40.新パーティーメンバー
商店通りの人混みの中、アルテの足取りが弾む。
鼻歌を歌いながら頭の上に掲げた傭兵のライセンスプレートを眺め口元を緩めた。
隣を歩くユウは溜息、マレはその様子を見て微笑んだ。
アルテはついさっき傭兵になった。マレ、ユウと共にギルドにて傭兵登録を行い、晴れてパーティーの一員となったのだ。その事実がアルテにとっては心底嬉しいのだろう。
今はユウとアルテの装備やら物資やらを揃えるため買い物に来ていた。
「これで私も傭兵か〜なんだか感慨深い」
「言っとくがお前は前衛には出さねえぞ。後で大人しくしてろ」
「ええ〜」
「戦いたきゃ魔術か弓でも覚えるこったな」
シャルの見立てによれば、アルテは未知の呪いにより本来の力を出せないらしい。本来の力とやらがどれほど知らないが、現状ひ弱な彼女を前線に立たせるわけにはいかない。
するとマレが嬉しそうに言った。
「弓でよければ私がお教え出来ますよ」
「そう言えばマレは弓の名手だったな」
「いえっ、名手なんて程では……」
「いいね〜弓、私もやってみたい」
「でしたら今度一緒に練習してみましょう」
二人は今ではすっかり仲良くなっていた。出会ってまだ数日というのに、女子特有の波長が合うとか言うやつだろうか。
「それよりマレ、さっきも言ったが、金の件は本当にいいのか?」
金の件とは、先日のマナ鉱石売却により得た金のこと。彼女に分け前を渡そうとしたが断られたのだ。
「ええ勿論です。あのマナ鉱石はユウさんがおひとりで迷宮から得たものですから、その分け前を私が頂くわけにはいきません」
「でもアーティファクトの件が……」
腕輪のアーティファクトはユウとアルテのせいで回収不能に陥った。あれをちゃんと持ち帰り然るべき場所で売却出来れば相当な金になったろう。いくらユウだって、流石に申し訳ないと思う部分がある。
しかしマレは、
「それはもう仕方がありませんよ。ユウさんのせいじゃないです。私はこうしてお互い無事に帰って来られただけで十分ですから」
と言って笑う。
ここまで来ると偽善者を通り越してただのバカだ。ユウとしては好都合だが、その言動にむず痒さも感じる。
するとそんな最中、
「ねえねえ、これなんてどう?」
アルテが近くにあった露天の衣服を手に取り、自分の身体に合わせて見せた。
服の裏から顔をひょこっと覗かせる彼女は、期待した目で返答を待っている。
「あのなあ、傭兵として仕事するんだぞ。んなヒラヒラした服だと危ないだろ。……これはどうだ?」
ユウが代わりに選んだのは皮の厚いジャケットだ。この上に金属プレートを装備すれば防御力はさらに増すだろう。
しかしアルテは物凄く微妙な顔で「え〜」と一蹴。
「なんかユウ君に聞いた私がバカみたい」
「おい、どういう意味だこら」
「似合うかどうか聞いてるのに」
むくれるアルテを見て、マレがふふっと笑う。
「アルテさん、こっちのはどうですか?防具の下なら着心地良さそうですし、色も可愛くてオシャレですよ」
「ほんとだ〜……やっぱりマレちゃんはセンスが良いよ!」
「いえそんな……ありがとうございます」
きゃっきゃとはしゃぐ二人を見つめ、ユウはまあいいかと思う。金銭的にもある程度余裕が出来たし、防具は別で買えばいい。
そんな時、ユウは感じ取った。近くから放れる剥き出しの殺気を。
視線を移せば人気のない路地裏から、こちらを覗く人影がある。奴が殺気の正体だろう。
ユウはアルテをちらっと一瞥し考える。
この辺りは人通りも多いし、危険は少ないだろう。むしろあの殺気の主を放置する方が危ない。
「マレ、アルテ、ちょっとここで待っててくれ。すぐ戻る。その間に買いたいもの買っておけ」
ユウはそう言ってアルテに金貨を一枚手渡し、すぐに人混みに紛れた。
「あ、ちょっと」
アルテの声は喧騒に呑まれユウには届かなかった。
人気のない薄暗い路地裏に一人の男の背があった。
「おい、どこ行く気だ」
声をかけると、その男はゆっくりと振り返った。
厚い鎧に身を纏う大男はやはり、彼だった。
「てめぇ……生きてやがったのか……」
そう零したのはA級傭兵の巨漢、オルドラゴだった。殺気の主は彼で間違いない。
鋭い目付きがこちらを睨み、ふてぶてしい顔は赤く、吐くと吐息が酒臭い。酔っ払ってる。
「悪かったな生きてて。それより殺気剥き出しでこっち睨みつけんのやめてくれよ。気持ち悪いし落ち着かねえから」
