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「汚い、どころじゃないわね。……まるで機械の墓場だわ」
エリンはえずくのも忘れ、部屋の壁に思わず触れた。
指先に、ベタベタとした重い工業用グリスの感触が残る。彼女はそれを嫌悪するどころか、人差し指についた脂の匂いを直接嗅ぎ、目を細めた。
「T―99潤滑油の代用品ね。タンパク質の焦げた匂い……。ウンディーネが限界を超えている証拠。これ、あなたが自分で調合したの?」
「市販のものは、下層には落ちてこない。粘度の計算さえ合っていれば、何でもボルトは回る」
カイはぶっきらぼうに答え、部屋の唯一の椅子である、古い油圧式シートをエリンに顎で示した。
自分はそのまま、床に置かれた未完成のトランスアクスルの上に腰を下ろす。
エリンは積まれたジャンクの中から、カイが手作業で魔改造を施したと思われる旧式の気圧測定器を拾い上げた。
配線はマニュアルを完全に無視して直列に繋ぎ直され、バイパス回路が物理的に半田付けされている。しかし、その無骨な手仕事には、無駄な抵抗を極限まで省くための、狂気じみた合理性が貫かれていた。
「……信じられない。あなた、マニュアルも読まずにこれを直したの?」
エリンの声に、純粋な驚愕と、ある種の畏怖が混ざる。
「祈祷師みたいに部品を交換して、儀式的に祈るだけの上層の奴らより、あなたの方がよっぽどこの船を理解しているわ。彼らは教典の奴隷だけど、あなたは物理の支配者よ」
「マニュアル通りに動くボルトはこの船にはない。ただ、音が狂っていれば、その摩擦を削るだけだ。計算上、それ以外の方法は死につながる」
カイは親指の腹でスパナの柄をなぞり、そのローレット加工のギザギザに意識を集中させた。
エリンの言葉は、彼にとってただの事実に過ぎなかった。だが、上層の人間からその技術を肯定されたことに、彼の内側で微かなノイズが弾けた。
エリンは、汚れた純白の制服の懐から、厳重に遮蔽された金属製のフラッシュドライブを取り出した。
それは彼女が上層のデータベースから命がけで複製し、物理的に持ち出してきた「200年前の未修正ログ」のオリジナル記憶素子だった。
「私の知識と、あなたの手の融合よ、スクラッパー」
エリンはカイの古い端末――真空管と剥き出しの基盤がむき出しになった、恐ろしく前時代的な骨董品――の前に立った。
指先が焦燥感から、何もない空中で激しく『仮想キーボード』を叩くように動く。
「私のドライブは上層の暗号プロトコルで保護されている。だけど、あなたのこのアナログな端末の不規則なノイズを利用すれば、その暗号アルゴリズムの論理バグを物理的に突破できるわ。……接続して」
エリンはカイにドライブを差し出した。
カイは黙ってそれを受け取り、その冷たくて重い、極めて精密な金属の感触を指先で確かめた。
上層が必死に隠蔽しようとしていた、禁忌のデータが、今、カイの油にまみれた端末へ物理接続されようとしていた。
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