1-13 命を救う代償
このお話しをするために物語を作ったと言っても過言では無いくらい、かなり思い入れのあるお話しです。
瑞樹はアンデッド討伐戦の後、職を変えた。色々な理由があるのだがそれは今回関係無いので機会があれば語られるだろう。
とある日、瑞樹は仕事が非番で家で惰眠を貪っていた。温かい日差しが窓から差し込み、だらだらとするのに非常に丁度良い。家の主ビリーは一人で狩りに出かけたので、シルバとお留守番をしている。ただ家にいても別段する事が無いので手の寂しさを、シルバを撫でる事で埋めている。いつも通り無表情だが尻尾はパタパタと振っている。実に感情豊かな尻尾に微笑む瑞樹、有意義で贅沢な時間の使い方だ。ボーと撫でていると、なんだかんだ時間が経つのは早いもので気が付けば昼近い時間になっていた。その時である。
「おう、いたか。ギルドマスターがまたお前に話しがあるんだとさ」
玄関の扉が開き、ビリーが開口一番そんな事を言う。瑞樹は首を傾げ、はて何だろうか?と思考するがまるで見当がつかない。ただ一つ言えるのは、お休みの時間はここで強制終了されたという事だ。
ギルドへ向かうと、道の真ん前に立派な馬車が止まっていた。最近どこかで見た様な?瑞樹が記憶を辿っていると、その答えがビリーの口から出てきた。
「ありゃあ、あん時の馬車じゃねえか。なんだってこんなとこに止まってんだ?」
「あん時…あぁ、少し前に金貨をくれた人か」瑞樹は得心する。だが新たな疑問も生まれる、何故貴族様がこんな所に?瑞樹は酷く嫌な予感がし始める。若干憂鬱な気分になりながらも中に入り、受付のお姉さんの所へ向かう。
「こんにちは、ギルドマスターに呼ばれて来たんですけど…タイミング悪かったですか?」
もしかしたら自分達には関係無い案件で来たのかもしれない、瑞樹は淡い期待を持って問いかけるが、現実は無常である。
「あ、瑞樹さん。いえ大丈夫です、話しは伺っていますのでそのままギルドマスター室へどうぞ。」
ギルドマスターがいて、貴族様がいる。話しが通っているという事は、暗にお前に用がある、言っている様な物だ。胃がキリキリと痛み、足取りも重い。瑞樹はやっとの思いで階段を上り、部屋に向かいノックする。
「おう、入って良いぞ」
「失礼します」
中にいたのはギルドマスターのオットーと、以前見かけた例の貴族の人だ。ただ以前と違い、酷くやつれている様に見えた。貴族への対応など昔読んだ中世の歴史文化で齧ったぐらいで、そもそも異世界で通用するのかも分からない。瑞樹はどうしようとちらりとビリーの方を見ると、以前と同じ様に跪いていたので、慌てて瑞樹も真似をする。いつも怖い顔をしているオットーも緊張のせいか、さらに三割増し位に険しい面持ちで、口を開く。
「この御方は、メウェン侯爵様だ。知ってはいると思うがこの一帯の領主様でもある。くれぐれも粗相の無い様に。メウェン様、この見た目が女の方が橘瑞樹で、メウェン様が恐らく探している人物かと思われます」
「私が橘瑞樹です、お会い出来て光栄に御座います。」
瑞樹は記憶内の引き出しを総動員し、せめてへりくだっていれば気分を害される事は無いだろうと思い、合っているのか分からない言葉を羅列する。
「君が橘瑞樹か、楽にしなさい」
「はい、ありがとうございます」
そう言われて二人は少しだけ肩の力を抜く。
「ふむ、こいつが例の…いやしかし済まなかったなオットー、無理を言ったな」
「…あえて無礼を承知で申すとするなれば、全くです。侯爵自ら出向くなど、せめて護衛の一人でもつけてから参ってください」
オットーは目元に手を当てて、本当に精神的に疲れている様子だった。侯爵様も自分に非があるのを承知しているのか、苦笑していた。
