SNSと 曲配信 #5
そろそろ、LOVEな雰囲気も追加していきたいところですが。どうなることやら。
次男・尊目線です。
公演で披露する曲に、まさかのダメ出し。
出来栄えに手応えがあっただけに、STELLAメンバー全員のショックは大きかった。
中でも、どこか《違和感》を感じながらも それに気付けなかった奏良は、自分の責任であるかのように唇を噛みしめる。
「……………奏良さーん、唇切れるでしょ」
沈み込む雰囲気の中、真っ先に気持ちを切り替えたのは、リーダーの唯織だった。
「自分の責任とか思ってるなら、それ 違うから」
「!」
こういうところが、羨ましい――――と尊は思う。
ドライと思われがちだが、唯織が何も感じていないわけではない。けれど、全員で落ち込んでしまってもどうにもならないから。
みんなで同じ思いを共有することも必要だが、とにかく今は、そんな時間が残されていないのだ。
「よし、みんな一旦 落ち着こう。まずは、考えなくちゃいけないことがあるだろ?」
いつもなら、奏良が言いそうな言葉を、今日は 唯織が言う。
リーダーとして、彼は 自分がすべき《役割》をよく理解していた。
どんな時も前向きに、みんなを引っ張っていく情熱的な奏良が――――今回珍しく 気落ちしているのだ。
「そうだよね……」
ごめん――――と。俯いた顔を上げて、こちらを見る目が まるで雨の中で佇む《子犬》のようだから。
「っ!」
「!」
―――――――――保護、したい。
今すぐ抱き上げて、家に連れて帰りたい。
「!」
無意識に湧き上がった感情に、焦る。
………………いや、待て待て、落ち着け、俺。
危うく、何か変な言葉を口走りそうになり、尊は慌てて 思考を現実に戻そうと必死になった。
しかし、それは唯織も同じだったらしく。
「……」
………何、驚いた顔して 見つめてんの。
自分のことを棚に上げ、ほんのり頬を染めて 動揺している唯織を睨む。睨んだついでに、肘で小突いてやった。
『何すんだよ!?』
『………お前、見すぎ』
『!』
他のメンバーにわからないように、目で会話を交わす。
俺が見てないと思ったら大間違いだぞ。
バレてしまった手前、唯織は下手な言い訳を諦めて、代わりに 『………だから、何?』と開き直る。
―――はぁ? 何、じゃねぇだろ。何 開き直ってんだよ?
表情を元に戻し、何事もなかったように メンバーに向き合う唯織の真似は、どうやってもできないと 尊は思った。
そういう器用さは、どうやって手に入れるのだろう。
「今 十九日の午後で、再チェックは二十一日の十五時。再チェックまで……実質、一日くらいしかないけど」
本番を三日後に控え、日付を回った 二十日の午前零時からは、収録したオリジナル曲のストリーミング配信が始まる。
本日 二十三時半から、『配信開始直前スペシャル』と題して、日付が変わるギリギリの時間に合わせての 生配信を予定していたのだが。
「………午前零時まで、マジで 生配信やるか?」
はっきり言って、そんな時間はまったく無い。
やり直しの曲を決め、個人練習と全体練習、それだけでも時間が足りないというのに。
あえて、そんなリスクを犯す必要があるのか。
「―――――」
「………」
「………」
「………」
「……」
全員が、お互いの顔を見渡す。
唯織に言われる前から、気持ちは すでに決まっていたようだ。
ただ、みんなが――――他のメンバーが、どう考えているのかが分からなくて、不安になっただけであり。
顔を見合わせて、それは 確信に変わる。
全員が、同じだということを。
「……………もしかして」
「みんな、同じことを考えてません?」
「………まぁ、ここで 守りに入っても仕方がないだろ」
「こんな事で めげてるようじゃ、この先どうすんだ、って感じだしな」
「《やる》と決めたことは、守っていきましょう!」
つまりは、生配信も全力でやる。
帰宅は深夜になるだろうが、それは それ。
ある意味、なるように なれ、である。
「…………………っていうか」
「―――この瞬間も」
「バッチリ、撮られてますよねぇ」
テレビ放送用のカメラマンは、相変わらず 容赦がない。
