9話 この世界の事
「イヴさん。あの……助けてくれて、ありがとう、ございます」
「気にするな。気に喰わんからやっただけだ。それに、別に善意だけで助けた訳ではない」
「えっ……?」
リンは驚いた表情で我を見る。当然だ。我は目的の為に悪の総帥と呼ばれた存在だ。それはこの身になっても変わらん。
「何故、お前はアイツらに追われていたのか、それを教えろ」
「総帥さんっ!? そんな事今聞いたら可哀相じゃ」
「可哀相? 何を言っている。こいつの命を守るために、敵を知るのは大事な事だろう」
「っ……」
可哀相だけでは命は助からんのだ。それはヒーローである美月が一番よく知っている。我もまた、多くの怪人達を失ったからな。
我の問いにリンは黙ったままだ。言うべきか、内に秘めておくべきか悩んでいるような表情を浮かべている。
「……」
「喋りたくなければそれでもいい。だが、それでお前はいいのか?」
「え……?」
「あいつらの手にかかりたくないから、捕まりたくないから逃げていたのだろう。……一生逃げ続けるつもりか?」
「……っ……」
一生、という言葉で首を横に振る。
リンの瞳を見た時、絶望の最中にも捕まりたくない、まだ、何かを成し遂げたいという意思を感じた。
「言え」
「……っ」
「言うのだ。お前は、何を望む」
悪魔のような囁きに聞こえるだろう。
ああ、そうだ。我は悪の総帥。悪魔のささやきにぴったりと言えるだろう。
「助けて……。皆を、国の皆を、助けてください…っ……!」
ぽろぽろとリンは泣きながら我に縋り付く。
そこからリンは自分の身に降りかかった災厄、そしてこの世界に起きている争いに付いて語ってくれた。
元々の発端は五年前だそうだ。
長年争っていた魔王軍と勇者軍が激戦の末に、魔王を打ち取った。これで世界は平和に……ならなかった。むしろこれが最悪の戦いの引き金となる。
世界大戦。
魔王の脅威が去った今、次は国家同士の戦いとなった。領土、食糧、そして金。
真っ先に狙われたのは優れた鍛冶技術を持ち、豊富な鉱山資源を持つドワーフだ。大国、グランギニョル公国が宣戦布告したのに対し、ドワーフ王国、トール王国は近隣の諸国を束ねて応戦。
その戦は大陸全土に広がり、トール王国がグランギニョル公国に敗北し統合されても戦いは止まることは無かった。
魔王の後継ぎを王とした新生魔王軍の誕生、エルフの連合国からの離脱、妖精国の消滅など、世界は戦乱の世となった。
戦争は多くの大国を巻き込み、その戦火はリンの故郷、クサナギ国にまで伸びた。宣戦布告したのは魔導列車、魔導兵器、魔導船など魔導機械技術により多くの国を従えているウケラノス帝国、の傘下国であるエッケザックス国。ウケラノス帝国からもたらされた魔導兵器により、クサナギ国は一方的に追い込まれていた。
多くの村や都市が落とされ、クサナギ国の王都までエッケザックスの軍が差し向けられると、王は姫巫女を逃がした。エッケザックスの王子は成金で好色で有名なようだ。降伏条件にも姫巫女の身を盛り込んだ位に。
「という事は、リン。お前は」
「あの……はい。私が……その……クサナギ国、第一王女……リン・アマツハラ・クサナギ……です」
助けた相手が国の姫様だとは話しが出来すぎだと思ったが、これならば世界情勢に詳しいのも納得だ。
「リン、お前の願いは、クサナギ国を助け、エッケザックス国を追い払ってほしい。これで間違いないか?」
「………!」
こくこくこくとリンは何度も頷く。その瞳は涙が浮かび、我らに助けを縋っていた。
「私に出来る、事なら……何でもします……だから、お願いしますっ……」
「あの、総帥さん。私からもお願いします……。私も、この子を、この子の国を助けたいです」
ヒーローである美月ならばそういうと思ったが、ふむ。いいだろう。
国が相手となると普通の奴ならば避けるか諦めるだろうが。我らに諦めるという文字は無い。
国が相手? 上等だ。魔導兵器だろうが何だろうが相手にやってやろう。
「良いだろう。しかし、後でしかと対価は払ってもらうぞ」
「あっ……有難うございます!」
「有難うございます。総帥さん」
話は付けたが、もう日が暮れて夜も深い。動くのはまた後だな。
リンの事は全員に紹介した。狐耳という事で銀二が興奮していたが、彼女の国が襲われている事を知ると人一倍やる気を見せていた。
リンにも我らがここから別の世界から来たと伝えたら直ぐに納得された。どうやら異世界からの時たま漂流者や勇者召喚で異世界のものが来るらしい。
……これで確実だな。あの時の魔方陣は勇者召喚の魔方陣で間違いない。それに我らが巻き込まれ、漂流者となったのだろう。
リンは食事もしっかりととった。油揚げを用意してみたが、やはり好物だったようだ。一枚だけじゃ物足りなかったらしく、醤油を薄く塗って焼いた油揚げを出したら喜んで食ってくれた。四つの尻尾がわっさわっさと動く様はついついもふりたく……いかんいかん。そのようなことするわけには……!
