56話 悪しき風と魔法少女
命を刈り取る風のギロチンが戦いを終えたイヴに向けて放たれる。
風は無色透明。音もなく忍び寄る死の気配。
その刃を放った本人はほくそ笑み、企みが成就する瞬間を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、次の瞬間イヴは振り向き、見えない筈の風のギロチンを片手で受け止め内に秘められた暴風と共に風のギロチンは霧散してしまう。
「っ……馬鹿なっ!」
思わずその男は声を荒げてしまった。
攻撃を防がれた事ではない。イヴははっきりと自分を見ていたのだ。
作戦は失敗。直ちに次の手を打ち、この場から立ち去ろうと男は動くが――それよりも早く動く者がいた。
「ムーンキャッスル!!」
男が動くよりも早く、自分の周囲に光の壁が作り出される。
上下左右。風の結界で空に溶け込んでいた男を取り囲むように光の壁が展開されていた。
男は光の壁へ向けて風の刃を叩きこむが、壁は風の刃を受けても光の粒子を散らすだけでビクともせず、堅牢さを維持し続けていた。
「貴様は……!」
「皆さんに手出しはさせませんよ」
男の元へ、空からふわりと光の壁の中へ現れたのは天王寺美月こと――プリズム・ムーン。魔法少女だ。
プリズム・ムーンが自分の元に現れた事に、男――ティルファング共和国の五議員に監査官と呼ばれた男は歯噛みする。
「総帥さんの予想通りでしたね。戦いの最中か、又は終わり際に介入してくると」
「あの凶星はこの事態を読んでいたというのか……!」
「あの人は世界を敵に回した人ですよ。貴方程度の考えなんて御見通しです……私は無理でしたけど」
苦笑交じりの返事に、男は思わず眉をひそめる。
世界を敵に回した。それはこの世界ではない、元の――召喚したあの者達がいた世界を敵に回してなお生き延びた証言そのもの。
「イヴさんの予想ですけど、貴方はイエローさんを囮にイヴさんを誘き寄せるつもりでしたね。そしてまんまと釣られた私達を倒し、そして集まった『パンゲア』『トライデント連合王国』を纏めて一網打尽。『ティルファング共和国』こそが大きな餌だった。違いますか」
イヴは作戦開始前にあらかじめ、この戦争の裏に隠れている者の企みを推理し、シルバーイーグルやレイと考えを纏めて美月へと伝えていた。
自分が同じ立場ならどうするか、どうやったらパンゲアに最も痛手を負わせられるか。敵の立場に考えてイヴは推測していた。
悪の組織ならではの考え、経験を元にした推理。
見事当てられたことにより、驚きを通り越して男は愉快そうに笑う。
「くっくっく、見事だ。その通り、極上の餌を用意したつもりだったが、まさか魚に餌だけ奪われるとはな」
イエローが倒せばそれでよし、倒されれば倒した瞬間を狙い、命を刈り取る手筈。そしてその後は戦場を蹂躙し、二か国の軍隊を殲滅させ、『パンゲア』『トライデント連合王国』の二か国を手中に収める計画であった。
だが、それらは全てイヴ、そして美月の手によって阻まれた。先ほどから光の壁より向こうに竜巻を生みだそうとしても微塵も風は動かせない。この結界の外に力を干渉することは出来なかったのだ。
男は仰々しく肩をすくめて両手を上げる。一見、降参をしたかのようにふるまうその姿は、もはや抵抗はしないだろうと思われる雰囲気を醸し出している。
しかし、この手の手合いには美月は慣れていた。
「でも、諦めてないですよね。貴方はそういう人です」
「……まさか貴様のような小娘にまで見抜かれるとは……やはり、呼ばれるはずだった【勇者】なだけある」
「私は勇者なんかじゃありません。私は――魔法少女です」
普段の気弱な美月から出たとは思えない凛とした声色。その言葉には確かに力が篭っており、偽りでない事は男にも理解できた。
「そうか。ならば手土産として貴様を持ち返るとしよう。魔法少女よ!」
両手の竜巻の渦を生みだした男は暴風の翼を纏い、美月へと迫る。
「光ちゃんを、清香ちゃんを、皆を攫った貴方達なんかには絶対に負けません!」
美月は勇気を、想いを力に、魔法少女としての力を十全に使い男を迎え討つ。
