48話 大脱出
牢屋は地下にあり、地下牢では騒ぎによって起きた奴隷達が何事かとざわめき立っていた。
美月達は牢番を倒し、地下牢へと入ると中は据えた匂いが充満しており、時折死臭も漂っていた。
小鴉丸は率先して前に出て、獣人としての顔を出して一番近くの牢屋へと顔を見せ、それに続き後ろにいたシャドウ部隊の数人が顔を晒す。
黒づくめの覆面の下に隠された顔はクサナギ国出身の獣人たちだ。彼らもまた、その腕を見込んでシャドウ部隊へと勧誘している。こちらは正式にテルズミ王へと交渉だ。
本来ならば、同じ奴隷とされてもおかしくない彼らの姿に牢屋の奴隷達は目を丸くする。
「拙者らはパンゲアの者でござる。女王の命の元、お主達を助けに来た」
「た、助けにって……本当か? 助かるの、か?」
「無論。その為にお主達の協力が必要でござる」
小鴉丸は牢屋のカギを開け、支配人の部屋で手に入れた鍵束を牢屋の中へ放り投げると、一瞬の戸惑いの後にカギへと飛びつき自らの首輪を外した。
「外れた……! 外れたぞ! これで俺は自由なんだ!」
「そのカギで皆のカギを外すでござる。皆の者! 見たでござろう! この通り助けに来た! 助かりたくば、拙者らの指示を聞け!」
一部始終を見ていた他の奴隷の面々が歓声を上げる。
そこから全員で手分けし、牢屋のカギを開けて鍵束を手渡す。
奴隷の首輪が外れた事に獣人が、エルフが、ドワーフが、中には角が生えた男女もいた。
その全員が歓喜に震え、時には泣いていた。
当然、そのような騒ぎが起きれば施設内に残っていた警備兵が駆けつけてくる。
「奴隷達が逃げ出してるぞ!!」
「お前たち! 何をやってる!! ただで済むと――」
「思ってません! ムーンシールドワイヤ!」
美月は率先して前に出て、月光の光を放つ盾を叩きつけ沈黙させる。
「戦いはこの通り、私達が引き受けます! 皆さんは私達の後についてきてください!」
美月の少女らしからぬ勇猛さに、数百人の奴隷達は光を見た。
その光は希望そのもの。
美月が、ヒーローだからこそ出せる人々に希望を与える光。
自ずと奴隷とされた人達は美月に希望を見出し、後へとついていくと決心する。
そんな美月に勇気付けられたのか、一人の角が生えた女性が美月へと声を掛ける。
「すまない。あと一人、囚われている子供がいるんだ」
「え? ここにいるのが全員じゃないんですか?」
「ああ、この先の壁に魔法が掛かっている。そこに少女が連れて行かれるのを見たんだ」
美月達は事前調査で施設内を全て把握している。牢屋がある部屋にはそういった代物は無かったはずだ。
ランペイジに聴いてみても答えは同じ。だが、美月は彼女の言う事が嘘とは思えなかった。
「小鴉丸さん、行ってみてもいいですか?」
「ミツキ様、危険です。お一人では……」
「大丈夫ですよ。私、強いですから」
にっこりと年頃の少女らしい笑みを浮かべる美月。その笑みは確かな強さに裏付けられた笑みだ。
ランペイジも見た目に惑わされていた。この娘よりも年下の少女は自分達よりもはるかに格上。女王イヴに匹敵するほどの強さを持っている。
「それに……一人ぼっちは寂しいから」
(ああ……)
寂しげな瞳に小鴉丸は思い出した。この少女は、あの転移の際、たった一人泣いていた。
目の前で仲間達が消える姿を見るだけしかできず、泣き続けていた。
この時点で小鴉丸は美月の自由にさせると決めていた。
もし、何かあっても美月ならば、プリズム・ムーンならば問題ない。幾度となく辛酸を舐めさせられたヒーローだからこそ、信頼できる。仲間だからこそ、信用できる。任せられない理由はもはやない。
「美月殿、往くがよい。ここは拙者らが受け持つ」
「お願いします。あの、お姉さんは案内をお願いしますね」
「判った。こっちだ」
「他の者はこっちにくるでござる! 動けないものがいるなら手を貸せ! そこ! 種族なんて気にしてる場合か!! 今は皆で助かる事を優先すべきでござろう!!」