流石にリンの部屋は用意出来なかったので、美月の為に用意された部屋で一緒に寝て貰おう。
美月の部屋は普通の部屋よりも一回り大きな部屋だからリンが一緒でも余裕だ。ベットも大きいからな。
「美月、ここがお前の部屋だ」
「……わぁ、凄いっ! こんなに大きな部屋いいんですか!?」
「実力的にもお前は幹部クラスは間違いないからな。使ってくれ」
「凄く……広い……ですね」
元は幹部用だったが、美月の為に整えられている。ここの持ち主はだいぶ前にヒーロー協会との戦いで討ち死にした。魔法少女のファンだったから、彼女が使うのならば奴も本望だろう。……後で化けて出ないかひっそりお祓いでもするか。
「この腕輪がお前の認証キーだ。これをドアノブに近づければ自動で鍵が開き、扉を閉じれば自動で鍵がかかるようになっている。それと、サイズ調整も自動で行うようになっているから、試しに腕を通してみろ」
美月は我から腕輪を受け取ると、割っかの中に腕を通した。
すると、腕輪は青白く光り、美月の腕のサイズにまで収縮した。
美月はゲゼルシャフトの技術に感心した様子で、腕輪をじっと眺めていた。
アクセサリーの類は美月も女の子なので興味があるのだろう。腕輪の意匠は有名なデザイナーに頼み、男女問わずにつけられるデザインにしてある。
実は、我が付けているブラもその機能が付いてる。自動サイズ補正で成長しても変えずに良いという奴だ。
……こんな機能が付いたブラがあるなんて初めて知ったぞ。大きくないがしっくりくるのが改めて女になったと実感する。
「こんな技術もあるんですね。これ一つあったら鍵も必要なさそう」
「元々鍵の紛失やカード類を纏める為に開発された物だからな。戦闘員のスーツも同じ技術を使っている。もしサイズ調整してほしい物があるのならばレイに言え。物によってはやってくれるだろう」
「はい、色々とありがとうございます。リンちゃん、先に部屋の中に入っててくれるかな」
「あ……はい。わかり、ました」
美月に促され、リンは一人先に部屋の中に入る。そして扉を閉めて、美月は真剣な表情で我と視線を合わせた。
「何で……何で敵だった私にここまでよくしてくれるんですか? 私達は沢山の怪人や戦闘員を倒してきました。それなのに戦闘員さん達も怪人もなんで……憎まないんですか?」
美月はリングに手を添えながら、我にそんな事を聞いてきた。
今まで疑問に思い一番心の中で引っかかっていたのだろう。当然だな。
ヒーローと怪人は長らく戦ってきた敵同士だ。憎み、そして恨まれて当然と思っていたのだろう。気持ちは分からなくもないが……違うのだ美月。
我は腕を組み、壁に寄りかかりながら答える。
「それか……。ヒーロー達から見たらその疑問は尤もだろうな。確かに組織の中にはヒーローが憎く、入った者もいるが、大半はそのような事は考えていない」
「え……?」
「当然だろうが。強い憎しみの感情なぞ持つ者はそう早々おらぬ。そういった奴らは早死にするのが定めだ。確かに同僚や仲間達が倒されたのは辛く、悔しく、悲しい事だがそれらは全て、信条に乗っ取り戦った結果だ。それに、貴様らも正義云々などと考えず、周りの人達を守る為にやった事だろう」
「う、うん……」
美月はおどおどとつつも大きく頷く。
自分達がやったことに後悔はしてないという目だ。
ヒーロー達の、特に魔法少女『プリズム・プラネット』達は正義の為とかそういう事でもなく、周りの皆を守りたいから戦った。それにこれまでの戦いを通して我らが良く知っている。
「我らも仲間を守りたいから戦った。そこに憎しみを挟む余地はない。それにな」
我は一呼吸おいてからじっと美月を見据える。
「貴様たちヒーローが守ろうとした中にも、怪人や戦闘員達が大事にしていた人達も混ざっている。人の社会から外れたとはいえ、家族や友人、顔も見知らぬネットの友人やテレビのアイドル。怪人側の皆が守りたくても守れない者達を守ってくれたのがヒーローだ。ならば、憎む理由もないだろう」
「あ……」
美月はここで初めて怪人達や戦闘員達にも家族がいたという事に関して認識したようだ。そしてそれらを知らずに守っていたという事も。
そして何故ゲゼルシャフトが美月達の知り合いなどに手を出さないかも理解した。
その中には怪人や戦闘員達の大事な人たちが混ざっているのかもしれないからだ。戦うのであれば、ヒーローと怪人、その二つだけで良く他の人達も巻き込む理由は全くない。
新たな悪の組織側の一面を知ることが出来た美月は、納得したのか我に頭を下げる。
「教えてくれてありがとうございます。総帥さん」
「何、気にするな。今やお前も一員なのだからな」
「……はい? 一員? 私が?」
思わず美月は聞き返す。今、目の前にいる美少女と化した悪の総帥は何と言ったのかと言わんばかりの顔だ。そうだろうな。
我は愉快そうに口角を上げる。実際愉快だからな!
「その腕輪はな、我が『ゲゼルシャフト』の一員の証でもある。これからよろしく頼むぞ。魔法少女」
「え、ちょっと、そんなー!!」
ここは悪の組織の中枢という事を完全に忘れていた美月。
ついうっかり疑う事を知らずに流されてしまった美月は、半ば強制的にゲゼルシャフトの一員となったのだ。
11/3 異世界召喚の事に付いて書き忘れていたので加筆しました。申し訳ございません。