プロローグ
北海道某所。
そこは明治時代に作られて、廃村と化した村だった。人がいなくなって、どれだけ経っているのかわからぬほどの時間が経過している。
だが珍しいことに、今日はそこへと人がやって来ていた。
まだ年若い数名の男。彼らはまるで何かから逃げるような必死の形相だった。
「おい、急げよ!」
「わ、わかってる! でもなんなんだよ、あれは!」
「知るかよ! と、とにかく逃げるしかないだろ!」
息も絶え絶えに、彼らは必死に後ろを振り返りながら逃げた。彼らは盗掘者だった。
近年北海道で北海道石という新しく発見された鉱石が産出された。紫外線を当てると鮮やかに発光する特徴のある鉱石だ。
だが先頃、それと似て非なる霊力を当てると輝くだけで無く、破邪の効果が生まれる特殊な鉱石が一部に混じってる事が確認された。まだ研究段階であったが、六家なども注目しており、裏ルートなどでは高値で取引されるほどであった。
この男達は、とあるルートからそれらの盗掘を依頼され、高額の報酬に釣られて集まった闇バイトの人間達であった。
しかしそんな彼らは今、命の危機に瀕していた。
「うわぁぁぁぁっ!!!」
一番後ろと走っていた男が悲鳴を上げる。他の男達が振り返れば、そこには倒れ伏す男の姿がある。地面には血の池が出来ており、その後ろには巨大な熊がいる。
北海道最強生物であるヒグマ。だがその体毛は赤では無く黒であり、遠目から見ても普通のヒグマよりも二回り以上大きい。さらにその側頭部には山羊のようなねじれた巨大な角が左右にある。
男達は恐怖のあまり散り散りに逃げた。ある者は建物に入り、ある者は森へと逃げ、ある者は助けを呼ぼうとする。
「ヴォーーーン!!!」
熊が遠吠えを発した。すると周辺からさらに同じような声が聞こえる。山々に響く鳴き声。
そして無数のヒグマが出現する。
「ギャァァァァッ!!!!」
廃村に男達の悲鳴が木霊するが、しばらくするとそれも収まる。
血の臭いがあたりに漂い、無数のヒグマ達が男達を捕食する。そんな中、角のあるヒグマはそれらの死体から光り輝く石を見つけると、それを飲み込み森の奥へと戻っていったのだった。
◆◆◆
北海道札幌市。道庁所在地もあるこの都市には、退魔六家が一つである雷坂家の本拠地があった。
広大な敷地を誇る屋敷の一室で、まだ二十歳にもなっていないにも関わらず、一族の当主となった雷坂彰は、側近であり従兄弟の雷坂仁から面倒な話を聞かされていた。
「ああっ? 見合いをしろだぁっ?」
「はい。最近はその、彰さんの功績の影響もあって、見合い話が多くなっているんです」
仁からの話は彰への見合い話の類いだった。説明しなければならない仁も憂鬱な気分であった。執務室の机に置かれた大量の顔写真入りの冊子。良家のお嬢様やら地元の有力者の娘などなど。
「星守の方では真昼さんと真夜さんがすでに婚約を発表されてますから、余計に彰さんへの申し入れが多くなっているんです」
将来有望であり、狙っていた真昼や落ちこぼれから一気に有望株になった真夜の婚約がすでに決まったため、まだフリーの彰の注目度が一気に上がったのだ。
他にも六家には火野赤司や水波流樹、風間嵐などの若手もいるが、すでに当主となっている彰が一番人気なのは言うまでも無いだろう。
「はっ! あいつらが婚約したからって、俺がしなけりゃならねえ理由にはなんねえだろうが」
仁の言葉に彰は鬱陶しそうに答えた。彰は当主の地位にいるが、それは自分の目的を達成するための手段にしか過ぎず、当主の責務や責任を果たそうなどとは一切思っていない。たまたま彰がやった事が、当主の仕事と合致しただけで、別段、雷坂家の跡取り問題もどうでもいいと思っている。
「それはそうなんですが……」
「どうせ長老共の差し金だろうが。面倒だから全部断らせろ」