良いところよりも、こうした悪い状況の方が番組として盛り上がるからだろうか。
「テレビ局の思うツボって、ちょっと悔しい気もしますけど」
「いいじゃん、情報提供量 オレたちハンパないだろ?」
五人しかいないわりに、毎日まあ 色々なことが発生する。
視聴者を飽きさせない……STELLAは その点、とても優秀といえた。
「……山あり谷あり、スターの宿命だろ?」
「ここで、あれじゃない? あの素敵なナレーションが入るやつ」
「――――《窮地に立たされた五人は、これからどうする!?》とか?」
「似てる!」
「るーくん、さすがです!」
テレビで流れる声優さんの声を ルーカスが真似をして、みんなで大笑いする。
緊張感がない、わけではない。
誰もが、心の内は不安が無いはずがないのに。
それでも、一人ではないから。
この五人なら、できる。立ち向かえかる。
そう、心から信じているから。
「フッ」
「ふふっ」
「ハッ」
もう、笑うしかない。
なかなか、どうして。
みんな、意地っ張りで 負けず嫌いで。
「やっぱ、この五人 最高ですね!」
「転んでも、ただじゃ起きないって?」
「………まぁ、転ばないのが一番だけどな」
「――――それじゃ、つまんねぇだろ」
「……ですね」
ピンチのときこそ、グループとしての団結力が試されるとき。
「さて、現実な話、どうする?」
ヤル気は確認できだが、だからといって解決策が降ってくるわけでもない。
再び うーんと唸りだしたとき。
「―――――お、煮詰まってるところかな?」
「リューイチさん!」
レッスン室の床に 輪になって座り込む五人―――そこに、リューイチが入ってくる。
「曲の変更で、落ち込んでるかと思って」
沈んでいることを予想したのだろうが、室内の空気を見て そうでないことにホッとした様子だ。
セルフプロデュースだからこそ――― 一歩 間違えたら、取り返しがつかなくなるのだから。
「……落ち込んでいる時間もないですし」
「むしろ、ヤル気 倍増って感じですね!」
「ただ、煮詰まってるのはホントかなぁ」
「………だと思って、ちょっとアドバイスしに来たんだけど」
「………何ですか?」
リューイチが手に持っているのは、何かのリストと、データの入っているらしいメモリーカード。
「このリストは?」
受け取った唯織が、記載されている内容に目をやる。
「…………曲のリストですか?」
「え!」
「おぉ!」
「そのデータは?」
「そのリストにある曲の、サンプル盤だよ」
「!」
それを聞いて、奏良が過剰な反応を見せる。
「まさか………」
「はい、そのまさかだよー」
「何? どういうこと?」
「………奏良ちゃんが、《意図的に》避けてる曲があるんじゃないかと思ってね」
「……避けてる曲?」
リューイチと奏良の二人を、メンバーが訝しげに見つめる。
この二人は 《幼馴染》だと聞いたことがあるが、スタッフ同士……にしては、妙に近い距離感。
くだけた雰囲気になるのが、なんとも 面白くない。
「………奏良さん? どういうこと?」
「別に、意図的に避けてたわけじゃ……」
「どういうことか、って聞いてんの」
問い詰めるときの長男は、手厳しい。
白状するまでは開放してくれなさそうな雰囲気だ。
「あー………えっと」
仕事なら、どんなに不利なことでも 跳ね返せる気概があるくせに、自分のことになると 途端に弱くなる。
困ってる姿も、可愛い。
変な趣味の輩に目をつけられでもしたら どうするつもりだ。
本当に、この人は………これまで、どうやって過ごしてきたのであろう。
「もう そろそろ、バラしたほうがいいんじゃないの? そうじゃないと」
――――――公平じゃない。
「!」
その言葉は、奏良にとって耐え難いものだったらしい。
隠し事をしているのを、彼女は一番嫌うから。
がっくりとうなだれ、顔を覆う。
そんなに、重大なことが隠されているのかと、こちらも身構えてしまうではないか。
「……そういえば、このリストにある曲って」
「全部、同じ人が作曲してるんですね」
「あれ、この《TOY》って………」
「俺たちの、オリジナル曲……っていうか」
今回の三グループの曲、すべてを作った作者名ではないか。
「ちょっと待って」
