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異世界に歌声を  作者: くらげ
第一章[その運命は終わりから始まった]
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1-12 小さな町の英雄

 瑞樹が目を覚ましたのは、微睡(まどろみ)で霞む頭でも瞬時に理解出来る場所だった。


「ここは……ビリーの家、か」


 どうやら意識を失った当時の事を何も覚えていないらしく、(もや)の掛かる頭を手でパシパシと叩きながら何か思い出せないかと色々試す。しかし何をやっても駄目だったらしくふと周囲に目を向けてみると、ビリーの姿は見えないものの傍らにシルバの姿があり、瑞樹はホッとした様子でシルバの頭を撫でた。


「良かった、無事だったんだな」


 シルバの仏頂面に変化は無いものの、尻尾は口程に物を言うようでパタパタと左右に揺れている。


「ビリーは何処に行ったか分かるか?」


 姿が見えない事に一抹の不安を覚えながらもシルバに尋ねてみると、頭を撫でる瑞樹の手を振り落とし大きな声で「ウォン!」と吠える。突然の事に肩をビクッと竦める瑞樹だったが、直後家の扉が開き「おぉ、目が覚めたか?」と声を掛けられる。


「あぁビリー、無事だったか」


 ビリーの五体満足な姿を見て心底ホッとしたらしく、力が抜けるように瞼を閉じる瑞樹。するとビリーはへッと笑いながら「そりゃこっちの台詞だ」と瑞樹の頭に軽く手刀を振り下ろした。


「身体の調子はどうだ?」


「大丈夫、と言いたいとこだけどいまいち身体に力が入らないんだよね」


「多分魔力が切れた影響が残ってんだろうな、まぁ放っておきゃ戻るだろ。ところで飯でも食うか?」


「あぁ~、じゃあ軽く食おっかな」


 瑞樹は硬い黒パンを少しずつ齧りながら、事の顛末をビリーから聞かされた。


「そうか……犠牲ゼロとは俺も思ってなかったけど、まさか二十人近く死んじゃったんだな」


「あぁ。けど死霊(アンデッド)は全滅、死んだ奴の方が多いとはいえ生きて帰ってこれた奴も居るんだ。本来浄化魔法を持ってない中級冒険者がここまでやったんだ、成果としちゃ十二分さ。……けどなぁ、そのお陰で逆に余計な事になっちまった」


「俺がやったって噂になってるんだって? まぁ仕方ないっちゃ仕方ないけどね、あんな状況で保身の事を考えてる余裕なんて無いって」


「まぁ……な。一応ギルドの連中にはなるべく外には漏らさないように言って回ったが何処まで効果がある事やら」


「うん? それは有り難いけど何でビリーがそこまで?」


「いやだっていつだったか言ってただろ、平穏に静かに生きたいって。ちぃとばかし借り的なのを返しただけだ」


「……そっか、ありがとう」


 少々情緒が不安定になっているのか瑞樹がポツポツと涙を流すと、ビリーは「何泣いてんだか」と何とも言えない様子で頭を掻いた。ビリーの優しさが琴線に触れたのかは本人のみぞ知る所であるものの、少なくともその涙には何処か温かさを感じさせる。その後少しの間瑞樹の様子を眺めていたビリーは「そういえば」と話を切り出した。


「本当はお前を呼んでくるようギルドマスターに言われてたんだが、明日にしてもらうように言っとくぞ」


「うん……うん? なんでギルドマスターの所に?」


 コクリと頷いた瑞樹だったが、よくよく考えれば何故呼びつけられるのか分からないとビリーに問いただすと「お前と話がしたいんだと。……まぁギルドマスターも当然お前から直接話を聞きたいだろうからな」と告げた。


 「いや……うんまぁだろうね」と言いつつも瑞樹は厄介そうにハァと溜め息を吐く。せめて穏便に事が運べば良いが。そんな事を思いながら瑞樹は何とも言えない緊張感を抱えて一日を過ごした。




 明けて翌日、二人は朝からギルドマスターのいる冒険者ギルドに向かった。例えるなら面接前の緊張感のようなものを少しでも紛らわそうと、瑞樹は町の様子に目を向ける。しかし瑞樹が思っているような奇異な視線等々は感じられなかったらしく、噂になっているとの話にしては存外日常と変わらない事に少々拍子の抜けた顔を見せる。


