲の人目線の お話です。

  価値が無いと思うなら、誰もが忘れられないくらいに、強烈に、大胆に。


  《意思》を持って、相手を 堕としにいけばいい。


  見落としていたもの。見過ごしてきたもの。見ようとしなかったもの。


  今、改めて向かい合って。


  ――――――― ひとつずつ、変えていこう。


  ほんの少しであれ、そう思えることが何よりも大事だから。


*  *  *  *  *  *  *  *


  十二月 七日。

  午後 九時三十分。


  STELLAステラの活動終了後。

  専属メイクスタッフの 前園まえぞのエリカは、ある《衣装》へと着替えた奏良そらの《仕上げ》を行っていた。


「………ライト、こっちー」

「この角度がいいんじゃない?」

「そうだな、そんな感じでいくか」

  少数精鋭―――カメラマンと撮影スタッフ三人が、現場を整えていく。


  エリカの手で施されたメイクは、周囲の想像よりも ずっと《ナチュラル》だった。



「だって、元の《素材》が抜群にイイわけだし。このくらいが ちょうどいいでしょ」

  少し手を入れるだけで、充分に《可愛い》。


  よくメイクによって《化ける》という表現をするが、本来《違う》と エリカは思っていた。

  化けるとは、別人に変わることだ。

  別人にしてしまったら、その人《本来の良さ》は、消えてしまうのだから。

「エリカちゃん、ナイスだよー」

「当然でしょ。もっと褒めてちょうだい♪」


  エリカ特性のメイクとヘアセットは、時間として ほんの十分もかからない。

  メイクだって時間をかければいい、というわけではない。それが《持論》だ。

  相手の特性を正確に掴み、それを最大限《引き出す》―――アーティストの舞台という忙しい現場で培ってきた、彼女の《武器テクニック》であり、財産。

  まして、目の前の対象は《奏良そら》という、なかなか出会えない程度クラスの逸材だ。


  ようやく本人がヤル気になってくれたのだから、この機会を有効に活用しなくて どうする。


「それじゃ、奏良そらちゃん。撮ってみるかな?」


  着替えとメイクが完成すれば、あとは撮影するだけ。


  馴染みのカメラマンだけの、少人数で行う《極秘プライベート撮影ショット》。

  今回はお試しということだが、上手くいけば広報部に宣伝用として《写真データ》を提出する予定だ。


  ―――――これ以上、見過ごせない。


  エリカは、立場は《メイクスタッフ》という、スタッフの中の一種に過ぎないけれど。

  候補生たちや 他のサポートスタッフと多く関わってきたからこそ、人間ひととして《どうか》………ということを 誰よりも重要視していた。


  ―――――いつまでも、私が黙っていると思うなよ。


  メイクスタッフになりたくて、プロのスタッフの元に 教えを請いに訪れていたエリカが、奏良そらと出会ったのは 十六歳の時。


  多くの人を虜にする………とはいえ、初めから奏良そらが そういう《恵まれた環境》にいたわけではなく、始めは《マイナス》からの開始スタートだといえる。

   

  奏良そらに対してのエリカの第一印象は、『かっこいい男の子』だった。

  ショートヘアに、他のスタッフとお揃いの《スタッフTシャツ》にジーンズ。

  女子高校生らしい キャピキャピ感からは程遠く、寡黙で、黙々と仕事をこなす《硬派な少年》にしか見えなかったのだ。

  周囲のスタッフも、誰も《女の子》とは認識していなかったからか、ちから仕事も それこそ危険な仕事も たくさん振られて―――何も言わず淡々とこなす姿は、エリカからしたら 少し《機械的》にも見えて。


  《使い勝手のイイ奴》というのは、仕事の面でいえば 褒め言葉なのかもしれないが。

  《押し付けられている》ということと、何が違うのだろう。


  ある日、見かねて『断ることを覚えなさいよ』と声をかけたことがある。

  その時、奏良そらが何と言ったのか。

  エリカは、今でも決して忘れない。


  『………知ってるよ』と。


  押し付けられていることを わかっていて、あえて引き受けているのだ、と。


  ――――あり得ない。何を考えてるの。


  誰かに必要とされることでしか、自分の存在を《肯定できない》のだと理解したのは、それから だいぶ時間が経過してからだった。


  奏良そらが、その身の内に《何か》を抱えていることは 容易にわかった。それを隠していて、誰にも知られないようにしていることも。


  何で、そんなに 自分を嫌うの?

