雨の中の悲劇
冷たい雨が降り始める……
誰もこないような路地裏に連れ込まれそのまま殴られ雨に濡れた地面に倒れ込んだ。
先程バッタリと昼間に俺と一悶着あった男2人とエンカウントしてしまいそのまま抵抗も出来ず殴られて今の場所に連れ込まれた。
殴られた右頬と腹部に痛みを感じながら立ちあがろうとする。
しかし男達はその暇すら与えずに立ちあがろうとした俺の腹部に蹴りを入れた。
「がはっ……」
あまりの痛さに一時呼吸困難に陥りかける。
「まだへばるんじゃねぇぞ!!」
俺を蹴った男が今度は俺の髪を掴んで持ち上げる。
「痛い痛い痛い」
髪を引っ張られ髪がそのまま引きちぎれそうな痛みで悶える。
「さっきは邪魔が入ってイライラしてたんだ、その分の落とし前きっちり付けてもらうからな??」
そのまま2人の男が交互に俺の顔面や胴を殴りつける。
何度も何度も何度も……俺が叫ぼうとも辞めずにひたすら男達は暴力を繰り返す。
「あーもういいかな」
男が俺の髪から手を離し俺は地面に頭を打ちつけるように倒れる。
もう終わりか?これで暴力から解放され……
「最後にコレで思いっきり傷付けて終わろうぜ」
男が意気揚々に取り出した物を見て呼吸が止まる……
男が取り出した銀色で鋭利な物は……大体10センチくらいのナイフだった。
「はっ、はっ、はっ、はっ、」
呼吸が乱れるのを感じる……
さっき刃物は克服したはずだろ!それなのに、それなのに……体の震えが止まらない。
恐怖心が拭えない。
雪花が洞窟で剣を持てたのは……リティアを助けるためでえる。
けど今は違う、今はトラウマになってる刃物は誰かを助けるために使われるのではない、ただ人を……雪花本人を傷付ける為に使われようとしているのだ。
「それじゃあ、大人しくしてろよ!!」
ナイフを持った男が雪花にナイフを向けながら楽しそうな声で叫ぶ。
彼らにとっては軽く傷付けて遊ぶ……ただそれだけのつもりだった。
けれど雪花にとってはその行動は遊びなんかじゃ済まされない事だった。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、」
小さく何度も少しづつ近づいてくるナイフを言葉で拒絶する。
それでもナイフは男達は止まらない。
雪花の視界が恐怖で歪み体が震えそして……
意識を失った。
ザーザーと雨が降っている。
雨粒が俺の全身に当たって体を冷やしていた。
……俺は倒れてるのか?何してたんだっけ?
まぁそんなのどうでもいいか、右手が温い雨が降って体全身は寒いけど何故か右手だけは暖かい感じでなんだか気持ちいいんだ。
なんでだろう?
暖かい物の正体を確かめるために起き上がって目を開いてその物を見た瞬間、俺の時間が止まった。
「──え?」
俺の手が触れている物は血に塗れて黒焦げに焼かれた肉片だったのだ。
「なん──で……」
突如として雪花の前に現れたそのグロテスクな物に動揺しながら彼はその肉片に触れている手をどかす、しかしどかした先でも手に何か冷たい感触がして反射的にそっちを見てしまった。
そこにあったのは原型も留めないほどにバラバラに切り刻まれた肉片があった。
まるで洞窟で風の魔法を使って切ったボスゴブリンの腕のような切り口だった。
何が起こっているのかしばらくの間理解が追いつかずに雪花はその場でその肉片達を眺めていることしか出来なかった。
次第に彼はその肉片が人に換算すると大体2人分あることに気が付いた。
2人分……そして雪花は気を失う前の記憶が次第に蘇ってきて体が震え始める。
「違う……」
唇を震わせながら否定する。
焼かれた肉片、切り刻まれた肉片、そして自分が洞窟で使えた魔法……
それらを照らし合わせた時、自分が何をしでかしたのかそれを理解し始めたからだ。
「違う違う違う」
そんな事実を認めたくない彼は必死に言葉で否定する。
きっとこれはあの男達が俺にドッキリかなんかを仕掛けて面白がっているんだとそう思いながら彼は立ち上がろうとした時……足元に何かが転がっていることに気付く。
それを見て何かを認識した瞬間、彼は真実を思い出す。
足元に転がっていた物は……男達が持っていて雪花に向けられていたナイフ、それを見た瞬間に彼の感覚が自分のやったことを思い出した。
明確な記憶はない。
けれどもこの血に塗れた手で、自身の魔法でナイフを向けてきていた男を風の魔法で切り刻んでそして逃げようとしたもう1人も炎の魔法で焼き殺した……その感覚を思い出してしまったのだ。
「あ、あ、あぁ……」
言葉が出てこない。
それもそうだ。
彼は無意識とはいえ初めて人を殺したのだ。
「ち、違うっ!俺は悪くない!!アイツらが!アイツらが悪いんだっ!!」
誰もいない1人の路地で彼は誰も聞いていない言い訳を叫び続ける。
その言い訳は強くなる雨音で掻き消されながらもしばらくは続いた。
「リ、リティア……」
しばらく叫んだ後、彼は考える。
これからどうするべきかを……人が死んでいる、きっと自分は捕まり罪に問われてしまう。
「俺が人を殺したってなったら……リティアが勇者になれなくなる……
だから……俺はリティアのために逃げないと……」
彼はそう呟いて歩き始めた。
リティアが勇者になるため、自分が殺人犯として捕まるのを避けたいと……彼の"建前"ではそうなのだろう。
しかし彼の本心は違った……
彼はリティアの今後の為に逃げるのではない。
彼は……人を殺したという事実をリティアに知られて軽蔑される事を恐れ逃げるのだ。
今までの人生、誰の役にも立った事のなく誰からも必要とされないまま死んだ雪花。
そんな自分を必要としてくれたリティアに軽蔑されたくなかったのだ。
意識が薄れていく中彼は逃げ続ける、途中で街の城壁に歩みを阻まれたが無意識に風の魔法を使ったのかいつの間にか城壁の外へと出て荒野に出ていた。
さっきの洞窟とは違う方向なのか……とそんな事を考えてる余裕はなく雪花は荒野を歩く。
どれくらい歩いたかわからない……
歩みは遅くなり雨で体が冷えて動く力が出なくなっていて荒野のど真ん中で力尽きた。
意識が次第にと消えていく、ここまでか……
「お主、大丈夫か?」
雪花の意識が消えようとしたその時、彼の耳にかすれた声が聞こえてそのまま意識を失った。