 ただギルド内はそうではないらしく、二人が入った途端中の冒険者達は一斉に視線を向ける。目は口ほどに物を言うと言ったもので、向けられる視線は明らかに何かを訴えている。最初の物珍しい、奇異なものでは無いようだが、やはりじろじろ見られるのはあまり気分の良いものではないと、なるべくビリーの陰に隠れるように身を縮めながら受付に向かった。


「よぉ、ギルドマスターいるか?」


「はい、話しは伺っています。所長室にいますのでそちらへどうぞ」


 平生と変わらないにこやかな笑顔で見送られた二人は、二階にあるという所長室へ向かう。ギルドマスターなる者の存在は漠然と知っているが、実際に顔を合わせるのは今回が初めて。ギシギシ軋む床板と共に鼓動が早くなるのを感じながら、瑞樹は部屋の扉をノックする。


「入って良いぞ」


 中は飾りっ気の無い本当にただ仕事をするだけの部屋という印象で、奥にいる男がギルドマスターだろう。肌は黒く頭は剃っているのだろうか、ツルツルで無精髭が生えている。歳は結構とっていそうに見えるが、体つきはとてもしっかりしていた。


「呼びつけて悪かったな、まぁ座ってくれ」


 促されて併設されている応接間のソファへ座る。お世辞にも柔らかいとは言えない、木に革を張りつけただけの様な物だ。瑞樹はそれを口にも表情にも出さないよう注意し、自己紹介を始める。


「さて、お前とは初対面だったな。一応自己紹介しておこう。俺の名前はオットーだ。よろしく頼む」


「俺は橘瑞樹です、よろしくお願いします。…それで話しとは一体なんですか?」


「そうだな。…手短に聞こう、お前は一体何者だ?」


 瑞樹は一瞬心臓が止まったかと思うくらいドキッとする。やはりバレている、かはともかく怪しんでいるのは間違いない。なるべく落ち着いて、冷静に対処するしかないと、心の中で呟く。


「それは…一体どういう意味で?」


「あぁ、何も取って食おうなんて考えちゃいない。そこは勘違いしないでくれ、お前には町を救ってもらった恩義があるからな。…ただな、俺はギルドマスターでありこの町の長でもある。町を治めている以上は怪しい人間を放っておく訳にはいかんのでな、そこは理解してくれ」


 オットーの意見も尤もで、端から見れば瑞樹は得体の知れない危険な何かでしかない。もし別の場所、人物であればそのまま拘束、なんて可能性もあるなかで、まず対話から入るオットーの冷静さに感謝しつつ、自分も嘘を付くわけにもいかないと思い、自分が異世界人である事、魔法の正体、そして目立つ生き方はしたくないという意思を真摯に伝える。それを聞いたオットーは何か考え込む様に無精髭を構い始める。


「ふぅむ、お前が異世界人であればいろいろと合点がいくな。…しかし異世界人とはな、どうしたものか」


「な、なにかまずい事でもあるんですか?」


「いやなに、本当は大した話しじゃないんだが今回の一件、事が事なだけに王都へ報告をしなくちゃならんのだ。本来なら報告して終わりなんだが、報告の中心人物が異世界人でしかも目立ちたく無いとあればどう報告したものか、とな。そのまま報告しちまうとお前、問答無用で召し抱えられかねないからな」


「そ、そうなんですね。大した事をしたつもりじゃ無いんですけど…」


 瑞樹は両手を振ってそんな事は無いと否定するが、オットーは至って大真面目に答える。


「いや、大した事だよ。上級冒険者の浄化魔法で対応しきれなかったアンデッド共を一撃で葬り去ったんだ。並の魔導師じゃまず無理だ、お前がいなかったら冒険者は最悪全滅、町にも甚大な被害が出て挙げ句の果てには王都も危険に曝されたかもしれないんだ。…お前の謙虚さは美学かもしれないが、もう少し自分を誇って良いと思うぞ?」


