第二十三話 黒い聖剣
ドガァァァァァンッ!!
地下ドームの重苦しい空気を、赤黒い閃光が切り裂いた。
リディア・クレセントが振るう「黒い聖剣」の一撃が、三体のロボット兵をまとめて両断し、爆炎の花を咲かせる。
勇者の膂力と、魔人のエンチャント。
二つの力が融合した今のリディアは、鉄の軍団に対抗しうる唯一の希望だった。
「はぁっ、はぁっ……! まだまだぁッ!」
リディアが叫ぶ。
彼女の白い肌は煤と油で汚れ、服のあちこちが裂けている。
呼吸は荒く、肩で息をするたびに肺が悲鳴を上げているのが分かった。
限界など、とっくに超えている。
だが、彼女の瞳から光は消えていない。
背中に背負った小さな相棒が、命を削って魔力を送ってくれているのを感じているからだ。
(……チッ、しぶといな)
その背中で、アビスは歯を食いしばっていた。
脂汗が止まらない。
視界が明滅し、耳鳴りがキーンと響く。
「魔力欠乏」の警告サインだ。
結界の中で無理やり魔力を練り、剣という器に押し込み続ける作業は、沸騰する湯を素手でかき混ぜるような苦行だった。
『……戦力損耗率、5%。……想定範囲内です』
ドームに響くアーカーシャの声は、どこまでも冷徹で、無慈悲だった。
リディアの奮闘により、確かに何百体かのロボットは鉄屑に変わった。
普通の軍隊なら撤退を考える損害だ。
だが、ここはロボット兵の巣窟。
壊れた端から、新たな機体が現れる。
『再計算。ターゲットの疲労度および魔力残量を分析。……戦闘継続可能時間、あと90秒と推定』
アーカーシャが、死へのカウントダウンを宣告する。
『最大戦力を投入。全ユニット、戦術リミッターを解除。……自壊を許容します。質量をもって圧殺しなさい』
ガガガガガッ……!
その指令と共に、残るロボット兵たちの動きが変わった。
関節が軋むほどの過負荷駆動。
防御行動を一切捨て、ただ「ぶつかる」ためだけに突進してくる。
自爆覚悟の特攻だ。
「アビスさん! いっぱい来ます! うじゃうじゃです!」
リディアが剣を構え直すが、その腕は鉛のように重い。
「ワン!(怯むな! 来るなら斬る! それだけだ!)」
アビスは吠えた。
だが、その内心は焦りで満ちていた。
(……保たねえ)
リディアの体力ではない。
アビスの魔力でもない。
限界を迎えようとしているのは――「剣」だ。
ビキッ。
黒い聖剣から、嫌な音が伝わってきた。
過剰な魔力注入と、度重なる激突。
本来、「魔人の魂を封じる鍵」として作られたこの剣は、頑丈さにおいては世界一のはずだ。
だが、外部からの物理的衝撃と、内部に無理やりねじ込まれた異質な魔力という、内外からの二十の負荷にどこまで耐えられるか。
(……ヒビが入ったか?)
アビスは戦慄した。
もしこの剣が折れたら?
今の主戦力である「魔剣」を失うだけではない。
「呪いの鍵」が壊れることで、アビスの魂はどうなる?
『消滅』か、『永遠の犬』か。
魔導の塔の石板に書かれていた、最悪のシナリオが脳裏をよぎる。
(……だが、ここで止めれば確実に死ぬ!)
目の前には、殺意の塊となった鉄の軍団。
エンチャントを切れば、リディアの剣は再び弾かれ、二人は数秒でミンチにされるだろう。
進むも地獄、引くも地獄。
ならば、進むしかない。
ドォォン!
一体のロボットが、斬られる直前に自爆した。
「……ぐっ!」
爆風がリディアを襲う。
彼女は吹き飛ばされながらも、空中で体勢を立て直し、着地する。
だが、その隙を敵は見逃さない。
左右、そして背後から、無数のブレードが迫る。
「させ……ませんっ!」
リディアは回転斬りで周囲を薙ぎ払う。
だが、数が多すぎる。
一体を倒せば二体が、二体を倒せば四体が、その屍を乗り越えて襲いかかってくる。
終わりのない悪夢。
リディアの頬に、斬撃が浅く入る。
足に、ビームのかすり傷が増えていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
リディアの動きが鈍る。
それを見た大型の重装甲ユニットが、巨大な拳を振り上げた。
回避は間に合わない。
「ワン!(受け止めろ、リディア!)」
「くぅぅっ!」
リディアは聖剣を盾にして、その一撃を受け止めた。
ズガァァァァンッ!!