  だって、こんなにも 《イイ》なのに。

 

  他人が見落とすようなことにも気付ける《視野の広さ》と、相手が やりやすいように それとなくフォローしてあげる《細やかな気遣い》。

  そういう《誇るべき美点》を、自分からは絶対に《主張》しない。

  それが、どんなに貴重で尊いことなのか、本人には自覚が無くて。


  時間はかかったが、次第に『いてくれなきゃ困る人』として認識されてからは、奏良そらを取り巻く環境は 大きく改善されたといえる。


  けれど、やはり 感じ方、考え方は十人十色。人それぞれだから。

  そんな奏良そらのことを 良くは思わない連中だって、当然 存在しているのが現実で。


  しかも、それならそれで、大人しく見ていればいいものの―――目に見えて、行動で、そういった態度を あからさまに取る奴らが多いのは 何故だろう。


  どんなに 酷い言葉を投げつけても、奏良そらは表立って《反論》しないからかもしれない。

  普通なら、ふざけんな……と喧嘩になってもおかしくはないのに、彼女は それを《しない》から。

  反論するどころか、『言われても仕方がない』と本人が納得してしまっているのだから、エリカが代わりに『ふざけんな』と 何度怒ったことか。


  誰が、そうなふうに―――ネガティブ思考にしたのか。

  兄弟から 異常なくらい愛されて、リューイチにも 本当の家族のように大事にされているのに、自分のことを《嫌なもの》としか思えないなんて。

  誰だって、自分のことは可愛いはずなのに。


  他人のことを大事にできるのに、自分のことには 見向きもしない。

  エリカは、もう とっくに奏良そらのことが好きだったから、仕事上の関わりだけでなく、プライベートでも仲良くなりたかったが、彼女は頑なだった。


  《適切な距離感》というものを、いつまでたっても崩してくれない。


  仕事上の関係者だから、なおのこと。

  『PHANTOM』の事件が起きてからは、より一層 ガードが固くなって、あのバカ男……壱哉をどれだけ恨んだだろう。

「もう そろそろ………《友達》として認めてくれても、よくない?」

「そうっすよねぇ………《片思い》はツライですよねぇ」


  エリカと並んで立つのは、サポートスタッフの副主任サブチーフとなった 伊原 麻里奈まりなだ。

  奏良そらに 一から仕事を叩き込まれた彼女は、奏良そらが抜けた穴を埋めるために 副主任へと抜擢され、若いながらも その能力をいかんなく発揮していた。


  撮影が始まった奏良そらのことを、二人でじーっと見つめる。


「………認めてくれれば、もっと 手の出しようもあるのに」

奏良そらさん……ほんと、遠慮する性格ですからね。迷惑かけたくない……とか、思っちゃってるんですよ」

「ほんと……………困るわぁ」

「右に同じ、デス」


  どうしたら、奏良そらの心を開けるだろう。

  ずっと試行錯誤してきたが、なかなか 思うように上手くはいかなくて。


  そんなエリカにとって、STELLAステラメンバーというのは、頼もしくもあるが、ある意味 《ライバル》でもあった。


「…………今日は、やけに ヤル気じゃん」

奏良そらさん、めちゃくちゃ可愛い!」

「ちゃんと、カメラの方を見れてますね」

はる、お前も見習えよ」


  活動が終わったのなら帰ればいいのに――――メンバー四人は 撮影を見学するために残っていたのだ。

  恥ずかしがり屋の奏良そらを刺激しない程度の距離を取り、離れた位置から 長女を見守っている。


「……………………ムカツクわぁ」

「右に同じ、デス」


  仲が良いのは、嬉しい。

  奏良そらのことを認めて、受け入れてくれた証だから。


  それでも、これだけの年数が経っても、友達と認定されていないエリカと違い、彼らは すっかり奏良そらの心を掴んでいたのだ。


  応援してきた候補生だから―――思い入れのある子たちだから、仕方がない。

  活動をする中で 苦楽を共にして、五人の絆みたいなものも感じるようになってきて。


  立場が違うのだから、彼らと 比べるものではないと、わかってはいるけれど。

「…………オレたちを、睨まないでくださいよ」

「わかってはいても、ムカツクのよぉ」

「えー、でもエリカさん。すごく奏良そらさんと仲良しに見えますけど?」

「専属スタッフなら《絶対にエリカさん》だって、言われたじゃないですか」


  そうだ。

  奏良そらが、自らの専属メイクスタッフとして選んだのは、他の誰でもない、エリカだ。


「でも…………足りない」

「足りないっすよねぇ」

  麻里奈と二人で、もっと――――と思ってしまう。


