第17話 東雲家、緊急家族会議
車の中で、大和はほとんど何も喋らなかった。
麗華へ会合の感想を聞くこともなく、麗華もまた自分から話を切り出すことはなかった。
ただ玄関を上がり、自室へ戻ろうとした時だった。
「麗華」
背後から呼ばれ、麗華が足を止める。
「何?」
「ちょっと来い」
「…………」
大和はそれだけ言うと、居間へ向かった。
麗華はその背中を見送り、小さく息を吐く。
――やっぱり。
会合の途中から、大和の視線には気付いていた。
蒼真を見ていたことも、自分を見ていたことも。
そして最後には、明らかに二人を見比べていた。
「……仕方ないか」
麗華は諦めたように、大和の後を追った。
◇
「座れ」
「はいはい」
「返事は一回」
「はい」
麗華が大和の向かいへ座った時だった。
「何?」
奥から女が顔を覗かせた。
「何してるの?」
「…………」
大和が嫌そうに眉を寄せる。
「澪、お前はいい」
「何が?」
「麗華と話がある」
「じゃあ私も聞く」
「何でだよ」
「麗華の話なんでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ私も関係あるじゃない」
「…………」
大和が何か言おうとする前に、澪は麗華の隣へ座った。
「何の話?」
「お前……」
「早くして」
「…………」
大和は諦めたように息を吐くと、麗華が笑う。
「お母さん強いね」
「今更だろ」
「何よ」
「何でもねぇよ」
大和が煙草を取り出し、火をつけ煙を吐いた。
「麗華」
「うん」
「今日の会合、どうだった」
「どうって?」
「初めてちゃんと出ただろ」
「ああ」
麗華は少し考えてから、口を開いた。
「勉強になったよ」
「そうか」
「うん」
「…………」
大和が煙草を吸うのを麗華は黙って待った。
「神代の若頭」
「…………」
「どう思った」
麗華の目が僅かに動いた。
「何、その聞き方」
澪が横から口を挟む。
「お前は黙ってろ」
「嫌よ」
「…………」
大和は澪を無視して、麗華を見る。
「どうなんだ」
「どうって言われても」
「今日、ずっと見てただろ」
「…………」
「向こうもお前見てた」
「…………」
「知り合いか?」
麗華は少しだけ考えた。
誤魔化しても仕方がないし、嘘をついてももう意味はないだろう。
「うん」
大和の眉が僅かに動いた。
澪が麗華を見る。
「知り合いなの?」
「うん」
「どこで知り合った」
大和が聞く。
「街」
「いつ」
「少し前」
「どういう知り合いだ」
「…………」
麗華は大和を見る。
麗華はそのまま、あっさり答えた。
「付き合ってる」
「…………」
大和が目を見開き、止まった。
「まぁ」
澪は目を輝かせた。
「彼氏?」
「うん」
「誰と」
大和が聞く。
「蒼真」
「…………」
「神代蒼真?」
「他に誰がいるの?」
「…………」
大和は黙った。
澪が大和を見る。
「今日いた人?」
「ああ」
「銀髪の?」
「ああ」
「男前?」
「お前、そこ今関係ねぇだろ」
「大事じゃない」
「何がだよ」
麗華が小さく笑った。
「お母さん、そこ?」
「だって気になるじゃない」
「…………」
大和が煙草を吸い、深く煙を吐く。
「お前」
「何?」
「蒼真が神代の若頭だって知ってたのか」
「知ってたよ」
「いつから」
「最初から」
「…………」
大和が驚いた顔をし、澪も少し驚いた顔をした。
「最初から?」
「うん」
「向こうは?」
「今日知ったみたい」
「…………」
「…………」
数秒の沈黙の後、澪が先に吹き出した。
「何で笑うんだよ」
「だって」
澪は口元を押さえる。
「神代の龍でしょう?ねぇ、どんな顔してたの?」
麗華も思い出し、少し笑う。
「固まってた」
「www」
「目も泳いでた」
「可愛いじゃない」
「若頭だぞ」
「若頭でも驚くでしょ」
「そういう問題じゃねぇよ」
大和は呆れたように煙草を灰皿へ置いた。
「何で言わなかった」
麗華が首を傾げる。
「何を?」
「お前が東雲の娘だってこと」
「聞かれなかったから」
「普通言うだろ」
「蒼真も自分が神代の若頭だって自己紹介しなかったよ」
「お前は知ってただろ」
「知ってたから聞かなかったの」
「…………」
大和が額を押さえる。
「ややこしいな、お前ら」
「別にややこしくないよ」