「この、作者って…………」
まさか、という思いと。
あり得ないだろう、という思いと。
「……………奏良ちゃーん?」
吐け、というリューイチの視線に。
「………………………はーい………」
観念した奏良はノロノロと手を上げる。
「えぇぇ!?」
「マジで!?」
「ちょっと、待って。今回の三曲もそうだけど」
「これ、《TEMPEST》さんの《花火》も!?」
「そう、奏良ちゃんが捨てようとしてたボツ曲を、俺が拾ってきましたー」
「《B.D.》のデビュー曲も!?」
「だって、奏良ちゃんプロデュースって言ったでしょ」
リストにあるのは、全部で二十四曲。
一体いつから、どれくらいの数の作曲を行っているのかは わからないが。
採用されているだけでも、驚くというのに。
「けっこう………有名なのもあるじゃないですか」
「《all times》……僕、オーディションで歌いました!」
「俺は《Memory》がめちゃくちゃ好きなんだよ」
「尊の勝負曲だろ?」
《リューイチ》の単独アルバムの中の一曲が、自分の十八番だった。
自分の歌声と音域に、ぴったりマッチするから。
「あぁ、それ……リューイチくんの音域に合わせて作ったやつだよね」
「尊は 俺と音域が似てるから、歌いやすいだろ」
「そりゃあ、まぁ………」
でも、言われてみれば納得がいった。
オリジナル曲《My Treasure》。
メロディがキレイで、でも どこか切なくて。
リストにある曲たちと、雰囲気は似ているではないか。
何で今まで気が付かなかったのか、不思議なくらいだ。
「……今まで、何で隠してたんですか?」
春音が、恨めしそうに口を尖らせる。
知っていれば。
もっと、曲が好きになったのに、と。
その言葉に、奏良は両手で顔を覆いながら答える。
「だって………」
隠しきれていない耳まで、真っ赤だった。
第一に、恥ずかしいから。
第二に、《がっかり》されたく なかったから。
「がっかり?」
「……何で?」
「思うわけないじゃないですかぁ!」
「だって…………よく、あるじゃない? 作者がわかったとき《何だ、こいつか》………ってなると思って」
精魂込めて作った曲だ。
どれも、思い入れが強い。
「作者不明のほうが、歌う方だって 《変なイメージ》なくて歌えるじゃない?」
だから、秘密にしておきたかった。
「……はぁ」
「………ホントに」
「……奏良さんらしい、というか」
「……どうして、そうなるんですかね」
こんなところまで、《自己評価》が低いとは。
どうしたら、彼女の《認識》を変えられるのだろう。
「いいじゃん、セルフカバー? 今さらでしょ。何で、自分の作った曲を避けてるかなぁ」
「今回だって、最初に決まってた曲は どこにいったんですか? 勝手に、三曲とも変更してるし」
「元の曲は、他に流したから。ボツじゃなくて、ちゃんと採用するから心配しないで」
「―――――だから、最初の曲発表のとき、奏良さん一人だけ 変な顔してたのか……」
確かに。
唯織の言う通り、初めての曲という表情にしては 不自然だった気がする。
「……だいたい、覆面とはいえ、仮歌やってる度胸はどうしたの? グダグダ言わない。……ほい、ルーカス。このサンプル盤 流しちゃって」
「了解です!」
「ちょ、何すんの!」
〜♪〜♬♫♪〜
「うわぁぁぁ………」
髪の毛をグシャグシャにし、床に寝そべって。
「こんなふうに流されるくらいなら、目の前で歌ったほうが よっぽどマシだー………」
こんな《公開処刑》耐えられない、と。
サンプル盤の歌声は、間違えなく奏良のものだった。
文句なく上手くて、誰もが惹きつけられる。
まさに、プロの歌い手。
「そういや、何でペンネームが『TOY』?」
「あ、ボク わかったかもしれない」
「僕も」
弟二人は 何かに気付いたらしいが、こちらには まったく何のことだかわからない。
「アレですよ、アニキ。小学校とかで習ったじゃないですか」
「音名、でしたっけ?」
「ほら、ドレミファソラシドは《イタリア語》だけど、その《日本語バージョン》ですよ!」
日本語バージョン?
「あ! あれか!」
「《ハニホヘトイロハ》!」
ちょっと、待て。それが、何に繋がる?
