第二十二話 鋼鉄の軍団
キュイィィィン……!
ドームを埋め尽くす数千体のロボット兵が、一斉にライフルを構えた。
銃口に赤い光が収束していく。
発射までのタイムラグは、コンマ数秒。
「わあぁぁっ! 光りました!」
直感。
勇者のみが持つ「予感」が、リディアの脳髄を走った。
彼女は思考するよりも速く、反射的に地面を転がった。
シュンッ、シュンッ、シュンッ……!
ジュワァァァッ!
刹那、彼女が立っていた空間を、無数の赤い熱線が焼き焦がした。
空気が熱膨張し、衝撃波となって肌を叩く。
もし一瞬でも遅れていれば、今頃リディアは黒焦げなっていただろう。
「ワン!(馬鹿野郎! 突っっ立ってるな! 遮蔽物に隠れろ!)」
アビスはリディアの足元をすり抜けながら、制御室の頑丈なメインコンソールの陰へと飛び込んだ。
リディアも慌ててその横に滑り込む。
直後、二人が隠れたコンソールに雨霰とビームが降り注ぎ、火花と溶解した金属片が飛び散った。
(……チッ。とんだ弾幕だ!)
アビスは物陰から戦況を睨みつけた。
敵は「鋼鉄の軍団」。
かつての科学帝国が、対魔導戦争のために量産した無人殺戮兵器だ。
統率された射撃は正確無比。
顔を出せば即座に撃ち抜かれる。
(……クソッ、魔法が使えれば一掃できるものを!)
アビスは歯噛みした。
だが、それは叶わぬ願いだ。
犬の姿である今の彼が使える魔力は、完全体の数千万分の一。
おまけに、この空間は「対魔断絶結界」の影響下にある。
なけなしの魔力を放出したところで、空気に触れた瞬間に霧散させられるのがオチだ。
『無駄です』
ドーム内に、アーカーシャの冷徹な声が響く。
『このエリアは対魔導防衛の最重要区画。魔力減衰率は99・9%。貴方のような出涸らしの魔導生物に、勝ち目など万に一つもありません』
(……言ってくれるじゃねえか、ガラクタが)
アビスは屈辱に震えた。
魔力による直接攻撃は不可能。
今の彼は、ただの「黒い犬」でしかない。
唯一の戦力は、隣で息を潜める勇者のみ。
その時、敵の動きが変わった。
射撃音が止む。
代わりに、ガチャ、ガチャという金属音が近づいてくる。
「アビスさん! 撃ってこなくなりました!」
「ワン!(違う! 接近戦に切り替えたんだ!)」
アビスが叫ぶのと同時に、コンソールの左右からロボット兵が姿を現した。
距離にして数メートル。
これだけ密集しては、同士討ちの危険があるためビームは撃てない。
奴らは腕から高周波振動ブレードを展開し、確実な「物理排除」を選んだのだ。
「やあっ!」
リディアが飛び出し、黒い聖剣を振るう。
先頭のロボットがブレードを突き出すのと同時に、聖剣がその胴体を捉えた。
ガギィィンッ!!
激しい金属音が響く。
ロボットの体は、リディアの規格外の怪力によってボールのように吹き飛んだ。
背後の数体を巻き込み、壁に激突する。
「……えっ!?」
だが、リディアは驚愕に目を見開いた。
吹き飛んだロボットが、何事もなかったかのように起き上がってきたのだ。
その胸部装甲には、へこみ一つ、傷一つついていない。
『無意味です』
アーカーシャの声が告げる。
『彼らのボディの表面硬度はダイヤモンドを凌駕します。そのナマクラな剣では、傷一つつきません』
「そんな……! お城の壁だって壊せるのに!」
リディアが再び剣を振るう。
ドゴォォン!
