表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に歌声を  作者: くらげ
最終章[幸せのかたち]
202/217

7-37 達人同士の戦い

 フレイヤの言葉にすぐさま反応しビリーがかがむと、それを皮切りにフレイヤの両の手の平に浮かび上がる魔法陣から凄まじい勢いで炎が噴出する。


 火は水に弱い。それは当然の事であり自然である。しかしレーザーのように集束された炎は降り続く雨など物ともせず、濡れた生木の木々ですら次々と溶断し、大きな音を立てながら倒れていく。


「良し、これで見晴らしは良くなったわね」


 魔法を放ち終わったフレイヤは、眼前に広がるクレーターのような光景を満足気に見つめ、うんうんと頷くとビリーの方へと飛び降りた。


「どう? ビリー。少しはやりやすくなったでしょ」


 フフンと得意気に話すフレイヤに、ビリーとしてはやり過ぎではと愚痴を漏らしたかったようだが口を一文字にして耐えていた。それなり見晴らしが良くなったのは事実で、なおかつ倒木に巻き込まれた敵が散見されている。フレイヤが何処まで計算ずくかはともかく、敵に痛手を与えられたのは嬉しい誤算のようだ。


 しかし敵も然る者、精神的に幾らか乱せた筈だがそのような振りを全く見せず、倒木の下敷きとなり苦しそうに呻き声を上げる仲間に目もくれず、今度は一斉に襲い掛からんと身構え始める。


「さてビリー、ここからが本番よ。気合い入れなさい」


「分かってます。俺だって戦えますし、足手まといになるつもりも無いです」


「良い根性ね。ちょっとだけ男前に見えるわよ?」


 ビリーに薄く笑みを浮かべたフレイヤは、もう一方面からの敵を真っ向から受け止めるべく、馬車の反対側へと陣取るとスゥっと大きく息を吸った。


「あんた達が誰か知らないけど、やれるもんならやってみなさい!」


 フレイヤが大きく啖呵を切ると、敵も遠慮なくと言わんばかりにビリーとフレイヤに何人も押し寄せる。数にものを言わせるだけでなく、洗練された動きが攻撃一つ一つの脅威度を格段に上げていく。ある者は死角となる下方向、またある者は回り込み、さらには横からの挟撃。全てが致命打になり得る攻撃で、いくら瑞樹の歌の効果が出ているビリーでもいなして躱すのがやっとだった。


「チッ、流石に多いな……」


 フレイヤの方はどうなっているのだろうかと少し心配になった様子のビリーだが、今は自分の事で精一杯、視線の一つすら送る余裕も無かったようだ。しかし直後に響き渡ったのはフレイヤの「小賢しい!」という雄叫びと、何かが倒れ込むような音が幾つか。その時フレイヤもビリーと同じような全周囲からの攻撃を受けていたが、たった一薙ぎで両断せしめたのだった。


「ほらほら! こんなんじゃ肩慣らしにもならないわよ!」


 フレイヤの挑発に乗ったのか、今度は先程の倍の人数で敵は襲い掛かるが、それでもフレイヤは歯牙にも掛けず躯を増やし続ける。絶え間なく響く仲間達の悲鳴に流石に動揺したのか、幾らか動きが悪くなったのをビリーは見逃さず、負けじと一人、また一人と斬り伏せた。


「俺だってやれるんだよ! かかってこいやぁ!」


 響く怒号と悲鳴はいつしか止み、ビリーとフレイヤの耳に残滓が残るだけとなった。


「あぁクッソ……やっと終わったか」


「お疲れビリー、そっちも終わったみたいね。良く頑張ったわ、褒めてあげる」


 肩で息をするビリーとは対照的に、フレイヤは軽い深呼吸で済む程度の消耗だった。いくら瑞樹の歌の効果が出ているとはいえ、目も眩むような圧倒的な差にビリーが何とも言えない劣等感や畏敬の念を込めながらフレイヤに頷いて返事をする。


