1.俺? 異世界以外にどこ行くって言うの?
「……という訳です」
心に直接語りかけてくるような甘く痺れる優しい声色。
慈愛というか卑猥というか。
とにかく健全な男ならもう一度聞きたくなる。そんな感覚。
「すみません。もう一度お願いします。名前忘れたら記憶力まで落ちたみたいです」土下座。
「ですから! あなたの名前や個人に帰属するモノは持ち出せないのです。三回目ですよ」
そうそう、神の世界も個人情報がなんたらでガイドラインがどうたらで決まって無いことは勝手に出来ないらしい。世知辛い。
仏の顔も三度。女神の説明も三度。流石にエクスクラメーションも湧くよな。
「個人の記憶らしい記憶が無いのは分かりましたが、これはつまり、アレですよね?」
――異世界転○。
だだっ広い白一色の世界。
長いトンネルを抜けるとそこは異世界だった。と。
生前の俺がどんなでトラックに弾かれたのも分からないが、少なくとも男であることは間違いない!
青少年以上枯れた果てた老人未満。
薄布一枚に隔てられただけの二つの大きなメロンに視線は釘付けなのだから。
「一体どこを見ているのですか!?」
肉体を持たずに光る球体でしかない俺の視線をどうやって感じたのか分からないが――バレバレでした。
ギリギリッと頭に痛みが走る。頭無いのに。
自由に視点を変えられる事を良いことに、第三者視点で自分の状況を確認すると、光球を指先で摘まむ女神が居た。
急いで視点を元に戻す。
超ギリギリどアップ。
ギリギリ感が半端ない。より正確に表すならミシミシ感か。
ええ、頭が割れそうです。
「……女神様が祝福を与えた者を救う……んですよね?」
熱烈な女神の抱擁(指先)が和らぐ。
「ふざけた振りしてちゃんと聞いているじゃないですか!」
話しは聞いていたし、理解もしていた。
もちろん、勇者とか知識チートに憧れは微塵も無いと言えば嘘になる。
ただそれよりも、痛いのとか寝不足で総白髪になるだとか、血がどぱーとか、成果でるのに時間が掛かるとか勘弁して欲しいもんね。
因みに手短に纏めるとこうだ。
1、敬虔な信徒の夫婦の間に産まれる子に祝福を与えた。
2、生まれた子はその恩恵を狙われ不幸街道まっしぐららしい。
3、何とかしろ。(イマココ)
つまり、女神の恩恵を受けた者が不幸では女神の沽券に関わるからオマエどうにかしろってことだ」
世界を救えとかで無いならばお気楽極楽のんびりスローライフの為にもサクッと行きたい。
となれば、チート的な何かを頂かなければ。
「ギブミー……ギブ!ギブ!ギブ!!」
「あら、私には何やらおかしな物言いが聞こえてとれましたが」
ギリギリと頭を締め付ける様な激しい痛みに頭悪いから頭痛が痛いと素で言えそうです。頭無いけど。
そして、ビキビキと効果音が付きそうな青筋立てた笑顔にドン引きです。
「それで……その……」
しれっと話しを切り出してみる。
「判っております。勿論貴方にも恩恵を授けます」
キタワー! 快適せい活!
「貴方には【魔力操作】を授けます」
……マリョク……ソーサー?
「ええと……よく聞き取れなかったです」
「ま・りょ・く・そ・う・さ! です」
「……ボクがマリョクをイチバンうまくツカえるんだー って新型のコードネームか何かですか?」
違うとは思うが一縷の望みに賭けて確認する。
「魔力によって引き起された現象そのものや、その術を人は魔術、魔法、魔導と呼び表しますが、私の世界の根幹をなす力、理の力、それが魔力です」
真面目な受け答えされると凹みます。はい。
「操作技能が上がると威力や効率が上がるアレですよね」
添え物だけど何だか有能そうで大概必須なスキル。
洋食のパセリよりは有能。
単独ではパセリと同等。
そのうち何かのスキルと統合されてしまうスキル。
重宝されるけどインフレには勝てずに忘れられがちな残念な子。
永遠の2番手にさえも成れないスキル。
そう、それが魔力操作。いや、それこそが魔力操作。
世界の理だろうが何だろうが大抵抜け穴があってとんでもスキルになる……のだよな?