「瑞樹、侯爵様がわざわざこんな所に出向いたのは他でも無い、お前にどうしても直接頼みたい案件があるとの事だ。詳しくは侯爵様が直接説明する…では侯爵様」
「あぁ、その前に君も入り口でずっと跪いていないでそちらに座りなさい」
メウェンに促され、瑞樹は対面のソファへ向かう。あれ、ビリーはこのまま?瑞樹はビリーの方に視線を送ると、俺は良いからさっさと行けと目で訴えていた。あまり気乗りしなかったが、ビリーがそう言うならと、ソファへ座る。
「君はこの町の平民ではない、いやそれどころかこの世界の人間では無い、そうだね?」
「何故知って!?…いえその通りで御座います。ご無礼をお許しください」
瑞樹は危うく取り乱しそうになるが、相手は貴族様、不興を買えばどんな罰が待ち受けているか分かったものではない。少しずつ溜まっていく鬱憤を奥深くに押し込み、頭を下げる。
「良い、君はこの世界に来てまだ日が浅いだろう。多々困惑する事もあるだろう。だが知らぬ存ぜぬがいつまでも通用すると思ったら大間違いだ。長生きしたいのなら早く馴染める様励むべきです」
「…ご忠告痛み入ります、肝に銘じます」
瑞樹ははっきり言って出来た人間では無い、どちらかといえば感情を優先させてしまうタイプである。しかしそれをぶつけるには相手が悪すぎる、感情を顔に出さないように耐えるしか無かった。
「話しを戻そう。君の事は教会で教えてもらった。…本来ならば情報の開示などあってはならない事なのだが、ことらにはもう手段を選んでいる余裕がもう無いのだ。思う所があるだろうが許して欲しい。そして先日の案件での医療魔導士…そこから考えられる事は決して多くない」
先日ってまさか!?瑞樹はばっとオットーの方へ向く。すると明らかに心当たりがありそうなオットーが、ばつの悪そうに瑞樹とは目を合わせようとしなかった。
「…あの、オットーさん?」
「…あの時の医療魔導士に、俺がそんな事を言った気がするな。もしかして…」
「えぇ私にも縁がありましてね、その件がきっかけで知る事が出来たのです」
決してオットーを責める訳では無いが、瑞樹はじっとりとした目でオットーの方を睨んでいた。(なお、[あの時]の話しはまたいつか。)
「きっかけ確かにオットーかもしれないが、実際に調べたのはこの私だ。彼を責めないで欲しい。…もし本当に優れた医療魔導士ならばと君の事を調べたのだが、我々の求めているそれとは若干違うが、それ以上の魔法の持ち主だったのは嬉しい誤算だった…私の大切な愛娘が死の淵をさ迷っているそれを君の魔法、[言霊]で救ってもらいたい。君にしかもう救えないのだ」
貴族様が平民に頭を下げる、それは本来あり得ない事だがそれ程切羽詰まっているのが分かる。瑞樹の言霊を知っていて、愛娘を死から救って欲しいと頼む。それは、暗に愛娘の為に君の命を使ってもらいたいと言うのと同然だった。それを聞いていたビリーが勢い良く立ち、激昂する。
「おいおい、黙って聞いてりゃあ何だよそれ?あんたはこいつの魔法の正体を知っているんだろ?なら、そんな事を頼めばこいつがどうなる分かって言ってんのかよ!」
「オットー、これは?」
侯爵様のその目は冷たく、まるでゴミを見るかの様だった。
「…彼はビリー、瑞樹の居候先の主だ」
「ほう。ではビリーとやら貴族であり領主であるこの私に対してその口の利き方。どう申し開きする?この場でその首刎ねられても文句は言えんのだぞ?」
それは脅しでも無く、事実だ。御供どころか護衛の一人もつけていないこの場は、あくまで非公式の場である。だがそんなものは権力の前には何の意味も無い。ビリーはグッと口を噤むしか出来なかった。
「あの、侯爵様!ビリーは確かに暴挙に出てしまいましたが、私を思っての事です。どうか許していただけませんか?」