「鈍いなぁ、奏良さんの名前を考えてみてくださいよ?」
奏良、そら、ソラ?
「ハニホヘトイロハの音名で、ソとラの音って?」
「ドレミファ《ソラ》……」
「ハニホヘ《トイ》……あぁ! トイ!」
「………いや、それは わかりにくいって」
まさか、そんなところに名前が隠されているとは。
メンバーで盛り上がっている横で、奏良は起き上がらない。
今日は、本当に珍しいな。
奏良の見たことのない一面を たくさん見せつけられ、気持ちが追いつかない。
「………あらら、拗ねちゃった? そんな奏良ちゃんのために……《朗報》です」
「……知らない」
「あれぇ、聞いといた方がいいんじゃないの?」
『ドラマ主題歌』
ボソリと、リューイチの漏らした言葉に ものすごい勢いで起き上がる。
「!」
「はい、食いついた♪」
「何ですか、ドラマ主題歌って?」
「あぁ、奏良ちゃんの《夢》なんだよね」
そういえば、デビューするという共通の夢はお互い知ってはいるが、それ以外の 個人的な《夢》の話を、まだしたことはなかった。
「夢の共有は、大事だぞー?」
共通の夢と、個人的な夢。
二つを みんなが知って、理解することが、グループの絆に繋がるから。
「改めて、オレたちも話をする時間が必要だな」
「……だな」
リューイチの言うとおりだ。
デビュー以外で、それそれ 別の夢を持っていても おかしくはない。
自分だって、自ら作曲した曲を歌いたい―――という夢が 密かにあるくらいだ。
「で? 奏良さんの夢は、ドラマ主題歌なの?」
これまでDHEのアーティストに曲を提供していたんなら、何も難しくはない目標のように思えるが。
「………………………ただの、ドラマじゃない」
「え?」
「碧海ちゃんが主演の、ドラマなの!」
「碧海ちゃんて……」
「……あの、《ALTAIR》のイメージモデルもしてる」
「……人気俳優ランキングでも常に上位の……」
血の繋がらない、奏良の義兄。
実際に会ったことはないが、知らぬ人はいない、圧倒的な存在感。悔しいが、完全に負けている。
あの『綿貫 碧海』を目の前にして、堂々と《勝てる》とは なかなか言えないだろう。
―――――少なくとも、今は、まだ。
最強の義兄を思い浮かべて なんとなく肩を落とすメンバーなど 目もくれず。
無敵の女王様は独特な持論を披露する。
「だって、あの碧海ちゃんだよ!? 視聴率、どれだけ稼ぐと思ってるの? ドラマがヒットすれば、いずれ映画化とかにもなるし―――」
そんなものに曲が使われれば。
「………稼ぎ放題!!」
「!」
「ええっ」
「金、かよ!?」
「今、すっごく真剣に聞いちゃったんですけど!」
まさかの、まるで唯織のような発言に、呆れるやら 微笑ましいやら。
「奏良ちゃんは、昔っから こういう子です」
「リューイチくん、その言い方 やな感じー」
「だって、そこは 思ったって隠しておくところでしょ。何で、かっこつけずに正直に言っちゃうかなぁ」
「?」
「とにかく、奏良さんは お兄さんのドラマ主題歌を作るのが夢だったんですね?」
「今までは、ただ作曲者としての関わりしかできなかったけど、これからは違うでしょ?」
リューイチの指摘に、改めて 気付く。
「…………そうか」
「俺たち……STELLAがデビューすれば」
「ボクたち全員で、ドラマ主題歌を歌えるかもしれないってことですね!?」
「それって、すごいことじゃないですか!?」
デビューもまだだというのに、未来の話で 目を輝かせる。
「次のドラマは、坂下 省吾の話題作、《黒の法定人》」
「決まったの? 主演 取れたの!?」
「さっき、連絡があった。碧海のスケジュールがあるから、早くて夏頃の予定。その主題歌を公募で募集するって決まったって。……まぁ、碧海のワガママだろうけど」
自分を使いたいなら、その条件を飲め。
最愛の妹の夢を叶えるため、そのチャンスを提供するくらいは やりかねない。
「応募の締切は、五月末――――それくらいなら、今から間に合うんじゃない?」
進行しているプロジェクトと並行するだろうけど。
曲を作って、レコーディングをする。
