File2 近所迷惑の怪:2
光ヶ丘のマンションが建ち並ぶ住宅街――その近くにある質素な公園。
砂浜と滑り台があり敷地自体はここら辺の公園にしては広いが、それでも見渡せる限りの土地である。要するに――珀十たちが調査するにたる材料が少ないのであった。
「やりがいがねぇ……。なんで対象の場所がこんなに狭いんだよ」
「そう言わず、仕事なんですから少しはやる気を出してください」
公園のベンチに座り項垂れる珀十、それを苦笑いで慰めようとする識黎嘉という構図が人気のない公園の一角にあった。
「それで、どうだったんですか?」
「何がだ?」
「どうせもう前みたいに臭い探りとかやってあるんでしょう?」
「まあな。つっても、痕跡が薄い。
つまりはそれほど弱いか、当分ここには来ていないかの二択なんだよな」
「で、わたしはどうすれば……」
識黎嘉は解っていた。デコードとして仕事を受ける際、自分のする事が限りなく少ないと。だからか、識黎嘉の笑顔は引きつっていた。
しかし、珀十にデリカシーなるものはなく。
「ねーよ」
突き放すように言うので識黎嘉はがっくりと下を向くのだった。
「いじけんなよ。最初から解ってた事だろ。
どっちにしろ、お前が戦えても俺はお前を戦わせないからな」
「え、何故ですか?」
「……傷付いて欲しくないからだ」
「えっ――」
珀十の目はどこか遠くを見るような感じであり、識黎嘉は自分限定で言われているのではないのだと直ぐに察しがついた。それは、過去に何かあったから出た言葉であることも。
識黎嘉は少しずつ気付き始めている。今見ている珀十は、これまでのシャドウとの戦闘から築かれ成り立っていることを。
それを知らないゆえに自分に追及をする権利などないことも解っていた。
「とりあえず、この公園から出た様子はないから夜までここで待機だな。
けど、今日出るかどうかは微妙だし、お前はもう帰っていいぞ」
「ハクトさんはどうするんですか?」
「俺は、張り込み慣れしてるからな。昼間は適当にぶらついて、夜になったら戻ってくるって感じだろうな」
「なら、わたしも同行します」
「バイトは夜までしなくていい。
親だって心配するだろうし、お前は高校生だ。学生を謳歌してろよ」
「何を言っているんですか? ハクトさんだって学生でしょう。
それに、わたしは結構自由がきくので夜でも気になさらないでください」
強情な口調の識黎嘉を前に珀十は少し諦めを込めながらに続ける。
「お前、損してるぞ」
「それを決めるのはわたしです」
識黎嘉はいつも通り腕を組み堂々とした態度を取っており、珀十はやれやれと好きにさせるのであった。
「エイム、ここらにシャドウ出没の兆しなんてあったか?」
ここら辺は一応俺の領域。シャドウ出没があればエイムが気付くはずだが。
エイムは珀十の端末より3D映像として淡い青色で投影され、徐に瞼を開く。
「あらハクト、今日は早々とわたしを呼ぶなんて利口になったじゃない」
上機嫌なようで悦に入る笑みを見せるエイムの上から目線を受け、珀十は少しばかりイラッとして笑顔が引きつっていた。
こいつ、おとといゲームしてやって全勝したからってまだ調子に乗ってやがるな……。
「ああ……そらどうも……。
それよかさっさと教えてくれるか、もしここにシャドウが来たとして処理してなかったらお前のミスだからな……!」
「それどういう意味!?
わたしがミスなんかする訳…………ないじゃない?」
「なんだその変な間と疑問形は?」
エイムの反論に間があり、疑問形で返すので珀十は訝しげに指摘する
すると――唇を尖らせ、なぜか不機嫌になっていくようだ。視線を逸らし、珀十の質問に答えようとしない。
「お、おい……?」
「エイムのせいじゃないもん……」
「ま、まさかお前……」
「ゲームの方が楽しかったし、反応も強くないから大丈夫だと思っただけなんだから!」
おとといゲームやってた時かよ!?
「お前なぁ……」
呆れるような声を漏らすとエイムは拗ねるようにして淡い光と共に姿を消す。
「ま、まぁ……被害は出ていないんですし、大目に見て上げましょう」
識黎嘉が苦笑いを浮かべながらもエイムをフォローするので、珀十は深い溜息をして手で顎を支えながらぐったりと構えた。
「バーカ……そういう細かいミスが知らない所で死人が出る原因になるんだろ。
エイムもそれを判っているから俺と顔を合わせられなくなったんだ。
お前がどんなミスをしようと許容範囲にしようと俺も心構えているが――お前が立っている位置が、敵を目の前にして背後が真暗な崖だってのが当たり前ってことを忘れるんじゃねェぞ。
俺達は、油断なんかしていられないんだよ。命を救いたいとか、ここから先を生きていたいとか思っているなら、一時たりとも頭から離しちゃなんねーんだ」
脅すような声のトーンに識黎嘉は息を呑んだ。
自分の踏み入れている場所がそれほど過酷な場所であるということを改めて思い知らせれ、胸を掴んで深呼吸する。
「わたし、頑張りますから。
絶対、役に立ちます!」
「……お前も折れないよなぁ…………」
「当然です! 生半可な気持ちではいられませんし、自分が決めた事を全うできない人間でいたくありませんから!」
「……そうかよ」
珀十は、識黎嘉から視線を逸らし口を綻ばせたのだった。
◇◇◇
二人は一度公園を出て外で時間を潰した後、また元の公園へと戻ってきた。
空が掻き曇り、今日は晦なようで公園内を備え付けられた街灯だけが怪しく照らしている。
夜ともなれば元々なかった人気は更になくなり、近くの団地への出入りも少なくなっている。
少し霧も出てきており、怪しい雰囲気が一層濃くなっていた。
「今日は、本当になんでも出そうな感じですね」
「いいじゃねぇか。中々にいい場所になってるな」
公園に着いた途端に不安げな表情をする識黎嘉に対し、珀十は嬉しそうな笑みを零している。
普段夜行性を自称しているだけあって、夜になって気分、体調ともに良好に見える。
「ハクトさんはいつも動じませんよね。こういう場所に慣れているんですか?」
「お前はいつも暗いところじゃ怖気づくよな。幽霊とか信じてそうだ」
「わ、悪いですか!?