小鴉丸は後の諸々を引きつけ、美月一人別に囚われているであろう少女の元へと角の女性と共に向かう。
その最中、角の生えた女性はやや気まずそうに美月へと問いかける。
「今更だが、私の言う事を疑わないのか?」
「そうですね。お姉さんから嘘の感じはしませんでしたし、それに……何もないのに疑うなんて変じゃないですか」
角の生えた女性は目を丸くし、驚きが隠せずに美月は何かおかしなことをいったのかなと、首を傾げるのみ。
「いや、私は魔族だぞ?」
「えっとその、ごめんなさい。私、魔族さん初めて見たので」
「そうなのか。知らないのか……昔な、元々人と敵対していたのだよ。私達は」
忌まわしい過去。太古より人と魔族は世界の覇権を争っていた。魔王が倒されるまで。
だが、そんな事を全く知らず、魔王も知らない美月にとっては少し人と変わった程度の人としか思えなかった。
「でも、それって昔のお話で、私とお姉さんは敵じゃないですよね?」
「む、確かにそうだが……」
「ならそれでいいですよ。今はその子も助けて、お姉さんも安全な場所に連れて行かないと。それでその壁ってこの先であってますか?」
「あ……ああ」
あっけらかんとした美月の言葉に、魔族の女性は心なしかショックを受けた。
自分が魔族であることをあっさりと受け入れ、過去を気にしない少女が眩しく見え、助けてもらったというのに過去を引きずっていた自分に嫌気が刺した。
美月は角の女性を連れて言われるがままに就き当たりの壁に向かうと、確かに魔法の反応を感じる。
「ここだ。私が見たのはこの先に入っていく光景だった」
魔族の女性が手を壁を叩くと何の変哲もない壁が僅かに光る。
「これは……結界? なら『ブレイク』!」
美月はくるりとステッキを一回転させて壁にステッキの戦端を付き付け、カギを開けるように捻ると壁に掛けれた魔法が解除され薄暗い部屋が現れる。
結界は美月の得意中の得意だ。多くの人々を護り、怪人の猛威を防いだ防御の使い手。
だからこそ、解き方も破り方も熟知しており、こんな粗末なものは美月の手にかかれば物の数秒で開くことが出来る。
美月は杖の先端に灯りを灯すと―――そこにはボロキレを纏い、漆黒の髪は地面に付くほどに伸びきり、骨が浮かび上がるほどに細い体の少女が全身を鎖で縛られていた。
鎖には何らかの文字が描かれた札が張られているが、そんな事がどうでもよくなる程に目の前の光景に二人は絶句する。
美月は自分よりも小さな小学生ともいえる年齢の子がこのような凄惨な目に合っている事実に思わず掛けよる。
「だ、大丈夫!?」
美月の声に少女は気が付いたのか、か細い声で囁く。
「こないで……」
「どうして?」
「……わたし、のろわれたこ、だから……」
呪われた子。その言葉に魔族の女性は心当たりがあった。
「呪われた子……もしかして、君は霊が見えるのか?」
少女はびくりと震え、俯く。それは口にせずとも、肯定を表すには十分だった。
「あの、どういう事ですか?」
「人族の習わしの中で霊が見える子を呪われた子という慣習がある。そしてそういう者は総じてネクロマンサー、いわゆる死霊使いの才能に秀でている。恐らく、この子がここに投獄された理由もそれだ。この国は王国の法で死霊使いは天に背く大逆人として、犯罪奴隷としている。何もせずとも、生まれただけで罪であると」
「なんですかそれ……! 酷すぎます!! 直ぐに解放してあげます!」
生まれただけで罪だなんて、そんなモノがあっていいはずがない。
ヒーローとして、人として激しく怒りを感じた美月は鎖を外すと力を込めるがビクともしない。
ならばと、力づくで引き千切ろうとすると鎖に巻きつけられた札が黒く光り、黒い稲妻が鎖を辿って美月の身体を傷つけていく。
「うぅぅーーーー!」
「ダメだ。それは咎人を縛る魔法の鎖。時間を掛けて解呪しないと君に反動が!!」
「時間が無いんです! それに、こんなに痛そうにしてるの見てられません! 痛みが何だっていうんですか! こんなの、痛くない!!」