 直後の事だった。人の気配どころか姿かたちすら映っていなかった背景に突然一人の男が入り込み、二人はゾクリと背筋を凍らせる。


「なんだ……あいつ……!?」


「これは、とんでもない大物が出て来たわね……ビリー、あんたは引っ込んでなさい」


 強いて例えるならどこにでもいるような見目の老人で、すぐさま記憶から消えてしまうような極々普通の爺。裏を返せば底が見えない、酷く不気味なこの老人をどうやらフレイヤは覚えがあるらしい。


 しかしビリーも意地があり「俺もまだやれます……!」と意気は揚々だったが、誰がどう見ても身体の調子は追い付いていない。フレイヤは小さく溜め息を吐いた後「足手まといだって言ってんの。お願いだから言わせないで」と断じた。


「分かり……ました」


 バッサリと断じられた事よりも、己の非力さを悔しそうに噛みしめるビリーに、フレイヤは「あんたは良くやったわ。でもあれは、危険過ぎるの」と慰めるように言葉を掛けた後、そして馬車の陰に隠れたのを見送り、再び老人の方へ顔を向けた。


「段取りは出来ましたかいな? いやはや、まさか国王陛下の御息女がこのような場所に居られるとは。如何様な事情で?」


「あんたには関係無いでしょ」


「これは失敬。いやはや、何分このような老獪ともなるとこういった世間話しくらいしか面白い事がありませんで。確かに御息女の言う通りだ。死にゆく人間なんざ、私も関係ありませんや」


 そう言い放った直後、老人はフレイヤの視界から一瞬にして姿を消し、彼女の背後を取った。


「早い!?」


「いやはや、あんたが遅いだけさね」


 振り放たれた短刀の一閃を辛うじて躱したが、フレイヤの切り揃えられた髪の毛がパラパラと舞う。


「いやはや、まさか避けられるとは驚きだ。そこらに転がってる手練れですら今のでくたばってたでしょうに、流石は六柱が一人。いや、さっきから聞こえるこの奇っ怪な歌が原因でしょうかいな」


 言葉とは裏腹に実に愉悦そうな笑みを浮かべる老人に、フレイヤが「あんた、この歌を知ってるって事は誰かに差し向けられたのね」と剣先を向けながら問うと、老人はクハハと小さく笑う。


「いやはや、粗忽者と伺っているがその実、随分と聡い。まぁ私が少々口を滑らせたのがいけねぇんですが」


「答えなさいよ!」


「そう言われて正直に答える奴なんざ、居る筈無いでしょうや」


 老人が身体をゆらりと動かし短刀を突き出すように構えると、フレイヤも「上等じゃない……! せいぜい途中で死なないことね!」と怒りを多分に含ませた語気で剣を構えた。


 フレイヤは以前ゴブリンと対峙した時と同じような陽炎の如き凄まじい速さで剣を振るう。恐らく魔法の詠唱による僅かな隙さえも見せない為だろうが、それでもなお老人は互角に刃を打ち合っている。振り抜かれた刃は白い残像を残し、橙の火花が舞い散る様は美しいとすら思わせる。


「枯れた爺の癖にやるわね!」


「いやはや、そちらこそ。小便臭えガキじゃ無いようで」


「っとに、口だけは良く回るわね!」


 永遠にも感じる長い剣戟に変化が訪れたのは、それから暫くしての事だった。あの汗一つ見せず飄々としていた老人の顔に焦りのようなものが見え隠れするようになっていたのである。無論フレイヤもその隙を見逃す程愚鈍ではなく、ここぞばかりにさらに剣圧を増していく。


