本当の自分を 愛してあげること #3
十二月 七日。
年末の カウントダウンライブ出演と、新たなユニット結成の発表から、一夜明けて。
奏良の住むマンションから最寄り駅までは 徒歩七分、電車に乗ってからは 十五分程度。本社ビルには、三十分もあれば到着する。
本日の朝練は、『STELLA』と『TO2』二グループの合同で、朝の六時半から七時半までの 一時間、昨日 渡された《新曲》を中心に行う予定になっていた。
時刻は 午前五時 四十五分。
この時間に出発すれば、集合時間にちょうど間に合う。さすがに、朝ご飯を食べる気にはなれなかったので、朝練が終わってから食べるつもりだし、おそらくは 他のメンバーも同じ考えだろう。
「――――奏良さん」
大荷物を持って マンションのエントランスから出てきた奏良を待っていたのは、先日『迎えに来る』と宣言した通り、尊である。
「うーわ………今日も来てる」
姉に付き添って 荷物を持って降りてきた陽が、嫌そうに 毒を吐く。
「堂々と来れるあたり、その《度胸》だけは褒めてあげるけど」
「こら こら こら」
「何? ぼく、おかしなこと言った? 言ってないよね?」
「何で、あんたが怒るの」
尊に対して やたらと敵意剥き出しに睨む《理由》が、まったくもって わからない。
「奏良ちゃん、それ 本気で言ってる?」
「?」
「まぁ、いいや。今度、レッスン室に《襲撃》しようと思ってたところだったし」
…………襲撃?
突如、可愛い弟の口からこぼれた《物騒な単語》に、奏良は頭を抱えたくなった。
綿貫家では、口に出した言葉は必ず『守る、実行する』というのが《掟》だ。
その分、発言には責任を持たなければならないし、『やる』と言ったら やるのが《我が家》の一員である証。
「はぁ………ひな?」
「先に《一発》、かましとくかなー」
「え、ちょっと…………ひな?」
笑顔で すたすたと尊に近付いていこうとする末弟の《雰囲気》を察知して、慌てて止める。
「待った、ストップ! ひな!」
「……………何で?」
何でもくそも あるか。
童顔でキュートなのは、完全に《見た目》だけ。
『綿貫 陽』というのは、姉のことになると とんでもない《悪魔》に変身してしまうのである。
「ぼく、挨拶しようと思っただけなのに?」
きゅるるん。
自分の《可愛さ》を最大限利用した《上目使い》。二十歳とは思えない、少年のようなピュアさ。
ファンならば悲鳴を上げて喜んでくれるだろうが、可愛こぶっても 実の姉には通用しない。
「おはよう奏良さん。それから―――」
「おはようございます!」
長野から帰ってきた時、駅で 軽い挨拶だけは交わしていたが、尊が陽と正式に顔を合わせるのは、これが初めてだった。
「改めまして、奏良ちゃんの弟の陽です! 先日は、奏良ちゃんを助けてくれて、ありがとうございます! 《尊くん》………だよね?」
「!」
目が! 目が 怖いから!