鎖は頑なに少女を縛り付けており、時折見える肌には痛々しく食い込んでいる。
必死に鎖を解こうとする美月を、少女は信じられないものを見るような目で見ていた。
「おねえちゃんは、わたしがこわくないの?」
「怖くありません! だってずっと怖い人達と戦ってきたから! イヴさん達、怪人達に比べたらあなたは可愛い物です! だから、私は助けます! このおおおお!!!」
美月らしからぬ力技。少女を縛っていた鎖はミシミシと音を立て、終には――バリンっと引き千切れ、札は燃え尽きた。
「あなたは呪われた子なんかじゃないんです。もう、縛られなくていいんですよ。だから、一緒に行きましょう」
そっと差し出された小さな手。その手は少女にも、魔族の女性にも大きく見えた。
美月が引き千切ったのは彼女を縛る魔法の鎖だけではない。
「……うんっ。わたしも、じゆうに、なりたい」
少女が、自らを呪われた子だと定めた心すら解き放った。
美月の手を取った少女はふら付きながらも、自分の足で立った。
一部始終見ていた魔族の女性は、目の前にいる美月と言う少女が輝いてみえた。
その光は太陽のように焼き付けるものではない。月の光のように儚く、人を癒す光。
(この子ならば……まずはこの子がいるパンゲアと言う国に接触するのがいいか)
内心とある決意を固めた魔族の女性は一先ず、早くこの場から脱出しようという美月の意見に同意する。
「えっと、お名前聞かせて貰ってもいいかな?」
「のわーる……おとーさんと、おかーさんが付けてくれた名前……」
「ノワールちゃん、可愛い名前だね。それじゃ、背中に乗って」
「うん」
ノワールは長期間囚われていた所為か、衰弱し一人では立つのも困難な状態になっていた。
背中に乗ったノワールの余りの軽さに美月は驚くと同時に、こんな目に合わせたティルファング共和国と言う国自体に怒りを覚える。
それでも怒りを爆発なんてしない。するのはこの場所じゃない。
もっと相応しい場所がある。その為にこの怒りは取っておく。
美月はノワールを背負いながら魔族の女性を引き連れて集合場所である闘技場に出ると、魔族の女性は驚愕の声を上げる。
「な、何だこれは!?」
目の前に広がるのは巨大な大穴だ。
そこに奴隷とされていた人々が次々と布の上に乗り滑り落ちていく。
それを丁寧に誘導するのは『マックスギア』に登場している銀二だ。七日間と言う短い工程を見事にこなした銀二は疲労困憊であるにもかかわらず、それを思わせない軽薄かつ人懐っこい態度で次々と人を降ろしていく。
「慌てずに一人ずつ降りるっすよー! あ、美月っち! 無事助けられたんっすね」
「はい! 私も手伝います!」
「お願いするっす」
「私も手伝おう。奴隷に落とされてなければ魔法も使えるのでな」
「おお! そいつはありがたいっすよ!!」
残り時間は30分を切っている。数百人の移動を考えれば心もとない。
魔族の女性を皮切りに、魔法が使えるエルフ、ドワーフ、一部の魔法使いも手伝い全員が無事降り立つ。
穴倉の底では一面薄い板が敷かれており、端には柵が取り付けられていた。
「皆、絶対に柵から身を乗り出したらだめっすよ!! あと驚くかもしれないっすけど我慢してほしいっす!」
今から何が起きるのかと戦々恐々する人々。
銀二は板の先端に取り付けられていた鎖をマックスギアに取り付け、美月はシールドの魔法で板の底に強固な展開を広範囲に広げる。
「それじゃ、いくっすよーー!!」
「うわっ! うわあぁああああああ!?!?!?」
銀二はマックスギアを唸らせ、一気に駆け走る。
地下を爆走するマックスギアは囚われた奴隷達を引き連れ、朝日が照らし始めた首都アルスライを脱出するのであった。
今日はここまで。次回も次の日曜となっております。
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