39.寂れた教会
シャルに連れられ訪れた場所は、とある教会だった。寂れた教会、と言っちゃ悪いが、礼拝にくる客なんてとても居なさそうなとこだ。タダでさえ寂れた雰囲気を隠し切れていないのに、辺鄙な立地に隠れるように佇んでいた。
アルテが「教会なんて始めてきた〜」と目を輝かせている。
「おいシャル、ここって」
「シャル姉ちゃんだ!」
ユウの言葉を甲高い子供の声が掻き消した。
その声を合図に、建物の中から種族ご茶混ぜの子供達がいっせいに飛び出してきて、シャルの周りを取り囲んだ。パッと見で二十人そこら。大半が獣人族と人間族の子供達で、特に耳や尻尾を丸出しの子らが多く見えた。
「おうお前ら、元気にしてたかー?」
「うん!元気にしてた!」
「さっきあっちにデッカイ虫がいた!」
「シャル姉シャル姉!あっちで遊ぼ!」
「おう、今忙しいから後でな」
「え〜」
シャルは引っ張りだこ状態。
そしてアルテの周りにも。
「お人形さんみたい」
「フリフリのお洋服かわいい〜」
「ねぇねぇお姉ちゃんも遊ぼ!鬼ごっこ!」
アルテは大層嬉しそうに笑い、服の袖を捲り上げた。
「よ〜し。お姉ちゃんが追っかけちゃうよ〜!」
子供達が一斉に甲高い声をあげて逃げ惑う。
かく言うユウはというと、人っ子一人寄り付かず、完全に孤立していた。
そんなユウを横目に見て、シャルが笑う。
「おい、こんなとこに連れてきてまで俺をハブにしたかったのか。なんなんだよこのガキ共は」
「だっははは!兄ちゃん子供嫌いだろ?眉間にシワが寄ってんだよ。そんな顔してちゃ誰も寄り付かねえっての」
シャルが笑い飛ばす。
「どうでもいい。こんな所に連れてきて何のつもりだって聞いてんだよ。なに、俺をいじめたかったの?」
「違う違う。ただ兄ちゃんにコイツらを紹介したかったんだ」
だから何のためにだよ、と思う。
ユウは子供が嫌いだ。汚いしうるさいし無神経だし、そのくせいっちょ前に嘘つくし。子供は純粋で嘘をつかないと言うが、あれは嘘っぱちだ。純粋ではなくバカなだけで、ちゃんと腹の中に黒いものを一物二物隠し持っている。
「とりあえず中に入ろうぜ。お前らー、その姉ちゃんはあたしの客人だ。遊ぶのはまた今度にしろ」
シャルがそう言うと、子供達が「えー」と口を揃えた。そこに混ざってアルテまで「え〜」とか言ってる。
この教会には礼拝堂のすぐ隣に宿舎があり、子供達はそこで生活をしているようだった。外装はボロいが中は割と綺麗に保たれている。ここの方針は働かざる者食うべからず。子供達に毎日掃除や洗濯なんかの家事を手伝わせているそうだ。
「着いたぞ、ここがシスターの部屋だ」
宿舎の奥の部屋。
シャルが扉をコンコンと雑にノックし、「シスターいるかー?」と返事が帰ってくる前に扉を開けた。
「おやまあシャル、一昨日ぶりだね」
中にいたのは修道服を着た人間族の婆さんだった。シスターと言うからもっと若くて綺麗な人を想像していたが、現実はそう甘くはない。
「おや?そちらの方々は?」
「この兄ちゃん達はあたしの店のお得意様さ。シスターに合わせたくてさ、連れてきたんだ」
「ども」
「初めまして。アルテです」
「あらまあご丁寧に。シスターのアメリアです。お客様が来たと言うのに大したもてなしも出来ずにごめんなさいね」
シスター・アメリアは穏やかな表情でニッコリ笑った。
「それよりシスター、まずはこれ今日の分」
シャルは懐から膨らみのある麻袋を取り出して机の上に置いた。袋には結構な量の金が入っているみたいだ。
「まあこんなに……有難いけど、シャルあなた自分の生活は大丈夫なの?」
「へーきへーき、あたしの店が繁盛してんのは知ってるだろ?それに今日はこの兄ちゃんのおかげで結構な額儲けたんだ。な、兄ちゃん」
「え、あぁ……おう」
何となく察しは着いたので、ユウは適当に合わせた。
どうやらシャルは売上の殆どをこの教会に回しているらしい。確かに客のこない教会に寄付や献金があるとも思えないし、ここに住んでる子供たちの人数を考えても資金はいつもギリギリなんだろう。