瑞樹は侯爵様に頭を下げる。守る筈が守られている、その状況にビリーは自身の不甲斐無さに言葉を失い、「申し訳ございません」と震えた声で頭を下げる。
「一度だけだ、次は無いと思いなさい。今回は不問とするが君がいると話しが進まない、すぐに部屋から出ていきなさい」
ビリーは「寛大な処置ありがとうございます」と一応礼だけ述べて、部屋から出ていく。
「侯爵様、寛大な処置ありがとうございます」
「良い、今の君にへそを曲げられては困る…勿論君の魔法の効果と危険性は重々承知だ。しかしもうそれしか手が無いのだ」
メウェンは奥歯を噛みしめ、本当に悔しそうな表情をしている。藁にも縋る思いとはこんな感じなのだろう。
「…でも、なぜ私なんです?もっと他に医学に精通した人がいるのでは?」
「…先程言っただろう、方々手は尽くしたのだ。どんなに高名な医療魔導士でも薬師でも、遂には徒労に終わってしまったのだ。…あの日、君に初めて会った日も薬師から薬を受け取り帰る途中だったのだ。私の荒んだ心にすっと染み込んでくる君の歌には、力があると、朧気に感じていたが調べていくにつれそれは確信へと至った。本物だと」
メウェンの目はどこか遠い場所を見る様な、当時を思い出し微笑んでいた。
「…それでも私は人間です、聖人などではありません。いくら侯爵様の頼みとはいえ、見ず知らずの人間の命を、自分を代償に救うのは流石に了承しかねます…もし、私がお断りしたら、どうなりますか?」
「…言っただろう?手段を選んでいる余裕は無いと」
メウェンの目は、本気だった。いざとなれば権力を振りかざす、寛大で寛容であっても根っこはお貴族様なんだろうなと、瑞樹は諦めにも似た笑みを浮かべ、そして決断する。
「…分かりました、侯爵様がそこまで言うのなら私の命、貴方に預けましょう」
「…ありがとう、感謝する」
その声は万感の思いが込められ、震えていた。
「…済まない、では出発はどうするかね?私としてはすぐにでも向かいたいのだが」
「えぇ、構いません」
瑞樹はメウェンの後を追い、階段を下りる。すると一階の橋の方にビリーが壁にもたれかかっているのが見えた。
「あの、侯爵様。少しだけ時間を頂けませんか?」
「なるべく手短に済ませなさい」
「感謝します」
瑞樹は一礼し、小走りでビリーの方に向かう。瑞樹はビリーの顔を見るが、決して顔を合わせようとしなかった。
「ごめんなビリー、俺を庇ってくれたのに結局行くことになっちまった。」
「…!何でお前が謝るんだ!悪いのは俺で、考え無しにあんな事を…あれじゃただ貸しを作っちまっただけだ!」
その声は震えていて、目には涙が滲んでいた。先程の事をかなり気にしている様で、自分の非をチャラにする為に瑞樹が自らを売ったのだと思っている。瑞樹はビリーのそんな弱弱しい姿を見るのは初めてで、やれやれと溜め息を吐きながらギュッとビリーを抱きしめた。
「お前がそんなでどうするよ、俺を諫めるのはビリー、お前じゃ無いと駄目なんだからそんな顔すんなよ。な?」
ビリーは漸く落ち着いたのか、瑞樹を撥ね退け目元をゴシゴシと擦る。その顔は吹っ切れた様な、どこかすっきりとしていた。
「ハッ!野郎に慰められても嬉しかねぇよ、それに抱き着くな気持ち悪い」
悪態をつくその様はいつものビリーで、瑞樹は良かったと微笑む。
「…絶対に帰って来いよ」
「お前に言われるまでも無い、この世界で帰る場所は…一つしかないさ」
お互いにニカッと笑い、瑞樹は名残惜しそうにしながらも外の馬車へ向かう。ビリーはそれを黙って見守っている。馬車へ向かうと唯一着いて来た従者だろうか、身なりのシャンとした男性が馬車の扉を開け、乗車するよう促してきた。それに従い中に入ると、少しイラついた表情のメウェンが座って待っていた。