なに、朝っぱらから異様な《圧》をかけているのだ。
「………やめなさい」
「痛っ」
ペしんと、側頭部を叩いてやる。
「ごめんね、尊くん。この子、無視していいから」
「そーらーちゃーんー」
「あーあー、はいはい。荷物持ち ありがとね」
弟から荷物を受け取り、早々に この場から出発しなければ、何をやりだすか わかったものではない。
それでも 不貞腐れた顔を止めないから、面倒くさいと思いつつも《いつものアレ》で黙らせるしかなかった。
「――――――じゃあね、ひな」
ちゅっ
「!」
「先に行くから、あんたも支度しなさいよ」
「……………………うん。いってらっしゃい」
頬へのキスで、ふにゃりと笑顔になって大人しくなる――――根は いつまで経っても甘ったれな子である。
幼い頃、さびしい思いを多くさせた《負い目》があるから、奏良も あまり強くは言えないところがあった。
キスで黙らせるという、若干《遊び人》な感じは否めないが、効果があるうちは利用するしかない。
「じゃあ陽くん、またな!」
さすが、怖いものなしの次男。
不穏だった陽のことなど まったく気にもせず、尊は 奏良の手から 当然のように《荷物》を奪って歩き出した。
「え、ちょっと」
「奏良さん、何? この荷物」
「えーと………《朝ご飯》?」
もちろん、この重さと量なのだから、一人分ではない。
「………けっこう重いのに、一人で持っていく気だった?」
「キャリーカートに入れたから、引っ張るだけだし………」
スタッフの職種にもよるが、スタッフ業務というのは だいたいが体力勝負でもあり 腕力勝負でもある。
女だからと 誰も配慮してくれないし、重い荷物であろうと《できて当然》。
けれど、目の前の次男には、それが通用しなかったというわけであり。
「―――――だめ。俺が持つから」
「だから、平気なのに」
「―――――俺が嫌なの」
「!」
そう、言われても………。
尊から比べたら、身長も低いし 非力に見えるだろうが、平均的な《女子》という観点から考えると、奏良は健康的だし、わりかし《腕力》もある方なのだ。
守られなきゃいけないような《性格》でもないし、意識して抑えているだけで、《戦闘》という意味での《立ち回り》だって、出来ないこともない。
「…………私、けっこう《戦える》んだけど?」
「え?」
オーディション会場では、ごく稀にだが、落選を宣告された若者が逆上して 暴れることもあった。
壁を蹴ったり、イスを振り回したり、時にはスタッフに掴みかかるような《不届き者》だって、いたこともある。
そんな荒くれ者に対応し《制圧》するのも、スタッフの仕事の内。
「え、まさか奏良さん………何か されたことあるの!?」
「まぁ、長年スタッフやってれば、色々とあるわけさ」
スカウト業務やオーディション会場、無料のヴォーカルスクール開催など、わりと全国を回ったりが多かった、二十代前半。
特に現場に女性スタッフの割合が多かった時ほど、それは あからさまだった気がする。
「女の人ばかりだと、やっぱ舐められるんだよねぇ」
そんな時、きまって《借り出される》のは奏良だった。
「まぁ、私の場合――――見た目が 《少年》だったし」
中性的な容姿は、どこからどう見ても《か弱さ》とは無縁だったから。
目の前に《危険》が発生したら、応戦するしかない。
『弁も立つし、どんなトラブル対処にも長けている』
DHE内での《奏良最強説》は、こういう面も含まれているのだ。
「………………奏良さん」
「え?」
「―――――――もう二度と、そういう事しないで」
「へ?」
真剣な声音に宿る、尊の 静かな《怒り》。
「!」
「…………もし、どうしても何かあったら、その時は絶対に 俺を呼んで」
「えぇ?」
呼ばない、呼ばない。
呼ぶわけがないだろう。
尊は立派な《商品》なのだし、万が一 傷でもついたら《一大事》である。
「―――――俺、《強い》と思うけど?」
………まぁ、そうでしょうとも。
ヤンチャというか、《元気いっぱい》の過去があることは知っている。
「いや、強さを疑っているわけじゃなくて」
「じゃあ、何?」
「…………えーと」
彼はすでにアーティストなのだから、何かあっても上手く躱すことが正しい。間違っても、戦っては駄目なのだ。
《揉め事》には首を突っ込まないように―――そんな話をしているうちに、いつの間にか 最寄り駅に到着していた。
『――――二番線に、間もなく電車がまいります』
アナウンスとともにホームに滑り込んできた電車は、外から見る限り いつもよりも混雑して見える゙。
「あれ? いつもよりも混んでる?」
「今日って、何かあったっけ?」
雨の日や五十日など、普段より混むことがある日はあるが、今日は その日でもない。
車両のドアが開いた途端、前後左右 人がどっと流れ出す。
「わっ………」
日本の国民性というべきか、きちんと整列して並んでいるとはいえ、どこの駅でも、我先に……と押してくる者がいるのは事実。
小さくて華奢な女性なら、周囲の人から気遣ってもらえるだろうが、押されたり蹴られたり――――実際の奏良に対しての《一般的な扱い》なんて、所詮そんなものだ。
自分の身は 自分で守る゙。誰も、あてにしない。
今日も気合を入れて、人込みの中に乗り込もうとしたのだが。
「―――――――奏良さん、こっち」
「えっ?」
そんな奏良にとって、尊の取った《行動》は驚きを通り越して、一瞬 思考が停止したのは いうまでもない。
「…………えーと、ごめん。すごい人だから、このままでいて?」
声が頭上から聞こえてきて、初めて その《距離感》に気付く。
右手で 大荷物を持っているのに、左手で 奏良の身体を 自分の胸に抱き寄せて、他の人から潰されないようにしてくれているのだ。
「!」
―――――なに、これ。
ガヤガヤとうるさい周囲の話し声や 車両の走行音など、何も聞こえなかった。
どっ どっ どっ どっ
聞こえているのは、少し早い 心臓の音。
それが 自分の音なのか、尊の音なのか わからないほど、密着した状態で。
「………っ!」
長野の時もそうだったが、抱きしめられた感触と、香りと、自分とは違う体温。
前回よりも、今の方が やけに生々しく感じられて、声にならない悲鳴を上げそうになる。
――――――こ、この人、恥ずかしい!!