とは言えシャルの奴、自分の食い扶持を削ってまで資金援助をしているなんてとんだ偽善者だ、とユウは思う。
「あら、だったら貴方にもお礼を言わなくちゃ、ありがとう。それとシャルがお世話になりました」
「いや、俺は何も……」
アメリアは深々と頭を下げた。そこまでして礼を言われるほど、ユウはシャルに何かをしてやった覚えはない。というか、脅して搾取してる側だ。
「まあまあ、あたしも兄ちゃんとは今後もいい関係を築いていきたいのさ。つーわけで、今日はここで兄ちゃんの歓迎会を開くから、飯くらい食ってきな」
「はあっ?聞いてねぇぞ!なんか大事な用があるのかと思って着いてきたのに」
「言ったら兄ちゃん絶対来ねーだろ?」
何が歓迎会だ。どうせこんな所、もう二度と来るつもりもないのに。
「まあそう渋るなって、美味いメシ食わしてやっから。あたしが奢ってやるなんて滅多にねえんだぞ」
「そー言う問題じゃなくて」
「けど、お宅のお嬢さんは参加する気満々みたいだぜ?」
シャルに言われ隣を見ると、アルテが期待に胸膨らませた顔をしていた。
周囲で子供達がはしゃぎ回っている。
目の前には大きな金網テーブルが用意されていて、金網の下で炭が燃えている。その上で肉や野菜が煙を上げながら、香ばしい匂いを放っていた。
異世界でバーベキュー。バカじゃないのか。
「美味い飯ってこれかよ」
「なははっ、あたしが料理出来るように見えるか?」
そりゃ見えないけど、何かしら異世界料理を振舞ってもらえるとばかり思っていた。
「わあ〜お肉だ〜」
「いつぶりだろー」
子供達の目が輝いている。発言から察するに、やはりここでの生活は裕福とは言い難いものなのだろう。見れば衣服もボロボロだ。
「可哀想と思うかい?」
シャルが不意に尋ねてきた。
「別に。こいつらほどじゃないけど、俺ん家も貧乏だったし。子供は親を選べないからな。貧乏な家庭に生まれたら諦めて受け入れるしかねえ。それが運命なんじゃねーの」
「運命ね……」
今も子供達がはしゃぐ声が背後から響いている。
一緒になってはしゃぐアルテの声も聞こえている。
「強い子達だよ。みーんな親を亡くしたか捨てられたかでここに来る。けど皆笑顔で元気いっぱいだろ?お互いに支えあってんのさ。親のいない寂しさを埋められる程、みんな信頼し合ってる。あたし達は血の繋がりを超えた家族だ」
シャルは真剣な目をしてそう言った。
綺麗事だとは思うが、そうやって一蹴するにはどこか難しい重みが彼女の言葉にはあった。
「お前もここの出なのか?」
「まあな。物心着いた時にはこの教会にいた。親の顔も覚えちゃいないよ。この国の重大な懸念事項さ。一見綺麗で裕福な街に見えるが、その影には沢山の孤児や貧民が溢れかえってる。シスターはそーゆう哀れな連中を引き取って、たった一人で育ててくれてるんだ」
「ひとり……?子供だけで二十人はいるぞ?」
道理でアメリア以外の大人が見当たらないと思った。お人好しと言うかただのバカだ。なんのメリットがあってそんなことを。本当に馬鹿げてる。
「だからシスターには感謝してんだ。あたしはいつか、絶対に大金持ちになって恩を返す。そしてここの皆を守ってやるんだ。その為なら何だってするさ」
彼女には似合わない表情とセリフ。
果たしてそれは本心だろうか。どんなに綺麗事を並べようとも、人間とはいざ自分に危険が迫れば簡単に他人を切り捨てる自己保身の塊だ。最悪の状況の時、それでもその言葉を貫けるだろうか。ユウはそんな人間をこれまで見たことがない。
「柄にも無く小っ恥ずかしいこと言っちまった。さ、肉を食おうぜ〜って無い!?あたしが育ててた肉はどこ行った!?」
「あ、わるい俺が食った。いらねえのかと思って」
「どえぇえ!?」
そんな時だ。近くから聞き覚えのない男の声が飛んできた。
「おうおう美味そうな匂いがすると思ったら、皆で仲良くパーティーか〜?」