仁としても彰の性格を理解しているだけに、こう言われるのはわかりきっていた。彰の指摘通り、この見合い話もほとんど長老衆から依頼されたことであり、仁も乗り気ではなかった。
と言うよりも長老達も彰の性格がわかっており、仁を通すのは彰の不興を必要以上に買いたくないのと、自分に被害が来ないようにするためでもあったので、仁も本当に困っていた。
雷坂は彰の下、着実に改革が進んでおり働きやすくなっていたが、まだ学生なのに当主をする彰とそれを補佐する仁も学生という割とおかしな構造になっていた。
無論、仁以外にも優秀な事務方は多いし、退魔の現場ではベテラン勢が頑張ってくれているので、仁が何でもかんでもしなければならないわけではないのだが、すでに実質のナンバー2と見なされており、彰よりも遙かに言いやすい相手だけに、長老衆始め多くの陳情が彼に集約していた。
「けどそろそろお見合いだけでも一度してみてください。まともなお見合いになるとは思いませんが、その噂が広がってくれた方が俺的には断りやすいですから」
「お前も言うじゃねえか」
「だって彰さんは面倒なことは全部適当にするじゃないですか。興味の無い女性に気を遣うなんて絶対にしないでしょうし。いっそ、ぶち壊してくれた方が楽です」
仁としてはお見合いして相手を怒らせてくれれば、後々それを理由に断りやすくなるし、何だったら相手だけでなく、当主も機嫌を損ねた事にしておけば、しばらくはお見合い話を遠ざけられる。仁もこれ以上、自分に面倒な話が来るのを避けたかった。
疲れ果てている仁の姿を眺めつつ、彰は机に置かれたお見合い相手の冊子をいくつか開いては閉じていく。
確かに彰としてもこんなくだらない話を何時までも聞かされたくはない。適当な相手と婚約しても良いが、その相手に時間をかけるのも煩わしいし、女の相手は面倒だと思っているので相手をしなくてぎゃあぎゃあ騒がれるのも時間の無駄だ。
(面倒くせえ……。おっ、こいつは)
彰は偶々開いた一枚の冊子を見て、悪い笑みを浮かべた。
「仁、一回だけなら見合いしてやってもいいぜ」
「えっ!? 本気で言ってます!?」
まさかの言葉に仁は思わず驚いた。ただ悪い笑みを浮かべる彰に気になった仁は開いていた冊子の相手の顔写真を見て、顔を引きつらせた。
「こいつも長老の誰かの差し金だろ。こいつでいいから準備しろ。俺は修行に戻るからよ」
それだけ言うと、彰は執務室から鍛錬場へと向かった。
後に残された仁はどうしたものかと頭を抱えると共に、胃を抑えて痛みを和らげる薬を服用するのだった。
◆◆◆
「はーい、ご飯できたわよ」
「今日は趣向を変えて手巻き寿司にしてみました」
「おっ、上手そうだな」
真夜のマンションでは今日も三人揃って夕食を取っていた。
GWからすでに二ヶ月以上が経過した。比叡山の事件も何とか穏便に解決することが出来た。
雫と潤からはあれから京極家の当主になるために精進しているという。と言うか定期的に真夜だけでなく朱音や渚にも連絡が来る。
そんな彼女達に負けじと、朱音も渚もあれからも鍛錬を怠らず、目に見えた爆発的な成長こそはないものの真夜からすれば、着実に強くなっていると感じる。そんな真夜も更なる強さを目指して日々精進中である。
季節も移り変わりもうすぐ夏休み。今日は学期末テストが終わったお疲れ会的な一環として、家で手巻き寿司となった。色とりどりの刺身を用意して、卵焼きなども朱音と渚が準備した。
真夜はいつもの事ながら頭が下がる思いで、二人に感謝しつつ両手を合わせて頂きますと口にする。
三人はしばらくの間、テストの事やたわいの無い会話を続ける。
「で、夏休みはどうする? GWの件もあるから、あんまり出かけたいとは思えないが」