そもそも、誰しも何かしらに恐怖心を抱くと思います」
拗ねる識黎嘉を前にしてやれやれと頭を掻き、珀十は公園内を歩きだし始めた。
公園の芝生は疎らに剥がれて土がむき出しとなっているが、シャドウが暴れたという痕跡はなく、少なくとも長時間この場にいたとは考えられなかった。
「それよりお前――」
「ハクトさん……!」
珀十が識黎嘉に呼び掛けた時、逆に話を遮るように呼び掛けられる。
どこか怒っているような口調に珀十は振り返り、識黎嘉の細い目が見えた。
「そろそろお前呼ばわりはやめてください。
もう赤の他人ではなく、同じ従業員扱いなんですから、ちゃんと名前で呼んでいただいて貰わないと困ります」
「……そうか。で、お前の名前ってなんだっけ?」
「っ――あ、あなたって人は!」
「じょ、冗談だって! ちゃんと覚えてるから、そんなに怒んなよ」
「……本当ですか~?」
識黎嘉は訝しげな視線を向け怪しんでおり、珀十は「悪かった」と苦笑した。
誰もいない場所で二人の声だけが反響する中、エイムの声がぼそぼそと聞こえてくるのだった。
(ハクト……)
珀十の端末が光り、動作し始めることを報せる。
「まだ拗ねてんのか? もう起きたことはいいから、しっかりこれからの仕事をしてくれよ。
ただし、もう小さなことでも俺に報せるのを忘れるな」
(う……うん。
それでね、あのね、別の場所からシャドウの反応が……あるんだけど)
おずおずと珀十を怖がるようにして話す話題に珀十は顔を歪ませる。
ここ以外でシャドウか……。正直、ここはかなり臭うんだがな。
シャドウの臭いじゃなく、感覚的にだが。
「どこでだ?」
(バイクで10分掛からない場所のはずよ)
「ハクトさん」
あっちを先に倒して戻って来るか。
まだ暗くなり始めで時間もある。同時進行でシャドウ撃破も無理じゃないか……。
「先にそっちに行く」
「それなら、わたしはここに残ります!」
言うことを解っていたかのように珀十が踵を返す前に即答する。
珀十は咄嗟に振り返ると、本当に足を止めており呆気にとられた。
「……え、あぁ?
何言ってんだ、お前一人残ったって何もできないだろ」
「もしシャドウが出て、誰か通行人が来た時に珀十さんに報せる役割を担う人が必要ではありませんか?
わたしは、シャドウがどれだけ危険な存在かもう知っています。ハクトさんに教えてもらいました。
どうせ戦闘では役に立たないって解っていますから、せめて役に立てる仕事をさせてください……!!」
識黎嘉は、識黎嘉なりに考えていた。
自分が珀十に対し無力であること。雑用以外に存在意義がないということも。
それを理解して、自分なりにできる事を探した結果でもあった。
珀十は、それを前にして微笑む。
珀十も嬉しかったのだ。目の前の少女が自分なりの考えを貫こうとしている姿が。
「やってみろ。
ただし、何かあったら直ぐに俺を呼べ。何がなんでも飛んできてやる、上司としての務めだ」
そう言い放ち、珀十は識黎嘉に背を向け駆けていく。
(ちょ、正気!? あの子一人でシャドウと出くわしたら――)
「隠れるくらい言わなくたってやるさ。あいつもバカじゃねぇ。
ただ、エイムの言いたいことも判ってる。さっさと済ませてこっちに戻ってくればいい。
そんなに時間は掛からないはずだ。もしかしたら、何も起こらず事が済むかもしれないぜ」
(うぅ〰〰〰〰分かったわよ! 最速ルート出すから、さっさと走りなさい!)
「了解!」
珀十は、端末から姿を現すエイムを連れ、装着して蒼く光るサングラスを掛けてバイクに跨ると、アクセルを回しエンジンを鳴らして走り出すのだった。
識黎嘉のあの性格は、こういう時に開花するんだな。
あまり人と触れ合っていなかった俺だから、あいつの言葉は信じないと思ったんだけど――案外俺もあいつをアルバイトとして認めているんだな。
なんか昂ってんな俺……こんな感情初めてだ。