振り返るとそこには全身黒服に身を包んだ人間族の男と、隣に熊のような顔をした獣人族の大男が立っていた。
「来やがったか」
隣でシャルが呟いた。
「帰りな!お前らと話すことなんか何もねえ!」
「おいおい勘違いすんなよ情報屋。俺達はお前じゃなくてここのシスターに用があって来てんだ」
「シスターなら今日はいねえ、早く消えろ!」
シャルが珍しく大声で叫んでいる。
どうやら厄介事に巻き込まれた雰囲気だ。
「おいシャル、こいつらは?」
「とある商人とこの使いだ。この辺の土地を自分の商売に使う為に立ち退きの要請に来たんだ」
「そういうこった。お宅らに早いとこ出てってもらわないと俺もヤバいんだ。今日こそ契約書にサインしてもらうぞ」
「うるせえ!しないっつってんだろ!この教会が無くなったら子供たちはどーすんだ!」
「ガキ共なんて知るかよ。今日こそは力ずくでも契約書にサインさせてやる。おいグズマ、やれ」
黒服の男に言われ、獣人の大男が怖い顔で前に出てきた。
ユウはすぐに状況を理解し、即座に動いた。
「じゃ、お邪魔みたいなんで俺達はこの辺で。帰るぞアルテ」
「てちょい待てぇぇえ!!」
シャルが勢い良くユウの背中に頭突きをかました。
「何すんだよ」
「何すんだよじゃねえよ!兄ちゃんこの状況放ったらかしにして何帰ろうとしてんだ!」
「当たり前だろ。これはお前らの問題だ。自分たちで何とかしろ」
「人の心はねぇのか!」
そんなことを言われても、と思う。
正直ここで出しゃばるメリットはないし、下手に喧嘩売って目をつけられて、今後街を歩いてる時に襲われるのなんてのは御免だ。
「た、頼むよ兄ちゃん……この通りだ!」
シャルは顔の前で合掌し頭を下げた。
周囲を見渡してみると、さっきまではしゃぎ回っていた子供達が随分と怯えた表情を浮かべていた。
別に、こんな見ず知らずのガキ共が路頭に迷おうと知った話じゃない。
やっぱりユウが断ろうとしたその時、一人の獣人族の男児が熊巨漢の前に立ちはだかった。
シャルが真っ青な顔で叫ぶ。
「レタ!何してる……!」
しかし男児は勇敢にも巨漢に対し大声を張り上げ、
「こ、ここは僕たちの家だ!お前なんか……出てけっ!」
石を投げつけた。
熊巨漢がおっかない顔で男児を睨みつけ「このガキ……!」とその丸太の様な腕を振り上げた。
シャルが叫び、子供が目をギュッと瞑る。
容赦のない暴力が叩き落とされる。
「――!」
その瞬間、誰よりも早く飛び出していたアルテが男児を抱きかかえて地面を転がった。
鈍い音とともに巨腕に打ち付けられた地面がひび割れる。
間一髪、男児は巨漢の殴打からアルテによって救われた。
「ふ〜、危なかった〜」
アルテは額にかいた汗を拭い、ホッと息をつく。
「お、おねえちゃん……」
今にも泣き出しそうな男児に対して、アルテは泥のついた顔でニッコリ笑った。
「もう大丈夫。お姉ちゃんたちに任せて」
そうして彼女はゆっくりと立ち上がり、巨漢に対して言い放った。
「君、子供をぶとうだなんて最低だね」
「な、何だてめえ……」
アルテの凛とした姿にたじろぐ熊巨漢。
すると黒服の男が大声で叫んだ。
「何やってるグズマ!さっさとガキでも何でも人質に取っちまえ!契約書にサインさせんだよ!」
「……っ、クソ!」
熊巨漢が再び大腕を振り上げ、凛と待ち構えるアルテに向かって振りかざす。
しかし、アルテは微動だにしなかった。
「……!」
鮮血と共に巨漢の腕が宙を舞う。
瞬きの合間にアルテの眼前に割り込んだユウが、抜き身の黒刃を構えていた。
巨漢の悲鳴が響き渡り、のたうち回る。
ユウは即座に振り向いて、アルテに向かって怒鳴り散らした。
「何考えてんだバカ!死ぬとこだったぞ!」
「私は大丈夫。君が守るもの」
「なっ……」
「昨日、そう言ってくれたじゃない?」
アルテは悪戯に笑う。
ユウは顔を引き攣らせ、そして何も言えなかった。
「レタ……!」
慌てて駆け寄って来たシャルが、子供の体をあっちこっち見てまわってホッと一息。そして顔を上げて頭を下げた。