「俺からしたらややこしいんだよ」
澪が笑いながら麗華を見る。
「それで、どっちから?」
「何が?」
「付き合おうって」
「蒼真」
「あら♡」
「お前は楽しそうだな」
「娘に彼氏ができたのよ?気になるじゃない」
「相手が神代の若頭なんだぞ」
「だから何?」
「だから何って……」
澪は大和を見た。
「ちゃんとした人ならいいじゃない」
「まだちゃんとしてるか聞いてねぇ」
大和は再び麗華を見る。
「麗華」
「何?」
「お前……神代の若頭だから付き合ったわけじゃねぇよな」
麗華の表情から笑みが少し消えた。
「違うよ」
「本当に?」
「うん」
麗華は迷いなく答えた。
「私が最初に蒼真と会った時、蒼真は私が東雲の娘だって知らなかった」
「……ああ」
「男の人たちに絡まれてたの」
大和の顔が変わった。
「何?」
「もう大丈夫。ずっと前だから」
「聞いてねぇぞ」
「言ってないもん」
「お前なぁ……」
「それで?」
澪が続きを促す。
「蒼真が助けてくれた」
「…………」
大和が麗華を見る。
「一人で?」
「うん」
「何人いた」
「3人だったかな」
「怪我は?」
「してないよ。蒼真がすぐに止めてくれたから」
麗華はその時を思い出すように、少しだけ笑った。
「女に手を上げるなんて最低だって、すごく怒ってた」
「…………」
「その時は、私が誰かなんて知らなかった」
大和は黙った。
「神代の若頭だから好きになったんじゃないよ」
麗華は真っ直ぐ大和の目を見て続けた。
「蒼真だったから好きになったの」
「…………」
澪は柔らかく笑っていた。
大和は煙草を取り出し、一本咥えた。
「……その辺は」
火をつける。
「ちゃんと漢なんだな」
麗華の口元が緩んだ。
「うん」
「嬉しそうにすんな」
「だって褒めたでしょ?」
「別に褒めてねぇ」
「褒めたよね?」
麗華が澪を見る。
「褒めたわね」
「お前はどっちの味方だ」
「麗華」
「即答すんな」
二人が笑うと大和は面白くなさそうに煙を吐いた。
「それで」
「うん」
「どのくらい付き合ってんだ」
「まだそんなに経ってないよ」
「天音さんは知ってんのか?」
「知らないと思う」
「…………今日の感じじゃ怪しんでるだろ」
「多分」
麗華は会合を思い出した。
蒼真を何度か見ていた天音。
最後に廊下で蒼真へ声を掛けていた姿。
「蒼真、今頃聞かれてるかも」
「だろうな」
その時、テーブルの上に置いていた麗華のスマートフォンが震え、三人の視線が一斉にそこへ向いた。
「…………」
麗華が画面を見て、表示された名前に僅かに笑う。
「蒼真」
「タイミング良すぎだろ」
大和が眉を寄せる。
「あら♡」
澪が身を乗り出す。
「何て?」
「ちょっと待って」
麗華がメッセージを開いた。
『親父に話した』
「…………」
麗華が笑う。
「やっぱり聞かれてたみたい」
「何て?」
「天音さんに話したって」
大和が煙草を吸う。
麗華は返信を打った。
『私も今、お父さんに聞かれてる』
すぐに既読がつく。
『マジ?』
『うん。お母さんもいる』
少し間が空いた。
『お母さん?』
麗華が吹き出した。
「何?」
澪が覗こうとする。
「蒼真、お母さんがいるって知らなかったみたい」
「そりゃ知らねぇだろ」
大和が言う。
「会ったことねぇんだから」
「写真送る?」
澪が言った。
「やめろ」
「何でよ」
「今必要ねぇだろ」
「顔覚えてもらおうと思って」
「会ってからでいい!」
麗華が笑いながら、またスマートフォンを見ると新しいメッセージが届く。
『親父が大和さんと話すって』
麗華の笑みが少し消えた。
「お父さん」
「何」
「天音さん、お父さんと話したいって」
大和の目が僅かに細くなる。
「……そうか」
「多分、私たちのこと」
「それしかないだろうな」
大和はしばらく黙って煙草を吸った。
「いつだ」
「え?」
「いつ話すって?」
「まだ決まってない」
「聞け」
「うん」
麗華がメッセージを打つ。
『いつがいいって?』
少し待つと蒼真から返信がきた。
『親父は大和さんに合わせるって』
麗華が大和を見る。
「天音さん、お父さんに合わせるって」
「…………」
大和は少し考えた。
「三日後」
「夜?」
「ああ」
「分かった」
麗華が送る。
『三日後の夜なら大丈夫だって』
すぐに返事が来た。