やってやろうじゃありませんか。
「コホン、一人で盛り上がっているところ申し訳ありませんが、貴方に与える恩恵は破格のものですよ。世界の理を操ることができるのですから」
あっコホンとか赤面して言うんだな。
でも、コホンて初めて見た気がする。フジョシくらいしかやらないだろうと思ってたわ。
あの見た目の女神だから、ちょっとかわいいかもとか思っちゃったりして。胸はモンスターだけど。
てか努力も気付きもなく世界の理に触れてしまえるなんて。
それを与えた本人がさらりと口にするなど……これが定番のチョロインってやつかぁ。
“クールビューティーがお気に入りのマイナーゆるキャラをニンマリ独り愛でるのを目撃してしまったのを気付かれた時に見せる恥じらい的な”そう思って正面を見据えると赤面していた女神の赤みが更に増していた。
青かったスジが赤くなってる。
「……あ……怒ってらっしゃいますか?」
いつの間にか言葉になってたとかそうじゃなくて思考自体を読まれてるパターンですね。はい。
「貴方の魔力が届く範囲であればどのような魔力でも操作することが可能です。勿論相対する相手の魔力であろうとも。私が救って欲しい子との親和性は特に高いものとなるでしょう。10歳とはいえ、私の世界における最高の魔力を保有する子ですから。ただ、あの子の身に何が起きているのか産まれて直ぐさま把握できなくなったのです。そしてあの子が生まれた地域出身と称する魔導師が突然増えた事に悪い予感しか覚えないのです。あの子に与えた力が私に戻って来ていない事を考えれば、生きているはずなのです。しかし、世界に直接干渉することが許されない私には確認する術がないのです。どうかあの子を救って下さい。お願いします」
ずっと女神のターン。
用意していたのか一気に台詞を吐き出す。事務的に。
怒ってらっしゃいます。
「女神が人に対して怒りの気持ちを抱くことはありません!!」
「すいません」
「だ! か! ら! 怒ってなどおりません!」
「本当にすみませんでした」
「……」
「すみません」
「……はあ……」
全能感オーラが鳴りを潜め意気消沈した女神がため息を一つつき続ける。
「……私は自分自身に腹が立っているのです。魂の色を見分けて自らが選んだのにも関わらず、このような事態になるなど……自信を無くします……」
流石にそう言われると自分が期待外れと言われている事に気付く。
それらを全て覆してやろうと反発心を込めて宣言する。
「女神様の選択に間違いが無かったとを証明して見せますよ」とドヤ顔で。
本当の本当に若干の間の後、自戒というか悲哀の色を浮かべて女神が応える。
「……どれだけの時間が残されているのかわかりません。そして貴方の望みどおり直ぐにあの子を見つけ、救い出せるように計らいましょう。期待はしませんが、それではあの子を助けてやってください……」
フォローにも何もならずに最早諦めムードの中、女神の手のひらに包まれると白一面の景色はゆっくりと光を失う。
それまでの光は影へ反転し、黒一面の景色へと替わる。
ぼやけた視界のなかで遠くに明かりが見える。
そうだ、光球の俺が転移したらただの人魂かウィル・オ・ウィスプにしか成らない。
だから――異世界転生。
俺の物語があの光の先から始まる。
両親はどんなだかな。地位とか職業とか何かな。
生誕の時はもうすぐそこだ、ここは一丁盛大な産声をあげてやろう。
……ん?
「……ひいいいいぃぃぃーーー」
最初に見たのは明かりに照らされた老婆の顔。
疎らに残った歯を剥いたまま浮かべるその悪辣な笑みは語彙力の無い俺には醜悪以外の表現ができ無かった。
そして、直ぐ様気を失った。