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14.のこされたもの

遠い遠い昔に崩れた町で。

奇跡的に保たれている建物の、扉の奥の存在に、こう言うのだ。


「遅い。待っていたぞ」


慎重に大剣を握りこみながら。


***


勇者の秘密の話をしよう。


もし、この世界の通説のように、『人間にはあり得ない魔力を持つ者を魔物と呼ぶ』のだとしたら。彼は、間違いなく魔物であった。彼は、だから、心底正しく人間になりたかった。人間でありたかった。

彼は、人間になるために、人間のために、勇者という道を選んだ。


けれど。魔王を倒して得たモノは、勇者を一瞬しか満たさなかった。


勇者はずっと気に病んでいた。魔術師の妹が死んだ時のことを。


魔術師は壊れたように妹に泣き縋った。頼もしく揺るぎない大男が、あんな風に。

茫然とした。


魔術師が魔王討伐の仲間になったのは、聖女のためだけではない。妹を守るためだと、知らされていた。命乞いを幾度もされた。


そもそも『本当の妹』は、その魔物に食われてしまったと同じだというのに。それは『本当の妹』のかたきで敵だ、魔物なのだと言っても、魔術師は譲らない。俺の妹だと言い張った。

魔術師は頑固な面があって、こうなったら自分の意見を決して曲げない。


とうとう勇者は、妥協案を出した。もし、その妹が自分たちの仲間になって魔物と戦うのであれば、仲間と認めて殺さない、と。

魔術師はその言葉を待っていた。絶対だぞ、と勇者に強く念押しした。

その様子を、聖女までがホッと安堵し見守っていたのが印象的だ。妹に会った事のある聖女は、妹の事を、魔術師の恩人であり妹であり、自分も恩がある、と言っていた。


けれど、魔術師と聖女は妹の説得に失敗した。妹は、共に来ることを拒んだのだ。


だから、約束は果たされない。


それどころか、妹は、あろうことか体力の尽きはじめた魔王に力を与えた。妹と大蛇が、魔王に喰われ始めたのだ。


魔術師が必死に魔王に攻撃をかける。その勢いに勇者も聖女も必死で食いついた。

魔術師は妹を助けるのに必死だった。勇者は魔王を倒すのに必死だった。魔王があの力に満ち満ちたメドューサを喰らい尽せば、自分たちの力が及ばない魔物になってしまう。

必死で、妹と大蛇の身体を取り上げた。全てを喰らい尽くすのを止めた。魔王の息の根を止めた。


妹の身体はバラバラになっていた。

魔術師は戦闘中に床に落ちた妹の頭部に駆け寄り、抱きかかえて泣いた。

頭部だけになった妹はそれでも少し意識を戻し、魔術師に言葉をかけて、事切れた。なぜか幸せそうに笑って。

あまりにこの場に相応しくない表情で、勇者は己の息が詰まったようになった。自分の中の何かが崩れそうで、震えそうになったのを抑え込んだ。


魔物の死。それは正しいはずなのに。


自分のした事は、正しい事だったのか、と。一瞬でも疑ってしまった。


迷うな。間違いなどない。あれは、倒すべきモノ。


けれど、一度は落ち着けても、気づけば、あの時の魔術師と妹の様子が、自分を苦しめた。

魔術師の嘆き壊れた振る舞いが。妹の笑みが。心の奥に「間違いを犯したのではないか」という恐怖を植え付けた。


人間界に戻り、功績を皆に称えられる中。

ある日、魔術師と聖女が、魔界に戻るとこっそり打ち明けてきた。

立場と立ち位置が分からなくなった勇者は、一緒に旅立つことにした。


魔術師は、妹が戻ってくると、信じていた。

気が狂ってしまったと思ったが、強く信じている様子に、勇者はどうしていいのか分からなかった。

聖女などは、始めから魔術師の言葉を鵜呑みにしている。


魔界に戻った魔術師は、せっせと倉庫に肉を詰め込んだ。

勇者一行が倒した魔王の肉だ。食料として、妹のために。

倉庫に入りきらない量なので、城にも保存魔法をかけておいてある。


そうしながら、魔術師と聖女は、妹との家で暮らしだした。

二人の間には、子どももたくさん生まれた。風変わりな一家は楽しそうに暮らしていた。

彼らは、魔界と人間界の家を自由に行き来して過ごした。


そうやって彼らは待っていたのだ。

けれど、妹は来なかった。


倒した魔物がまた現れるなど、あり得ない、と勇者は思う。

けれどあまりに信じ込んでいる魔術師たちを前に、勇者も、いつからか信じてしまった。


魔術師と聖女は、寿命が尽きて亡くなった。

墓は人間界に作られた。

彼らの子どもたちは、人間界に戻っていった。魔術師の亡くなった今、妹の帰ってくる日のために、建物を空けたのだ。戻ってきて見知らぬ者が暮らしていればショックだろうと。

魔術師がもともと建物にかけていた防御の魔術を、子どもたちも技術を費やして強化した。

妹とそのヘビ以外には、決して扉が開かぬように。何物にも壊されぬように。


魔術師たちの代わりに、勇者が魔界の都を気に掛けることを約束した。勇者にとっても気がかりだったし、どうやら自分は人に無いほど寿命が長いようだったから。

引き受けたのは正解だった。魔術師と聖女の子どもたちはすでに幾世代にも変わり、魔界と妹のことを忘れていったから。


勇者は、人間界を、魔界を、旅をしている。


魔界の都に何者かの気配を感じれば、すぐに何者かを確認しにいく。

ただの魔物であれば、切り捨てた。

死体には保存魔法をかけておく。魔術師が妹のためやっていたのを、真似ておく。


食いしん坊だという、妹のために。


***


いつか再び会うだろうか。


だったら敵対する気がしてならない。

王の肉を喰うはずの妹は強かろう。きっと魔王ほどに強かろう。

負けるものか。勝たなくてはならない。鍛錬に努めておかなくては。


それでもいつか、肉や酒をダシにして、言葉を交わす日も来るだろうか。


そうしたらきっと語りあいたい。


魔術師の事、聖女の事、その子どもたちのこと、互いの事も。



いつか、来ればいい。


どうか、来て欲しい。


寿命の限り、期待し続けて、待っている。




遠い遠い昔に崩れた町で。

奇跡的に保たれている建物の、扉の奥の存在は。


かけた声に、どうするだろう。

茫然と立ちすくんでいるか。大声で罵ってくるか。いきなり攻撃してくるか。


自分はきちんと言えるだろうか。

「お前の兄のリオンと、それからリィナの事を、話さないか」と。


***


遠い都で、久しぶりに揺れた気配に、顔を上げる。



今が流れて至る先を。けれどまだ。この世界の誰も知らない。

終わり

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