『分かった。親父に言う』
そして数秒後。
『俺も行くんだよな?』
「…………」
麗華が思わず笑った。
「何だ」
「蒼真」
「だから何て?」
麗華は画面を大和へ向け、大和が読む。
「…………」
澪も横から覗き、笑う。
『俺も行くんだよな?』
「当たり前だろ、バカかあいつは」
大和が低く言った。
「www」
澪が笑う。
麗華も返信する。
『当たり前でしょ』
すぐに返ってきた。
『だよな』
続けて。
『蓮もダメ?』
「…………」
麗華が吹き出した。
「今度は何だ」
「蓮さんも連れてきたいって」
「何でだよ」
大和が呆れる横で、澪は楽しそうに笑う。
「仲良しなのねぇ」
麗華が返信する。
『なんで蓮さん連れてくるの?』
『心細い』
「…………」
麗華は笑いながら打つ。
『34歳でしょ?』
既読がついたが、しばらく返事が来ない。
「何て送ったの?」
澪が聞く。
「三十四歳でしょって」
「www」
「…………神代の若頭だよな?」
大和が本気で確認する。
「そうだよ」
「大丈夫か?」
「大丈夫だよwww」
ようやく返信が来た。
『分かってる』
続けて。
『一人で行く』
麗華の表情が少し柔らかくなる。
『私もいるよ』
今度はすぐに返ってきた。
『それなら大丈夫』
「…………」
麗華はその文字を見て、僅かに口元を緩めた。
澪が横から覗く。
「あらぁ」
「何?」
「いいじゃない」
「見ないでよ」
麗華がスマートフォンを胸元へ引く。
「大和」
「何だよ」
「蒼真くん、可愛いじゃない」
「会ってもねぇのに何で気に入ってんだ」
「麗華がこんな顔してるから」
「…………」
大和が麗華を見ると、麗華はスマートフォンを持ったまま、まだ少し笑っている。
「…………」
大和は深く煙を吐いた。
「三日後な」
「うん」
「天音さんと蒼真が来る」
「うん」
「お前も来い」
「分かってる」
「私も?」
澪が聞く。
「お前は来なくていい」
「何でよ!」
「まず俺と天音さんと、本人らで話す」
「私も麗華の親なんだけど」
「分かってる」
「じゃあいいじゃない」
「お前がいるとやかましいんだよ!」
「えー」
「えーじゃねぇよ」
麗華が笑う。
「お母さんはまた今度ね」
「じゃあ絶対よ?」
「うん」
澪は少し不満そうだったが、やがて何かを思い出したように大和を見る。
「ねぇ」
「何だよ」
「蒼真くん」
「ん?」
「男前なの?」
「…………」
麗華が大和を見る。
大和は面倒そうに煙草を灰皿へ押し付けた。
「何でそこ気にすんだよ」
「だって会ったことないもの」
「そのうち会うだろ」
「だから先に聞いてるの」
「…………」
大和は黙る。
「どうなの?」
「…………相変わらずエラく男前だったよ」
麗華の顔がぱっと明るくなった。
「でしょ?」
「何でお前が得意げなんだよ」
「だって彼氏だもん」
「意味分かんねぇよ」
澪が楽しそうに笑う。
「あらぁ。そんな男前なの?」
「お前、顔だけで気に入るなよ」
「顔は大事よ?」
「…………」
大和は頭を抱え、麗華が笑いながら立ち上がる。
「じゃあ私、部屋戻るね」
「ああ」
「おやすみ」
「おやすみ」
麗華が部屋を出ていく。
襖が閉まった。
「…………」
しばらく沈黙が落ちる。
澪が大和を見る。
「で?」
「何だよ」
「本当はどう思ってるの?」
「…………」
大和は新しい煙草を取り出し、火をつける。
「まだ分からねぇよ」
「そう」
「ああ」
煙を吐く。
そして少しだけ間を置いて。
「ただ」
「うん?」
「天音さんの倅だ」
「…………」
「変な男じゃねぇのは知ってる」
澪が僅かに笑う。
「じゃあ、いいじゃない」
「それと娘の男として認めるのは別だ」
「あら、面倒くさいお父さん」
「うるせぇ」
澪が笑った。
大和は煙草を吸いながら、今日の会合を思い返す。
いつもなら堂々としている神代の若頭が、今日だけはほんの僅かに目を泳がせていた。
「…………」
大和の口元が、少しだけ緩む。
「何?」
「いや」
「何よ」
「何でもねぇ」
三日後。
神代天音。
神代蒼真。
そして、自分と麗華。
四人で話をする。
大和は煙草の火を灰皿へ落としながら、静かに息を吐いた。
娘が選んだ男がどんな男なのか。
今度は、神代の若頭としてではなく。
一人の男として、ちゃんと話を聞いてやろうと思った。