凄まじい衝撃。
リディアの足元の床が砕け、膝が地面に着く。
ミシッ……。
剣から、悲鳴のような音がした。
刀身に走る亀裂が、アビスの目にもはっきりと見えた。
限界だ。
これ以上負荷をかければ、確実に砕ける。
だが、敵は待ってくれない。
重装甲ユニットが、さらに圧力をかけてくる。
周囲の小型ロボットたちも、一斉に飛びかかろうとしている。
このまま圧殺されるか。
それとも、剣を犠牲にしてでも活路を開くか。
(……ええい、ままよ! 賭けだッ!)
アビスは、狂気的な決断を下した。
中途半端に壊れるくらいなら、限界まで使い潰す。
その結果、自分がどうなろうと知ったことか。
少なくとも、ここで文字通り犬死にするよりはマシだ。
(……リディア! 聞こえるか!)
アビスは、全霊の念話を叩き込んだ。
(次の一撃だ! 俺様の残りの魔力を、全部くれてやる! 手加減はなしだ! 全力で振り抜け!)
「えっ? でも、剣が……なんか悲鳴を上げてます! これ以上やったら……!」
リディアも気づいていた。
手の中で、聖剣が恐ろしい熱を帯び、今にも崩壊しそうに震えていることに。
(構わねえ! 壊れてもいい! 目の前の壁をぶち破れ!)
「……っ! 分かりました!」
リディアは迷いを捨てた。
彼女は歯を食いしばり、重装甲ユニットを渾身の力で押し返した。
重装甲ユニットがたじろぐ。
その一瞬の隙に、彼女は剣を大きく振りかぶる。
アビスは、体内に残る最後の一滴まで、魔力を絞り出した。
(持っていけ! これが俺様の全てだ!)
赤黒いオーラが、剣の形を超えて膨れ上がり、巨大な魔力の刃を形成する。
それは、魔人と勇者の絆が作り出した、最後の希望の光。
「はああああああっ!」
リディアが、咆哮と共に剣を振り下ろした。
ズドオォォォォォォォォォォォンッ!!
地下空間が白く染まった。
剣から放たれた衝撃波と魔力の奔流が、前方直線上の敵を呑み込む。
重装甲ユニットは真っ二つに割れ、背後にいた数十体のロボットも紙屑のように吹き飛んだ。
圧倒的な破壊力。
正面の敵は消滅した。
だが。
その代償は、即座に支払われた。
パキッ。
乾いた音が、戦場に響いた。
爆音が収まり、静寂が戻った一瞬の隙間。
リディアの手の中。
漆黒の刀身に、致命的な亀裂が走った。
「あ……」
リディアが目を見開く。
亀裂は、見る見るうちに、刀身全体へと広がっていく。
ピキピキピキッ……!
青白い光が、亀裂の隙間から漏れ出した。
それは、剣の中に封じ込められていた「呪い」の光か、それともアビスの魔力か。
「アビスさん! 剣が……!」
「ワン(……限界が来たか)」
アビスは、リュックの中からその光景を静かに見つめていた。
不思議と、恐怖はなかった。
あるのは、やるべきことをやり切ったという、奇妙な達成感だけ。
パリィィィィィィィンッ!
絶望的な破砕音と共に。
「黒い聖剣」は、無数の破片となって砕け散った。
キラキラと輝く黒い欠片が、スローモーションのように舞い落ち、床に落ちて音もなく消えていく。
リディアの手には、無残な柄だけが残された。
「嘘……。折れちゃいました……」
リディアが呆然と立ち尽くす。
アビスを封じる鍵。
そして、鉄の軍団に対抗できる最大の武器。
それが今、永遠に失われたのだ。
もはや、奇跡の一撃を放つ魔剣はない。
アビスの魔力も、今の一撃で完全に底をついた。
まだ背中に白い聖剣があるとはいえ、それは「魔を断つ」ための剣。
純粋な物理装甲の塊であるこのロボット兵たちを相手に、アビスの「魔力付与」なしでどこまで通じるか。
『……メイン武装の破壊を確認』
アーカーシャの声が、勝ち誇ったように響く。
正面の敵は倒した。
だが、左右と後方から、無傷のロボット兵が、黒い波のように押し寄せてくる。
その数、いまだ千以上。
「ごめんなさい、アビスさん……。私、守れませんでした……」
リディアが、柄を握りしめたまま膝をつく。
彼女の目から、涙がこぼれ落ちた。
絶望。
圧倒的な暴力の前に、勇者は無力だった。
赤いレンズの光が、二人を包囲する。
チャージ音が響き、数百の銃口がリディアに向けられる。
万事休す。
リディアはギュッと目を閉じ、背中のリュック――魔力が尽きて動かなくなった相棒を庇うように抱きしめた。