「兄ちゃんも姉ちゃんも、ありがとな……おかげで助かったぜ」
「はあ……この貸しは高くつくぞ」
こうなっては仕方が無いので、ユウは諦めて黒剣を男達へ向けた。
「て、てめえ……俺たちに刃向かってタダで済むと思ってんのか」
黒服が息巻く。
シャルが威勢よく腕組みをして威張り散らした。
「おいおいおっさん、自分達の心配した方がいいぞ?この兄ちゃんはあたしの雇った用心棒だ。この教会と専属契約を結んでて、あたしのマブダチでもある」
「用心棒だと?」
小声でユウが耳打ちする。
「おいシャル、何勝手なこと言ってんだ……」
「いいからあたしに任せろ。兄ちゃんは特大の何か必殺技を見せつけてやれ」
たくふざけやがってとは思うが、ここまで来たら猿芝居に乗ってやるしかない。
ユウは右手に握る黒剣に高密度のマナを付与した。思い浮かべるのは、あの漆黒の鎧騎士の一撃。
やはり、この魔剣はマナの浸透が良い。マナの圧縮維持も容易だ。今なら、出来る気がする。
「マナブレイド」
振り抜いた刀身から凄まじい斬撃が放たれる。
直線上に目掛けて教会広場の地面を轟音と共に切り裂き、抉り、砕き割る、人智を超えた飛ぶ斬撃。シャルの神眼が映したそれは、正にマナの極地に至る超絶技巧。
「すげえ……」
シャルの口から思わず零れた。
それを目の当たりにしたものはみな口を開け、ただ驚愕している。
腕を切られた熊巨漢も黒服も、度肝を抜かれて戦慄していた。
静まり返る教会の広場。そこにシャルの高らかな笑い声が響いた。
「なーっはははは!どうだ驚いたかウチの用心棒の実力に!その力はもはやマスターナイト級だぜ!命が惜しけりゃ二度とここへ近づくな!」
「ひっ……ばっ、化け物だ……!」
シャルの声に我を取り戻した黒服は大慌てで熊巨漢に肩を貸し、二人揃っては尻尾を巻いて逃げ帰る。そんな男たちの背中にシャルが大声を投げつける。
「二度と来んじゃねーぞー!!」
シャルの声が中庭に木霊した。
その直後、
「すげ〜!!」
「お兄ちゃん騎士なの〜!?」
「ばかマスターナイトだよマスターナイト!」
子供たちが騒がしくユウを取り囲んだ。
「こ、こらっ引っ付くな!」
「俺にもさっきの技教えてー!」
「僕もー!」
「私もー!」
ガキ共が四方八方からユウの服を引っ張ってくる。子供相手に力加減を間違えて怪我をさせても困るので、無闇に振り解けない。
するとその様子を見たアルテが嬉しそうに笑った。
「ユウ君、大人気」
「笑ってねえで助けろ!」
すると今度はシャルが指さして笑い始めた。
「あっはははっ、あんなに誰も寄り付かなかったのに、良かったな兄ちゃん」
「良くねーよ!早く何とかしろ!」
シャルのおかげで何とか子供の群れから脱出することに成功したユウ。精神的な疲れから溜息を吐き、隣を見た。
横目に見たシャルは頭の後ろで手を組んで、随分と満足気な表情と言うか、してやったりみたいな顔をしている。
何か妙だった。ここまでの流れが、彼女の表情が、どうも腑に落ちない。何だろうこの違和感は。
「おいシャル」
「何だにーちゃん」
「お前まさかとは思うけど、さっきの男達を追い払わせるために俺を呼んだ訳じゃないよな」
沈黙。
「はっ、はあ!?ななななんじゃそりゃ!?そ、そんなわけねーだろ!あたしはただ純粋に兄ちゃんにお礼をだな……!」
「お前、やっぱり……」
よく考えてみれば、最初から妙だったのだ。知り合ってまもない男、それも自分を脅して情報を引き出そうとしている男なんかを態々こんな教会に連れて来てまで歓迎会だなんて。シスターに合わせたり、子供達の不遇について部外者のユウにペラペラ話をしたのも、同情を誘って協力させるためと考えれば辻褄も合う。
「ちち、違うんだ兄ちゃん!まずは落ち着いてあたしの話を……ひぃっ」
その後、教会中にシャルの悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。