こういうことが《素》で できてしまう次男、恐るべし。
スキンシップに慣れている゙奏良でさえ、嫌でも《意識》してしまう。
苦しさを感じるギリギリのところ、決して弱くはない力で抱きしめられたら、さすがに身動きなどできなくて。
「………ちょっと、《役得》だな」
吐息に混じった尊の《独り言》は、寝起きのように掠れた低音ヴォイスで、いつも以上に 鼓膜を甘く刺激した。
こんな―――― こんな《甘さ》、知らない。
歌ってもいないのに、尊から溢れ出る 独特な《甘さ》に、酔ってしまいそう。
『●●●駅〜 ●●●駅〜』
気を抜かないと誓ったのに、簡単にドキドキさせられてしまう自分の《未熟さ》を 呪いたくなった。
たった三駅という短い間なのに、永遠とも感じられる時間。
「奏良さん?」
何で――――。
何で、こんなことするの?
「すごい人だったけど、大丈夫?」
『相手は《男》なんだからね』と。
陽に言われた言葉が 今更ながら鮮明に蘇った。
何か、得体の知れないものが近付いているような感覚。禁忌の領域に足を踏み入れてしまったようで、背中にぞくりと冷たい風が流れた。
知らない感覚は、怖い。
尊が、まるで《別人》のように見えてしまうなんて。
――――――これは、なに?
奏良が本当の意味で その《感覚》を理解するまで―――――――――あと、少し。
* * * * * * * *
「うおー!」
「おにぎり!」
「すげぇ!」
「食べていいの!?」
午前七時 半。
朝練を終えた若者たちは、テーブルの上に広げられた《お重》を見て、大興奮だった。
STELLA五人と、TO2 のメンバー八人の、総勢 十三人。
十六歳から二十代半ばまでの 育ち盛りには、とにかく《栄養》が必要なわけで。
奏良がマンションから持ってきた《大荷物》の中身は、《手作りのおにぎり》だったのだ。
「まぁ、ただの《おにぎり》だし。大したものじゃないけどね」
「そんなことない!」
「すげぇ、大量!」
「全部、奏良さんが作ってくれたの!?」
「みんな、朝ご飯 まだでしょ?」
「もちろん!」
夏合宿でも《好評》だった具材、限定である。
「えーと、これが《おかか》、こっちが《ツナマヨ》、これが《お肉》で、これが《炊き込みご飯》ね」
「お肉ー!」
「炊き込みご飯ー!」
眠気の残っていた候補生も、目が輝いている。
「食べていい!?」
「ちゃんと、手ぇ洗ってきた?」
「準備、オッケーでーす!」
「食べたい、食べたい♪」
待て、をされている《犬》のようで。
奏良は 微笑ましく思いながら、ゴーサインを出した。
「…………どうぞ」
「っしゃー!」
「いただきまーす♪」
「いただきます!」
一応、大きめサイズで握ってきたし、一人当たり 三個から四個の目安に作ってきたのだが。
「…………………………足りる?」
予想以上の食いつき方に、若干 不安になった。
「!」
「これ!」
「お肉! この味!」
「合宿のときに食べたヤツ!」
いち早く 肉を手に取った数名が、声を上げる。
「え、何で!?」
「おんなじ味!」
合宿での食事は 専属の料理人が賄っていたが、プラスアルファで提供した《おにぎり》に関しては、すべて奏良が作っていたのである。
「えぇ!?」
「奏良さんが!?」
「………だって、みんなトレーニングのあととか、ご飯 足りてなかったでしょ?」
お腹を空かせた候補生のフォローをするのも、サポートスタッフの役割だから。
「マジで?」
「おれ、あの おにぎりに助けられたんだよー」
「俺も!」
「あの時も、超 美味しかった!」
「………夏の時は、汗をいっぱいかくから、今日よりも濃いめの味にしてたけどね」
綿貫家 特性、《甘辛》の味付けをした牛肉のおにぎりは、夏の時も大好評だった。
「マジで、超ウマイんだけど!」
「毎日食べたい!」
「今日 来れない《Infinity》の奴ら、ざんねーん!」
「お前、全然 可哀想に思ってないだろ」
「当たり前じゃん! いる人、限定♪」