ある程度食事も進んだ後、真夜が二人に尋ねる。お盆には実家に戻る事になっているが、それ以外の間はどういう風に過ごすかという話になる。GWからこちら、目立ったトラブルは特に起こっていない。あまり遠出もしなったが、何回か出かけた際は特に問題は無かった。
ただ長期休みともなれば、どんな面倒ごとがやってくるかわかったものではない。
「あたしは一回、火野に戻って修行するのもありかなって。お父様に新しい術をまた色々と教わろうかと思って」
朱音も地力が上がってきているので、そろそろ新しい術の習得をしたいと考えていた。朱音の父である紅也の実力は高く、今の朱音が覚えていない術をいくつも使える。奥義と呼べるほどの術を持っているともいわれているので、それの習得を目指したいと語る。
「私も朱音さんのような強力な技を覚える必要があります。手数は多いですが、一撃必殺が無いのは致命的ですからね。そのため星守家で稽古をつけてもらえればと思っています」
渚は手数が多く、どんなタイプの相手でも優位に戦える強みはあるが、その反面器用貧乏のごとく、突出した面がないため、格上には手詰まりになってしまう。
これは京極家の大半に言えることであるのだが、その解消のため渚は朝陽や明乃に稽古をつけて貰えればと考えていた。朝陽も明乃も強力な霊術が使えるので、それを習得できれば渚の弱点の克服にもなる。
すでに朝陽や明乃には相談しているようで、すでに快諾を得ているとのことだ。
この件に関しては真夜ではどうすることも出来ない話である。
「じゃあ俺も星守に戻って兄貴とでも手合わせするかな」
真夜もこれ以上の面倒ごとはごめんなので、朱音が火野にいる間は星守に戻るのもありかと思う。
星守でなら修行も出来るだろうし、真昼だけでなく朝陽や明乃との手合わせも望める。星守ならトラブルも起きないだろうし、起きた場合は自分のせいとだけは言われないだろう。たぶん、おそらく。
「じゃあ前半は修行で、お盆が終わってから三人で遊ぶって形でいいわよね?」
「それでいいだろ。できればこのあたりで遊ぶことにしようぜ」
「ふふっ、トラブルが起きにくいでしょうしね」
ここでもトラブルが頻発するなら、もうどうしようもない。そうなれば開き直ってしまえと真夜は思う。
と、そんな時、プルルルルルと朱音のスマホから着信音が響いた。
ディスプレイを見れば、従姉妹の火織からだった。珍しいなと思いつつ、朱音は真夜達に断りを入れてから電話に出る。
「はい、もしもし『朱音ちゃん、朱音ちゃん! 朱音ちゃん!!!』……ちょっとどうしたのよ!? 大丈夫!? 少し落ち着いて!」
もの凄い剣幕で名前を連呼する火織。思わず朱音はスマホを耳元から遠ざけつつも、落ち着くように火織に電話越しに告げる。
かなり慌てているのが聞いていてわかるだけに、朱音は何かかなり不味いことが起こったのかと身構えた。
『あのね、あのね、大変なの!』
「何が大変なの!? 誰かに何かあったの!?」
火織がここまで取り乱すということは朱音は身内の誰か、それこそ当主か赤司、あるいは紅也や美琴に何かあったのかと思った。
『ボク、近いうちに彰君とお見合いすることになったの!』
「………はいっ!?」
火織の言葉に朱音は思わず素っ頓狂な声を上げたのだった。
異世界編、書こうかと思いましたが、今のリアルの完全ブラック労働環境と、プライベート時間減少してメンタルがかなり落ち込んでいる今の状況だと、確実に行き詰るのが目に見えていたので、まだ今の自分でも書きたいと思えるこっちの話にしました。
申し訳ありませんが、こっちの話でお付き合いください。
感想などはいつも大変励みになります。返信はできる時にしますので、気長にお待ちください。
それでは今後ともよろしくお願い致します。
異世界編はブ




