二十話 嘆きの怪物
レオの一件が終わった後、私の生活が変わることは無く、相変わらず慣れない講義を楽しんでいる。今は中庭で魔法戦闘技能訓練をやっていて、私はハーケルン先生の助手として参加していた。最終的にこの講義は私一人で受け持つことになるらしく、ハーケルン先生から引継ぎも兼ねている。ハーケルン先生は新たに新設する講義を担当するらしい。内容としては魔法戦闘技能訓練を発展させたものだという。
[前回は中断してしまったから、今回も攻撃と防御の魔法訓練をするぞ。今から実演する。リビア、攻撃役をしてくれ]
[分かりました]
[【防御魔法】]
ハーケルン先生の防御魔法を確認してから、私は攻撃魔法を唱えようとして止めた。
[なんだ?]
ハーケルン先生も異変に気づいたらしい。魔法学院の方から、騒がしい音が聞こえるのだ。それなりに距離が離れているこの場所からでも、破壊音や悲鳴のような声が聞こえる。そんな不穏な空気を学生達も感じ取って、不安そうな表情を浮かべている。
[嫌な予感がします……]
[奇遇だな。俺もだ]
私はある一点を見つめる。魔眼を通したその先には、まるで台風のように周囲の魔力を吸収しながら突き進んでくる何かがいる。まだ、姿は見えない。でも、どんどん近づいてきてる。そして、魔法学院の壁を突き破ってそいつは現れた。
[な、なに、あれ?]
怯えたように一人の学生が指さす。その魔物は様々な生物を考えなしにくっつけたような、凡そ自然に生まれた見た目とは思えない存在だった。獅子の胴体と手足に、尻尾は巨大な蛇が生えている。獅子の顔に当たる部分はなく、そこから……。人間らしき上半身がくっ付いていた。上半身は灰色で生気は感じられず、背中からは一対の巨大な鳥の羽を伸ばしている。そして、頭部の半分は布で覆われ表情は分からない。肉体に秘められる魔力量と醜悪な見た目。尋常な生物ではないことが一目で分かった。
[初めて見ました。あれ、合成魔獣ですよね]
私はそいつから目をくぎ付けにしたまま、ハーケルン先生に話しかけた。
[多分な]
合成魔獣は私達の方を向くと、ニヤリと笑った気がした。そして、ものすごい速さでこちらに向かってくる。
[これも講義の一環とか言わないですよね?]
[冗談に付き合っている暇はない。俺があいつの気を引き付けている間に、学生達を非難させてくれ]
[分かりました]
[任せたぞ。武器の一本でも携帯しておくべきだったな]
ハーケルン先生はそう言って、飛行魔法で空中に浮くと合成魔獣に一直線に向かって行った。
[【風の攻撃魔法】]
ハーケルン先生が魔法を唱え、風を纏った砲弾が放たれた。
[【グガミアラハサァァァァ!!】]
うそ! 魔法を唱えてる。合成魔獣の胸の辺りから炎の砲丸が打ち出され、風の魔法とぶつかり爆発。爆風が吹き荒れる中、ハーケルン先生は怯むことなく再び魔法を放っている。一方、図体が大きい割には、合成魔獣は俊敏で攻撃を避けている。
合成魔獣は複数の動物や魔物の肉体を掛け合わせ、そこに仮初の魂を宿らせて生まれる人口生命体だ。基本的に、掛け合わせる肉体の種類や数によって強さは比例し、生み出す難易度も跳ね上がる。合成魔獣を作るには闇魔法、解剖学、錬金術への深い理解と類まれな才能が必要だ。あの合成魔獣は少なくとも獅子、蛇、鳥、人間の四体を組み合わせているので、創造者は相当の実力の持ち主だ。それでも人間を素材にするなんて……。あれを創り出した人間は道徳や倫理観が大分破綻しているかもしれない。さて、観察と考察はここまでにして、早く学生達を非難させないと。あれは危険すぎる。
[【空間移動魔法】]
複数人が同時に入れるように、いつもより大きめの黒い円を出現させる。
[皆さん、黒い円の中に入ってください。寮に転移できるようにしていますので]
私はそう言って彼らを黒い円へ誘導するが、あまり上手くいかない。学生達は黒い円へと入ろうとしない。明らかに怖がっていたのだ。初めての転移魔法で、得体の知れない黒い円に飛び込むには相当の勇気が入るのだろう。一刻も早く、学生達を非難させたいので無理やりにでも押し込みたいけど、それは逆効果でしかない。私がどうしようか悩んでいるとき、ある学生が堂々と黒い円の中へ入って行った。そして、再び黒い円から黒髪の女学生カミラがひょっこり出てきた。
[ほら、平気。だから、安心して避難しよう]
彼女の行動によって変化は劇的であった。学生達は次々と黒い円へと入って行き、最終的に残すのはカミラと私だけになった。
[助かりました]
まさか、カミラがこんな率先して行動してくれるなんて。彼女の成長に感謝すると同時に、嬉しさも込み上げてきた。
[それはこちらのセリフですよ、リビア先生]
カミラは柔らかな笑顔を浮かべそう答える。
[そうですか。それでしたら、もう一回私のことを助けてくれませんか?]