「まぁ………スタッフという枠を抜けて、アーティストになったことで、少しは違うんじゃないですか?」


  おりの 正しい指摘に、なおさら腹が立つ。

  出会ってから、奏良そらとは距離を置いて接してきた彼も、今では すっかり《ゼロ距離》になっている。


「そうね。今は奏良そらちゃん自体が《商品》になったんだから、堂々と、守ることができるわけだけど」

  社内のスタッフから。悪意あるファンから。



  『………ちゃんと、プロになりたいから』

  そう言って、恥ずかしい気持ちを抱えながらも、前に進もうと決意を固めた瞳は、本当に 息を飲むほど綺麗だった。


  『失敗したっていい。自分の成長を認めて欲しい』と。


  何があったのかは エリカは知らないが―――プロという言葉と その重みを、改めて考えるようになっていて。


  《魅せる》という意味。

  それは、一種の《覚悟》。


  相変わらず 自分に自信が無くて、容姿が優れていることだって、半信半疑で。

  《認知の上書き》――――奏良そらが自分に対して《気持ち悪い》と思っていたのを、すぐに治すことはできないけれど。


  ――――絶対に、やるべきよ。

  エリカを始め、たくさんの人が望んでいるのだから、それだけで《やる価値》がある。


  やれば、絶対に 変わる。

  周囲の人も、奏良そら本人も。


「…………やばっ」

「これ………SNSに載せたら、また機能停止しそうですね」

「…………いいじゃん。それだけ反応があるってことだろ」

「今回も その日の《トレンド》にランクインできそうだな」

  

  身に付けた衣装は、デビュー間近のガールズグループ『PINKY』の女の子たちからの、プレゼントだ。


  レースをふんだんに使用した華奢なトップスに、柔らかい落ち感の ロングスカート。

  それに合わせた、ピンヒールのショートブーツ。


  白黒モノトーンの色使いは、色白の肌を より一層 輝かせて見せてくれる。

  オシャレというものは、よく足し算よりも『引き算』というが、奏良そらに関しては 該当しなかった。


  レースに フリル。胸元にはサテン生地のリボンという、一歩間違えば ごちゃつく《甘すぎ》なデザインでも、嫌味なく着こなしてしまうのだ。

「むしろ、《甘々》な方が似合うのかも」

「ですねー。普通なら《馬鹿じゃね?》ってくらいのレベルでも、全然 嫌味にならない、っていうか」


  サラッと、自分のモノにしてしまうのは、どこかクールな雰囲気も併せ持つからだろうか。


  クールなのに、甘い。

  かっこいいのに、可愛い。


奏良そらちゃんて、どこか上品ノーブルな雰囲気、あるのよねぇ」

  カジュアルな物でも、セクシーな物でも、下品にはならない。

「フリルが似合うって、なかなか ないですよね」

「中世ヨーロッパ風の、そういう感じも似合いそう」

「もう、何だって 似合う気がしますけど」

  普通のモデルやタレント、アイドルなんかじゃ どうやっても太刀打ちできない。


  ―――――《格》が、違うのよ。


「早く、周りも そのことに気づけばいいのに」

  反発して、抗って、反抗して。


  馬鹿らしい。

  奏良そらはスゴイ――――素直に そう認めてしまえばいいのに。


「はい、こっち目線向けてー」

「いいね、その感じ♪」


  撮影の背景は、いたってシンプルだ。

  いつもSTELLAステラが使用するレッスン室。

  撮影の小道具は、椅子と生花はなだけ。


  モノトーンで まとまった衣装に、くすみカラーの薔薇ばらが、華やかさを添える。


  ―――――誰にも、負けない。負けるわけがない。


  唯一無二、他には無い、その個性。


  真っ直ぐに、逃げずにカメラを見上げる その表情かおは、ある意味 戦いに挑む《兵士》のようでもある。


  真面目な奏良そらにとって、生きることすべてが《戦い》なのかもしれない。

  仕事に必要なことなら、何だって勉強して身に付けてきていた。《心理系》や《栄養学》など、その分野は多岐にわたる。

  仕事をして、合間に勉強をして、候補生たちを励ましたり 相談を受けたり、電話やメールなんかも欠かさず行って。

  二十四時間、時間はいくらあっても足りない。


  だから、彼女は 休むヒマも無くて、常に寝不足なのだ。


「これからは………もう少し、《自分のための時間》を取って欲しいわ」


  もう、スタッフではないのだ。

  アーティストとして―――《商品》として。

  自分をもっと《大事に》扱うことを 覚えてもらわないといけない。


  放っておくと、すぐに大変なことや危険なことを、やろうとしてしまうから。

  他人から受ける《愛情》だって、もっと理解すべきだろう。

  

