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異世界に歌声を  作者: くらげ
最終章[幸せのかたち]
201/217

7-36 悪意

「あ~ぁ、暇ねぇ。この前みたいに魔物の一匹でも来ないかしら」


「あまり滅多な事仰らないでくださいフレイヤ様。そういうのは得てして実際に起きるものなんですから」


 瑞樹達の馬車が町を離れて早一週間が経過していた。たまににわか雨が降る程度以外は天候も穏やか、目的地までの道はほぼ一本道で興味を惹くような景色もまるで無く、何処を見ても草原や木々が生えているばかり。懸案事項の魔物の襲来も意外と少なく、先日に恐れ知らずのゴブリンが獣を従えて向かってきたが、主にフレイヤによって呆気なく返り討ちに遭っている。


 瑞樹の歌も気分を変えるには丁度良いが、元来男性の声帯で女性の声を演じるのはそれなりに負担を強いるもの。いくら練習を重ねた瑞樹でさえぶっ続けで歌い続けるのはまず不可能なようで、その時は喉を休ませていた。


「そんなに暇ならゲームでも致しますか?」


「ゲームぅ? だってあんた達、あたしに対して全然容赦無いんだもん」


「なら手加減致しますから」


「手加減されたお遊びなんて面白くもなんともないわよ、全く」


 何だかんだ言いつつも木箱に座っている事に慣れたのか、フレイヤは足をバタつかせながら顔をムッとさせて愚痴を漏らす。というのも、フレイヤはどうやらリバーシや将棋といった頭を使うゲームは大の苦手らしく、発案者の瑞樹はともかくビリーや挙句の果てにノルンにまで敗北を喫しており、すっかり苦手意識を持ってしまったらしい。その後フレイヤはいつものように木箱の上に敷布を大きく広げ、これまたいつものように寝息を上げ始めたのであった。




 それからさらに数日後。目的地におおよそ三割程近付いた頃、その日は珍しくまとまった雨が降っていた。ザアァと振り続く雨音に混じり、幌に落ち続ける雨粒はバタバタと少し耳障りな音を立て続ける。いくら魔道具の力で重量を軽減しているとはいえ、馬もぬかるみを歩くのは億劫らしく足取りは随分慎重である。


「結構降るわねぇ」


「そうですね。今までこんなに降らなかったですから珍しいです。それに……森の中に入ったみたいで、少し薄気味悪いです」


「あらあらぁ? 瑞樹ったら意外とこういう雰囲気が怖いの?」


 ニマニマと笑みを浮かべるフレイヤに対し、瑞樹は「違いますよ」と顔を窓の方に逸らし、ノルンも二人のやり取りに苦笑している。瑞樹の瞳に映る景色は随分鬱蒼としており、今までの道程にも同じような森はいくつもあったが天候も相まって気分を酷く陰鬱にさせているようだ。


 瑞樹の陰鬱そうな気分はいつの間にか他の皆にも伝播したようで、フレイヤの落ち着きの無い脚は周囲に余計な鬱陶しさを与え続け、外の御者台で黙々と馬を操るビリーも、深々と被った外套から滴り落ちて顔に伝う雫を不愉快そうな手つきで拭い続けている。


 フレイヤの様子が豹変したのはそんな時だった。木箱の上で横になっていたフレイヤは突然起き上がり、酷く慌てた様子で何かを詠唱し始める。


「フレイヤ様、そんなに血相を変えてどう致しました?」


「ちょっと黙ってて。あとあたしの合図で場所を止めるようビリーに言って、くれぐれも静かにね」


 流石の瑞樹でも何か良からぬ事を察知したのだろう、「承知致しました」と頷くと、相手の心に直接言葉を届ける天啓の魔法を久し振りにビリーへと向けて放つ。瑞樹達には見えなかったが、突然頭に響く瑞樹の声に驚いた様子で肩をビクッとさせるビリー。ただ、そこはビリーと瑞樹の仲だけあり、あえてこの隠密性の高い魔法を使用して伝えたのかを察知したらしく、質問も介さず平然を取り繕う。