一応、バランスを考えて作ってきた《味噌汁》は、不足しがちな野菜を補うために、ナスや根菜をふんだんに使った《具だくさん味噌汁》だ。
入れてきた水筒から使い捨てのカップに注ぎ、順番に渡していく。
「味噌汁ー!」
「最高!」
「至れり尽くせりじゃん!」
「ウマすぎ!」
喜んでもらえたようで、何よりだ。
「奏良さん………これ作るために、早起きしたんじゃないですか?」
TO2のリーダー 真央が申しわけなさそうに聞いてきたが、奏良にとって この程度は そんなに大変ではない。
「別に、大丈夫。気にしないで食べてくれると 嬉しいんだけど」
せっかく作ってきたのだから、余る方が 悲しい。
「!………じゃあ、お言葉に甘えて、ありがたく頂きます」
「大丈夫、おれたち 全部食べるよー!」
「うん、そうして」
「…………………で? 今度は《どうしたの》?」
大はしゃぎで食べ出す仲間を横目で見ながら、唯織は 静かに聞いてきた。
唯織らしいといえば らしいのだが、すぐに《事情》を考えようとする癖は、なんとかならないものか。
「………ただ、みんなと食べたかっただけだよ?」
「文句あるなら食わなきゃいいだろ」
ここまで 大荷物を代わりに運んできた尊が、お重を 唯織から離そうとする。
「いや、食うけど」
「食うのかよ!」
「アニキ、素直じゃないっすねー」
「ハル、そっちのやつ取って」
「了解です」
『TO2』の勢いには負けるが、STELLAの面々も 各々のペースで食べてくれている。
……………うん、良かった。
『どうしたの?』という質問に、本当はドキリとした。さすが、唯織は 鋭い。
昨日のリューイチからの《発表》―――特に、新ユニット結成の話に、候補生たちの反応は 様々だった。
選ばれた千尋たちと、選ばれなかった《その他 大勢》。
明らかに《明暗》がはっきりと出てしまったことについて。
自分の実力不足だとわかってはいても、受け入れられない時もある。
メンバーと差がついている現実に、押し潰されてほしくはなかった。
とはいえ、もう サポートスタッフではなくなった奏良は、アーティストとして《リードしている側の人間》だから。
そんな奏良が、いくら『機会はある』と励ましたとしても、きっと彼らには届かないだろう。
言葉では難しい場合、どうするか。
過去の経験から、こういう時は《五感に訴える》に限る。
五感――――視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。
夏合宿でツラかった時の《思い出》――――あの時のことを思い出せば、今 自分がどれだけ《成長したのか》気付くことができるし、それによって《自信》を取り戻すこともできる。
合宿の《おにぎり》とは、彼らにとって思い出が詰まった《アイテム》だと わかっていたから。
見て、手にとって、香りを嗅いで、口に入れる。
五感を 見事に刺激して、それが彼らの力になればいい。
その為なら、早起きだろうが なんだろうが、少しも苦ではないのだから。
「―――――――みんなが、元気になってくれれば、それでいいい」
それが、彼らのために、今 自分が出来ること。
候補生 全員で、年末までを戦っていけるように。
「………………奏良さん」
「うん?」
なんとなく、ルーカスには気付かれているのだろうと わかった。
けれど、彼は 気付いていても、何かを言うような性格ではない。
ただ、一言。
「…………おにぎり、美味しいです!」
「本当? それは 良かった」
「これで―――――ボク、また頑張れそうです」
「!」
ルーカスも、ユニットから漏れた一人だ。
それでも、負けない―――と。
「………もっと、上に行きたいから!」
「ルーくん………」
奏良自身も、新たに 歩き出したばかりだからこそ、他の子の《葛藤》が、これまで以上に わかる気がした。
「………うん。私も、負けない」
二人で笑みを交わしながら、朝の時間は穏やかに過ぎていった。