[えっと、何をすればいいのでしょうか?]
[合成魔獣が暴れている現状をオディーリアさんに伝えてください]
[任せてください]
[ありがとうございます。【空間移動魔法】。執務室に繋げたのでよろしくお願いします]
[はい!]
カミラは走りながら黒い円に入るのであった。これで、こっちの仕事はある程度片付いた。今も休みなく戦っている合成魔獣とハーケルン先生へ目を向ける。数分程度の時間しか経っていないとはいえ、合成魔獣は無傷。これは予想外だ。ハーケルン先生のような実力者なら致命傷といかなくても、それなりのダメージを与えていると楽観視していた。一方で、ハーケルン先生は苦しい表情をしている。そこまでの強敵ということなのだろう。勿論、傍観者でいるつもりなんてない。合成魔獣の討伐に今から参戦するつもりだ。あれと戦うのは教師としての責任感から? 今の私の立場からすれば、転移魔法を使って他の教師達に協力を仰ぐことの方が優先されることだと思う。でも、それはしない。何故だろうか。これはちょっとした好奇心と、合成魔獣が研究の役に立つかもしれない期待感。私は亜空間から箒を取り出して跨ると、そのまま空へ舞い上がる。
[【普通攻撃魔法】]
合成魔獣へ向かう最中、攻撃魔法を唱える。灰色の槍を十本出現させて射出。高速移動するそれら槍は全て合成魔獣へ命中。羽、人間の上半身や獅子の体を貫いた。いとも簡単にダメージを与えられて拍子抜けするも、すぐに合成魔獣の異常性が現れた。血が出ていないし、痛みも感じている素振りもない。それに……、傷がものすごい速さで塞がっている。
[こいつに半端な攻撃は効かないぞ。すぐに再生する]
ハーケルン先生と合流すると忠告してくれた。ハーケルン先生が手こずるわけだ。ダメージを与えても再生するなら永遠にこの戦いは終わらない。
[不死性……。非常に厄介ですね。何か良い方法はないのですか?]
[再生が追いつかないほどの大きな一撃を与えるか、連続で攻撃しつづけるかの二択だな]
戦い慣れしているハーケルン先生だけあって、不死の生物の対処法を知っていた。私はそんなこと知らなかったので感心する。
[なるほど。私とハーケルン先生で強力な魔法を叩き込みましょうか。ハーケルン先生いけますか]
[ちなみに、俺は魔法が不得意で基本的な魔法しかできないから頭数には入れないでくれ]
[は? 意味が分からないです]
[【グガミアラハサァァァァ!!】]
今までこちらを静観していた合成魔獣が急に炎の魔法を放ってきた。空中にいた私達はそれぞれ回避行動を取った後、ハーケルン先生は合成魔獣に接近し、風の魔法で応戦する。
[言葉の通りだ。俺は魔法剣士で、剣で戦う方が圧倒的に強い。魔法はおまけみたいなもんだ]
[なんで、“魔法学院”の“魔法戦闘”技能訓練を担当しているのですか?]
[戦闘方法を教えるだけで、魔法の良し悪しは関係ないからな]
ヒルキマキア魔法学院、最も格式高い魔法学院と評判なのに。こんなおまけ程度しか魔法を使えない人を雇っているなんて……。とは言っても、ハーケルン先生の戦闘技能はやっぱり流石と言える。こんな会話をしている最中もハーケルン先生は合成魔獣の周囲を飛び周り、気を引き付けてくれている。役割分担としては私が破壊力のある魔法を使うしかないようだ。
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