二十一話 嘆きの怪物二
[そのまま引き付けといてくださいね]
[任せろ]
私は普段使っている杖を亜空間に仕舞って、代わりに大ぶりの杖を取り出す。イザベラ師匠謹製の魔道具、狂振の杖。先入観で杖は木を想像しがちだけど、これはダークグレーの金属を基調として、透き通った水色をした魔石が組み込まれたスマートな見た目をしている。先端は三本の鋭利な魔石で三又のような形状をしている。この杖の特徴は周囲の魔力の吸収効率が異常に高いこと。魔力不足で普段使用できない魔法も、この杖なら使用可能にしてしまう程だ。そして、魔術構築の演算補助機能もついているので複雑な魔法も短い時間で発動できる。まさに、チート仕様の杖だ。これを使うからには手加減などできない。
[【空間切断魔法・八連】]
合成魔獣のいる空間に八本の白い線が格子状に浮かび上がった瞬間、合成魔獣はサイコロステーキのように細切れになった。突然の出来事にハーケルン先生は目を丸くしている。この魔法はあらゆる防具、防御魔法の効果を受けずに対象を空間ごと切断する。
[はぁ、はぁ、はぁ……]
息が苦しい。急激な魔力の消費は体に負担がかかる。さっきの魔法でごっそりと私の中にある魔力が失われた。狂振の杖で補助しても燃費の悪さは改善されない。
[肉体が回復し始めている! たたみかけろ!]
ブロック状の肉片は呼吸するかのように脈動していて、組織が再生し始めていた。
[言われなくても分かってます!]
箒を操作して、場所を調整。ここなら肉片全てが範囲に収まるはず。魔力の残り具合から、打ててあと一発。これで決める。
[【大いなる普通攻撃魔法】]
杖の先端を前へ向けてありったけの魔力を注ぎ込み魔法を発動。眼前が灰色の光で埋め尽くされ、一筋の破壊の光が今もなお蠢く肉片を飲み込んだ。そして、私は限界を迎えてしまった。箒で浮いていることすらできなくて、地面へと落下していく。
[おっと]
飛行魔法で移動してきたハーケルン先生が片手一本で私を抱き留めてくれる。ナイスと言いたいところだけど、私は彼の肩に担がれている状態だ。もうちょっと、マシな受け止め方は無かったのだろうか。そのまま地面に降り立ち、私は地面に下ろされた。地面に足がついた瞬間、その場にへたり込んでしまう。体に力が入らないし、めちゃくちゃ気持ち悪い。これは完全に魔力切れの症状だね。
[リビア先生―!]
私がマジックポーションを飲んで魔力を回復させていると、カミラがやって来た。彼女の後ろにはナイタル先生とオディーリアさんもいた。
[無事で良かったです……]
カミラは今にも泣きそうだ。
[大げさですね。この程度余裕ですよ]
実際はぎりぎりだったけど、かっこ悪いからそういうことは言わないでおく。
[合成魔獣が暴れていると聞いたが、これは君がやったのかね]
ナイタル先生は中庭を見ながらそう話す。彼の視線の先を見ると、一方向に向かって地面が抉れていて、魔法がもたらした破壊の痕跡が刻まれていた。合成魔獣の肉片なんて跡形もなく消失している。
[そうですけど、何か]
[いや。大したものだと思っただけだ]
今日は隕石でも降ってくるのかな。まさか、ナイタル先生から褒め言葉を貰うなんて。
[ともかく、リビアが無事で良かったわ。サイラスも大丈夫そうね]
[ああ]
[問題は山済みだけど、リビアとサイラスは保健室に……]
弛緩した空気が流れる中、耳をつんざく悲鳴が響き渡った。
[アアアアグギギギルゥゥゥゥ!!!!]
やつはまだ生きていたのだ。土の中から這い出てきた合成魔獣は再生途中で、体の所々が欠損した状態であった。そんな状態でも地面を這いずりながらにじり寄ってくるその姿は、おぞましく、気味が悪かった。一体何がこいつを突き動かしているのだろうか。
[ちょ、ちょっと! まだ生きてるじゃない!]
[リビア先生……]
オディーリアさんが珍しく取り乱し、カミラは怯えた表情を浮かべている。
[しぶといやつだ。オディーリア下がってろ!]