* * * * * * * *
朝練と朝食のあと。
午前中は、《新ユニット結成組》と《その他の者》で、練習を分けた。
新生ユニット『Kalliopeia』。
唯織、尊、千尋、奏良の四人は、午前九時から 十時半までを ユニットの時間に当て、十時半から 十二時までは、これまた新たな 男女デュオ『with』の時間を取らなくてはならないためだ。
「選ぶの、難しい…………」
奏良は、新しい《衣装決め》と 撮らなくてはならない《アー写》を想像し、げんなりしていた。
歌の練習も必要だが、ミーティングは最優先。
他の候補生とは別室に移り、歌の《パート分け》の前に話題に上ったのは、ずばり《見た目》の問題だ。
『STELLAとは《別の路線》を開拓するように』――――とは、昨日リューイチから新たに出された《課題》である。
ヴォーカルに特化していて、抜群のビジュアルを持つ――――それは 《STELLA》のコンセプトだ。
《Kalliopeia》は、四人の美声とセクシーさを主とした、大人なユニット――――それがコンセプトだとすると、二つは 似ている部分が多い。
唯織、尊、奏良の三名が重複しているという中で、どうやってSTELLAとKalliopeiaの《差別化》を出すか。
ユニットの新曲『Darling』に合わせた衣装。
セクシーさと、甘さと、クールさの混同。
今後、継続して活動できるのかは未定だが、ステージに立つ以上、適当に選ぶわけにはいかない。
STELLAと同じく『セルフプロデュース』という指示のもと、一から作り上げるしかないのだ。
四人で話し合うこと、三十分。
《Kalliopeia》の衣装は 《一部だけ揃える》こと。
今回、色は《濃紺》で統一にし、イメージが かけ離れないように、《ドレスコード》だけは揃えること。デザイン違いでも良し。
そのドレスコードとは。
「…………《控えめなセクシー系》って………」
抽象的すぎる。
普段からお洒落なメンバーとは異なり、奏良は もともと服に対して頓着がないうえ、自分に何が似合うのかも わからない状態だった。
「ハードル高い………」
そもそも、どんなものがセクシー系になるのか、なんて。
「着る人によって、違うんじゃない?」
シンプルな服だって、着る人が着れば 立派な《衣装》になるのと同じ。
自分がセクシー系の服なんて着こなせるのか、という疑問も浮かぶ。
自慢ではないが、いつも服なんて《適当》だった。
弟とメンズ服を買いに行って、共有で使用し、朝が来れば 家にあるものを適当に着る。
服を選ぶ基準なんて、《着やすさ》と《手入れのしやすさ》の二点しか、ほぼ こだわりなんてない。
オシャレ番長の唯織に言ったら、すごい顔で睨まれそうだ。
「…………奏良さーん?」
「わかってる、今後は《見た目》にも気を遣うように心がける゙けど!」
自分の出自を認めて 受け入れた、とはいえ。
それが、すぐに《自分を愛する》ということには繫がるわけではない。
相変わらず色々なものに《引け目》を感じているし、克服すべきことも多い。
「メイクと同じでさ………やっぱり、《意味あるのかなぁ》って思っちゃうわけよ」
自分に、《商品としての価値》があるのか。
それだって、いまだに確証が持てない。確証が無いから 自信も無いのだ。
メイクを施されて、多少は《小綺麗》になったとはいえ――――唯織、尊、千尋の三人のように、人の目を引く容姿とは 到底思えなくて。
これまで たくさんの候補生やアーティストを見てきたからこそ、自分が同じ立場にいるということが信じられない。
「………………奏良さん」
「…………相当、根は深そうだな」
呆れたような、困ったような目で見られても、どうしようもない。意識を変えるということは、簡単ではないのだから。
「――――この際、徹底的に《攻めて》みるとか?」
そんな奏良の様子を 静かに観察していた千尋は、ある大胆な提案をしたのである。