「ノルン、少し窮屈だけどここに横になっててくれる?」


 フレイヤの詠唱を聞いていく内に、瑞樹は何の魔法を発動させようとしているのか分かったようで、ノルンを壁際の折り畳まれた座席を広げる。ノルンも「分かりました姉さん」と素直に頷くと、そのまま身体を横たわらせた。


「あの……何が起きるんでしょう……?」


「……分からない。けど何があってもノルンは守るから、安心してて、ね?」


「はい。姉さんもくれぐれも無茶はしないでください」


 ノルンを安心させる為に瑞樹は頭を優しく撫でると、幾らか緊張も和らいだらしく強張った頬がふにゃりと柔らかくなった。そして──


「──瑞樹、今よ」


 小声でフレイヤが合図をすると、瑞樹は馬車の壁を三度素早く叩く。天啓の魔法によって事前に告げられた合図通り、馬車をゆるゆると止めた。車輪の音が止み周囲は雨粒が落ちる音で包まれるが、むしろ不気味に感じてしまう程何も起こらなかった。


「フレイヤ様……一体何が? もしかして魔物ですか?」


 瑞樹は恐らく違うだろうと思っていたようだが、あえて質問した。以前魔物の群れが襲ってきた時も、念の為今フレイヤが発動したような矢避けの魔法を使用していた。ただ、その時はフレイヤの顔にも余裕があったが今は違う。古龍と相対した時のような、凄まじい気迫を思わせる目つきとなっている。そして、残念ながら瑞樹の予想はある意味当たる。


「魔物かどうかはともかく、かなりやばい奴らな事には違いないわ」


「どう致します?」


「無論打って出るわ。相手も突然馬車が止まって不審に思ってるでしょうし、話してる時間すら惜しい。あたしが飛び出したら瑞樹はすぐに歌で援護。ビリーも剣を持たせなさい。ただし、くれぐれも無茶はさせないで。本当にやばそうな奴らだと思うから」


 良く言えば自信家、悪く言えば傲慢な物言いのフレイヤがここまで相手を評価するのは瑞樹も殆ど聞いた事が無く、本当に危険な相手なのだろう思ったらしく、ごくりと固唾を呑む。そうしている間にもフレイヤは着ている服を硬質化させ、鎧へ姿を変えながら腰に剣を携える。


 瑞樹は心を落ち着かせて再び天啓の魔法をビリーに向けて発動し、自身の命を最優先で戦闘するよう伝えると、ビリーも了承したらしく馬車の壁をコンコンと叩いた。


「フレイヤ様、ビリーの方の準備は大丈夫そうです」


「うん分かった。なら……行くわよ!」


 バッと勢い良く荷台から飛び出たと同時に、瑞樹も強化された戦いの歌を歌う。ただその時、飛び出たフレイヤを目掛けて至る所から弓矢が斉射されていたが、放たれた全ての矢は矢避けの魔法に触れた瞬間に炭化、そのまま雨と共に地面を流れていく。


 全ての矢は間違いなくフレイヤの急所を的確に狙っていた。久しく感じていなかった本物の死の気配にゾクリと背筋を震わせるフレイヤは、周囲を大きく見渡すが木々に遮られいまいち姿を見渡せず、チッと酷く不愉快そうに舌打ちする。


「ビリー! こっち来なさい!」


「はい、直ちに!」

 

 ビリーが馬車の全面の方から駆け寄ると、フレイヤは「そっちは大丈夫?」と問いかける。すると「危ない所でした。何処からともなく矢が飛んできた時は死んだかと思いました」と額に伝う冷や汗を雨ごと拭う。


