宋飛54
「なんだと?」
宋飛は耳を疑った。
「今、史令、と言ったのか?」
「こちらの勘違いだったようだ。許せ」
男は剣を納め、距離を取ったまま、後方へ姿を消した。
「追いますか?」
「いや、いい。どうせ追いつけはしない。」
何の目的かは分からないが、史令を追っている奴がいる。
少なくともすでに史令が死んでいるとは微塵も考えていない様子だった。
今はそれだけでも貴重な情報だろう。
「了解です。さて、おーい、春!お前らでてきてもいいぞ」
「…倒したの?」
「いや、すばしっこい野郎だ。しっぽを巻いて逃げやがった」
「俺、絶対に殺されちゃうと思った。おっさんたち、ただの商人じゃなかったんだね」
「まあな」
唐平は自慢げに言った。まだ怯えている子供もいるが、春は目を輝かせていた。
「おい、春。巻き込んでしまったのか分からないが、ここも危険だ。違うところに逃げた方がいい」
「確かにそうだけど…、でも、俺たちにいくところなんてないよ。今だって皆でなんとか飢えずに済んでる程度なんだ。」
宋飛は少し考えた。
このまま放っておいても、盗みだけで生きていけるほど今の世の中は甘くない。
遅かれ早かれ子供だけでは限界が来るだろう。
それに、関わって危険にさらしてしまった負い目もある。
十人くらいなら、働き手として揚州軍の伝手を使えば何とかなるだろう。
「この先に臨准城がある。俺たちはそこへ向かうんだが、そこに俺たちの知り合いの商人仲間がいてな。人手を探してるんだ。少なくとも、食うには全員困らないはずだが、どうだ?」
「本当に?子供なんて、なかなか雇ってもらえないのに」
「その代わり甘やかすことはない。とても厳しく、つらいかもしれない。が、きちんと仕事をすれば、全員にしっかりとした飯だけは食わせてやれるはずだ」
「十分だよ。まともな仕事がもらえるんなら何だってするよ」
「よし、約束だ。ついてこい」
春はまだ信じられないという顔で仲間と話してる。
皆、もう危ない盗みをする必要がないと聞いて泣いている者もいた。
宋飛も子供のころに、盗みがばれて、店主に半殺しにされたことがある。
その後は、しばらく立ち上がることができないほどだった。
盗もうとしたのは、空腹でどうしても食べたかった饅頭1個だった。
「お前は、死にそうなほど腹が減ったことはあるか?唐平」
「うちの村は、飢饉の時も大人がまず子供に飯を譲ってくれてました。それでも苦しい時はありましたが。あいつらなんか、その何倍も苦労してきたんでしょう」
「そうだな」
満足でなくとも、せめて子供らから理不尽な不幸はなくしたい。
あらためて宋飛はそう思った。




