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私の彼氏はわんこ系?

短編「オオカミな彼の落とし方」(http://ncode.syosetu.com/n5089bd/)の続編となります。未読の方はよろしければそちらから読んで頂ければ分かりやすいかと思います。


「コトミ、ごはんおかわり!」

「コトミ、ダイスキ! らぶらぶアイシテル~」

「コトミ、今日もポレボーレするほどのぴちぴちイケメンだな。え、違う!? あ、そっか! コトミはぴちぴちじゃなくてムチムチ…ぐはっ!」

「コトミ、なんかムレムレしてきた! 舐めてもいいか?」

「おかえりコトミ~!! おかえりの挨拶とやらを教えて貰ったぞ! えっとごはんにする? お風呂にする? それともオ・レ・に……ふごぉっ!」」


 今日も今日とて、カイリは絶好調? だ。

 そして相変わらずなカイリのトンデモ発言と過剰なスキンシップに対し、彼の立派な腹筋にめりこむ琴美の正拳突きも左に同じ。いや、むしろ例のキツネ頭の変質者もとい、琴美の言葉を借りれば"春の変態獣人族キャンペーン"事件以来、カイリ相手の鍛錬? の成果かそのスピード、キレ、威力はいや増すばかりで。

——そろそろ空手道場通いを再開すべきか、それとも正しい犬の躾け方教室に通うべきか……いささか真剣に悩む篠原 琴美、25歳の初秋であった。



 見上げるほどの長身に立派な体躯、広い肩と胸。そしてその首から上には春の月のような白金の髪に夏の空のように澄んだ青い瞳、そしてきらりと光るキュートな犬歯のおまけ付き。綺麗に微笑むその様には誰もがうっとり見惚れてしまう、まさに物語の王子様のようなガイジンスマイル。がっしりとした体型なのに、甘めの童顔がむしろ映え——まったくこれだからイケメンというやつは。


「我が輩は犬である。名前はまだない」

 嘘です。

 その名をカイリと彼はいう。そして犬ではないが、似て非なるもの——即ち界人(かいじん)にして種族は獣人類オオカミ科の黒狼族(ちなみに三男だそうな……)。

 ちなみに界人とはカイリの世界の人間、というか人型の種族を指す呼び名であり、彼は複数あるという各世界の扉を開く”界渡りの術”を使って琴美のいる(ろく)の界へと来ているらしい……。

 つまり、何を隠そうカイリは異世界人にしてその正体は黄金色(きんいろ)の毛皮を持つ狼! そう、琴美の彼氏はオオカミな彼だったのだ!



 ごく普通の会社員にして(本人曰く)ごくごく平凡な彼女、篠原 琴美とごく普通でないオオカミな彼ことカイリはごく普通でない出会いをし、そしてすこしばかりへんてこりんな恋をした。

 それはある日の雨の日のこと。たまたま出くわす琴美とカイリとエトセトラ。飛び散る雨粒、投げ飛ばされた変態A・B(仮)、空を舞う肉まんと傘はどこへやら——?

 そんなこんなの大騒動、誤解と混乱のどさくさで、琴美の正拳突きを腹に受けて倒れたかと思いきや、高熱に震えるわんこ(カイリ)を已むに已まれず拾ってしまったのが運のつき。いやいや、そうじゃなくてそれが二人の運命で。


 見た目は金髪碧眼、絵に描いたような美男(イケメン)ガイジン。幸い言葉は堪能なものの、たまに残念な日本語の飛び出すカイリだが、そこはお人よしの琴美さん。懐かれ、待たれ、面倒をみているうちにすっかり絆され情もうつるし風邪も伝染って逆に看病されてしまったり。

 以来、琴美にすっかり懐いてしまったカイリは三日どころか二日とおかず、琴美の部屋に遊びに来るようになってしまった。

 おまけにそこはしっかり狼くん、かわいこぶった見た目と一転、ちゃんと肉食男の子。あれよ、あれよと言う間に美味しく頂かれ、その後の消息不明も鮮やかに。立つ鳥跡を濁さずに、わんこな彼も足跡すらも残さずに。

 あるのは琴美の指と身体に刻まれた、所有の印と名残だけ。

 待って、待たされ放置プレイの焦らしプレイ。さんざ待たした挙げ句、今度は狼の姿で正義の味方宜しく再登場。

 オオカミな彼は、実は女心と母性本能を振り回す天才の、小悪魔な彼の間違いではないか、と最近思う琴美であった。




 それは琴美がカイリが飼い主とわんこもとい、友達以上恋人未満関係を脱却し、正式な”恋人としてのおつきあい”なるものを開始してそろそろ5ヶ月が立とうとしたある初秋、土曜日の朝8時を少し過ぎた頃のこと。

(それ)は突然やってきた。そう、嵐は突然やってくるのだ。呼んでもいないというときに。――むしろここぞ! というバッドなタイミングを狙い撃ちするために。


 ぴーんぽーん、ぴーんぽーん、ぴんぽんぴんぽーんぴんぽーん、ぴぴぴぴーんぽーん!!!


