第20話
私は呆然としつつも言われた通り、大人しく神殿でアドルフさんが迎えに来るのを待っていた。
いやだって推しに言われたんだよ?
そりゃよっぽどのことがないなら従っちゃうよね! 本能的にね!!
(……どうしたんだろ)
アドルフさんのことだから、てっきり部隊の人たちともう少し話をして……とかそんな感じだと思ってたのになあ。
やっぱり私が第四部隊の人たちから睨まれたのを気にしてくれたのかな?
無愛想なようでそういう気配りができる人だから。
さすがみんなのアドルフさん! 推せる!!
でも私はこれっぽっちも気にしてないんだよなあ。正直。
だって、あんな視線を向けられるのは神官時代からしょっちゅうなんだよね。
私たち神官は、回復ができるからどこでも重宝されると言えば聞こえはいいけど……その分、かけられる期待という名前の重圧が酷い。
下級神官は本当にちょっとした傷を塞ぐとかそのレベルでしかないのに、瀕死の重傷者を見せられて『なんで助けられないんだ!』とか言われることがしょっちゅうだった。
その昔はね、治癒の力を持つ人間を全員〝聖女〟にして兵士たちをバンバン獣化させればいいじゃんって計画もあったらしいんだけどさ。
誰もが獣化で暴走してしまうことを恐れ、聖女は自分の命を削られることを恐れているからこそできなかったから神官にして一部を聖女にした。
そうしないと、どこで何が崩壊するかわからないから。
(……でも、そんな神官や聖女を気遣う人もいてくれる)
神官も、もちろん聖女だって万能ではないのだ。
それでも友を、家族を、隣にいたはずの誰かが傷ついて今にもいなくなってしまいそうだったら……縋らずにはいられないんだと思う。
私ももし、アドルフさんが……第五部隊の人たちがそうなって、自分の力が足りなかったらきっと他の聖女たちに助けてくれって言ってしまうんじゃないだろうか。
(まあ、そんなことしたって断られることが目に見えているからまずはそうならないように気をつけないとね!!)
ぐっと祈るふりをしながらそんなことを考えて、果ては晩ご飯についてまで考えている私はきっと不信心者って叱られる聖女代表に選ばれる勢いだ。
でもさあ、神鳥って呼ばれているのはただの精霊で、かつて獣人だったこの国の人間と親和性が高いから力を貸してくれているだけで神様の使いじゃあないんだよねー!!
ゲーム知識で語っちゃうと不信心どころか不届き者でフルボッコ間違いなしだから大人しくしているけど、ちょっとこう……重なる世界? みたいな境界線の甘いところにいる別世界の存在であるその精霊は、こちらの世界の鉱石で繁殖をする希少種でしかない。
だけどその精霊ももう数が少なく、別の世界へと渡る準備をしているのだ。
(……精霊の願いを叶えれば、この国を護る力になる……)
それはゲームにない方向。
本来のエンディングとは違う道筋。
でもそれこそが、私が見出した活路だ。
(守りたい。推しには平和な世界で、普通の幸せを手に入れてほしい)
教会の人間は、神鳥の願いを知っている。
それは叶えようと思えば叶えられるのに、叶えてこなかったのは神鳥に旅立たれては困る王家と、教会の一部の人間。
それに気づいても、誰もどうにもできなかったのは、そういうことだ。
ゲームだと主人公たちが劣勢になる戦争の中でそれを知ってしまい、権力とかそういうのにしがみついている場合じゃないだろーってことで神鳥の願いを叶えて特別な力を得て最強形態みたいな特殊獣化をしてババーッと最終局面をクリアするんだけども。
(……上手く行けばいいなあ)
神鳥を前に、儀式を行うには――少しばかり、命がけだけど。
パートナーと絆さえ築けていれば、聖女にとって怖い儀式ではないとわかっている。
でも私は……アドルフさんと私は、そういう意味での絆はきっと築けないだろう。
ふっと顔を上げる。
周囲に人はいなくて、私の後ろの方で足音が聞こえて……止まって、そしてそのまましばらく静かだったから。
振り向けば、そこにはアドルフさんが眉間に皺を寄せて立っていた。
「アドルフさん」
「……祈りの、邪魔をしてはいけないと」
「問題ありません。神はそのような些事でお怒りになるほど、狭量ではありませんから」
ふふっと笑う私はきっと聖女らしい慈愛に満ちたもので、神様に対して絶対の信頼を見せていることだろう。
そういう笑顔になるよう、努力しまくったからね!!
実際にはそこの神像はただのハリボテだと思ってるし、祈りの内容だって大抵半分くらいは『今日の晩ご飯なんにしようかな~』とか『パン屋さん間に合えばいいな~』とかそんなんだからね!
口に出してはいけない。絶対にだ。
「しかしよろしかったんですか? 部隊の方々も今日はお疲れでしたでしょうし、反省なども……」
「それは別の日でもいい。今日はアンタだって疲れている」
「私ですか?」
「ああ」
神殿を出て、廊下を連れ立って歩く。
ひたりとアドルフさんが、こちらに視線を定めた。
夕焼けでキラキラ光る金の髪に、見惚れるくらい綺麗な緑の目が私だけを見ていた。
「お前の方が、辛かったろう」
「……慣れて、いますよ」
「それでもだ。慣れたとしても、人は傷つく」
「……」
ああ、どうしてこの人はこんなにも優しいんだろう。
そうだ、その通りだ。
私だって傷つかないわけじゃない。
実力が足りなくて、気を失いそうになるほど頑張ったって助けられない命もあった。
もっと早くにたどり着けていれば、治せていたかもしれない傷だってあった。
でもそれは『仕方のない』ことで。
私は自分が感じたこの『仕方のないこと』をアドルフさんにこれ以上背負わせたくないと思って聖女になった。
この優しくて、背負ってくれる頼もしい人を幸せにしたいって思ったのだ。
「ありがとうございます、アドルフさん。さあ、急がないと市場が閉まってしまいます。晩ご飯は何がいいですか?」
だから私は聖女の笑顔でなんでもないことだと礼を言う。
貴方の、その優しさがあれば私はまた頑張れるから。
「……この間作ってくれた、豆のスープがいい」
「はい、わかりました!」
私は貴方に背負わせない。
貴方が背負ったものを、少しだけ軽くする。
そのためになら、いくらでも頑張れるから。
推しへの愛ってすごいなあ!