凄まじい衝撃音が響き、ロボットたちがボウリングのピンのように弾き飛ばされる。
だが、やはり壊れない。
ただ物理的に吹き飛ばされているだけで、機能には全くダメージが入っていないのだ。
起き上がるロボットたち。
傷つかない鋼鉄の壁が、無表情で距離を詰めてくる。
ブレードが閃き、リディアは回避を余儀なくされる。
「くっ……! 硬いです! 斬っても斬っても、みんなピンピンしてます!」
リディアが焦りの声を上げる。
今は吹き飛ばして距離を取れているが、いずれ体力が尽きる。
傷つけられない敵を相手にするのは、ゴールのないマラソンを走るようなものだ。
(……マズいな)
アビスは冷静に分析した。
リディアの腕力は足りている。
足りていないのは、敵の装甲を突破するための「切断力」だ。
だが、この状況でどうする?
アビス自身の魔力は極小だ。
詰みか?
(……いや。一つだけ、方法がある)
アビスの視線が、リディアの振るう「黒い聖剣」に吸い寄せられた。
これまでの旅で何度も使ってきた戦法。
アビスの魔力を剣に付与し、切れ味と威力を底上げする「属性付与」だ。
だが、今の状況ではリスクが高すぎる。
空間に放てば霧散する魔力を、剣の内部に無理やりねじ込まなければならない。
しかも、犬の身体で行使できる魔力は僅かなものでしかない。
失敗すればガス欠で気絶。
成功しても、燃費は最悪だ。
(……だが、このままジリ貧で潰されるよりはマシだ)
アビスは覚悟を決めた。
魔人のプライドを捨て、最強の「装備品」に徹する。
「ワン!(リディア! 俺様を背負え!)」
「えっ? でも、危ないですよ!」
「ワン!(いいから背負え! リュックに入れろ!)」
リディアは一瞬戸惑ったが、アビスの真剣な目を見て頷いた。
彼女は迫る刃を剣で受け流しながら、アビスをひょいとリュックに放り込んだ。
「ワン!(そのまま剣を構えろ! 俺様の魔力を流し込む!)」
「分かりました! いつものアレですね!」
「ワン!(そうだ! だが今回は勝手が違うぞ! 魔力供給が途切れたら終わりだ! 一気に決めるぞ!)」
アビスは体内の奥底に残った魔力を絞り出しす。
外に出すな。
剣の中に、鉄の分子の隙間に、無理やりねじ込め。
アビスの額に脂汗が滲む。
針の穴に糸を通すような集中力。
属性は「闇」。
効果は「硬度強化」と「切れ味付与」。
「闇属性付与」だ。
ブォンッ……!
黒い聖剣が、ドクンと脈打った。
漆黒の刀身に、赤黒い紋様が浮かび上がり、空気が震えるような威圧感を放ち始めた。
「わっ……! 剣が、熱くなりました!」
リディアが驚く。
「ワン!(俺様の全魔力を乗せたんだ! これで斬れなきゃ嘘だぞ!)」
正面から、三体のロボットが同時に斬りかかってくる。
リディアは魔剣と化した聖剣を、横一文字に薙ぎ払った。
「はあああああっ!」
ズバァァァァァンッ!!
今度は、弾かれなかった。
赤黒い軌跡が空間ごと断ち切るように走り抜ける。
ダイヤモンドより硬いはずの装甲が、まるでチーズのように両断された。
三体のロボットの上半身が、スライドするように滑り落ち、断面から火花を散らして転倒した。
「すごい……! 切れました!」
リディアが目を輝かせる。
『……損害を確認。想定外の物理貫通力です』
アーカーシャの声に、初めて警戒の色が混じる。
「ワン!(行けるぞリディア! 俺が魔力を送ってる間は無敵だ!)」
「はいっ! お掃除開始です!」
リディアが踏み込む。
形勢逆転。
これまでは「硬い壁」だった敵の群れが、今や「刈り取られる雑草」へと変わった。
勇者の剣技と、魔人の強化魔法。
二つの力が一つになった時、鉄の軍団は鉄屑の山へと変わり始めた。
次々とロボット兵を破壊していくリディア。
だが、その背中のアビスは、脂汗を流しながら必死に魔力を送り続けていた。
(……クソッ、燃費が悪すぎる!)
黒い聖剣は、まるで渇いた獣のようにアビスのなけなしの魔力を貪り食う。
この戦法がいつまで保つか。
それは、アビスの魔力が尽きるまでの、時間との勝負だった。