「ふざけんなっ!てめえのせいでマレちゃんがどれだけ……」
毎度の如く、オルドラゴはユウの胸ぐらを掴み上げた。何故こうも毎度突っかかってくるのだろう。
「おい、離せって」
「るせえ!お前さえ……お前さえいなけりゃ……」
こりゃダメだとユウは諦めた。酔いが回って目が完全に正気じゃない。
これで何度目だろう。せっかく恩を売るために迷宮で助けてやったのに、何の意味もない。面倒になってきた。誰も見ていないしいっそ、殺してしまおうか。
ユウの瞼が落ちる。
投げやりな気持ちと淀んだ目でオルドラゴを睨んだ。
直後、ユウは胸ぐらを掴むオルドラゴの手首を取り、その巨体を易々と背負い投げた。
鈍重な体が宙を舞い、鈍い音を上げて背中から地面に叩きつけられる。
「がはっ」
オルドラゴは突然の痛みと驚きに顔を歪め、何とか立ち上がろうとしていた。
そんな彼の胸元を容赦なく踏みつけ、捻り潰す様に地面に押し付ける。
「ぐ、あ……っ」
「大口叩いといてこんなもんかよ。俺が気に入らないんだろ?殴ってみろ、ほら」
踏み付ける足に徐々に力を込めると、鎧のプレートが陥没してゆき、オルドラゴは更に苦しみに悶えた。肺が圧迫されて呼吸が出来ない様子だ。
オルドラゴは押し付けられたユウの足を掴み必死に抵抗するがまるでビクともしない。
その姿を見下ろしながら、ユウはその高揚感に笑を零した。
世の中から弱いものいじめが無くならない理由が何となくわかる。気に入らない奴をいたぶるのは実に気分がいい。
しかしモタモタしていられない。人が来たら面倒だし、早く殺してしまおう。
ユウは腰に差した漆黒の魔剣を抜き、その切先をオルドラゴの首元に充てがった。
「悪いがこれは因縁吹っ掛けてきたお前の責任だ。ここで死」
背後に人の気配。
ユウは即座にオルドラゴから足を離し、剣を鞘に戻した。
「おい、何やってんだお前!」
聞き覚えのある声。
振り返るとそこには金髪のA級傭兵、カインが立っていた。
「あ、あんたは……生きてたのか」
カインはユウを見て酷く驚いていた。死んだと思っていたのだろう。
「ああ、何とかあの迷宮から脱出出来たんだ」
「そうか……それより、何があった?何でオルドが……どういう状況だよ」
ユウは咄嗟に表情を作り上げた。
「実は、急に襲われたんだ。マレと買い物に来てたんだけど、彼酔っ払ってるみたいで……」
「はあ……そういうことか。すまない、また迷惑かけちまったみたいだな」
カインは申し訳なさそうに溜息を吐き出した。
上手く誤魔化せた。思わず口元が緩みそうになるが、何とか抑え込んだ。
「ほら立てよ。帰るぞ酔っ払い」
「うぐ……」
カインはオルドラゴに肩を貸し背を向けた。しかしオルドラゴは酔いとダメージでフラフラだ。
するとカインが思い出したように立ち止まり振り返る。
「そうだ。あん時は助けてくれてありがとな。馬車の時はえらく機嫌が悪かったから、あんたのこと誤解してたぜ」
そう言えば馬車でパーティーに誘われた時、ユウはカイン達の誘いをこっぴどく断ったのだった。
「以前からオルドラゴには嫌がらせを受けてたから……ちょっとムキになってたんだ。あの時は悪かったよ」
「んま、そりゃそうだよな。悪いな、今度酒でも奢るぜ」
「期待して待ってるよ」
そう言うと、カインはオルドラゴを引き摺りながら路地を出て、人混みの中へと消えていった。そんな彼らの背中を見つめながらユウはほくそ笑み、呟くのだった。
「ばーか」
カイン達が消えたのを確認した後、ユウがマレとアルテの元へ戻ると、二人の周囲には人集りが出来ていた。
まずいと思って人混みを掻き分けると、その先でマレとアルテがホッとした顔を見せた。
どうやら二人の美貌に寄せ付けられた男共に囲われていた様だ。
「ちょっとユウ君、遅い」
「ユウさん……探しましたよ」
「悪いな。ちょっと野暮用で」
ユウが二人と親しげに話しているのを見て、男達は何だよ男連れかよと肩を落とした。更にユウの睨みと外套の内から僅かに覗いた剣を見て、男共は慌ててその場を去って行く。
ユウは溜息を零し、迂闊だったと反省した。ここは人も多いし大丈夫だろうと高を括ったが、もしものことを考えなければならなかった。もしあのままアルテが連れ去られていたらと思うとゾッとする。
「それより欲しいものは買えたのか?」