「ちょっと動きが鈍って来たんじゃない!?」


「……いやはや、中々どうしてこの老いぼれが相手し続けるのは無理があるってもんさぁ」


 体力的な面も勿論あるだろうが、恐らく一番の要因は身体能力上昇に回していた魔力が枯渇し始めたのだろう。いくら達人の域に入っているとしても、六柱屈指の人間へさらに神に等しい力によって付与された者が相手となれば、人本来のみの力でここまで食い下がるのは恐らく不可能。何かしらの魔法の効果があったとする方が自然である。


 そして、魔力の枯渇が始まっているという事は、つまり決着の時が近いという事でもある。


「良い加減……倒れろぉ!」


 渾身の力で振り下ろされたフレイヤの一撃は、いなす筈だった短剣すら砕き折る。しかしまだ浅い。老人の顔の薄皮に傷が付いただけだったが、ならばと二の太刀を思い切り振り上げた。短剣を折られた一瞬の突かれた老人は、無理矢理身体を逸らして致命傷は避けたが、フレイヤの剣はそのまま老人の左手を斬り飛ばす。


「ぬううぅぅ……!」


 膝を付いた老人が痛みに耐えながら患部を残った手で押さえると、フレイヤは「勝負あったわね」と剣先を近付ける。


「さぁ死にたくなければ知っている事全部話しなさい。でなければそのまま出血で死ぬわよ」


 フレイヤの言葉通り失った左腕からは、手で押さえているにも関わらず夥しい量の血が地面へと流れ落ちている。放っておけば死ぬのは誰の目から見ても明らか。だが老人の目はまだ諦めていないようで「いやはや甘い。こんなのを生業にしている人間が簡単に口を割ると思っているのかねぇ」と薄く笑みを浮かべると、残った右手で自身の腰を漁り二本目の短剣を抜く。


 チッと舌打ちをしたフレイヤは本能的に少し引いたが、老人の狙いはまさにそれ。抜かれた短剣は勢いを維持したまま自身の喉元へと一直線に向かっていた。


「……まっ!」


 待ちなさいと言おうとした様子のフレイヤは短剣を跳ね飛ばそうと剣を振ったが、間に合いそうもない。自身の命を以て情報漏洩を防ごうとする老人の行動は──


『──敵は自害できなくなる』


「なっ!? 何だぁこりゃあ!?」


 突如馬車の中から瑞樹の声が響いたと思えば、短剣の切っ先が喉元に触れる直前でピタリと止まり、老人も困惑を極めた様子で力を込めるがそれ以上は微動だにしなかった。


「……もしかしなくても、あんたの仕業ね?」


「はい、申し訳ありません。勝手な事をしてしまって。小窓から様子を伺っていたのですが、ついやっていしまいました」


 フレイヤが呆れた様子で後ろを振り返ると、そこには外套を着た瑞樹が荷台から降りていた。


「フレイヤ様、一応あれを動けないように縛ってもらってもよろしいですか?」


「ん、まぁ良いけど。早くしないと本当に死んじゃうわよ」


「分かっています。ですがその前に念には念を入れておかないと」


「まぁ、そうね。ビリー動けるでしょ? 手伝って」


 フレイヤは馬車の陰に居たビリーを呼びつけ、協力して手足を縛り、さらには近くの木へぐるぐる巻きにして括りつける。その頃には老人も出血多量で虫の息になっていたが、瑞樹は癒しの歌を歌った。


「……ぅ。いやはや、気を失っていたみてぇだが、えらく気分がすっとしちまった。もしやここは死の国かいな?」


 癒しの歌は他の治癒魔法と比べて一線を画すが、本来の力では失われた血液が戻る事は無く、そのまま失血死する可能性はあった。しかしながら戦いの歌同様格段に能力も向上したらしく、欠損した部位はそのままながらも、生物の生命力に直接刺激するような効果のお陰で老人の血色悪かった顔に生気が戻りつつあった。


 勿論ビリーやフレイヤが戦いの中で負った細かい擦り傷等も瞬く間に癒え、瑞樹の常識から逸脱した魔法の効能に驚嘆した様子で瑞樹を見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