「とにかく……抵抗勢力を、ぶっ潰さないとね」

「やっぱり、まずは そこからですよねぇ」


  《アンチ奏良そら派》を蹴散らすには、圧倒的な《何か》が必要だった。

  今回の《写真》は、きっと その武器の一つにはなるだろう。


  『価値が無いなら、作ればいい』と奏良そらは言ったが、彼女に価値が無いなんて、どれだけの人が思うだろう。

  歌い手であっても、ビジュアルは必須。

  そんな時代だからこそ――――

「《徹底的》にやるわよ」

  文句の一つも、出てこないくらいに。

  もう二度と『チャラチャラしている』なんか、言わせない。


「任せてください、準備なら 色々と整ってます♪」


  《価値》という言葉の、その本当の《意味》を。

「私たちで、教えてやりましょ」

「フフフ………そうこなくっちゃ」


  エリカと 麻里奈は、女ふたりで 不敵な笑みを浮かべながら、撮影が無事に終わるのを待った。


*  *  *  *  *  *  *  *



  『今日、会える?』


  昼間に届いた、妹からの短いメール。

  碧海うみは 思わず携帯を落とすところだった。


  あの、《奏良そら》が。


  自分から、求めてくるなんて。


  《何か》があったとしか、考えられない。

「やっぱり………リューイチなんかに任せるんじゃなかった」


  碧海うみにとって、初めて会った瞬間から―――何よりも大事ななのだ。

  何年経とうが、ずっと それは変わらない。

  父からは『いい加減に 妹離れしなさい』と言われていたが、何故 離れなければならないのか、碧海うみには理由が まったくわからなかった。



  人見知りが激しくて、怖がりで、恥ずかしがり屋で。

  それなのに、他人には頼ろうとしない。助けを求めることだって、滅多に無い―――そんな奏良そらのことが、可愛くて 可愛くて。

  どれだけ構っても、愛情を示しても、なかなか懐いてくれない、野生のネコみたいで。

  だからこそ、少しでも 近付いてきてくれるときは、もう《至福》としか言いようがない。


  そんな奏良そらがアーティストを目指して活動することになったことを、碧海うみは応援しつつも 心配していた。

  あの子が やる気になったことなら、何だって応援するし、出来ることなら 何だって手助けしてやりたい。

  これでも、自分は 《俳優》として、そこそこの地位は築いてきたから。

  芸能関係のことなら知り合いだって多いし、奏良そらのためなら 関係者に接触して、繋がりを持つくらい朝飯前。


  ただ、いつも一緒に いてあげることはできないから。

  本当は一緒に住んで、朝晩 送り迎えをして、寝る前には《何があったか》話をして………なんて、昔のように 過ごしたかったのに―――奏良そらは、碧海うみとは別に住むことを選んだ。