「やっぱり相手はとんでもない手練れね。しかも囲まれてるとなったら分が悪すぎるか。……仕方ない、か。ビリー、あんたは準備が済むまで耐えなさい。多分連中は矢が効かないと知って白兵戦に変えて来る筈よ」


「え……ちょ、フレイヤ様!?」


 何かを思い立った様子のフレイヤは突然馬車の天井へと昇り始めると、そのまま天辺で立ち上がり詠唱を始める。するとフレイヤの予測通り木々の隙間から音も無く何人もの人影が現れた。黒い外套は雨によって鈍く光り、さながら物語に登場する死神の様相を呈していたが、意外にもフードを被っておらず素顔を隠そうという気すらないらしい。盗賊なら少なからず素顔を隠す努力をするだろうが、余程の愚か者なのか、それとも絶対的な自信があるのか。その答えを対峙しているビリーは肌身で感じている。


「おいおい、一人で何とか出来る数じゃ……!?」


 思わず気弱な発言が漏れそうになるビリーだったが、ふと自身の内から滾る力を感じたらしくすんでの所で思い留まった。瑞樹の歌がビリーの心を奮い立たせ、心は身体に勇気を与える。絶望的な状況にも関わらず、もしかしたら何とかなるかもしれない。そう思う余裕さえ出て来たようだ。


「……来るか!?」


 相手はあえて様子見を選んだのか、一人がスッと前に歩き始め外套の中から短刀を取り出す。まるで飾り気のない短刀だが、恐らくは実用性と経験則から来る選択しているらしく、それを物語るように何の迷いも躊躇も無くビリーへと近付いていく。そして──


──ギイィィィン!


 外套の男は突然しゃがみ込み、身体を捻じりながら一瞬でビリーの横へと近付き、脇腹目掛けて短刀を突き出す。ビリーにとって間違いなく死角からの攻撃で、恐らく消えたと錯覚するほど完璧な一撃だっただろう。ともすればフレイヤですら葬られたかもしれないその一撃を、ビリーは手にしていた剣でいなしていたのだ。


「なっ!?」


 驚愕したような声を上げたのは敵の方だった。取るに足らない存在、さらに言えば天と地ほど差があるであろう存在に、攻撃を躱されてしまったのだ。衝撃も計り知れないだろう。一方ビリーの方は驚きはしたものの、随分と冷静で敵の顔を見ながら不敵な笑みを見せる余裕すらあった。


「……なに笑ってんだ、てめぇ!」


 若そうな見た目通り激昂する敵の男は、先程までの恐怖すら覚える静謐さを一切感じさせない大振りの攻撃を繰り出す。ただ、大振りながらも無駄な攻撃は一切なく、振り放たれた攻撃は間違いなくビリーの急所を目掛けている。


「おらおら、さっきの余裕はどうしたぁ!」


 ギィンと刃が激しくぶつかり合う度に鈍い音が響き渡り、火花が飛び散る。冷静さを欠いてはいるが敵の練度は確かなもので、ビリーが動きにくいようにかなり密着した状態で短刀を振り続ける。


「おらぁ! 死ねや!」


 男はビリーの剣を横にいなして姿勢を崩させると、下卑た笑みを浮かべながら心臓に刃を突き立てようと踏み込んだ。相手は勝ったと思っただろうが、それこそ慢心。瑞樹の歌はそれすらも遥かに凌駕した力をビリーに惜しみなく与えた。


「死ぬのはテメェだ!」


 いなされ完全に体制を崩しているビリーだったが、身体を捻じって男の突きを回避。そのまま反動を利用して思い切り斬り上げた。


「馬鹿……な……」


 胴から斬り上げられた剣は脇の近くまで振り抜かれ、真っ二つに両断された男は今わの際にあり得ない物を見たような顔でそのまま絶命し、力無く倒れた。ぐちゃりと泥の上に死体が転がり、泥水と血が混ざり始めた頃、ようやく待ち望んでいた合図がビリーの耳に届く。


「ビリー、伏せなさい!」

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