[なんと醜悪な合成魔獣だ……。カローンめ、こんなモノを生み出しおって]
ナイタル先生はぶつぶつ呟きながら、黒の皮手袋をはめる。手の甲に当たる部分には魔石がはめ込まれていて、あれが杖の代わりなのかもしれない。だけど、ナイタル先生の出番はないけどね。
[皆さんやる気を出しているところ申し訳ございませんが、中途半端な攻撃は無意味なので私がとどめを刺します]
マジックポーションを追加で一本開け飲み干す。そして、私は数歩前へ出て彼らの先頭に立った。
[見くびっては困るぞ、マルクト先生]
[ナイタル先生を見くびっているわけではありません。ただ、普通の魔法を使ってもまた再生しますよ。あいつのコアである賢者の石を破壊しない限りは]
[ほう。そこに気づくとは中々の観察眼だ]
[あんなバカみたいに再生したらそれしかないですよ]
[強力な魔法耐性を有する賢者の石を破壊するのは困難を極めるが、秘策があるようだな]
[ええ]
面と向かってナイタル先生の目を真っすぐに見る。彼は目を閉じて、ゆっくり目を開けた。
[ここは君に任せるとしよう]
そう言ったナイタル先生は後ろへ下がる。改めて前を見据えると、合成魔獣の体はほとんど元通りになっていた。
[忠告です。私より前に絶対に出ないで下さい。命の保証はできません]
[一体どんな魔法を使うのよ……]
[見てれば分かります]
オディーリアさんにそう返して、私は亜空間から注射針を取り出す。魔法使いが周囲から魔力を吸収し蓄積できる量はある程度決まっている。勿論、魔力量を鍛えることはできるけど、生まれつきの才能に大きく依存するのが一般的だ。今から使う魔法は狂振の杖の補助有りの状態で私の全魔力を使っても、発動することはできない。それほど凄まじいほど魔力を食うのだ。なので、魔力量を限界突破させる。
[ふぅー。久しぶりにパキりますか……]
注射針の中にはマジックポーションを超高濃度に濃縮した溶液魔力の絶頂が封入されている。一呼吸置いて、注射針を腕の静脈に突き刺す。ダークグリーンの溶液が注射針を通して、私の血管に注入された。直後、頭の中に火花が散る。一瞬目の前が真っ白になったと思ったら、爽快感が全身を駆け巡る。
[くくく……。ひっひっひひひひひひひハハハハハハ……]
[りーびーあーーー、あーんーたーーぁぁぁぁーー]
全てがゆっくりに感じられて、体もぐわんぐわん揺れてる。世界が捻じれる。地震でも起きた? 世界がおかしくってるのが、めちゃくちゃうける。笑いを抑えられない。気を抜くと地面で笑いこげそう。ああ、なんだっけ? 私何してんだっけ。なんか羽が付いたジャガイモが近づいてる? ああ、そうだ。あいつを壊すんだった。杖を前方に掲げて、あの魔法を口ずさむ。
[【空間の崩壊】]
地響きと轟音が鳴り響き、合成魔獣は一瞬にして潰れてしまった。魔法が発動したところは綺麗に円形の陥没ができていて、まるでそこだけ空が落ちたみたいだった。合成魔獣だったものは白い紙みたいに薄く延ばされた状態になっていた。そして、紙は徐々に灰色になっていくとボロボロ崩れ去り、最終的に消えて無くなってしまった。そんな光景を目の当たりにしてオディーリアさん達は唖然としている。
[なんて魔法なの……]
[これが時空魔法の神髄ということか。おもしろい]
[まるで巨人が地面を踏み鳴らしたような魔法だ]
各々が独り言のように呟いている中で、カミラだけが私に声をかけてくれた。
[リビア先生、具合は大丈夫ですか? さっき様子が変でしたし、今は顔が真っ青ですよ]
彼女の言う通り、私は絶不調だ。全身に力が入らなくなり、猛烈な吐き気が襲い掛かってくる。魔力の絶頂の副作用。私はその場に崩れ落ちるようにへたり込む。もう、限界……。
[うっ、おぇ……。おえぇぇぇぇぇ……!! はぁ、はぁ、ぐぇ、ゲエエエェェェェェ]
[リビア先生!]
全てのものを吐き出したのに、それでも吐き気が止まらない。胃の中がずっと逆さまになっているような、とにかく気持ち悪い。カミラに背中をさすられている間も、私は涙と胃酸を地面に垂れ流す。けれど、一向に吐き気は止まらない。辛い。辛すぎる……。楽になりたいのに……。
[大変でしょうけど、保健室にいくわよ。カミラ、反対側頼むわね]
[は、はい]
オディーリアさんに右肩を、カミラに左肩を持ってもらいながら私は立ち上がる。
[手伝うぞ]
[男共はあっち行ってなさい]
オディーリアさんの物言いは辛辣だった。ゲロまみれの私に気を使ってくれたのかもしれない。私はおぼつかない足取りで保健室に向かう。これは何とも締まらない結末だ。
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