 最初はゆっくりと、だがすぐに焦れたように、まるで親の敵だとでも言わんばかりに連打をしはじめたインターホンのチャイム音に琴美はベッドから飛び起きた!……つもりだったが、がっちりと腰に回された何かに阻止される。しばしジタバタと無駄な抵抗をしてみるも、その拘束はがっちり琴美と捕らえて放さない。むしろそれ(・・)は鋼の蔦のようにしっかりと琴美の身体に巻き付いて離れない。まるで琴美は自分のものだと主張するかのように、さらにがっちりと抱き込まれ、強まる拘束に歯が立たず……未だ覚めやらぬ頭のまま、琴美の脳内に昨晩のことがぼんやりと思い返される。

 そういえば昨日は遅い時間にカイリが来て、泥だらけの服を手洗いしている間にお風呂に入らせて、お茶漬けと味噌汁の夜食を食べさせて、それから……。

 瞬時に昨晩のことが脳裏をよぎり、琴美は今さらながら赤くなる。がっしりとした胸板をどん、と強く押しながら声を張り上げた。


「カイリ! ちょっと、放して!」

「えー? やだ」


 もうちょっとだけぇ〜、とカイリは甘ったれた声を上げながら、狭いベッドの上を琴美を胸に抱えたまま、ころんと器用に転がった。その逞しい胸元に鼻先を押しつけられ、少し高めの体温と草のようなカイリの香りに琴美の胸の鼓動がひとつ大きく音をうつ。そのぬくもりに、香りに……逞しい腕と胸板の感触に、きゅうっと響いた甘い痛み。あぁ、こんな甘ったれに未だときめく自分が憎いっ!

 だが、いくらカイリの腕のなかが心地よいからとて、いつまでもこうしているわけにはいかないわけで。現に未だ激しくチャイムが鳴り続けている。心なしか、ますます激しくなる音が訪問者の心境、増していく苛立ちを示しているかのようで……琴美は一刻の猶予もないとばかりに、懐くカイリを引っぺがし、慌てふためきながらも玄関ドアに飛びついた。勿論、床にくしゃくしゃになって転がっていたパイル地のパーカーをキャミソールの上から羽織ることだけは忘れない。


「はい! お待たせいたしました!」

「遅いっ!」


 ドアを開けた瞬間、険を含んだアルトヴォイスが寝起きの頭と鼓膜にびりびりと突き刺さる。


「はいっ! ごめんなさい、寝て……ました!!」

「……素直でよろしい」

 

 ドアチェーン越しに恐る恐る上げた視線の先には細面の和風美人。そんな人物が先ほどまで執拗にインターフォンを鳴らし続けていたとは誰が思うであろうか? だがその瞳の強い光が彼女が見た目の通りのなよやかな淑女ではないことを教えてくれる。なぜなら……彼女は琴美の姉にして篠原家四兄妹で最強にして最恐と密かに囁かれる茉希子なのだから。それ故に嫌な予感がする。何せ連絡のひとつも入れずに、しかも朝のこんな早い時間から来るなぞはじめてだ。

 玄関ドアからの死角で誰かさんが見えていないことを祈りつつ、恐る恐る茉希子を見返せばいつもの美々しくも穏やかな姉の表情で。視線どころか室内の様子なぞ気にも留めていないようだ。琴美は内心ほっと胸をなでおろしつつ、するりとドアの外に滑り出た。


「えーと、今日は何でまたこんな朝早くに……?」

「今から実家に行くから、ついでに寄ってみたの」

「そうなんだ。あれ、匡史(まさふみ)さんは? 一緒じゃないなんて珍しいね。今日は休日出社とか?」


 常に姉に影のように寄り添っているはずの義兄の姿が見えないので、聞いてみれば茉希子はにっこり微笑んだ。


「下よ。車駐めて貰ってるから。琴美も一緒に乗って行かないかと思って寄ってみたんだけど……その格好じゃ無理そうね?」

「あー……ごめん、ちょっと今日は無理」

「ううん、連絡もなしに休みの日の朝から来ちゃったこっちが悪いんだし。起こしてごめんなさいね?」

「いやー、いつもならこの時間なら起きてるんだけどね。今日はたまたま、というか」


 朝寝坊、というほどの時間でもないし、黒のコットンキャミソールにラベンダーブルーのヨガパンツ、某有名ルームウェアブランドのパステルピンクのパイル地パーカーという格好は……ルームウェアとしてはそれなりに可愛いが、きっちり身仕度済みの相手に対し、たとえ姉といえどもばつが悪い。

 そういえばここのところ仕事が忙しかったりカイリが来たりで、しばらく実家には足を向けていない。車に乗せてくれるとのお誘いは魅力的だが……いかんせん今は間が悪い。土曜の朝に部屋に誰かがいるのはできれば隠しておきたいのが人情にして、女心の妹心。