  逃げられたのは、もちろん わかっている。


  そんな つれないところも愛しいのだから、仕方がない。それに、碧海うみは その程度で諦めるほど、単純な性格ではなかった。


「……………この間の公演が、尾を引いているのか?」


  記念すべき《初公演》は会場に見に行けたが、その後の公演は 仕事の都合上 見に行けなかった。

  そのかわり、ファンが公演の様子を撮影して、ネット上にあげてくれているため、様子がどうだったのかを見ることはできた。


  演技の世界でも、《魔の三回目》というのは存在する。

  慎重な性格だから、当然 奏良そらだって《覚悟》して三回目を迎えたのだろうが―――誰が見たって、STELLAステラの《出来》は、ひどかった。


  ミスを犯すことが悪いわけではない。

  ミスをしたあと、それから《どうするか》。


  映画やドラマの撮影だって同じこと。

  演者の中で 誰かがミスしたときに、周囲がどうカバーできるか。

  撮り直しのきかない《舞台》なら、尚更だ。


  常に、本番。一発勝負。

  プロとして求められるのは、何よりも《修正力》なのだと 碧海うみは思っている。


  奏良そらは、歌い手として 他の誰より優れていたが、メンバーとなった 他の四人も含めて、彼らは《修正力》という面において、まだまだ未熟といえた。

  そのことに気付き、克服していくための《全国行脚》。あのあと、グループとしてどうなったのか………心配でならない。



  時計は、午後十時を指していた。

「…………そろそろ、かな」


  奏良そらに会うために、全速力で仕事を終わらせたことを知っているのは、自分のマネージャーだけである。

  今日は、お正月特番の撮影だったのだが―――碧海うみレベルの俳優なら、ある程度 時間の調整は可能だった。


  奏良そらが、自分を求めている、なんて。

  そんなにも、弱っているのか。


  そう考えると、胸がキリキリと痛んだ。


「…………………碧海うみちゃん?」

「!」


  一階のエントランスで、お行儀よく待っていた碧海うみの耳に、待ち焦がれていた声が届く。


  兄だと知られているし、リューイチの親友でもあるから、本社の中に入ろうと思えば《顔パス》で入ることもできたのだが、そうはしなかった。


  だって、間違えなく、STELLAステラのメンバーと《会う》とわかっていたから。

  ケツの青い《歳下野郎》に負けるわけがないが、余裕のある《大人》として、いい格好を見せたかったのも 理由だった。


「ごめんね、待ったでしょ?」

「全然、大丈夫だから」

  たとえ何時間待たされようと、奏良そらを待つのなら気にならない。


「あの! 初めまして!」

  元気よく 一番に挨拶してきたのは、ルーカスか。

  なるほど………明るくて、気持ちの良い子だな。

  奏良そらが、声をかけただけはある、これからが楽しみな青年だ。


奏良そらさんには、いつもお世話になってます」

  静かにお辞儀するのは、末っ子のはるだ。

  大人しいのに、意思の強さを感じる、いいをしている。

  奏良そらにスカウトされて ここまで辿り着いたのだから、努力を続けるその姿には 自然と好感が持てた。


  さて――――問題は、あとの二人。


「初めまして………おりです」

「初めまして、いつも奏良そらさんから 話はうかがってます。みことです」


  ………………ほーお。


  今ほどの自分が《俳優》で良かったと、思ったことはない。

碧海うみちゃん?」

「うん。みんな――――初めまして。いつも 奏良そらのことを大事にしてくれて、ありがとう。ちゃんと、挨拶がしたかったんだ」

「そんなコトないですよ!」

「僕たち、奏良そらさんが いてくれるだけで、本当にありがたい、っていうか………」

「そうかい? ありがとう」

  弟組二人は、素直でよろしい。


  碧海うみの完璧な笑顔に、奏良そらだけが《異変》に気付いて、腕を引っ張った。

奏良そら?」

「………帰ろう」


  碧海うみが、何か余計なことを言わないように――――メンバーに紹介するのはいいが、それが済んだら 引き離そうとしているのが丸わかりだった。


  別に、取って食いはしないのに。

  ほんの少し………少しだけ、脅そうとしたことくらい、大目にみてくれてもいいだろう?

  メンバーを守ろとした行動に 内心イラッとするが、次の《ひとこと》で、意識は 完全に目の前の男たちかられていた。


「……………今日、碧海うみちゃん、行ってもいい?」


  この時間だ。

  家に来るということは、《泊まる》ということを意味している。

「……………もちろん」


  もう、たとえ 全世界から銃口を向けられても、笑顔でいられる自信がある。

  奏良そらがいるなら。

  それだけで、碧海うみの《世界》は完成するのだから。


「明日は、ぼくが 本社まで送ってあげるから」

「………うん」

  人目をはばからず、ぎゅっと抱きついてきた奏良そらが、とんでもなく可愛くて。愛しくて。

  他には、何もいらない。いくらでも寛大になれる。


「みんな、お疲れ様でした。このまま帰るね」

「お疲れ様でした!」

「………お疲れ。ちゃんと、寝ろよ」

「また明日、頑張りましょう」

「……………奏良そらさん……」


  何かを言いたげなみことは、今後 要注意だな。

  だからといって、おりの《視線》に気付かないほど 鈍い碧海うみではない。


  天下の『綿貫 碧海うみ』を目の前にして、隠そうともしない、二人の男たち―――。

  その度胸だけは、褒めてやるべきか。


「じゃあ、みんなも気を付けて。これで失礼するよ」   性格も外見も これだけ可愛いのだから、惹かれるのは当たり前。だからといって。

  ――――軽々しく、うちの奏良そらに触れられると思うなよ。


  兄の特権を最大限利用して、さっさと その場から退散する。


奏良そら? ………眠いの?」

「うん…………なんだか、ものすごく、疲れた。慣れない撮影をしたからかな」

「いいよ、このまま寝なさい」

  あとのことは、全部やってあげるから。

「うん…………」

  こういう甘えん坊なところは、我が家の末っ子《ひなた》と よく似ている。


  いつも、頑張りすぎるほど、全力で頑張ってしまう子だから。

  自分の前だけは、何も考えずに 身を任せてほしい。

「…………………お疲れ様」



  珍しく甘えてくる奏良そらの髪に キスを落としながら―――碧海うみは タクシーで自宅へと帰って行った。

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