「そんなもんですかね?」


「そうだよ、だからこそお前を王に売るような真似をしたくない。…仕方ないこうしよう、流れの冒険者が力を貸してくれた、礼は報酬分で充分だと言い、それ以上は望まない、ってな」


「…そんな嘘を付いて大丈夫なんですか?なんだか危ない気がするんですけど」


「嘘はついていない、異世界人何だから流れ者も同然、報酬は何も望んでいない、全部事実だろう?」


 唇をニヤリとさせ、悪そうな笑みを浮かべるオットーに、二人はアハハと愛想笑いしか出なかった。


「さてお喋りはこれくらいしとくか、報酬は後日また来てくれ。…今回の一件本当に助かった、感謝する」


 頭を下げ、誠心誠意の感謝を示すオットーに瑞樹も誠意で返す。


「…いえ、自分に出来る事をしただけです」


 話しも一段落し、二人は一旦家へ戻る事に決める。そこで部屋を出たら目の前には冒険者達が大挙して押し寄せて来た。


「おい、大丈夫だったか?変な事言われたんじゃないだろうな?」


「うぇぇっ?ちょ、ちょっ何ですか!?あんた達?」


 手をバタバタさせ何事かと混乱する瑞樹にさらに冒険者達は詰め寄る。見かねたビリーは、

良いから落ち着けと言って、瑞樹を庇うように間に割って入る。


「いや、あのハゲ頭に何か余計な事を言われたんじゃないかと心配になってな」


 ハゲ頭ってギルドマスターの事か、瑞樹はポンと手を叩き納得すると、背後から凄まじい怒りのオーラを感じる。ゆっくりと振り向くと、あまりの騒がしさに何事かと様子を見に来たオットーが立っていた。


「おい、誰がハゲ頭だって?」


 オットーは顔に青筋を立て、ハゲと言った冒険者は悲しいかな、鉄拳制裁を頂戴する事となる。人身御供を提供した所で、別の冒険者が話しを切り出す。


「ごほん…、まぁあいつの事は放っておくとしてだ。先日お前には多くの命が救われた、少なからず奴らと同じになってしまった仲間もいるが、お前の不思議な魔法のお陰でそいつらも魂を救われたんだ。代わりに礼を言いたくてな。」


 瑞樹は後で知った話しだが、この冒険者の仲間もアンデッドとなってしまい、倒すのを躊躇っているときに例の魔法によって浄化されたそうだ。…もし、もっと早くアレを使っていれば被害が少なく済んだのではないか?そんな事が瑞樹の頭を過るが、そんなものはただの驕りだ。リッチが出現したあのタイミングだからこそ最大限の効果を発揮したのだと、己を無理矢理納得させる。


「本当は町の皆にも話してやりたいが、当の本人がそれを望んでいないとあっちゃあそれこそ恩を仇で返す事になる。俺達は本当に姉御に感謝しているんだ。」


 予想外の熱く、義理堅い思いに瑞樹は面映ゆくなる、が、重大な勘違いが発覚する。ここにいる冒険者全員、瑞樹は女だと思っている様だった。瑞樹はこれはまずいと、慌てて訂正する。


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、俺は男だぞ?」


 辺りが一瞬ピタッと、まるで時が止まったかの様に静まり返り、直後その反動で信じられないと言った感じで冒険者達が騒ぎ出す。


「嘘だろ!?信じられねぇ!?」

「俺結構好きだったのに…ショックだ…。」

「いや逆に俺はアリだな。」


 などと悲喜こもごもと言った感じで、若干聞き捨てならないのもあったが、瑞樹は触れないでおこうと固く心に誓う。


「ま、まぁ確かに驚きはしたが俺達にとって恩人な事には変わりねぇ。どうせお前ら帰るだけなんだろ?だったら今から一杯やろうぜ!ささやかな祝勝会だ!」


 そう言われて一階の酒場に連行される。後は朝から飲めや歌えやドンチャン騒ぎである。どこがささやかなんだよと二人は呆れつつも、たまに騒ぐのも悪くないと、少し受かれていた。


 翌日、二日酔いで死にそうになっていたことは言うまでもない。かくして小さな町の変な英雄の話しは、皆の心に深く刻まれる事となる。

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