「滅びの風をその身で受けなさい!!」
結界の外には生みだせずとも、この結界ならば風は自由自在に操ることが出来る。
両手より、肉をそぎ落とし骨をも砕く粉砕機のような竜巻が無数に生み出され、それらは一斉に美月を刻まんと襲い掛かる。
だが、美月はその場から動かない。――男が動く必要性すらないのだと気づかされるのは直ぐの事だった。
「なっ……!?」
竜巻が美月の身体を飲み込んだ瞬間、弾けるように竜巻は霧散する。
竜巻の中から現れた美月は薄い膜を鎧のように纏っており、柔らかそうな柔肌には傷一つ付いていなかった。
「バリアアーマー。この程度で私を傷つけられると思わないでください」
美月とて、この世界に来てから伊達にイヴ達と共に訓練してきたわけではない。
魔法少女は幾らでも成長する。その成長に果てはない。
美月は奇しくも、ゲセルシャフトの元で更なる成長を遂げていた。
「ならば、その鉄壁の防御が打ち砕けるまで撃ち続けるまでです!」
男は手を横に薙ぎ払うと、見えざる真空の刃が全方位、360度から隙間なく刻まんと迫る。
手練れのルートズの男を始末した必殺の刃。避ける事もいかなる鎧を纏おうとも隙間から風は入り込み、切り刻む。
結界も僅かに削れ始め、ゆっくりと周囲に展開していたムーンキャッスルも歪み始めていく。
流石の美月でも、回避や防御に専念せざる得なくなり、柔肌に少なくない切り傷を負ってしまう。
「そこです!!」
「つっ……まだ!」
「無駄ですよ! さっさと諦めるのが貴女の為。さもなくば、死なない程度に全身を刻むことになりますよ」
「諦めません。絶対に……!」
美月の決意は固い。諦めない事を諦めないと言わんばかりにきつく男を睨みつける。
美月が成長したのは防御面だけではない。
防御に回っていてはあの戦いの再来だ。ならば、ここにきて初めて攻勢に入る決意を固める。
「限りなく、薄く……鋭くっ……!」
「っ……!」
美月が風の刃を受けながらも、杖を横に一閃振るうと、男は咄嗟に飛び退くも頬に一筋の紅い線が走る。
それや風の刃が切り裂かれた証拠だ。
「もっと、薄く、早く、鋭く!」
「くっ! この私が、押されているだと!」
風の刃を束ねて応戦するも、その刃は全て、美月が放った力によって切り裂かれ、その刻んでいく。
美月は攻撃面でも飛躍した成長を遂げていた。
実践は初めてとなる、必殺の一撃はこの場においても成長をしていく。
「もっともっと……! 鋭く、早くっ切り裂いて! シールドミーティア!」
極限まで集中力を高めた美月の盾は、全てを切り裂く流星となりて――男の胴体を二つへ分断する。
「そんな、馬鹿な……この私が、このような所でええええええええぇぇぇぇ………っ!!!!!」
半分に分かれたまま、男は徐々に輪郭がぼやけ、消滅していく。
死体も残らず、塵一つ残さず消えていく姿。それは男が人間ではない証拠であり――グランギニョル公国は人外により支配された国である証拠でもあった。
美月に驚きはなかった。なぜならば――似たような気配を知っていたからだ。それはイヴですら感じ取ることが出来なかった、魔法少女だけが感じ取れた感覚。
「アンノウン……」
アンノウン。それは魔法少女の敵であり、文字通り世界を滅ぼさんと侵略してきた世界の敵。
謎が多い相手だったが、この異世界にて再び遭遇したことに美月は奇妙な縁を感じる。
「イヴさんに伝えないと……!」
急ぎ美月はイヴの元へと向かう。
戦いは終わった。だが、公国の謎は更なる混迷を深め、世界は更なる混沌の渦へと落ちていくのだった。
今日はここまでです。前回の感想で風神を予想されていた方がいましたが、ビンゴです。
とはいえ、相手が悪かったですね。普通の相手なら物語の中盤や後半で苦戦しそうな相手ですが、ラストバトルまで進んだ相手だとこういう事になります。相手が悪かったから仕方ないね。悪の組織なだけに。
面白いと思っていただけたのなら、評価、感想、ブックマーク、レビューなどを頂ければ大変喜びます。
評価は下記の星を押すだけです。それだけでモチベが上がります。
次回はカレー回! 次に日曜にお会いしましょう!




