第78話
「ヘラルト」
低く、無感情な声が聞こえた。
怒りに任せて怒鳴りそうになる私の頭がスゥッと冷める。
アドルフさんの、その声一つで。
「話せ」
「……仕方ないな。だが先に確認をさせてくれ。イリステラ、彼女たちの状態をどう見る?」
ヘラルトに問われ、私は彼女たちを見る。
動揺のあまりしっかりと見ていなかったが、どうにも様子がおかしい。
エミリアさんだって、あの別れ際を考えれば私たちを見て激高するか声を上げるかしそうなものだが……ちらりとも、彼女はアドルフさんに視線を向けないまま床を見ているではないか。
(……これは)
ハッと息を呑む。
そしてその意味を知って、誰にともなく悪態を吐きたくてたまらなくなった。
「彼女たちは、いずれも神官ではありません。獣化被害者ですね? それも、暴走に近い状態まで獣化を繰り返した方々です」
「どうですか、陛下」
「……その通りだ。彼女たちはすでに何度か獣化し、暴れ、取り押さえられた後に自我を失いつつある。聖女の目は確かなものだと、この場で証明されたな」
満足そうな王の言葉に私は舌打ちしそうになった。
ああ、そうだろう。
まず神官かどうかを見抜き、そしてその状況を見抜いた。
次に求められるのは?
そう、治療だ。
彼女たちを治療して見せて、初めて〝聖女〟がただの飾りではないという証明になる。
できないと言えば聖女という特権階級が下位の者を虐げていたという口実になるし、我が国は〝聖女〟という張りぼての下で人々を騙して戦わせていたなんて風評被害にも繋がるのだろう。
(別に治癒するのがいやなんじゃない)
ただそれで、現在リンドーン国内で起きている亡命者、あるいは亡命者たちの血縁者が獣化して暴走している件について、今後も対処を求めるという理由で聖女を要求するつもりなのだろう。
そうなると本物の聖女以外を派遣すれば国家間の問題になるし、かといってこれまでオーベルージュ国内にいる聖女の大半が偽物であることから彼女たちが何故派遣されないのか? という疑問にぶつかることになる。
それを回避するにはどうしたらいいのか。
つまり。
(最初から、私とアドルフさんをリンドーンに引き渡すつもりだった……?)
いやさすがにそれは考えが飛躍しすぎか。
私はアドルフさんに視線を向ける。
アドルフさんは小さく頷いてから、私の手を宥めるように軽くさすり、ヘルマンの方を向いた。
「彼女にそれ以上を求めるつもりなら、俺は単騎でもイリステラを連れてこの城から逃げ出してみせるが」
「おいおい、さすがに国際問題だ」
「……だまし討ちのようなまねをしているのはどちらだ。俺は故国に未練はないぞ」
「わかってるよ。さすがにあちらさんがこんな方法をとることまでは聞いていなかった」
どうやらヘルマンは少なくともこちら寄りの考えのようで何よりだ。
だが戦争も終わったばかり、代替わりもしたばかりである我が国にとってあらゆる意味でこの状況は不利なことばかり。
「知己の女性を招いたのは、こちらの判断だ。どうやらよろしくない関係だったようで、そこは知らなかった」
(嘘吐け!)
スリコフ将軍のその言葉に、私はまたもや悪態を吐きそうになるのをぐっと堪える。
ストレスで肌荒れしたらどうしてくれるんだ!!
その代わりがっつり睨んでやったけど……スリコフ将軍はそんな私の視線を受けても、まるで子猫がシャーシャー言ってる程度にしか見えないのか微笑ましいものを見るような目を向けてくるではないか。
本当に腹立つなあ!
あれが主役の余裕ってか!?
「彼女たちをそちらの知恵と経験を用い、治療してほしい。そうすればやかましい連中を懐柔する手立てになる」
あーあーあー、まあそうなるでしょうね、そうなるでしょうよ!
私は眉間に皺が寄るのを今度こそ隠せないままに、大きなため息を吐くのだった。