誰かに、曲を提供するのではなく――――STELLA LOVE HAPPINESSとして、奏良自身が歌うのも、充分 可能だ。
「…………………………………間に合う?」
「無理な話じゃないだろ」
「………ドラマ主題歌なんて、ボクだって憧れの憧れですって!」
「しかも、奏良さんが作曲なんて……」
「………俺も、作曲に参加したい」
後先 考えずに、口に出していた。
「え」
「尊くん?」
「………お前も、曲を作るもんな」
「そうなんですか? すごい!」
奏良のように、売れるレベルのモノを作れたことはないけれど。
「………どうせなら、僕たちらしく、全員参加にしませんか?」
「!」
奏良と尊が曲を作り、ルーカスはラップ部分を、詞が得意な唯織が歌詞を書き、春音はお手伝い。
末っ子の案を想像しただけで、世界が一気に広がっていくようだ。
目の前のすべてが、キラキラしたものにしか 見えない。
「メチャクチャ、やりたいです!」
「すげぇ、楽しそうだな!」
こんな状況なのに、未来しか見えない。
ある意味、楽天的で、図太くて。
そうでなければ、アーティストという職業など やってはいけないだろう。
「とにかく、避けるとかなしに、色々な曲を視野に入れて、公演の曲を選ぶこと。一日しかないけど、みんなで よく話し合って」
リューイチが出て行ってから、もう一度 DHEの先輩たちの曲を、手分けして 片っ端から聴いていき。
あっという間に、時計は二十三時を回っていた。
「とりあえず」
「生配信、やりますか」
「オリジナル曲を楽しみにしてくれている人たちのためにも」
「ボクたちが率先して、盛り上げてきましょう!」
「………やるか」
予定通り、大騒ぎの《配信直前スペシャル》となったのは、いうまでもない。
* * * * * * * *
本社から遠くはないとはいえ、終電は過ぎた時間である。
日付は変わって、十一月 二十日の 午前二時。
結局 曲決めは進まず、一旦 解散して睡眠を取り、改めて 集合することになった。
「もう、いいから早く帰りなよ!」
終電がないため、仕方なくそれぞれタクシーでの帰り道。
方向が同じだからと、本日の奏良の《送り係》となったのは尊だった。
奏良のマンションに着いて、彼女がエントランスに入るまでは見守る。
「じゃあね! 気を付けてね! お疲れ様!」
自分が入らないと 尊が帰らないとわかっているから、駆け足でエントランスに向かう。
そんなに走らなくてもいいのに。
本当は、家の前―――玄関前まで着いていきたいくらいなのだ。
「お客さーん、どうします?」
「あ、すいません。もう少しだけ、待ってもらえますか?」
七階建てマンションの、最上階。奏良の部屋は、角部屋だ。
部屋に入って 電気をつければ、外から 見える。
それを確認してから帰るのが、尊のルーティーンだった。
明かりが見え、出発しようとしたところ―――すぐに、道路に面した窓のカーテンが シャッと勢いよく開けられる。
「?」
どうかしたのかと、タクシーの中から 上を仰ぎ見ると。
笑顔で手を振る、彼女の姿が。
「!」
「わ~、お兄さん、愛されてますねぇ♪」
「えっ」
「若いって、いいなあ。あんなに可愛い女性なら、そりゃあ色々と心配でしょうよ」
まだ、片思い? お兄さん、ファイト!
深夜のタクシー運転手に 妙な励ましを受けたからなのか。それとも、先程の笑顔のせいなのか。
ドキドキと高鳴る心臓の音と、熱くなった顔は 誤魔化しようがない。
「まさか……………な」
気を散らすように、イヤホンを耳に入れ 曲を流し始める。
〜♬〜♪♫〜♪♫♬〜〜
流れてきた曲に、尊は衝撃を受けた。
今、まさに 自分の気持ちと共鳴するかのような、歌詞とメロディ。
「………………………………嘘、だろ」
どく どくと脈が 一段と早くなるが、自分にはどうすることもできない。
「………そんなはず ない」
否定しても、否定できるだけの材料が見当たらない。
同時に《コレだ》、と強烈に直感した。
この曲しか、考えられない。
この瞬間、STELLAとして歌うべき一曲を、尊はついに見つけたのである。