 曖昧な笑みを浮かべて辞退すれば、茉希子が「そういえば」と言葉を続けた。


昨夜(ゆうべ)、珍しく孝祐(こうすけ)から電話があったのよ」

「そうなんだ。孝兄(こうにぃ)からお姉ちゃんに電話なんて珍しいね。何かあったの?」


 孝祐は琴美の三つ上の兄だ。建築事務所に就職して二級建築士の資格を取り、今は父の事務所に席を移したため、実家の近くに住んでいる。琴美には優しい頼れる兄だが、茉希子には子どもの頃にさんざんぱら弄られ、顎でこき使われたせいかどうにも苦手意識があるらしい。年末など家族で集まる機会があっても茉希子に対してはどこかおよび腰でいるというのに……珍しいことだ。そんな琴美の表情を読み取ったのか、茉希子が綺麗に色をのせた唇で弧をえがいてみせた。


「そうね。最近琴美と会ってない、電話しても何だか忙しそうだって嘆いていたわよ。……彼氏でもできたんじゃないかって心配してたけど?」

「へ・へぇ……そうなんだ」


 内心ぎくりとするが、敢えてそ知らぬふりをする。「彼氏ができました♪」それを言うだけで済むならそれでいい。琴美も25歳、独り立ちした社会人であり、もう子どもじゃない。父母と姉はともかく兄たちのことだ、まず間違いなく「相手の男を連れて来い」と言われるだろう。だが、カイリを紹介するとなると……想像するだに頭が痛い。

 なぜならば。

 カイリの見た目は金髪碧眼見た目はガイジン、おまけに黙っていればの美背年……それだけで家族の、兄たちの驚愕は予想ができる。だが、それだけならいい。そこまでならばいい。琴美の家族ならばきっと喜んでカイリを受け入れてくれるだろう。

……が、これが国際交流および異文化コミュニケーションならともかく、異世界・異類間交際となればどうだろう? 果たして兄たちに琴美は言えるのだろうか? 「私の彼氏は異世界人で、満月の日じゃなくても黄金色(きんいろ)の狼に変身する人狼なんです♪」と。

……言えるわけがない。そんなことを言おうものならば、問答無用でカイリではなく、琴美自身が病院に連れて行かれることになりそうだ。


「い、いやだなぁ~? 孝兄、考えすぎだし」

「そうよね。祐司ならともかく、孝祐にはほんと呆れるわ。琴美も年頃の女の子なのに……ね?」


 笑ってさりげなく誤魔化そうとする琴美の意図を知ってか知らずか……言外に含んだものを滲ませつつも艶やかに微笑む姉が怖い。茉希子はその儚げで頼りなさげな容姿とは裏腹に……優しい瞳には怜悧な光が、薔薇色の唇に浮かべた微笑の奥には内に隠した確かな棘があるわけで。

 その黒い瞳の奥には何が映っているのか……まるで閉じたドアの向こう側まで見通せているのでは、と……どこか、背筋にうすら寒いものすらも覚えてしまう。だが、それも一瞬のことで。再びやさしい微笑みを浮かべた茉希子が琴美に紙袋を差し出す。見れば姉お手製のお総菜がきちんと種類ごとに小分けされたタッパーが詰まっていた。


「はい、これ。よかったら朝ご飯にどうぞ。タッパーはいつでもいいから」

「わぁ~! 嬉しい。ありがとう、お姉ちゃん」

「ううん、こっちこそ連絡もなしに朝早くにごめんね? 匡史を待たせっぱなしだからもう行くわ。今度、また一緒に行きましょうね」

「うん。みんなによろしく伝えてね。私もまた落ち着いたら行くし。あ、匡史さんには待たせてたのにごめんなさいって伝えてくれる?」

「伝えておくわ。じゃあ、またね」


 茉希子がエレベーターの方向へとくるりと踵を返す。その後ろ姿を見送る琴美に、茉希子が顔だけでゆっくりと振り向いた。毛先がゆるく巻かれた長い黒髪がふわっと風になびき、膝丈のスカートの裾がふんわりと膨らむ。


「そうそう。”大きな足の彼”にもよろしく、ね?」


 ひらひらと手を振りながら、にっこり微笑んだ顔はそれはそれは美しく――やはり姉の眼力恐るべし。

 ドアを開けたときの一瞬で……即座にすべてを見て取ったらしい。むしろそれを狙ってきたことさえも……ありえる。あの姉ならばむしろそれぐらいは当然で。そうとなれば、連絡もなしに突然来たという行動も頷ける。何もかもが計算尽くで、すべてが姉の手の内胸の内。琴美はまんまと転がされたというわけで。

 玄関の隅に鎮座する、カイリの大きなブーツという裏切り者を恨めしげに見つめながら、琴美は大きな溜息をついたのであった。




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