「うん。これにした」
ユウが尋ねるとアルテが購入した服を嬉しそうに見せびらかした。
シンプルな白いシャツ。これはまあ防具の下にでも着られそうだ。もうひとつの洒落た服はマレがオススメしてたやつだ。日常使いも出来そうで悪くない。
「ありがとなマレ。こいつの買い物に付き合ってくれて」
「あ、い、いえ……」
ユウがマレに礼を言うと、彼女はよそよそしく視線を逸らした。
彼女の様子が変だった。対照的にアルテは気味悪くニコニコしてる気がする。
「何かあったのか?」
妙に思ってユウは二人に尋ねるが、マレは顔を背け、アルテは変な笑を浮かべて「ううん何も」と首を振る。そして、
「それよりもユウくん!」
アルテがビシッとユウの顔を指さした。
「な、何だよ」
「君さ、聞くところによるとマレちゃんに色々助けて貰ったそうじゃない」
アルテにそう言われて迷宮での出来事があれやこれや思い出される。しかし大体殆どユウがマレを助けてた記憶しかない。偶にマレのおかげで助かったこともあったような。
「それに、色々と買い物も手伝って貰ったんでしょ?」
それを言われると確かにそうだ。というか、迷宮探索の準備金はほぼ全てマレに出して貰った。
「まあ、そうだな」
「だったら、何かお礼が必要なんじゃないの?」
「ア、アルテさん……私は別にそこまで」
「いいから、私に任せて?」
アルテはマレの言葉を遮って、何故か得意げに笑った。
アルテが何か企んでる様だが、彼女の意見も一理ある気がして、ユウが「んじゃあやっぱり金を」と懐から銭袋を取り出そうとした。その時だ。
アルテがユウの肩をグッと引っ張り、耳元で囁く。
「君ほんとに分かってない。女の子っていうのはお金じゃなくて何かこう、気持ちが欲しいの……!」
「はあ?何だそりゃ」
「いいから、何か気持ちの伝わるものをあげて」
「もの?プレゼントか?」
「そう!そういうこと!」
ひそひそ話を終えてユウがマレに向き直ると、彼女は頬を染めてモジモジしていた。
プレゼントか、と思う。誰かにプレゼントなんてしたこともないが、プレゼントの相場と言えばアクセサリーとかそんなだろう。
ユウは辺りの露店を見渡した。
――ま、あの辺でいいか。
本当に適当に選んだ。
ユウは当たりをつけた店にすぐに向かい、即断即決。
「すみません、これください」
「あら、ありがとうございます〜」
女性店主からそれを僅か大銅貨一枚で買い上げた。
そうして二人の元へ戻るとユウは完璧な笑顔を作りあげ、
「マレ、これはほんのお礼だ」
彼女へそれを手渡した。
「これは……」
マレの手に乗せられたそれは素朴な首飾りだった。細い革紐に翡翠の石が付いている簡単なもの。
「こ、これを私に……?」
「ああ、君には世話になってるからそのお礼。大したものじゃないけど、君に似合うと思ったんだ。要らなきゃ捨てて構わな……」
ギョッとした。
マレは突然ボロボロと涙を零し始めたのだ。
訳がわからず、反射的にユウは謝った。
「わ、悪い……俺何かしたか?」
「違うんです。嬉しくて……すみません……」
マレは子供みたいに涙を拭って、そして溢れるように笑った。
「ありがとうございます……大切にしますっ……」
「お、おう」
たかだか大銅貨一枚の首飾りに泣いて喜ぶなんて思わなくて、ユウは動揺を隠せず相槌を詰まらせた。
心から泣き笑うマレと珍しく動揺するユウ。
そんな二人を横で眺めるアルテは、胸の奥の妙な違和感に唇を尖らせた。
『マレちゃんて、やっぱりユウ君のこと好きなの?』
ユウのいぬ間に、アルテはこの直球的な質問を彼女へと投げつけた。興味本位からだった。女の勘というやつが、何となくそう言ってる。
返答に詰まるマレの表情に答えは書いてあった。
『大丈夫、私に任せて!』
『で、でもアルテさんは……』
『前にも言ったでしょ?私はユウ君のことそういう風に見たことないって。彼のことは好きだけど恋人と言うよりはなんだろ……恩人て感じ?だから気にしないで。それに、友達の恋を応援しない人なんていないんだよ』
笑顔で大見得切った。その言葉に嘘は無い。けれどじゃあ、このモヤつきは何だろう。
こうなることを望んだのは自分なのに、今はマレの手に握られた可愛らしい首飾りが、なんだか酷く羨ましい。
言いようのない霞がアルテの心の奥に張り付いて離れなかった。




