表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

第19話 (最終話) 向日葵畑

 そこは、一面の向日葵畑――。

 遠くから、ミンミンゼミの大合唱が聞こえて来る。 

 麦わら帽子をかぶった、白いワンピースの華奢なシルエットが振り返る。 


「この辺で良いかしら? あっ?」


 柔らかい向日葵畑の土に、足下を取られて転けそうになる。


「うわあっ!?」


 カメラを構えて、写真を撮ろうとしていた拓郎は、カメラを放り出して脱兎のごとく駆け寄り、彼女を抱え込む。


「……頼む――。頼むから、転けるのだけはやめてくれ。寿命が縮まる」 


 は〜っ、と心からの安堵の溜息が、思わず漏れる。


「あの…カメラ」


 藍が、すまなそうにカメラを指さす。


「!?」


 藍をそっと離すと、拓郎は、放り出してしまった大事な商売道具のカメラを持ち上げた。


「大丈夫?壊れていない?」


「ああ、大丈夫だよ。心配ない。下が柔らかい土だからね。やっぱり、遠出は止めておいた方が良かったんじゃないか?」


 カメラに付いた土をフーっと払いながら言う拓郎に、藍が笑顔で答える。


「水口先生が、少しは動いた方が良いって、許可を下さったんだもの。大丈夫よ。病気じゃないんだもの」


 くすくす笑う。

 あれから二年――。

 あの後すぐに、日掛藍はコールドスリープに入り、今もあの研究所の中で、柏木に見守られながら長い眠りに就いている。


 拓郎と藍は、ささやかながら友人達を招き、小さな結婚式をあげた。

 藍には、戸籍がない――。

 正式に夫婦になれる訳ではなかったが、二人共そんな事は気にはならなかった。

 このまま二人で穏やかに日々を過ごせれば、それ以外望む事はなかったのだ。


「後二ヶ月か。早く出て来いよ、ちび助」


 拓郎は、八ヶ月になる藍のお腹にそっと手を当てる。


「赤ちゃんが、出来たみたい」 


 涙ぐみながら藍にそう言われた時、拓郎は初めて神様を信じてみたくなった。

 あの交通事故以来、「神も仏もいるものか」そう思って生きて来たのだ。 

 子供が出来たらしい事を、柏木に電話で知らせた時、彼は何も言わずにただ「おめでとう」と言ってくれた。

 藍が妊娠した事自体が、奇跡の部類に入るのだ。その子供が健康体で無事生まれる保証は、何処にもなかった。


「産婦人科の医師を紹介するよ。私の大学の同期の女医なんだが……。ちょっと、変わった女性だが、腕も確かだし信用出来る人間だよ」


 笑いを含んだ声で紹介してくれた「水口先生」は、美人でユニークな女医さんだった。

 藍は何かと、彼女に相談に乗って貰っている。


「あのね、昔、柏木先生に迫った事があったんですって」


 藍が楽しそうに話し始めた。


「えっ!? 誰が!?」


「水口先生が、柏木先生に!」


 クスクス笑う。


「へぇ。それで?」


 興味津々の拓郎の言葉に、藍が吹き出した。


「柏木先生、気が付かなかったんですって。その事に」

 

「“赤い顔してるけど熱でもあるのか?”って冷静に脈を取られたわ。昔っからあの御仁は鈍ちんの、研究バカだったわ!」


 そう言って、水口先生は豪快に笑っていたそうだ。


「ほら、笑って!」


 ファインダーの中の笑顔は、満ち足りて穏やかに輝いていた。


 神様がいるのなら、どうかこの笑顔がいつまでも続きます様に――。


 拓郎は、願いを込めてシャッターを切った――。






 一面の向日葵が、夏の日差しを浴びて揺れている。


 向日葵は、凛と太陽を見詰め続ける。


 その光に焼かれても、顔を背けることは無い。 


 それはまるで、太陽に恋をしているかのようだった――。





     おわり











 初めまして。水樹裕みずきゆうです。

 今回、初めてこちらに投稿させて頂きました。

 初心者の拙い文章に、最後までお付き合い下さった皆さま、本当にありがとうございました。


 実は、この他に番外編として、「柏木浩介」の若かりし頃の話しがあります。(全4話)

 そちらで、またお目に掛かれたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